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八話

この回はR15の描写が含まれます。

苦手な方はご注意ください。

 わたくしがホーリーホック公爵家に嫁いで早くも二ヶ月が経った。


 エティ様からの贈り物は継続されている。花は毎日のように届けられていた。今日は真夏に咲くらしい睡蓮が水を張った透明なガラス製の容器に生けられていた。今は真夏だ。東和国にいた頃は苦手な季節だった。暑いし湿気が凄いし。何よりわたくしは暑がりで幼い頃から夏ばてで寝込んでいた。フレンヌ国は気温こそ高いが。からっとしていてまだ過ごしやすい。


「……スーリジア様。冷たいお茶を淹れました。召し上がりますか?」


「……ええ。あ、白桃もあるのね」


「はい。サレジオ陛下からの贈り物です。スーリジア様がお好きだろうからと今日の朝方に届けられまして」


 そう言うとセレンは微笑んだ。アイスティーが入ったコップと白桃が盛り付けられた皿をテーブルに置く。白桃は皮を剥き、綺麗に一口大に切り分けられている。わたくしはコップを手に取ると一口含んだ。紅茶ではなく東和国産の緑茶を水で淹れたものらしい。少しの苦味と甘味が絶妙で香りも鼻腔から抜けるような爽やかさが心地よいものだ。白桃も小さなフォークで突き刺して齧りつく。じゅわっと果汁が口内に広がる。甘酸っぱい味だが上品さも感じられた。凄く美味しいしあっさりしていて食べやすい。


「うん。意外と緑茶と合うわね」


「はい。緑茶は冷茶用の茶葉を使って淹れてみたんです。その方がスーリジア様も飲みやすいと思いましたので」


「ありがとう。気を使ってくれたのね。おかげでこれだったら食べやすいし飲みやすいわ」


 素直に言ったらセレンは嬉しそうに笑った。けどわたくしはふとある事に思い至る。

 ……何でセレンが東和国の緑茶を用意しているの?

 確か、紫晏様の事は嫌ってたんじゃないのか。そう考えて問いかけてみた。


「……ねえ。セレン」


「何でしょうか?」


「どうして東和国産の緑茶を用意したの。あなた、向こうの陛下の事は嫌っていたじゃない」


 はっきり言うとセレンの表情が強張った。頬が引きつってしまったというか。少し黙り込んだ後、セレンはぽつぽつと話し始める。


「……いえ。スーリジア様が時折遠くを見るような表情をなさっていましたから。それでもしや、向こうの事を思い出して感傷に浸っておられるのではと」


「けど。それがどう緑茶に繋がるの?」


「スーリジア様が東和国をしのぶ寄す処になればと思ったのです。他意はありません」


 セレンの話を聞いてやっと納得できた。なる程、この子にはそう思われていたのか。


「……セレン。何だか心配をかけていたようだけど。わたくしは大丈夫だから」


「そうですか。なら良かったです」


 大丈夫と告げただけだが。それでもセレンにはちゃんと意味は伝わったらしい。ほっとしたようで悲しげだった表情は和らいでいた。

 わたくしは感傷に浸っていたわけではないから大丈夫よ。そういう意味で言ってみた。冷茶を飲みながらも紫晏様の事は忘れよう。そう決めたのだった。


 さらに半月が過ぎた。わたくしはエティ様に現在の心境を言おうと決意する。婚姻式を挙げるのも後一月と迫っているのもあった。シイナに言って今日の夜に主寝室に来てほしいと伝えた。

 そうして夜の九の刻くらいにエティ様が主寝室にやってくる。わたくしは湯浴みを済ませて寝間着であるネグリジェに着替えていた。髪も緩く束ねている。エティ様も白いシャツに黒のスラックスという楽な服装だ。


「……ジーア。シイナから話をしたいと言伝があったので。それで来ましたが」


「……ええ。こんな夜分にごめんなさい。実はエティ様にお伝えしたい事があって」


「私に伝えたい事ですか?」


 エティ様は不思議そうにする。わたくしは意を決した。


「エティエンヌ様。わたくしはあなたと本当の夫婦になりたいと思っています」


「……ジーア?」


「紫晏様の事は忘れようと決めたのです。今はあなたの事をお慕いしています」


 自分の気持ちをはっきりと告げた。エティ様は目を開いたまま、その場に立ち尽くす。


「……あ。いきなりで驚きましたよね。けど。わたくしはそれだけは言っておきたかったのです。お休みなさいませ」


「……待ってください。ジーア。私を好きでいてくれているのですか?」


「……え。そうですけど」


 エティ様の問いかけに答える。すると大股ですぐ近くまでやってきた。顔を上げたら接吻ができそうなくらいにだ。


「ジーア。私は夢を見ているのでしょうか。まさか、想いが通じ合うとは」


「夢ではありませんよ。わたくしはエティ様が好きです」


「……そうですか。では触れても良いですか?」


 またの問いかけに小さく頷いた。そしたら優しく抱き締められる。ふわりとエティ様から石鹸の香りがした。不思議と安心できる。不意に額に温かく柔らかなものが押し付けられた。接吻をされたらしい。


「……ジーア。私もあなたを愛しています。生涯添い遂げるつもりでいますよ」


「わたくしもです。ずっと一緒にいましょう」


 そう言ったらエティ様は再び顔を近づけてきた。自然と瞼を閉じる。唇に温かく柔らかなものが軽く当てられた。接吻をされたとすぐに気づく。初めてではないが。それでも本気で好きになった相手との接吻は思ったよりも心地よい。啄むようなものではあっても不思議と満たされる。その後、わたくしはエティ様とベッドに直行した。


「……ジーア」


 熱っぽく呼びかけられて顔に血が集まるのがわかる。今は真っ赤になっている事だろう。エティ様はもう一度接吻をしてきたのだった。上に伸し掛かられながらも互いを求め合った。


 翌朝、わたくしはエティ様と共に起きた。昨夜は熱い一夜だったわ。まだ、身体の節々が鈍く痛むし凄く気だるいが。でも気分は満たされていた。


「……ん。ジーア?」


「……おはようございます。エティ様」


 赤面しながら言う。するとエティ様は甘い笑顔で寝転がったまま、わたくしの髪を撫でた。はっきり言ってかなり恥ずかしい。


「ジーア。もう朝になったね」


「……そうですね」


「婚儀も挙げていないのに。あなたと一夜を過ごしたとわかったらメイド達に睨まれるな」


 エティ様はそう言うと苦笑した。わたくしも釣られて笑った。


「……仕方ありません。わたくしが説得します」


「ジーア一人に任せるのはちょっと悪いな。私からもよく言っておくよ」


 エティ様はまたわたくしの髪を撫でる。頬も撫でられながら甘いひと時を過ごしたのだった。

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