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Fleurs de cerisier(桜)一話

 Fleurs de cerisier(桜)


 わたくしは幼き頃より桜の花がこよなく気に入っていた。夜に月光の下で咲くこの花は儚くも美しい。


「……スーリジア様。いかがなさいましたか?」


 そう問いかけてきたのはメイドのシイナだ。わたくしの名はこの桜から由来している。今は東和国という国の王の側妃として後宮入りしていた。わたくしがいた国はフレンヌ国と言い、東和国からは酷く遠い。わたくしとシイナにもう一人のメイドのセレン、護衛騎士が二人の五人だけで東和国にやってきた。


「……いえね。庭の桜が綺麗だなと思ったの」


「確かにそうですね。あの枝垂れ桜は陛下もお気に入りだそうですよ」


 シイナが言う。わたくしはなんとはなしに桜――枝垂れ桜を眺めた。


 わたくしことスーリジア・フレンヌはフレンヌ王国の第三王女だが。母が側妃で身分が低かった。わたくしが十六歳の春に父である国王から東和国に嫁ぐように命がくだされた。そして陸路を馬車で越えて船で海路を越えて。一月をかけて東和国の王都に嫁いできた。


「……もうあれから三年か。早いわね」


「そうですね」


「シイナ。今日は陛下はいらっしゃるの?」


 シイナに訊くとちょっと答えにくそうにする。何かあったのだろうか?不思議に思っていたらすぐ近くまでやってきた。


「……実は。陛下が新しく側妃をお迎えになるそうです。正妃候補だと皆が噂をしていまして」


「……あらそう。それはどなたなのかしら」


「左の大臣の大君だそうです。確か、十五歳の姫だとか」


 わたくしは少し驚いた。陛下は幾人もの側妃を娶っているが。わたくしで確か五人目だったはずだ。左の大臣の大君で八人になるから。呆れ返ってしまう。どこまで女好きなのか。それでいて未だに正妃を決めていないのだから神経を疑ってしまうが。ふうとため息をついた。


 この日の夜に久しぶりに陛下――紫晏様のお渡りがあった。わたくしのいる東棟――桜華宮(おうかきゅう)にいらっしゃるのは一月ぶりではないだろうか。そんな事を思いながらもシイナやセレンに身支度を手伝われる。湯浴みをしてから香油を身体中に塗り込まれた。薔薇の香りがする物でフレンヌ国産だ。顔にお化粧水や美容液、乳液などを塗りマッサージも施された。髪にもラベリの花の香りのする香油を塗り込んで幾度も櫛で梳いた。髪を緩く束ね、白い寝間着を身に纏う。そうしてからショールを羽織り寝室に行く。畳に敷かれた布団の側にため息をつきながら座る。


(……なんだか、憂鬱だわ)


 そう心中で呟いた。不意に障子がすっと開いた。静かに入ってきたのは艷やかな黒髪に深みのある藍色の瞳の美男だ。一度見たら忘れないくらいには美形であるが。この美男が東和国の王である紫晏様だった。背中につくほどの長さの髪を瞳と同じ藍色の髪紐で後ろに束ねている。衣服はわたくしと同じ白の寝間着だ。


「……待たせたようだな。スーリジア」


「……それほどでもありませんわ」


「そうか。その。そなたもあの噂は聞いたか?」


 紫晏様の言葉にわたくしは少し困惑した。が、すぐにかの大君の事だと気づく。こくりと首肯した。


「……ああ。聞きました。かの姫君を陛下がお気に召したと伺いましたけど」


「いや。左の大臣の姫をこちらに迎えるつもりはない。むしろ、後宮を解体したいとすら思っているのに」


「え。後宮を解体ですか?」


「そうだ。私もやっと正妃に紅梅の君を迎えたいと思うようになってな。直に彼女も王子を生むわけだし」


「なる程。でしたらわたくしや他の方々も近い内にお暇をいただきますわね」


 わたくしがそう言うと紫晏様は苦笑いした。


「……まあ。そう言う事になる。スーリ」


「陛下……」


 紫晏様がそっとわたくしのすぐ側まで来た。顎を片手で上げられて軽く接吻をする。紫晏様の深い蒼が情熱的にわたくしを見つめたのだった。


 翌朝、気だるい中で起きた。紫晏様はもう身支度を終えている。


「……起きたのか」


「……はい」


 声をかけられたので答えた。けど声が掠れているし喉がひりつくように痛い。それでも無理に起き上がって話しかけようとした。けど紫晏様に片手で制される。


「無理に喋らなくていい。身体も辛いだろう。今日から三日くらいはゆっくり休んだらいいよ」


 労りの滲んだ言葉に頷く。紫晏様はわたくしの頬を軽く撫でた。そうして離れると桜花宮を去って行った。まんじりとしない中で見送った。


 昼近くまで寝てからシイナが起こしに来る。セレンが喉に効くお茶を持ってきてくれた。寝起きではあるが。それを一通り飲んでから身支度をした。湯浴みをして歯も磨く。


「……スーリジア様。後で軽食をお持ちしますね」


 頷くとシイナはわたくしに部屋着を着せた。足首丈の淡いベージュ色のワンピースだ。上に青のカーディガンを羽織る。東和国では異国風の服装だが。これが一番わたくしにとっては過ごしやすい。最後に髪に香油を塗り込んで梳いた。緩く束ねる。


「さ。身支度はできました。今日は寝室でお過ごしくださいね」


「……わかったわ」


 頷くとわたくしは立ち上がる。寝室に行き、布団の端に座った。ほうと息をつく。後宮を解体したいと紫晏様は言っていた。いつになるのだろうか。そう考えながら天井の木目を睨んだのだった。


 シイナが軽食としてお粥とおすまし汁を持ってきてくれる。喉にいいお茶も一緒だ。お粥を食べておすまし汁も飲む。身体がじんわりと温まる。


「……お顔色が良くなられましたね。今朝は心配しましたよ」


「そうなの。それにしてもこのお茶、甘みがあって美味しいわね」


「蜂蜜を入れたのです。梨花茶といって梨の葉からできていましてね。花梨の実も入っています」


 へえと言いながらもう一口飲む。仄かに梨の甘い香りが立ち上る。花梨も梨も喉にいいと聞いたかしら。それで用意してくれたのかと思う。


「とりあえず、今日から三日間は梨花茶を召し上がってください。喉や鼻にもいいですから」


「ええ。ありがとう。シイナ」


 お礼を言うとシイナは嬉しそうに笑った。わたくしはお粥とおすまし汁を完食する。まあ、量はそんなになかったからできたのだけど。その後、布団に寝転がる。やはり疲れていたらしい。すぐに眠気がやってきた。うとうとし始めたら早い。

 気がついたら眠っていたのだった。



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