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旅人に微笑みを、  作者: も
12/23

旅人ギルド

 旅人ギルド。


 魔物の討伐、部位採取、薬草採取、荷物の運搬や、護衛業務……。その仕事の依頼は多岐に渡る。


 何百年もの歴史のうち、職無しの為の何でも屋、冒険者依頼所、根無草ギルドなどと呼ばれていたりもした。そのうちギルドの有用性が街に広まり、国に認められ、固有の力を持ち始めた。

 国の下にあるが、貴族下には無い。権力に縛られないギルドとしての認知が広まり、数百年前に「旅人ギルド」と名称が固定された。


 そのギルドを好んでいた魔術師が、ギルドが始まった当初より必要な道具を作り、いくつも置いて行った。そのせいで力を持ったと言っても過言では無い。

 大きな職業組織となった旅人ギルドは、今や周辺諸国にも誘致され、重宝されている。


 だからと言って国に仇成す組織にならないのは、そのギルドを好きだった魔術師の影響がとても大きいからである。





 羽ばたく鳥が、花を一輪背負っている看板。


 昨晩、街を歩いたニケが遠目に見た看板は旅人ギルドのものだった。看板を見上げてその正体を知ったニケはほんわり笑って、そのままギルドの立派な外観を見回した。



「ここで登録すりゃ身分証ができる。今後、他の街でも国でも、巡るならあった方が楽だろ」

「楽ですね」



 眉を下げて笑うニケは、昨日の街の門での一悶着を思い出す。


 「貴族の方の訪問は無かったかと思いますが……!」と慌て出した門番に、貴族ではないことと身分証が無いことを伝える。すると今度は同情的な目に変わり、ラディウスとニケを何度か見て「ワケアリの方ですか。あ、いいえ言わなくても大丈夫……!」と目頭を抑えた。

 何も言っていないのに何か想像を膨らませた門番は、入場書を二枚渡して、書き終えると即座に街への入場許可証を渡してくれた。



「入場書を書かなくて良くなる。あとあの面倒な勘繰りが無くなる」

「それは良いことしかありませんね」



 なら早く行きましょう、と先陣を切るニケがギルドの門を潜った。


 初めての旅路に疲れて寝たいだけ寝ていたニケと、特に急ぐこともないから寝かせようと二度寝したラディウスは、見事に朝ごはんを逃した。そして昼近くになって起き上がり、「朝ごはんにもデザート付けたのに!」という騒がしい宿主を躱し、ようやくギルドに足を踏み入れる。

 昼時ということもあり、ギルド内の人はまちまちである。朝早くから依頼を受けて帰ってきた者、ニケたちと同じく今から依頼を受けようと依頼の貼り出されたボードを眺めている者。朝に比べるとかなり閑散としている。


 そのお陰で、ニケは真正面にある受付をすぐに見つけることができた。ラディウスを見上げれば一つ頷かれたので、正解なのだとそちらへ歩き出す。



 閑散としたギルド内、全員が全員、その一挙一動に目を奪われた。



 一歩進むごとに金色の髪が揺れて、ゆるりと上がる頬に黄金の瞳が細まり、口元は楽しげに弧を描いた。

 ピンと伸びた背筋、柔らかな微笑み、凛とした眼差しには隠せない好奇の色を浮かべて。光に反射する髪の一本に感嘆し、服のゆらめき一つもニケのためにあるようで、見る者の目を捕まえる。

 歴戦の旅人たちは、幼い姿に何故か底知れない美しさと威風を感じて息を止めた。


 次いで後ろの男に目が移る。

 黒髪の下に覗く青色は人へは向けられないものの、周囲の視線を感じて鬱陶しげに細められている。

 マントではなくローブを着ていることから、近年あまり見なくなった魔法使いだろうと推察できるが、剣も持っていないのに剣士のような足運びで、一切の隙がない。

 視線をやりすぎたらしい一人の旅人が、睨まれて二歩後ろへよろけた。


 目撃した旅人たちは、幸福と絶望は一緒に歩いてやってくるものだ、と後に語った。



「こんにちは。ギルドの登録をお願いしたいんですけど……」

「…………は」



 ニケの言葉に、受付嬢は空いた口が閉まらなくなった。ただでさえ世界から切り離されたような二人組がやってきて思考が上手く回らないというのに、更におかしなことに、ギルド登録をしたいと言われている。

