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旅人に微笑みを、  作者: も
11/23

宿選びの達人

 月が歩いている、と誰かが言った。


 ファスト国王都と隣国のちょうど真ん中にある、ランプル街。

 観光地としてどこもかしこも華やかな活気が溢れている街中が、今日だけは違う風貌を見せていた。


 道行く人が見間違いかと、すれ違い様に振り返る。陽の落ちた街並みに気付いて、店先にランプを下げにきた店主が固まる。酒を煽っていた男たちの酔いが醒める。ついでに持っていたグラスを落とし、怒鳴り声を上げて空瓶を振り上げた女将が口をポカンと開けて持っていた瓶を落とした。

 夜の街の喧噪は、笑い声から戸惑った声に変わる。



「賑やかな街ですね」

「誰かのせいでな」



 いっそ面白ぇ、ラディウスは周囲の反応を眺めた。


 黒と金の二色は、全く街に馴染まない空気感を漂わせて街の中を歩いている。

 ニケは目新しいものしかない場所に金色の目を爛々と輝かせ、しかし穏やかに微笑みを湛えて、周囲へとゆっくり視線を巡らせている。隣を歩くラディウスは、百年ほど訪れていなかった街の変化を探しながら、何件かの宿屋を見比べる。


「(宿屋はベッドの看板。あれは服屋さん。あっちは鑑定屋さんかな。じゃあ……あの看板は何だろう?)」


 店の看板を一つ一つ確認しながら、遠くに見える一つの看板にニケの目が捕まった。立ち止まった気配にラディウスが声を掛ければ、ハッとして隣に並ぶ。

 ふふ、と楽しさに思わず小さく笑いながら、ニケはラディウスの視線になんでもないと首を振った。そしてまた、隣を歩きながら周囲をゆるりと観察する。


「(学ぶことがいっぱいです)」


 人だらけ、建物だらけ、新しいものだらけ。

 何度か思考に沈んではラディウスに頭を掴まれながら、必然遅い歩みで街を歩く。



「ん」

「決まりましたか?」



 一つの宿屋で立ち止まったラディウスに、ニケもその建物を見上げる。古くもなく、新しくもなく、中心部から近過ぎてうるさいこともなく、遠過ぎて利便性に欠けることもない。大き過ぎず、小さ過ぎず。

 「あとは店主の態度だな」と言うラディウスに、なるほど参考になるとニケは頷いた。


 チリリ、とドアベルを鳴らしながら扉をくぐるラディウスに続いて、ニケは可愛らしい音のドアベルを見ながら足を踏み入れた。



「はいはぁーい、いらっしゃいませー。ハナミ亭へようこ、そ……」



 なんとも緩い空気で裏から受付へ出てきた青年が、二人を視界におさめた瞬間、全ての動作を呼吸ごと止めた。

 かと思えば、今度は大きく息を吸い込んだ。そして吐き出す。



「ウワアァァァァやばい怖い何あの威圧感こっっっわ俺史上最高に怖い体験してるしかも隣に天使か神様かーみたいなの連れてるたぶん二人とも人間じゃないブルブルするううう手が震えるうううう!!」


「出るか」

「ここで良いんじゃないですか?」



 煩い宿主を見て「楽しそうな人です」と言うニケに、心底嫌そうな顔を向ける。楽しそうというだけで決めるな、と言うと何かを思い出したのか、口元に手を当てて悩み始めた。そしてパッと顔を上げる。


 問題は宿主さんだけです。その問題がデカすぎんだろ。宿屋を経営してるなら一応まともな人だと思いますけど。経営者ってのは大抵頭やられてんだよ、下が頑張ってるだけだ。じゃあ他の宿屋も同じです。もうちょいマシな奴を探してぇ。他の従業員さんがいるなら、あの人にだけ関わらなければ大丈夫では?


 ニケとラディウスが宿主に対して有り無しを話し合っていると、裏方から女性が一人出てきた。



「あんた煩いわねぇ、何を騒い、で……あっ?」



 あらあら、と自然と身なりを整える女性は、喋り続ける青年を押し退けて慌てて頭を下げる。



「まぁまぁまぁ、お貴族様、こんな宿にどのような御用向きでしょう?」

「宿泊を頼みたい。それと貴族じゃない」

「へぇっ!?」



 まともそうな人が出てきた瞬間に宿泊を決めたラディウスに、ニケは早い判断も大事だと学んで一つ頷いた。

 驚いた声を上げながら二人を上から下まで確認した女性は、ハッとして申し訳なさそうに笑う。



「ごめんなさいねぇ、不躾に見てしまって。ここの女将のアランダだよ。アタシはほとんど手伝いで、息子が店主やってんのよ。ほらっ、宿泊手続きしちゃいな!」

「いや母さんあれ絶対貴族だって、貴族以外あり得ないでしょ?」

「あり得てるから、こんなみすぼらしい宿に来てんだ。お貴族様ならもっと良い宿に泊まるわよ」



 それだけ言うと、女将は仕事があるからと手を振った。胆力のありそうな女性だとニケは微笑んで、「ありがとうございます」と静かに手を振り返す。



「婆は強し、と言いますね」

「母な」



 きょとんとした顔で、「でも婆様がそう言ってました」と。初代女王の性格がなんとなく分かってきたことに、ラディウスは軽く額を押さえた。このニケの育ての親だと思えば納得できるところもあるが。



