九話
わたくしはエティ様と甘いひと時を過ごした。
……けど。シイナやセレン、ゾフィにメイド長のヴィレッタが部屋に乗り込んできた。流石にこれには驚いてしまう。
「……旦那様。奥様のお部屋で何をなさっているんですか」
「……ヴィレッタ。私はジーアともう夫婦のはずだが」
ヴィレッタが睨みながら低い声で言う。纏う空気は冷ややかなものだ。わたくしはシイナ達の方も見る。三人共にじとりとエティ様を睨みつけていた。
「まだお二人は挙式も行われていないのですよ。なのに身体の関係をお持ちになるとは」
「別にいいではないか。私もジーアも気にはしない」
「お二人が気にしなくとも周りが気にします。私共もです」
ヴィレッタが言うと流石にエティ様は黙った。わたくしも居たたまれなくなる。どうしたものか。そう悩んでいるとシイナとセレンがずいっと近づいてきた。わたくしの二の腕を掴んだ。
「……奥様。とりあえず湯浴みをしましょう。旦那様もお部屋にお戻りください」
「……わかったよ」
仕方ないとばかりにエティ様はベッドから降りた。わたくしはシイナ達に支えられながら浴室に向かう。こうして身体を洗われながらシイナにお説教をされる羽目になった。
朝食を軽く済ませてから自分用の寝室にて一日休む事になったが。甲斐甲斐しくシイナ達に世話を焼かれる。ヴィレッタからも「今日から一週間くらいはお休みになってください」と言われた。仕方ないので頷いておいたが。
「……奥様。昼食はいかがなさいますか?」
「そうね。軽くでいいわ」
「わかりました。後でお持ちしますね」
セレンが言ってきたので頷いた。シイナやゾフィは壁際で控えている。わたくしはどうしたものやらとため息をついた。
翌日、わたくしは詩を書いていた。といっても下手なものだが。ヴィレッタが今日は控えてくれている。エティ様は来ていない。たぶん、ヴィレッタに忠告をされたのだろう。
「……奥様」
「何かしら?」
壁際に控えていたヴィレッタが呼びかけてきた。どうしたのか。そう思いながら詩を書く手を止めた。振り返るとヴィレッタはなんとも言えない表情をしている。
「婚儀の事なんですが。東和国の王や王妃を招待したいと旦那様がおっしゃいまして」
「……まあ。旦那様が?」
「はい。陛下にも了承は得ておられるそうです」
わたくしはヴィレッタが何とも言えない表情をしている理由がやっとわかった。東和国の王である紫晏様や紅梅の君を婚姻式に招待しようと旦那様が考えていたからだ。うっかりしていた。けど、旦那様――エティ様は紫晏様を嫌ってはいなかったか?
「……どういう風の吹き回しかしら。旦那様も酔狂な事をなさるわね」
「……そこまでは私にはわかりかねますが。奥様の気分を害したようなら謝罪致します」
「謝らなくていいわ。けど。そうねえ……」
わたくしは考え込んだ。仕方ない。腹を括ろうと決める。
「ちょっと旦那様に訊いてみるわ。そして話し合いもしないと」
「そうですね。奥様がなさりたいようにしたら良いと思います」
ヴィレッタが頷いた。わたくしは詩を書くのをやめてエティ様の書斎に案内してくれと言ったのだった。
その後、エティ様の書斎に行く。ドアをノックすると中から返事があった。ヴィレッタが開けてくれる。入るとエティ様は執務の真っ最中だった。
「……あの。婚姻式の事でお話があるのですけど」
「……ジーアか。わかった。ヴィレッタに皆も。二人きりになりたいから。退がってくれ」
エティ様が言うとヴィレッタや家令など使用人達は執務室を出て行く。文字通り、二人きりになる。エティ様は書類を決済する手を止めると立ち上がった。わたくしの近くまで来た。
「ジーア。どうかしたのかい?」
「あの。婚姻式に東和国の陛下や正妃様をご招待すると聞きました。どういうつもりなのかと思いまして」
「……ああ。その事か。私は本気だよ。紫晏様だったかな。彼には君が幸せな姿を見せつけたいと思ってね」
「え。それは一体……」
問い詰めようとしたらそっと抱き締められた。頬に接吻をされる。顔に熱が集まるのがわかった。
「……君が幸福なら紫晏様も諦めがつくだろう。私は一時的とはいえ、君の心を占めていた彼が憎たらしい。しかも彼が君を好いていたら尚更ね。紫晏様は君と幾夜も共に過ごしていたし」
「エ、エティ様?!」
「ジーア。私は君が思っているよりも狭量な男なんだ。嫉妬深くもあるしね」
エティ様は額にも接吻をする。まあ、紫晏様や紅梅の君を招待する理由はわかったけど。
「……ジーア」
「……エティ様。理由はわかりましたから。お放しになって」
「嫌だ。ジーアを離したくない」
エティ様は普段の彼らしくない事を言う。というか、言っている内に気分が盛り上がってしまったみたいだ。仕方ないので抵抗するのは諦めた。
「……しょうがない方ね。わかりました。夜になるのを楽しみに待っています」
「……ジーア!?」
「だから。離してくださいまし」
にっこりと笑って言うとエティ様は渋々ながらも離してくれた。わたくしはすっと彼と距離を取る。綺麗にお辞儀をして執務室を出た。
……危なかったわ。あのまま、流されていたら執務室でいかがわしい事になりかねなかったわね。そう思いながら自室に戻った。
「……奥様。大丈夫でしたか?」
「……シイナ。大丈夫だったわよ」
戻るなりシイナが心配そうに訊いてきた。それには短く答える。
「そうでしたか。なら良いのですけど」
「もしかして。シイナは知っていたの?」
「……はい。メイド長であるヴィレッタさんから聞きました」
そうと言うとシイナは眉を八の字に下げた。
「奥様。東和国の陛下がいらしてもにっこり笑顔を忘れないでくださいね。紅梅の君様にも」
「わかっているわ。婚姻式の日もにっこり笑顔と丁寧な態度は忘れないわよ」
「それなら良かったです。奥様にとってはどちら様も気が抜けない方々ですからね」
シイナの言葉にちょっと肩を竦めた。確かにその通りではあるからだ。紫晏様はかつての夫君だし。紅梅の君はその彼の寵愛を巡って争った相手だものね。ううむと唸る。
「……奥様。とりあえず、ハーブティーを用意しますね」
「ありがとう。そうしてちょうだいな」
シイナは頷くとお茶の支度に取り掛かった。わたくしはそれを横目にため息をつく。
その後、シイナの淹れてくれたハーブティーを飲みながら一息ついたのだった。