 そして保護者であろうラディウスを見上げて、そっとニケヘと視線を戻した。



「あの……依頼ではなく、登録、ですか?」

「はい。ギルド登録です」



 受付嬢はもう一度、ラディウスを見上げて、ニケへ戻す。



「えぇと、ごめんなさいね。貴族は、ギルド登録は出来ないのよ」

「なら、貴族ではないので大丈夫ですね」



 受付嬢は、素早くラディウスを見る。



「いちいち見んな」

「…………いや嘘でしょ」

「調べりゃいいだろ。何のためのギルド水晶体だ」

「いや嘘でしょ……えぇぇ……」



 ラディウスの溜息に怯えながらも、心底訝しげに受付の下から頭ほどの大きさの水晶体を取り出してテーブルの上に置いた。

 ニケは置かれた水晶の球体を見て「わぁ」と声を上げる。ニケの目には、大きな水晶体にいくつかの魔法円が浮かんで、鮮やかに輝いているのが見えている。



「これで貴族かそうでないか、判別してくれるんですね。個人の特定も、登録もこれでできそうです」

「え、えぇ、そうです。ギルドをよく勉強してますねぇ」



 ニケの手が宙をふらふらと動かしているのを見て、魔法円を読んでいるのだと分かったが、ラディウスは特に教えるわけでもなくニケの様子を眺めた。

 受付嬢がその様子に癒されながらも、水晶体へとニケの手を誘導する。ペタリとそれに手をつければ、ふわりと白く柔らかい光りを放つ。



「はい。どうですか?」

「………………ホントに貴族じゃないんだ……」



 受付嬢から嬢らしからぬ低い声が出た。


 周囲から、ガタンガタンと音が立つ。見れば椅子から転げ落ちる者や、テーブルに足をぶつけて痛がる者の姿がある。ニケは首を傾げながら受付へと目を戻す。


 貴族であれば赤、市民であれば白に光る水晶体は、ニケが触った途端に白く光り、受付嬢は意味がわからなくなった。分からなくなったが、染みついた仕事根性によって手はやるべきことをやっている。



「で、では……こちらのカードに、記入をお願いします」



 名前、年齢、出身、種族。

 ペンを持ったニケの後ろから、ラディウスが項目を一つ隠した。



「出身は書くな」

「いいんですか?」

「強制じゃねぇから。庭、荒らされんの嫌だろ」



 受付嬢は会話の内容がいまいち分からずに首を傾げる。

 ニケが正直に「百魔の森」と書いては、興味を持つ人間はどこにでもいる。例え「森」とだけ書いても、ランプラの街から一番近い森は百魔の森になる。

 庭、と言ったラディウスは間違いでもなんでもなく、あの森自体がニケの家であり庭なのだ。

 最も、上位の魔物が蔓延り、ニケの魔法円がそこかしこに張り巡らされた森は、簡単に荒らされるような生易しい難易度ではないが。



「書かなくても大丈夫ですか?」

「正直めちゃくちゃ気になるけど、出身の情報は無くても困らないから大丈夫ですよ」

「じゃあ、名前と……」



 その幼い姿に似合わない達筆で、「ニケ」の文字が書かれる。全く子供らしくない。

 しかし最早、その程度の違和感には動じない。受付嬢は微笑ましく見守るだけである。



「年齢と……」

「……あ、え? ごめんなさい。十歳はまだギルド登録できないのよ」

「じゃあ百十歳にします」

「目の前で堂々とした詐欺が……!!」



 十歳から数えていないこと、そこから百年は経っていることを伝えれば、受付は口元をひくつかせた。「そう……なら大丈夫です」と搾り出すように言うのが精一杯である。



「あと種族ですね」

「そう。そこまで長生きなら、魔法使いさんなんですね」

「いえ」



 種族に、魔術師、と記入する。



「…………ハ!??」



 唐突に高い音を一文字だけ発して、受付の女性はニケの書いたギルドカードを恐る恐る手に取った。周囲で見守っていた旅人たちも、何が起きたのかと様子を伺っている。厄介な貴族の相手をしているのだろうと思っていた他のギルド職員も、一体何事かと近くに集まりだした。

