三話
第一騎士団が待機する場所は港から少し歩いた所にある広場だった。
中央付近には噴水もあるらしい。そして二輌程の馬車が停めてある。ヴェリタス副長がわたくしをそこまで案内してくれた。シイナやセレンの三人で一輌目の馬車に乗り込んだ。二輌目にはアランとイアン、副長が乗り込んでいた。まあ、アランとイアンは船旅で疲れているだろうし妥当だと思う。わたくしは腰まである髪を三つ編みにして一束にしているが。服装は淡い藍色のタートルネックの長袖で丈が足首まであるワンピースだ。編み上げブーツも履いていた。帽子も被っていた。シイナとセレンも似たようなデザインのワンピースに編み上げブーツを着用している。二人はわたくしと違い、髪をシニヨンにして帽子を被っていた。馬車に乗る時にシイナが手を差し伸べて助けてくれる。
「……スーリジア様。足元に気をつけてください」
「……ありがとう」
シイナの手に掴まってゆっくりと乗った。シイナはわたくしが座席に落ち着くのを見てから向かい側に座る。セレンも同じようにした。扉が閉まって少し経ってから馬車が走り始める。騎乗の騎士達が四十名程で馬車の周りを護衛しているが。大事になったものだとため息をついたのだった。
馬車で走ること半日程が経ったろうか。高い位置にあった太陽が西に降りて沈みつつある時刻になって宿屋と思われる木造建築の前に停まった。
「お嬢様。宿屋に着きました」
御者が扉を開けて知らせてくる。そしてヴェリタス副長が二輌目の馬車から降りてこちらにやってきた。
「……お嬢様。降りる時は気をつけてください」
「……ええ」
今はお忍びなのでわたくしは良家の令嬢という扱いらしい。まあ、それもそうかと思う。出戻りの娘、しかも王女となったら外聞がすこぶる悪い。なので名前を伏せてお嬢様と呼んでいるのだろうな。そう思いながら副長にエスコートしてもらいつつ、馬車から降りた。
「こちらは宿り木亭といってお食事処兼宿屋になっています。宿屋としては中の上と言えますね」
「そう。わざわざありがとう」
お礼を言うと副長はにっこりと微笑んだ。あら、こういう表情をしたら威圧感が和らいで優しげに見えるわね。きりっとした目元が垂れて甘い感じになったとも言える。紫晏様とはまた違う美男だとは思っていたが。なかなかに好印象に映ったのだった。
宿屋に入りわたくしはシイナと二人部屋になった。セレンはアランと同室だ。実はこの二人、恋人同士なのよね。だからこその部屋割りなんだけど。イアンはヴェリタス副長と同室だった。他の騎士達も三人ずつに一部屋といった感じで割り当てられていた。部屋数が足りるのかと思ったが。シイナは大丈夫だと言っていた。
「……それよりもお嬢様。湯浴みをしたらお食事を持ってきます。今から準備をしますね」
「わかったわ。わたくしが入ったらあなたも湯浴みをなさいね」
「はい。ありがとうございます」
シイナはそう言うと着替えや石鹸などをカバンから出した。タオルも出したりした後、浴室に行く。しばらくしてから「準備ができました」と知らせてきてくれる。わたくしは頷くと脱衣場に入った。こうしてシイナに手伝われながら湯浴みをしたのだった。
湯浴みを終えると淡い水色のネグリジェを着た。上には同じ色のカーディガンを羽織る。シイナは着替えが終わると一階の厨房に夕食を取りに行った。一人で待つ事になったが。ベッドに腰掛けた。宿り木亭の部屋にはベッドが二つと机と椅子、カンテラ、サイドテーブルと必要最低限の家具があるだけだ。部屋の奥には二つドアがあり右側が不浄所、左側が洗面所兼脱衣場、浴室がある。それらを確認してからふむと考えた。
(……確か。紫晏様は手紙にわたくしの新しい嫁ぎ先を兄上に頼んだと書いていたわね。どこぞの公爵家だとあったけど)
わたくしが嫁ぐとしたら三公家の内のどれかだろう。まず、フレンヌ国の北部を守るフィジー公爵家に東部を守るペリエ公爵家、南部を守るホーリーホック公爵家だったか。知る限りではフィジー公爵家には三人の子息がいたはずだ。
ペリエ公爵家は二人、ホーリーホック公爵家は一人だけだったはずだが。この六人の子息達が候補になるだろう。後は侯爵家に辺境伯家と言った所か。そういえば、ヴェリタス副長は侯爵家の出身だったと聞いている。だとしたら彼も候補に入っているかも。まあ、副長であればいいかもしれない。面識はあるし。そう思いながらシイナを待った。
しばらくしてからシイナが戻ってくる。両手にはトレイがあった。ほかほかと湯気の上がった料理が乗せてある。
「……お嬢様。夕食をお持ちしました」
「ありがとう。美味しそうね」
シイナはトレイを机の上に置く。わたくしはベッドから立ち上がり椅子を引いて座った。フレンヌ国民が信仰する女神――フルール神に祈りを捧げてから食事を始めた。もう祖国に戻ったのだからフレンヌ式にしてもいいだろう。そう思ってしたのだが。それでも夕食は美味だ。固めの黒パンを程よい温かさのトーマツスープに浸して食べる。トーマツスープは赤い色をしていて酸味と少しの辛味があった。具材は
キョレにオミオ、タール芋にベーコンだ。ブラックペッパーに塩だけの味付けだが。素朴な味わいがある。鶏肉の照り焼きやキョロット入りのサラダもなかなかに美味で完食したのだった。
夕食を終えるとシイナが後片付けをする。カチャカチャと音がする中でわたくしはぼんやりとした。シイナはいつの間にか片付けを終えて部屋を出ている。ほうとまた息をつく。自分の銀灰色の髪をなんとはなしに見る。一房持ち上げた。カンテラの灯りに照らされて髪は煌めいた。我ながら綺麗というより不気味だと思う。幼い頃、この白髪のような髪色と薄いピンク色の瞳のせいで母から疎んじられていた。母は黄金の髪と淡い緑色の瞳の派手な美人だった。なのにわたくしは母に全く顔立ちも髪や瞳の色も似ていなくて。おかげで周囲から不義密通を疑われていたらしい。
ただ、王である父や王太子の兄の二人だけはわたくしを王女として扱ってくれた。父は娘として、兄は妹としても見ていてくれていたのだ。それには感謝している。父は退位こそしているが元気にはしているそうだ。母はわたくしが東和国に嫁いで一年後に亡くなったが。これを聞いた時は不思議と悲しみは湧かなかった。薄情な娘だとは思うが。それでもこうやって帰ってきたのだから母のお墓参りくらいはしようと思ったのだった。