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旅人に微笑みを、  作者: も
10/23

世界を歩く

 ラディウスの前から、能天気な鼻歌が聞こえる。



 ニケとオーリアの居住である森は、人々からは「百魔の森」と言われる。

 文字通り、入ったら高位ランクの魔物ばかりが蔓延り、更に真っ直ぐ進んでいても何故か森の中心へは辿り着けず、入った場所から出てきてしまう。強力な魔物の仕業と言われて、危険度の高い場所として認知されている。


 地図で現在地を知った瞬間、ラディウスはニケと見比べて全てを悟った。


 森から入っても出てしまうのは、ニケの魔法円が仕掛けてあるから。高位の魔物しかいないのは、おそらくニケの鎮魂の魔法のせいである。死骸を魔力へと変換させているということは、森にはかなりの魔力が満ちているだろう。

 魔力に満ちた場所というのは、魔物にとっては居心地が良い。魔術師は分からないが、魔法使いにとっても快適な場所である。

 しかしやはり、危険が多い場所として、避けられるなら避けて通ることが常識だ。


 「まるで私が魔物のような言い方ではありませんか」と。その説明を聞いたニケの言葉に、ラディウスは否定も肯定もせず、目を逸らすだけであった。



 そんな「百魔の森」を庭にして、なんの緊張感も迷いもなく歩いて行く後ろ姿を、ラディウスは何とも言えない気持ちで観察していた。


「(何百年も暮らしているってことは、コイツもそれなりに戦えんだよな。見えねぇ)」


 ズレたローブの首元を引っ張りながら、木の根を跨ぐ。



「ローブ、やっぱり合ってませんか?」

「無いよりマシだ」

「街に着いたら仕立てて貰いましょうね」



 ラディウスは軽く返事を返して、首元のボタンを一つ外した。

 城で着ていたローブの下はラフな格好で、ワイシャツとパンツだけ。書類仕事か魔物討伐か、二択でしかない生活に洒落たものは必要なかった。宮廷魔術師の白いローブだけあれば、城の中を歩く正装としては十分だった。

 しかしそのローブももう着ないとなれば、旅をするにはなんとも軽装すぎる格好になる。なので、暫くはオーリアの魔術ローブを使うことになった。が、首元が狭い。


 歩きながら何度か首元を引っ張っている様子に気付きながら、ニケは困った顔で見ることしか出来ない。と同時に、服に自動伸縮の魔法円を組み込めないかと考える。


 ふ、とニケが一瞬立ち止まり、左側に向けて手をゆらゆらと動かし始めた。



「ラビさんのローブ素材がいます」

「は?」



 小さな手が、パチンッと叩かれた。


 森の中は、多数の魔物の気配がしている。それが全て強敵の気配であるにも関わらず、積極的にこちらを狙ってくる様子はない。


 そのザリザリと地面を歩いているだけだった竜種の魔物は、地面から氷の棘が現れて頭をひと突きで仕留められている。仕留められた瞬間の哀しい悲鳴に、流石のラディウスでも同情してしまった。



「通り魔かよ」

「通り魔物ですね」

「ちげぇよ」



 お前の話だ。

 なんとまぁ。


 ただ散歩していただけで素材呼ばわりされ討伐された上位クラスの魔物を、ラディウスは憐れんだ目で見るしかなかった。



「フリューリザード、春皮です。布地として加工してもらったら、軽いし丈夫だし、かなり良いものができますね」

「そうだな。そもそも竜種なんてその辺にぽんぽん居るもんじゃねぇしな」



 投げやりに説明しながら、ラディウスはナイフとロープを取り出した。

 魔法を使って手近の木に吊り下げ、首を裂いて血抜きをする。その隣で同じようにナイフを手に持っていたニケは、出番が無かったと眉を下げながら例の魔法を唱えた。

 みるみるうちに血が消えて行く様子に、ラディウスは並行して皮を剥いでいく。


 ニケの家の作業場にも珍しい素材はあったが、珍しい皮や薬草などは、オーリアが積極的に売っていた。掘り出したり拾ったりしていた鉱物も、武器の素材になるものは売っていた。

 民の生活に直結するものは、そのまま市場に流す。

 片手間にその話を聞いたラディウスは、女王だった頃の名残り、と小さく呟いた。聞こえたニケも静かに頷く。



「ラビさんのローブはまた白にしますか?」

「俺に白は似合わねぇだろ」

「そうですか? お顔は整ってるし、表情と態度は悪いですが立ち姿と動作は綺麗ですよ?」



 実のところ、ラディウスは一人の時はもう少し態度も姿勢も悪い。が、オーリアしか見てこなかったニケが、「それもアリ」と自分を真似てしまう可能性を考えた。なんか嫌だ。なんか、嫌だった。



「なら表情と態度に合わせて黒だな」



 瞳以外が真っ黒です、と面白そうに言いながら、ニケは解体して出た要らない部位を魔力へと変換する。あっという間に解体を終えたラディウスは、肉と皮を空間魔法に詰め込んでから気付いた。



「あ。……わりぃ」

「ふふ、癖ですか? いいですよ。ラビさんが全部持っていてください」



 城では利用価値の高い魔物は、大体討伐隊が保有する保存の空間魔法付きの木箱に回収する。本来なら討伐隊として組まれている下級隊士や祈士の仕事だが、任せていると終わらない。その上、血の匂いで他の魔物も引き寄せるので、ラディウスも率先して手伝っていた。最後の方ではラディウス以外はサボり始めていたが。



