Camélia rouge(紅い椿)一話
私がフレンヌ王国で生まれ育ってから十九年目の春が来た。
この年に東和国の鴇羽様というお方に嫁ぐ事が決まった。母上は哀しげにしていたが。父上もだ。弟のオリバーは「姉上。お気をつけて」と言ってはくれた。だが、複雑そうな表情だった。妹のコルザも近い内に東和国へ嫁ぐ。
「……ねえ。姉様は鴇羽様がお相手だけど。私のお相手の琥珀様はあちらの陛下のはとこ。ご年齢が十歳も上だから不安だわ」
「そう。鴇羽様は十二歳も上よ。あなたの方がまだマシだわね」
「いいじゃないの。鴇羽様は文武両道で美男でいらっしゃるのよ。それに引き替え、琥珀様は武芸が苦手で。お顔立ちも今ひとつらしいじゃないの。私にしてみたら不満だらけだわ」
コルザはそう言うと頬を膨らませた。まだ、十八歳の彼女からしたら琥珀様が相手なのが不満だらけと言うのはわからなくもない。けど私は鴇羽様と上手くやっていけるかそこが不安でしょうがないのだが。母上には言いにくいし。琥珀様は武芸が苦手とはいえ、頭脳明晰で聡明な方らしい。性格も穏やかで温厚だと聞いた。私よりは良いのでは?と思う。
「……コルザ。仮にも将来の夫君となる方に対して失礼よ。お顔立ちが美男じゃないくらいは。いいではないの」
「姉様はそう言うけど。私は琥珀様の全てを受け入れる気はないわ。政略結婚なら恋人でも作って家出してやるから!」
「コルザ」
妹の名前を呼んだが。コルザはふんと鼻を鳴らして応接間を出て行ってしまった。私は冷めた紅茶を飲んだのだった。
翌日、荷造りに大わらわになっていた。母上もメイド達と共に手伝ってくれている。私も必要な物をカバンやスーツケースに詰めていた。ホーリーホック公爵邸では娘二人共が他国に嫁ぐ事になっていて皆がやっきになっている。それも仕方ない事だった。東和国に私達姉妹が嫁ぐ事になった理由。母上――スーリジア夫人にあった。
母上は元々、東和国の王である紫晏陛下の側妃だった。ところが陛下は理由あって後宮を解体し母上や他の側妃達を実家に帰したり他の貴族などに降嫁させたりした。母上も故郷であるフレンヌ国に帰り父上――現ホーリーホック公爵と再婚する。そうして生まれたのが私や妹に弟なのだが。父上と母上は現在でも仲睦まじい。見ていて照れるくらいにはね。そう思いながらも手は止めなかった。こうして荷造りは仕上がっていった。
一週間後には東和国に旅立つ事になる。港には両親と妹や弟、伯父夫妻にいとこ達が見送りに来てくれた。
「キャメリア。体調には気をつけるのだよ」
「ありがとう。父上も気をつけてね」
「……メリー。たまには手紙をちょうだいね。後あなたの好きな茶葉やお菓子を贈るわ。必要な物があれば知らせてね」
「母上もありがとう。お手紙を時間があれば出すわ。茶葉やお菓子はたまにでいいから。まあ、必要な物は追々知らせます」
「姉様。早いわね。時間が過ぎるのは。前はごめんなさい」
「いいのよ。私も悪かったわ。コルザも元気でね」
「……姉様」
コルザはそう言うとほろほろと涙を流す。私は感極まって妹を抱き寄せた。よしよしと幼い頃のように背中を撫でてやる。弟のオリバーもこちらにやってきた。
「……姉上。どうぞお気をつけて。また僕も手紙を出します」
「……オリバー。父上と母上をお願いね。私がいない分、あなたには迷惑をかけるけど」
「迷惑だなんて思っていません。姉上とこれからは会えなくなりますけど。僕も頑張ります」
そう言って泣き笑いの表情になる。私はコルザを離すとオリバーに手招きをした。近くまでやってきた彼はもう十三歳だ。背丈は私の目線くらいまである。
「……オリバー。本当に大きくなったわね。今日からは会えなくなるけど。元気でね」
「はい。姉上」
オリバーの頭を軽く撫でてやった。少しの間そうすると私は蒸気船の桟橋に一歩を踏み出す。荷物を私付きのメイドであるセリーヌとソフィ、ターニャ、チェリー、ツェナーが両手に抱えている。従者も三人に護衛騎士が三人と大所帯だ。
「……お嬢様。もう出港の時間が迫っています。早く乗らないと」
「わかったわ。セリーヌ。皆、行きましょうか」
皆で頷き合うと私は伯父夫妻――サレジオ陛下に王妃であるシュレンケルラ様にも別れの挨拶をした。二人共、涙ぐみながら別れを惜しんでくれた。私はこうして蒸気船に向かったのだった。
船に乗り込むとセリーヌとソフィが私用の船室に案内してくれる。その中に入りドアを閉めた。母上も蒸気船に乗って東和国に嫁いだと聞いている。なら、母上も船酔いに悩まされたりしたのだろうか。そんな事を考えながらも荷物をクローゼットなどにメイド達と一緒に仕舞い込んだのだった。
夜になりターニャとチェリー、ツェナーの三人が夕食を持ってきてくれる。白パンに野菜スープや鶏肉のスパイス焼き、マッシュポテトの四品だ。どれもほかほかと湯気を立てていて美味しそうだった。船での食事の内容もこの数十年で格段に良くなったらしい。そんな事をセリーヌが聞かせてくれた。ちなみにセリーヌは母上付きのメイドであるセレンの娘で昔の話もよく知っている。
「……へえ。セレンからそういう事を聞いていたのね」
「はい。母は奥様の側妃時代からお仕えしていましたから」
「なる程。だったら東和国の事をもっと母上から聞いておくんだったわ」
そう言うとセリーヌは苦笑いした。ソフィやターニャもだ。チェリーとツェナーは興味津々と言った感じだが。ちなみにセリーヌは十九歳、ソフィとターニャは十八歳、チェリーが十六歳、ツェナーも同い年だった。
「……お嬢様。鴇羽様はどんな方なのでしょうね」
「それはまだわからないわ。ソフィは気になるの?」
「はい。お嬢様よりも十歳は上でいらっしゃいますけど。美男だと伺いました」
ソフィは薄っすらと頬を赤らめた。やはり女は美男に弱いのか。私はふうとため息をついた。それをターニャとチェリーが心配そうに見ている。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ。ターニャ。悪いわね」
「謝らなくていいんですよ。今はゆっくりと休んでください」
「そうですよ。ターニャと私はこちらの控えの間にいますから」
「ありがとう。チェリー」
「でしたらあたしも。一緒にいさせてください」
ツェナーが名乗りを上げた。ターニャとチェリーはしょうがないわねと言って頷く。三人が控えの間に行くとセリーヌとソフィが夕食を食べるように勧めてきた。スプーンを手に取ったのだった。




