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旅人に微笑みを、  作者: も
15/23

まぼろしとは

「ラビさん、ちょっと抱っこしてもらえますか?」

「嫌だ」



 二人が居るのは、旅人ギルド内にある依頼ボードの前である。


 まだ武器も防具も出来ていないので、二人とも依頼を受ける気はない。しかし一体どんな依頼があるのか見てみたいニケはギルドへとやってきた。もう昼近くで、ラディウスとしてはもう少し寝ていたい。だが今の知らないことが多すぎるニケを野放しにはできず、そもそも一か月の約束があるため渋々ついてきた。


 昨夜もニケは本を読み続けて止めないので、今度は寝かしつけるのをやめてとことん付き合ってみた。

 すると明け方になって、火が消えるようにフッと倒れた。倒れた際にベッドの下へ落ちそうになったニケを、床との間に手を差し入れて受け止める。念の為にベッドに座らせてよかった、やっぱり早めに寝かせるべきだったと改めて苛々としながら考えて、寝ている相手を良いことにバカデカい溜め息を吐き出した。


 そして今、ギルドの依頼を眺めるニケの横で、ラディウスは欠伸をする。



「まだ寝ていても良かったのに」

「未知の魔物を野放しにしたら危険だろ」



 酷い例えだとニケはラディウスを見上げたが、喧嘩だと言った瞬間に相手をダウンさせた実績があるので、見上げるだけで勘弁してやった。ニケだって所かまわずそんなことをする気は無い。売られた喧嘩を買うだけで自分から仕掛けたりはしない。状況にもよるかもしれないが。

 それに、他の良識ある旅人がアレを見た後でニケに喧嘩を売るような真似をするはずがない。したとしたら余程のもの好きか、挑戦者か、魔術師との思い出作りか……。

 とにかく、ニケから手を出すことはない。たぶん。


 ニケは口元に当てていた手を退かして、付いて着てくれたラディウスに満面の笑みで「ありがとうございます」と素直に感謝する。何故かラディウスの不安が増した。

 素知らぬ顔で、ニケは手をふらふらと揺らす。



「よいしょ」



 パキパキと氷の段差が現れる。

 周囲の人間は何事かと驚いた声を上げるが、逃げもしないラディウスの冷静さを見て、大したことではないのだろうと様子を見るに留めた。


 出来上がった小さなお立ち台に、ニケが登る。隣から何か言いたそうな視線を向けられるが、微笑んで首を傾げた。抱き上げてくれないのだから仕方ない。ボードの上側を見たかっただけなのに。微笑みは雄弁に語っていた。

 ラディウスはめんどくさそうに顔を顰めて、氷のお立ち台からニケを片腕に抱き上げる。お立ち台は蹴りによって退かされた。



「あ、やっぱり。上の方が報酬が高いのですね」

「上中下の大雑把なランカー制度があんだよ。お前は何も依頼を受けてねぇから、下位ランカーだ」

「ラビさんは上位ランカーですよね。受付の人が驚いてましたから」

「昔な」



 依頼の内容を見ては、できるできない、またはやりたくないと感想を付けていく。やりたくないは主にラディウスで、「ゴミ屋敷の片付け」「人手が足りない花屋でバイト」「店先で客引き」などはやりたく無いし……ニケに似合わない。

 周囲で聞き耳を立てていた旅人たちも、ニケがやりたいと言った依頼に難しい顔で頭を振った。やっている姿が想像できない。



「あっ、ラビさん。この依頼、すぐに完了しますよ」

「は? どれ」

「幻のピンクダイヤモンドの納品、って書いてあります」



 聞こえた周囲の人間が全員、ニケヘと目を向ける。


 幻の、って書いてあんだろ簡単に言うな。鉱石を食べる魔物から出てきましたよ?持ってんのか。持ってます。間違いねぇの。ピンクの宝石ですよね。


 ニケが袋を一つ出して、中をラディウスに見せた。

 周囲の人間は、少しでも見えないかと首を伸ばす。ピンクダイヤモンドなんて魔術師と同じく、一生でお目にかかれるものでは無い。なんとか一目だけでも見たい。

 しかし、確認を終えた袋の口はすぐに閉められてしまった。


 ラディウスは無言で最上にある依頼書を取ると、ニケに持たせる。



「丁度いい。これで依頼の受け方と、納品方法もわかんだろ」



 何も丁度よくねぇ。


 聞いていた旅人たちは心の中で叫ぶが、ニケの微笑みと「何事も経験ですね」の純粋さに口を出せなくなった。嬉しそうに依頼書を持って受付カウンターへ歩いていく姿を、なんとも言えない気持ちで見送る。


 そして受付でも発狂される。



「そんなウチに生えてた草を納品しますみたいなテンションで持ってくるものじゃないんですそれエェ!!」



 言いたい事を受付が言ってくれた。旅人たちの心中は幾分かスッキリする。

 ニケは情緒不安定になってカウンターに伏せてしまった受付の肩を、「でもあったので納品お願いします」と落ち着かせる気があるのか無いのか分からない言葉で慰めた。


 ピンクダイヤモンドは数百年前に一度発見されたが、それきり見られていない。この依頼者も冗談半分で書いたもので、かれこれ三年前から貼られているものである。

 通常は長くとも三ヶ月経つと剥がされてしまうが、この依頼主は一年分の掲示料金を払い、一年ごとに依頼を書きに来ていた。



「納品者に名前は書くな」

「何故ですか?」

「報酬金額からしても、依頼者は貴族だろ。関わると面倒だ」



 納品者は書かなくともいいらしい。なるほど、と頷いた。

 伏せて機能しない受付の代わりに、ラディウスが説明して見てやっている。書き終えてペンを置き、ニケがラディウスを見上げれば一通り流し見て頷いた。



「書けましたよ、受付さん」

「うわぁよく書けてますねぇ……本当に……」

「納品額はすぐ貰えんのか」

「アッ、ハイ。少々お待ち下さい……鑑定士も呼んできます」



 奥の扉に入って行った受付に、「なんだか大事になってしまいました」とニケが呟き、ラディウスは欠伸をする。今日は図書館を回ったら、大人しく帰ろうと苦笑した。

 しばらくして、受付と一緒に奥から現れた男二人は、ラディウスとニケの姿を見て一瞬固まる。そして片方は、納得したように笑い出した。

 


