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二話

 わたくしは三日間、紫晏様の言葉通りにゆっくりと過ごした。


 シイナもセレンも何も言わない。けど異変は突然にやってきた。紫晏様から文が届けられたのだ。内容を確認する。


< スーリジアへ


 いきなりで悪い。実は君や他の五人の側妃達に暇を出す事にした。


 なのでスーリジアにはフレンヌ国に戻ってもらいたいと思っている。フレンヌの王には既に連絡済みだ。


 王からも承諾の返事をもらっていてね。また、君の新しい嫁ぎ先も用意してくれているらしい。


 確か、公爵家の子息が相手だと聞いた。上手く縁談がまとまる事を願っているよ。


 親愛なるスーリジアへ

 東和国王

 紫晏>


 短くそう書かれている。筆跡は紫晏様のものだ。わたくしはあの時の言葉を思い出す。


『……後宮を解体したいとすら思っているのに』


 やはり、紫晏様は本気で後宮を解体しようとしている。だが、彼には未だに子がいない。紫晏様は現在で二十歳だ。紅梅の君こと梅花宮の側妃である紅蘭様が懐妊しているらしいが。紅蘭様はわたくしより二歳下の十七歳だ。ちょっと嫌な予感がする。もやもやとした物を抱えながらもため息をついた。


 あれから半月後にわたくしは後宮――三年間を過ごした桜花宮を出た。船で海路を進んでいたが。

 蒸気船の中にある上等な船室で窓から見える海を眺めていた。ザザンという波の音とボーッと鳴る蒸気船の煙突から出た音が耳に届く。懐かしい。やっと祖国に戻れるという安堵と少しばかりの寂しさが去来する。


『……達者でな。スーリジア』


 別れ際に紫晏様はそう言ってわたくしに桜の花びらで作った押し花をくれた。君の名の由来でもあるからなと微笑みながら。わたくしの名が桜から来ているとちゃんと知っていてくれた。それが凄く嬉しくて泣いてしまったのは言うまでもない。荷物を入れたカバンから桜の押し花で作った栞を取り出す。また涙が出てきそうになり唇を噛み締めて我慢したのだった。


 半月もの船旅の中、シイナとセレンはフレンヌ王国に戻れる事を喜んではいた。が、東和国で仲良くなった侍女達や知り合いの事を気にしてもいる。


「……スーリジア様。お食事を持ってきましたよ」


「そう。セレンやシイナはもう食べたの?」


「はい。ご心配いただきすみません」


 セレンはそう言いながらも食事が乗ったトレイをテーブルに置く。今日の昼食はバターロールとセーリのスープ、キョレという野菜などが入ったサラダ、カリカリに焼いたベーコン入りの目玉焼きだ。船内食としては豪華だ。


「……いただきます」


 東和国風に両手を合わせてからフォークを手に取る。サラダを食べたらシャキシャキしたキョレの食感が良い。かけられたドレッシングはゴマ風味で美味だ。セーリのスープはあっさりしているし。バターロールもふわふわしていてバターの香りと風味に驚かされる。お、おいしいわ!


「……スーリジア様。本当に美味しそうに召し上がりますね」


「だって。東和国のお料理も良かったけど。フレンヌ国のお料理は久しぶりだったんだもの」


「まあ、そうですね。けど。フレンヌ国まではまだまだかかりますから」


 セレンの言葉には頷く。わたくしは昼食を完食した。


 あれから半月の間はずっと船旅が続いた。幸いにも船酔いはしていない。ただ、シイナは心配そうにしていたが。セレンもちょっと退屈そうにしていた。わたくしは本を読んだりレース編みをしたりして時間を潰していた。


「……スーリジア様。後三日もしたらフレンヌ国の港に停泊するそうです。護衛のアランが言っていました」


「そうなの。シイナは嬉しそうね」


「はい。やっと帰ってこれたのですから」


 わたくしはレース編みを続けながらもシイナに笑いかける。


「わたくしもそれは思うわ。シイナやセレンには今までお世話になったわね」


「……スーリジア様?」


「フレンヌ国の王宮に戻れたらあなた達には暇を出すわ。これを機に二人には新しい仕事先や縁談を紹介するから。特にシイナ。あなたはまだ十八歳。婚約者の一人でも探しなさいな」


「ス、スーリジア様。私はもうしばらくは恋愛や結婚はいいです。私の事よりもご自身の事を考えてください!」


「シイナ……」


 せっかく言ったのに。シイナに突っぱねられてしまった。仕方ないのでこれ以上は言わないでおいたのだった。


 三日後、シイナの言った通りに蒸気船はフレンヌ国の港に停泊した。ここは確か、サーラーの町と言ったはずだ。シイナにセレン、護衛騎士のアランとイアンの五人で荷物を持って船の桟橋をゆっくりと降りる。陸地にたどり着くと髪や頬に潮風がすり抜けていく。やっと祖国に帰ってこれた。安堵感と寂しさがない混ぜで複雑だ。ちょっと感傷に浸っていたら一人の男性がこちらにやってくる。よく見たら帯剣をしているし紅い騎士団の制服を着ていた。短く切り揃えた黒髪に淡い緑の瞳の精悍な顔立ちをしている。


「……お迎えに上がりました。スーリジア殿下」


「……あら。わたくしの名を知っているのね。という事はあなたは近衛騎士団の方ね?」


「はい。そうです。名乗るのが遅れました。私は第一騎士団の副長でエーリッヒ・ヴェリタスと申します」


 わたくしはエーリッヒ・ヴェリタスの名を聞いて驚いた。長兄のサレジオ王太子の護衛騎士が彼だったはず。なのに何でわたくしの迎えにヴェリタス副長が遣わされたのだろう。疑問が顔に出ていたのか。ヴェリタス副長は苦笑しながら言った。


「実は主――陛下の命でお迎えに上がりました。なのでご安心ください。我ら第一騎士団が殿下を王都まで無事にお送りします」


「……なら心強いわね。けどわたくしは出戻りの身。殿下の敬称はいらないわよ」


「そうですか。でしたらスーリジア様と呼ばせていただきます」


 ヴェリタス副長はそう言うと跪いた。胸に手を当てて頭を下げる。わたくしは鷹揚に頷いて返した。


「……わざわざ、こんな遠方までご足労様です」


「……恐縮です」


「では。これからしばらくはよろしく頼みましたよ」


「はっ。しかと肝に銘じておきます」


「……それでは。行きましょうか」


 わたくしが促すとヴェリタス副長は立ち上がる。アランとイアンも彼に付いて行く。わたくしはシイナとセレンと共に第一騎士団が待つという場所まで歩いて行った。







 

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