「二人部屋は三部屋あって……」

「一人部屋二つでいいだろ」

「そうですね」



 宿主は仲悪いのかと伺うが「隣合ってると便利」と話している二人に、ホッと安心する。



「日数はどうされますか?」

「一ヶ月、前払いでいいか」

「そうですね。宿主さん、おいくらですか?」

「おたくらやっぱ貴族じゃないの?」



 言いながら計算機を弾く青年は酷く混乱している。

 一ヶ月単位で泊まるのは、旅人であればあり得る話だ。しかし前払いで全額となるとかなりの金持ちである。



「貴族とか、ギルドの上位ランカーとか、商人とか?」

「真ん中」

「あぁー納得です。お客さん雰囲気あるもんねわかるわー」



 手元は素早く動きながらも世間話をしている姿に、ラディウスは仕事はちゃんとできるやつだと認識を改めた。改める前は、害のない変人である。

 ギルドの上位ランカー、と知らない単語が出てきたニケは首を傾げる。ラディウスを見上げれば、す、と歩き出した青年の方を示した。あとで教えてもらえるだろうか。ニケはひとまず、部屋に案内してくれるらしいそれに遅れないように着いていく。



「朝昼晩と食事が付いてますけど、食べる時に食堂に言って貰えたらすぐ出せますんでー」

「宿主さんが作るんですか? 宿主さんから良い匂いがします」

「よく分かりましたね! 俺が腕によりをかけたデザートも付けますよ!」

「珍しいな」

「すいまっせんお客さんら貴族過ぎてデザートあった方が良いんじゃないかーと思って。今思い付いて口から出ましたすいまっせん」



 デザートは明日から用意しますね、と謝られたがなければ無いで別に構わない。その後も歩きながら何度か謝られるが、ニケは小さく笑うだけで、ラディウスは面倒くさそうに息を吐き出すだけである。


 二階へ上がって、歩いた先の角部屋とその隣を示す。



「ハイこれ鍵ね。お風呂は下の階に、男女別になってますんで。夜中過ぎると閉めちゃうんで気を付けてくださいね」



 恐縮しながらも軽い口調の宿主は、去り際に「夕飯ありますからねぇ!」と声を上げて階段を降りて行った。最後まで騒がしい人間をニケは手を叩いて楽しんだ。


 ラディウスは角部屋の方へニケの背を押して、自分は早々に隣の部屋の鍵を開ける。特にどちらでも構わないと考えていたが、ラディウスが決めたなら何か訳があるのだろう。ニケは大人しく角部屋へ入る。


「(意外と広い)」


 小型のクローゼットと机、ベッドが一つ。

 椅子を撫でてみたり、ベッドの枕の柔らかさを確認したり、部屋の匂いが違うと鼻をひくつかせてみたり……。

 椅子に座って少し背伸びをすると、目の前の窓から外の景色が見える。外の景色と言っても、少し奥まった立地のここからは、隣の建物が見えるだけだ。


 窓を開けて外を覗くと、路地の向こうに街明かりが見える。

 あの灯りが窓から入りっぱなしでは寝られないかもしれない。ラディウスの宿選びは間違いないと微笑んだ。



「……落ちんぞ」

「わはっ、ふふっ……」



 隣の窓が開いた音と共に、隣人が窓枠に肘をつきながら顔を出した。

 部屋が隣にあって窓を開けたら見える、というだけで楽しげな様子を、ラディウスが眺めるようにして見ていると、あ、と小さく声を上げた。



「『上位ランカー』って、なんのことですか?」

「……明日、連れてってやる」



 見るからにワクワクしているニケが、「どこにですか?」と窓枠を乗り越えそうなほど前のめりになっている。



「旅人ギルド」



 ラディウスは言いながら、払うようにして手を動かして風を起こした。強い風ではないものの、突然の風にニケは部屋の中へ押し戻される。

 しかし聞こえた単語に、早々に窓枠へ戻ってきた。



「旅人ギルドなんてところがあるんですね。確かにわたしは旅人です。年齢制限はありますか? おおよそ十歳でも旅人にはなれますか?」

「落ちるっつってんだろバカ」



 再び吹いた風に、ニケは笑いながら部屋の中へ入った。ついでにその風を動かして窓も閉める。ラディウスは息を吐き出して、自分の部屋の窓を閉めた。

 同時に、部屋の扉の前に最近慣れた気配が立っている。ノックされた扉をそっと開ければ、予想通りの金色が逃がすまいとラディウスの手を掴んだ。



「夕飯を食べに行きましょう。旅人ギルドについても、もっと教えてください」

「……鍵、ちゃんと閉めろよ」



 パッと顔を上げたニケは、ゆるりと手を叩いて「森ではない」と呪文のように唱えた。鍵を閉めるまでを確認したラディウスは、鍵を閉めなくとも森と同じく特定を反射の魔法でも掛けときゃいい、と考える。が、考えるだけに留めた。

 普通の人間の生活を、してみたいのだろうと。



「夕飯はなんでしょうね? 楽しみです」

「食えりゃなんでも良い」



 下りの階段が少々急こう配で、表情には出さないものの不安そうに降りているニケに、ラディウスは自然と片手を差し出した。差し出してから「あぁ間違えた」と気付いたが、既にニケの手が乗せられていたので、そのままエスコートすることにした。


 そしてそれを偶然目撃した店主は、「やっぱ貴族でしゅよね!?」と盛大に噛んだ。



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