「だっはっはっは!! 噂の魔術師と魔法使いのコンビだったか! そりゃピンクダイヤモンドの一つも持ってこれるわなぁ」



 鑑定士は突然笑い出した男にビックリしながらも、品物の前に座った。鑑定品をお願いします、と緊張した面持ちで言う相手に、ニケは微笑みを絶やさずに袋ごと渡す。

 その後ろに立つガタイのいい男は、ニケとラディウスをじろじろと見てから、ニカッと晴れたように笑う。



「ここのギルド長やってる、ゲルグだ。よろしくな」

「ニケです。こっちはラビさんです」

「ラディウスだ」



 そうでした、と頷くニケにまた豪快に笑う。

 依頼完了書を摘んで見ていたかと思えば、ギュッと眉を顰める。



「ん? 納品者に名前書かなくていいのか? これ書いてんのは領主貴族だぞ。名前売っておけばいいだろ」

「ラビさんの指示です。わたしも別に、貴族に興味がないのでいいかな、と」

「貴族と顔を繋いでおけば、報酬金額の高い指名の依頼が来たりするんだが……」

「あぁ、そうなんですね。お金に困っていたら、そういうのも大切なんでしょうね」



 微笑んだまま微かに首を傾げるニケに、ギルド長は何かに気圧されぐっと黙った。


 ニケとしては本当にどちらでもいい。しかしこの件でラディウスが面倒くさそうにするのは、貴族に見知った顔が多いからだろう。なんせ三百年近く宮廷にいたのだから。

 それ以上の話はなくて良いだろうと、ニケは鑑定士の手元を楽しそうに見始めた。



「……あの、本物のピンクダイヤモンド、です」



 受付の周りには、いつの間にか人集りが出来ている。息を呑むような反応が上がる中で、ニケは満足げに頷いた。



「報酬金額は」

「ホラよっ!」



 籠に積まれた金貨は、置いた重さの衝撃で崩れてしまった。提示された金額と合っているか分からなくなってしまったそれに、ラディウスは無言でギルド長を睨む。両手を上げて「悪ぃ、こんな重い金額そうねぇから、スマン……」と慌てて謝った。

 あーあーと言いながら、ニケは受付と鑑定士とで、金貨を積んで数え直す。

 後ろから手伝おうか、と手を上げる旅人がいたが、ラディウスは睨んで黙らせた。



「はい、丁度頂きます。半分はラビさんの分ですよ」

「は? なんで」

「授業料はちゃんと払わなきゃ」

「……これでいい」



 金貨を一枚摘んだラディウスにニケは不満を漏らして、何枚かはバングルの空間魔法に突っ込むことに成功した。残りは渋々自分の金貨袋に詰める。

 空間魔法から空間魔法の袋を取り出した二人に、周りはまた固まったが、魔術師がいるしあり得ないことでも無いと無理やり納得するに留めた。


 変わらない微笑みでニケが受付の中に向けて頭を下げる。釣られるようにして頭を下げた三人に、小さく笑って手を振った。



 歩き出したラディウスに並んだニケは、ふと足を止める。目の前には机から伸ばされた足。通せんぼするように出てきた足を辿って相手を見れば、いつかの日に見た顔が椅子に座っている。



「よぉ、また会ったな」



 ギルド登録した日に喧嘩を売ってきた相手。

 ラディウスは舌打ちして、周囲は呆れたようにそいつを見る。また間に入ろうとしてくれた旅人の一人にニケは微笑んで頷き、男に丁寧に「先日ぶりですね」と挨拶した。

 その相手が立ち上がり構える姿に、ニケはバッグに手を入れる。また投げつけて来るのだろうとニヤリと笑ったそいつは、合図になる言葉を宣言した。



「喧嘩しようぜぇ!」



 ニケは「はいっ」と返事をして、前回同様に鞄から出したものを投げ付けた。

 しかし、投げ付けたそれはパシッと受け止められてしまう。



「ギャハハハッ! 二度同じ手、に……あ、ぇ?」



 受け止めた場所からフワリと香りが漂う。それを吸い込んだ男は、ぐるりと目を回して椅子を巻き込んで倒れた。

 ニケはまた両手を合わせてにっこり笑う。



「勝ちました!」



 ふふ、ふふ、と笑うニケに、ラディウスは相手の男を憐れんだ。

 先日は瓶だった。今回は香り袋を投げ付けて、受け止められた時のために対策をしてある。嫌な進化の仕方をしている。



「今日のはなんだ」

「睡眠キノコの粉です。大型の魔物にも安眠してもらえます」

「……あそ」



 勝った嬉しさに、ふふっと笑い声を漏らしながら歩き始めるニケは、また止めようとしてくれた旅人に手を振って挨拶する。その旅人はホッとしたように、しかし苦笑いで手を振り返した。自分が仲裁する意味を考えてそうな微妙な顔である。

 何の心配もしていなかったラディウスは、ニケの隣を歩いてあくびを漏らした。



「あ、図書館行く前に装飾店寄るぞ」

「新しい工具ですか? 素敵なものが見つかると良いですねぇ」



 何事もなかったかのように会話しながら去る二人を静かに見送ったギルド内に、倒れた男のいびきが響いた。

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