 受付の女性は興奮から顔を赤くしてニケを見て、わなわな震えながらラディウスを見て、そしてまたニケへと視線を戻す。



「は、まっ、ま魔術師ッ!?」



 混乱と興奮の声に、ギルド内にいた全員が固まった。

 そんな中で咄嗟にニケの耳を塞いだラディウスは「うるっせぇ」と低く呟く。自分は風魔法で音を遮ったにも関わらず、それをやや貫通して聞こえた声に眉を寄せる。

 ニケは耳から離れた手に感謝しながら、微笑みを浮かべたまま口を開いた。



「はい。まじちゅ、し……まじゅつしです」



 しん、と静まったギルド内にはやけに大きく響いたようで、受付に集まっていた職員の一人が顔を逸らして口元を抑える。

 ラディウスが視線を逸らしながら口元に手をやった。


 ニケは、魔術師が言えない。



 しばらく受付内が騒がしかったが、カードを水晶体に近付けて波打つ水晶体の表面からカードを沈めると、これまたまた白く輝いた。「本物だ!」と、また騒がしさが増す。

 これはどうしたらいいのだろう、と口を挟む隙を探していると、後ろから伸びて来た手がテーブルをコンコンと何度か叩いた。



「オイ、次」

「ヘァッハイッ! あ、貴方も登録で?」



 興奮のままにおかしな返事をする受付嬢に、ラディウスが嫌そうな顔で小さく首を振る。



「いや、俺のはカードの再発行」

「あら、登録日はいつですか? すぐに再発行します」

「あー……四百年前?」

「それは……ギルド新設初期ですね。恐らく再発行できるかと思いますが……」



 受付は空のカードを用意して、水晶体の中へと沈める。その状態で、ラディウスの手が水晶体に触れる。すると中が、水中のように揺らめいた。

 全員が水晶体へと向いている中、ニケは空中を眺めながら、そっと手を伸ばして指を揺らした。何をしているのかとラディウスは注視していたが、ニケが手を止めるのと同時にカードの再発行が終える。



「四百年前の再発行なんて初めてでしたが……無事に完了したようです」

「だろうな」

「……?」



 受付は水晶体からラディウスの情報が書かれたカードを取り出そうとして、絶句。

 水晶体には、旅人たちの実績や記録が映し出される。

 ラディウスの輝かしい実績と記録には、「Sランク」と表示されていた。



「……へ、へぇ……魔法使いさん、Sランクなんですね」

「昔」

「あの、古代種の討伐、って書いてあるんです、けど……」

「昔」



 わなわなと震えながらカードを水晶体から出した受付はまじまじとカードを見ている。ラディウスは眉を顰めて、渡してくれない受付嬢の手から引き抜いた。ついでに他の職員の手に渡っていたニケのカードも奪い取る。

 ニケに渡してやれば、表面を何度か撫でてニッコリ笑った。



「ありがとうございました」



 今日は登録だけ、としていたニケはあっさり立ち上がって、未だにわいわいと騒がしいカウンター内に軽く頭を下げた。

 ラディウスの隣に並んだニケは、さっそく次の予定について話し始める。素材があるので、防具と武器を用意しようと予定していた二人は、ギルドの出口へと軽く話しながら歩いて行く。


 と、そこに一人の男がニヤニヤしながら一歩前に出て立ちはだかった。



「よぉ、お前。ちいせぇのにまじゅちゅちなんだってな?」



 あからさまに馬鹿にした態度の相手に、ラディウスは気怠そうに男を見る。



「ひっ、ははっ! おぉこえぇ! なぁ本当は貴族様で、こいつは護衛なんだろ?」



 ニケは小さく首を傾げ、ゆるりと目を細めた。男はそれだけで何故か怯みそうになったが、相手が小さな女の子であると頭を振る。

 ラディウスは様子を伺うだけで特に何もしない。



「金掴ませて魔術師ってことにしたんだろ?」



 男は、ニケが水晶体に触ったところは見ていない。

 ギルドに入ってきたら、魔術師として騒がれている小さな少女がいたのだ。明らかに見た目が貴族の。しかも強そうな護衛を引き連れて。

 水晶体の白い光を見ていれば本物なのだと分かるものだ。


 初めから見ていた周囲のうちの一人が、「おい……」と男に声を掛けようとしたが、ニケが視線だけでそれを止める。微笑むだけの金色の目が、口を閉じた旅人を褒めるように緩められた。


 ニケは、男の状況を大方理解して、一つ頷く。



「もしかして、喧嘩を売ってますか?」

「あ? ……ぷっ、だははは!! そうだよなぁ、お貴族さまは喧嘩なんて血生ぐせぇことはしねぇから分かんねぇか!!」



 笑顔で頷きながら、ニケはバッグを開けた。



「そうだよ、これは喧嘩だ! 喧嘩しようぜ! おじょうさ、」

「はいっ」



 ぱりんっ。


 男の口から「ごぶっ」と汚い声が上がり、同時に顔面でガラス瓶が割れた。ふらついた男が床に倒れて、ピクリとも動かなくなる。

 何が起きたのかと騒然とする中で、ニケは嬉しそうにふふっと笑った。



「わたしの勝ちです」



 嫋やかに両手を合わせて、嬉しそうに笑うニケに、ラディウスは男を一瞥してから歩き出す。


 アレ何。麻痺薬です。嬉しそうだな。初めて喧嘩で勝ちましたよ。婆様は?婆様は勝てる勝負しかしません。あぁ……だろうな。


 まるで大したことでは無かったかのように会話をして去る二人に、ギルド内の全員が唖然として見送った。

 出る寸でに、ニケは助けようとした男に手を振り、男もそれを振り返す。その空間の中で動くことが出来ていたのは手を振り返したその男のみである。


 しばらくは誰一人としてその場を動けず、受付を担当した女性は当然のように半休をとった。

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