十話
あれから一月が経った。
今日は待ちに待った婚姻式の日だ。朝早くからわたくしは身支度で大忙しだった。湯浴みをして身体を隅々まで入念に洗われた。香油を身体に塗り込み、マッサージをされる。その後でコルセットを装着して。ウェディングドレス――婚姻式用の真っ白なドレスを身に纏う。お化粧を丁寧に施され、髪をアップにする。幾つもの真珠で飾り白い薔薇の造花を挿した。長いヴェールを被り仕上げに銀製で小粒のダイヤモンドをあしらったティアラをつけた。わたくしが元は王女であるからと兄であるサレジオ陛下からの贈り物だ。といっても今日限りの話だが。そう思いながらも身支度は完了した。ヴェール越しに前ホーリーホック公爵夫妻――義父母が近づいて来るのが見える。
「……スーリジア様。この度はおめでとうございます。我が息子をよろしくお願いします」
「……お義父様。まだ式は始まっていませんよ」
「それでもです。我が息子のエティエンヌはあの通り融通が効きませんが。お見捨てなきように」
「わかりました。わたくしの力が及ぶ限りはエティエンヌ様のお側にいます。お義父様やお義母様にご迷惑はおかけしないように約束致しますわ」
「……すみませんね。スーリジア様がエティの奥方になってくださるのに。まだ実感が持てませんの」
義母が苦笑いしながら言う。わたくしは安心させようと笑いかけた。
「お義母様。わたくしがエティ様の奥方になるのは本当です。でもまあ、実感が伴わないのは仕方ありませんよ」
「そうですわね。あら、噂をすればなんとやらですわ」
義母が扇でドアを指し示す。エティ様が婚姻式用の白い軍服を着て入室してきたからだ。凄く素敵で思わず見惚れてしまう。ついじっと見ていたらエティ様がはにかむように笑った。
「……ああ。ジーア。凄く綺麗だ」
「……エティ様も素敵だわ」
互いに褒め合う。エティ様は頬を薄っすらと赤く染めた。ちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。義父母が生暖かい目で眺めていたのには気づかなかった。
その後、ヴァージンロードを先代の王でもある父と二人で歩く。父は小声で話しかけてくる。
「……スーリ。今度こそは幸せになっておくれ」
「父上。わたくしは紫晏様の事を恨んではいません。けど、エティ様を幸せにしたいと思います」
「そうか。エティ殿ならお前を大事にしてくれるだろうな。孫も楽しみにしているぞ」
「……ご期待に添えるかはわかりませんけど。頑張りますわ」
「スーリ。息災でな」
父を見ると優しく笑っていた。わたくしは小さく頷く。既に待ち構えていたエティ様に父はわたくしを託す。エティ様に手を添えられて三段程の階段を上がった。祭壇の前に共に立つと神官長によって誓約の言葉を交わした。
「……エティエンヌ・ホーリーホック。あなたはスーリジア・フレンヌを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「……誓います」
「では。スーリジア・フレンヌ。あなたはエティエンヌ・ホーリーホックを夫とし健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「……では。こちらの婚姻書に二人ともサインを」
エティ様が神官長からペンを受け取り婚姻書にサインを先にする。わたくしも受け取って同じようにした。
「……これにより、エティエンヌ・ホーリーホックとスーリジア・フレンヌとの婚姻が成立しました。二人にこれからも幸多からむ事を!」
「「おめでとうございます!ホーリーホック公爵閣下。スーリジア殿下!」」
わあと参列者から歓声と拍手がわき起こった。エティ様はわたくしの背中と膝裏に両手を差し込んだ。横抱きにされる。不安定な姿勢なので思わず首に縋り付いた。そしたら片腕に縦抱きにされる。ヴェールを外されて左側の頬に軽く接吻をされた。また、歓声と拍手がわき起こったのは言うまでもなかった。
初夜もつつがなく終わった。しばらくは蜜月が続く。そうこうするうちに結婚してから半年後にわたくしは懐妊した。既に二十歳にはなっている。季節は真冬だ。エティ様は懐妊がわかると過保護になった。
「……ジーア。また、庭を歩いていたのかい。何かあったらどうするんだ」
「大丈夫ですわよ。お医者様からも軽く身体を動かす方が良いと言われまして。エティ様は心配し過ぎです」
「それでもだ。ジーアはただでさえ、夏の暑さには弱いんだ。心配はし過ぎたって足りない」
エティ様はそう言うとわたくしを横抱きにして寝室へと連れていく。ちなみに今は応接間にいた。
「……エティ様。まだお昼ですよ」
「わかっているよ。けどスーリ。今日から明日の朝までは寝室にいるように。でないと私が不安だ」
「エティ様?!」
エティ様はそう言い置くと寝室を出ていく。鍵も閉めるという徹底ぶりだ。仕方なく翌日の夜まで寝室にいた。
こうして十ヶ月と十日が経った。翌年の十二月の中旬頃に元気な女の子が生まれる。わたくしに似た薄桃色の瞳とエティ様譲りの金の髪を持つ可愛い赤子だ。名は冬にちなんでキャメリアと付けられた。キャメリアはエティ様に大層可愛がられて育てられた。
二年後にも女の子が生まれた。淡い藍の瞳と白銀の髪を持つ儚げで綺麗な子だ。名は春にちなんでコルザと付けられる。エティ様はキャメリア同様に可愛がってくれた。翌年にも男の子が生まれた。名をオリバーと付けられるが。キャメリアとコルザは明るく朗らかな娘に育つ。オリバーは穏やかで聡明な子に。わたくしは三人の子達とエティ様と共に賑やかで平和な日々を過ごすのだった。
あれから二十年が過ぎ去った。キャメリアは今年で十九歳になる。つい先日にサレジオ陛下から東和国にこの子を嫁がせたいと言われたのだが。お相手はかの紫晏陛下の甥に当たる鴇羽様だった。キャメリアは大いに戸惑っていた。
夫のエティ様は「娘をできれば他国には嫁がせたくない」と難色を示していたが。わたくしはキャメリアに訊いた。
「……キャメリア。あなたはどうしたいの?」
「……伯父様の命なら。東和国に行きます」
「キャメリア」
わたくしはすっかり大きくなった娘を抱きしめる。キャメリアは抱き返してくれた。しばらくはそうしていたのだった。
こうして一ヶ月後にキャメリアは東和国に嫁いでいった。翌年にはコルザが鴇羽様のいとこの琥珀様に嫁いだ。ホーリーホック家にはエティ様とわたくし、息子のオリバーが残る。寂しいながらもわたくしは神に娘達の幸せを祈る日々を送り続けた――。




