四話
私は翌朝の六の刻頃に目を覚ました。
うんと両腕を真上に伸ばす。ふわぁと欠伸をした。
「……ああ。よく寝たわ」
キョロキョロと辺りを見回したが。まだ侍女は来ていない。仕方ないので寝具の中から出る。早く誰か来てくれないかしら。そう思っていたらパタパタと足音がした。障子戸を開けて中に入ってきたのは。
「……お嬢様!」
「あ。ターニャじゃないの。それにセリーヌ、ソフィやツェナー。チェリーも」
「はい。下野さんが「これからはキャメリア様のお世話は我らがするから。そなたらは帰るように」と昨夜に言ってきて。その言葉を聞いていたら黙っていられなくて鴇羽様に直談判したんです。鴇羽様は「キャメリア嬢の馴染みの者がいた方が何かと良かろうに」と下野さんを宥めてくださったんですよ。おかげでこちらにいても良いと許可を頂けました」
ターニャの話に何とも言えなくなる。昨夜にそんな一騒動があったとはね。のんびりしていた自分が情けなくなった。下野が嫌がらせのためにターニャ達を遠ざけようとしたのか。そんな考えが不意に脳裏をよぎる。まあ、情報が少ないからこれ以上は考えても仕方ないわね。
「……あなた達がいてくれたら私も心強いわ。どうも下野達だと緊張してしまうのよ」
「それは仕方ありませんよ。お嬢様は東和国にいらしてまだ日が浅いですし」
「まあ。そうよね。これから少しずつでも慣れていかないと」
私が言うとターニャ達も頷いた。その後、三半刻程してからやっと下野達がやってくる。私は洗顔をしてフレンヌ国から持ってきた歯ブラシや磨き粉で歯磨きもすませた。着替えは着物ではなくあちらの部屋着――足首丈のワンピースにした。ちなみに淡い紅色のタートルネックに七分袖のデザインだ。髪はツェナーがやってくれる。緩く編み込んで髪紐で一束ねにした。
「……私共がいなくても何とかなりそうですね」
「ええ。下野。あなた、ターニャ達をフレンヌ国に帰そうとしたらしいわね?」
「それがどうかなさいましたか」
まだ白を切ろうとしている。私はムカッときて下野を睨んだ。
「あなたね。ターニャ達が鴇羽様に直談判しなかったら。そのまま、隠し通す気満々だったでしょう」
「……ええ。私はあなた様とお館様の婚姻を認めてはいませんから」
「あらそう。ならいいわ。今後は身の回りの事はターニャ達にやってもらうから。あなたや雀、緋鞠、小瑠璃には外してもらっても構わないわ」
私が言うと。下野は真顔になっていた。
「そうですか。後でどうなっても知りませんよ。私共はキャメリア様の事を奥方として扱う気は毛頭ありませんから」
「……わかったわ。ターニャにセリーヌ。下野達には帰ってもらってもいいから。お見送りしてあげて」
「はあ。わかりました」
ターニャが頷く。下野達はこちらを一睨みすると客室を去っていった。私はやれやれとため息をついたのだった。
それからは東和国の礼儀作法などを習う日々が始まる。ちなみに教えてくれているのは鴇羽様が寄越してくれた侍女だ。名を萌黄といい、三十を少し過ぎた年の穏やかで温厚な女性だった。
「……キャメリア様。今日はお辞儀や手をつく時の御作法をしましょう。後は座布団に座ったりする時にどうするかもです。では今からお教えしますね」
「わかったわ」
「まず。お辞儀について。お相手のご年齢や立場によって身体の曲げ方も変わります」
成程と頷いた。萌黄は年長の方や身分が上の方であれば、直角に近い感じで曲げると教えてくれる。私は実際に立ち上がり萌黄の前で「こんな感じかしら」と言ってお辞儀をしてみた。
「……もうちょっと深々とした方がいいですね」
「じゃあ。これくらい?」
そう言いながら腰をもう少しだけ曲げた。萌黄は近づくと頭を上げるように言う。
「今ので合格です。キャメリア様」
「そう。今の角度を覚えておくわ」
「ええ。次は……」
それからまた、同等の立場の人に対してのお辞儀や会釈などについてもお稽古は続いた。私は勤しむのだった。
夕方になり萌黄の授業は終わった。入れ代わりにター二ャ達が夕餉を持ってやってくる。
「お嬢様。今日もお疲れ様でした。夕餉をお持ちしました」
「ありがとう。今から食べるわね」
夕餉のお膳を近くに置いてもらい、お箸を手に取った。食事を始めた。
現在は身の回りの事はターニャやチェリー、セリーヌ、ソフィ、ツェナーがやってくれている。お食事をチェリーやセリーヌが交代で作ってもくれていた。
「……何から何まで悪いわね。私が意地を張らなかったらターニャ達もこんなに大変な思いをしなくてすんだわ」
「そんな事はありませんよ。むしろ、下野さん達からは敵意をひしひしと感じましたし」
「そうだったの。じゃあ、いずれは鴇羽様に直談判をまたしないといけないわね」
「ええ。ただでさえ、お嬢様はこちらの人達に嫌われていますし。私共がお守りしなければ、誰がするんですか」
「まあ、そうよね。これからは奥方として受け入れられるように頑張らないと」
そう言うとターニャは寂しげに笑った。ちょっと泣きそうになったのは言うまでもなかった。