「私の鞄は素敵ですから、怖いものは入れません」



 一滴で全身麻痺を起こす麻痺薬を入れておきながら何を言っているのか。

 ラディウスは無表情で、出しかけたリザードの皮をしまい込んだ。鞄のふわふわしたラビットの毛を撫でるニケを一瞥して、溜息を吐きながらまた歩き出した。



「お前もローブ作んねぇの」

「ラビさんの分が余ったら」

「色は」

「んー、金色にしましょう。わたしも全身金色でラビさんとお揃いに、」

「やめろ」



 ただでさえ目立つ色を持っているニケ。更に黒と金色が並んで歩いているとは目立つことこの上ない。隠してもどうせ隠れない「魔術師」という生き物だ。この際、目立った方が危険が少ないと思う。

 それでも目立ち方くらいは選ばせろ。ラディウスは眉間に皴を寄せながらニケの後ろ姿を追った。



「まぁ、服屋さんと装飾師さんに相談して、似合うものを作って貰えたらそれでいいです。あ、加護は私が付けますからね。安心してください」



 楽しそうに金色の瞳を輝かせるニケに、断ったとしても知らないうちにやられるのだろうと予想する。付けられたらそれはそれで便利だから良い。

 オーリアがどうして放任したのか、出会って間もないラディウスはもう理解している。


 魔術師の生き様を止めることはできない。


 出来ることがあるとしたら、楽しみ過ぎてペースが上がり出したその頭を掴んで落ち着かせるくらいだ。

 それでもその手をペタペタと叩いて、上機嫌にニコニコ笑いながら、勝手に掴むな離せと態度で示してくる。

 世の子持ちの親はさぞ大変なんだろうな、と親の気持ちが分かった。分かってしまった。複雑すぎる気持ちから、視線を遠くへ投げるしかない。



「ラビさん、もうすぐなんです。離してください」

「はいはい」



 深い木陰の先に、明るい草原が見える。

 気配を探って周辺には何もいないと判断したラディウスは、まぁいいかと頭を掴む手を離した。

 振り返ったニケは心底嬉しそうに目を細めて、小走りで森から飛び出していく。ラディウスはそれを見ながら、ゆっくり歩いて森を抜ける。

 そこは、何も無い草原が広がっていた。百魔の森は危険とされているので、その周辺に村や街、街道などもない。手付かずの自然が、風に揺れているだけである。


 春の新緑の中に佇む金色は、何故かじっと動かない。


 どんな顔で惚けているのかと近付いて顔を見れば……小さく小さく、口元が動いた。誰にも聞こえないような声で、しかし喉では止まってくれなかった言葉が、口から漏れ出たような呟き。


「(婆様、ね)」


 ラディウスはそれに少し目を見開いてから、静かに隣りにしゃがんだ。



「ラビさん」



 自分の隣でしゃがみ込んだ気配に向けて、ニケは小さく笑いながら言葉を続けた。



「世界はどこまで続いていますか?」



 ニケはよくわかっていなかった。

 オーリアから貰った平面の地図で、大陸の勉強したことはあった。氷の階段を作って、森の上から遠く地平線を見たこともある。しかし、見える範囲はそこまでであった。

 街はまだ遠いのか、どうして地平線の先は見えないのか、あそこで世界は終わっているのか、だとしたらあの向こうは穴でも空いているのか……。

 ポツポツと話し続けていたニケは、黙ったままのラディウスにじりじりとブーツの靴底を地面に擦りながら近寄る。そして隣に同じようにしゃがんで、眉を下げて声を潜めた。



「もしかして、ラビさんも分かりませんか?」



 周りに誰もいないのに気を遣われたらしい。ラディウスは眉間に皺を寄せて「ちげぇ」と、近すぎるニケの頬をグッと押して遠ざけた。



「全部教えてたらキリがねぇって考えてた。行こうとしてる街にデカい図書館があるし、ちょうどいいだろ」

「あっ、本が沢山あるお店ですね?」

「そこで大抵のことはわかる」



 ちら、とラディウスから伺うような視線を貰うが、口をへの字に曲げて目を逸らされた。

 どうやら自分はかなり緩んだ顔をしているらしい、とニケは自分の頬を両手で包んだ。隣が立ち上がるのを見て、自分も立ち上がる。



「何百年生きてようが、行ったことねぇ場所なんかいくらでもある。とりあえず言えんのは、世界の端はまだ見たことねぇから、そこに穴が空いてんのかはわかんねぇな」



 嘘は吐いていない。世界は丸い球体であることを言っていないだけである。

 普通に生きている人なら、どこかで耳にして知っている事柄をニケは知らない。知っていることは知っているのに、時折ぽっかりと知らないことがある。何が分からなくて何が分かるのか、ラディウスには予想が追い付かない。



「……なるようになんだろ」



 呟いて立ち上がるラディウスに続いて、ニケも立ち上がる。



「なるようになります」



 真似をして言うニケに、ラディウスはちらりと様子を伺う。

 柔らかく微笑む金の瞳は、穏やかな空気とは違って、爛々と輝いていた。

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