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七話

 翌朝、わたくしはシイナにセレン、ゾフィに起こされた。


 もぞもぞと上半身を起こす。ベッドの天蓋のカーテンをシイナが引いた。セレンが窓辺のカーテンをしゃっと音を立てて開ける。シイナとゾフィはタオルと歯ブラシに歯磨き粉を手渡してきた。


「……スーリジア様。洗顔や歯磨きをなさってください。私はその間に着替えを用意しておきます」


「……わかったわ」


 受け取りながら頷く。ベッドから出ると洗面所に向かう。フレンヌ国は上下水道が完備されていた。おかげで蛇口さえ捻れば、水が出てくる。東和国での不便利さとは雲泥の差だ。歯ブラシに粉をつけてコップに入れた水に軽く浸した。そうした上で歯を磨く。一通りしてから口をゆすいだ。何度かして歯ブラシやコップも流水ですすぐ。顔も何度か洗った。手渡されていたタオルで水気を拭き取る。髪も手櫛で軽く整えてから歯ブラシなどを持って洗面所を出た。


「スーリジア様。これにお召し替えをしましょう」


 セレンが言うとわたくしが持っていた洗面用具をゾフィが受け取る。シイナとセレンは近づいてきて寝間着を脱がせにかかった。下着も替えて用意してくれていた淡い緑色のワンピースを着た。お化粧水などを塗り込んだら薄く白粉をはたいた。口紅も塗る。

 髪にも香油を塗り込んでブラシで梳く。緩く束ねると身支度は出来上がった。


「……朝食は食堂でとるようにと旦那様からのお言伝です」


「そう。わかったわ。今から行きます」


 わたくしは頷くと寝室を出てセレン達と共に食堂に向かった。廊下には既にメイド長のヴィレッタが待ち構えている。


「おはようございます。食堂に行かれるのですか?」


「……ええ。そうだけど」


「でしたら。私がご案内します。こちらへどうぞ」


 メイド長に促されて再び歩き出す。廊下を進み、角を2つほど曲がる。そうすると一つのドアの前にたどり着いた。メイド長が静かに開ける。わたくしが入るとシイナとセレンも一緒に入った。


「……おはようございます。殿下」


「……おはようございます。閣下」


 食堂の奥に向かうとホーリーホック公爵自らが挨拶をしてきた。わたくしも同じようにする。そしたら何故か、シイナとセレンが公爵を睨みつけていた。どうしたのだろうか。


「……公爵閣下。殿下に何かご用でしょうか?」


「……いや。何もないですよ」


 閣下――エティエンヌ氏がそう言うとシイナとセレンは睨みつけるのはやめた。が、まだ油断ならないと言わんばかりにしている。余計にわけがわからない。


「……シイナ。セレン。どうしたの?」


「いえ。旦那様は昨夜に殿下のお部屋にいらっしゃいまして」


「え。わたくしの部屋に?」


 それは初耳だ。シイナはまたじろりとエティエンヌ氏を睨む。な、なる程。油断も隙もないとは言えているか。


「……まあ、殿下に添い寝をなさったくらいですけど。それでも婚儀も挙げていないのに。何を考えておいでなのやら」


「シ、シイナ。添い寝くらいなら良いではないの。閣下はそれ以上はなさらなかったのでしょう」


「それでもです。旦那様には牽制くらいはしておかないと」


 セレンまで一緒に睨みつけている。どうしたものやら。二人に牽制されながらもエティエンヌ氏は苦笑いした。わたくしが家令のイアンに椅子を引いてもらい、座るまでそれは続いたのだった。


 朝食が終わりわたくしは自室に戻る。……のだが。何故かエティエンヌ氏が一緒にやってきた。


「……殿下。これからはジーアと呼んでも良いでしょうか?」


「……え。何故ときいても?」


「いえ。あなたとは夫婦となりますし。この際だから愛称で呼んでみたいと思いましてね」


 そう言ってエティエンヌ氏はにっこりと微笑んだ。わたくしは驚いて目を開いた。


「……わかりました。でしたらわたくしもエティ様と呼ばせていただきます」


「構いません。私が女性嫌いだとは聞いておられますよね?」


「ええ。なのにわたくしと結婚して良かったのかしら」


「……私は。あなたの事が昔から好きでした。それこそあなたが少女の頃から」


「……わたくしの事を?!」


 再び驚いてしまう。エティエンヌ氏もとい、エティ様は座っていたソファーから立ち上がる。向かい側にいるわたくしの元に来ると跪く。


「……ジーア。私は十年前からあなたをお慕いしています。けどあなたは王女で私はただの騎士でしかなくて。それが今になって結婚ができるとは思わなかった。どうか私を見てください」


「……エティ様。こんな出戻りのわたくしを引き受けてくださっただけでも有難いくらいなのに。まさか、あなたがわたくしを好きでいてくれたなんてね。夢のようだわ」


 そう言ってエティ様はわたくしの左手を優しく取る。薬指に軽く接吻をされた。温かく柔らかな感触がして一気に心の臓が跳ね上がる。


「……エティ様!?」


「ジーア。私は想いを告げました。あなたは?」


「……わたくしは。エティ様を好きではあるの。でも紫晏様が忘れられなくて」


「そうですか。まだ、東和国の陛下を忘れられないと。でしたら私があなたに振り向いてくれるように努力します」


 エティ様は晴れ晴れとした笑顔で宣言する。わたくしの左手を握りしめた後、軽く抱き締めたのだった。


 この日からエティ様はわたくしに毎日、花や手紙、お菓子などを贈るようになった。時間を見つけては一緒に食事やお茶会をしたり庭園を散策したり。なるべく二人でいない時はないようにしていた。一人でいるのは湯浴みや就寝時くらいだ。エティ様はわたくしにしきりと好きな服の色や宝石などについて訊いてきた。

 仕方ないので好きな色に香り、花などは答えておいたのだが。そしたらエティ様はわたくしの好きな青系のドレスや柑橘系の香水を贈ってくる。


「……贈ってもらえるのは有難いけど。お礼状を書くだけなのも何だか悪いし」


「……もらっておけばいいんですよ。スーリジア様からお礼状を頂けるだけでも喜べばいいんです。あの閣下は」


「何だか言葉にトゲを感じるわよ。シイナ」


「気の所為ですよ。旦那様には注意をしてください。奥様」


 最初は名前か殿下呼びだったのが。奥様と呼ばれてちょっと驚いてしまう。エティ様に想いを告げられた時も驚いたが。わたくしは目を開いたが気にしないふりをした。セレンが淹れたお茶を口に含んだ。こくりと嚥下すると爽やかな香りが鼻腔を抜けたのだった。




 

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