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一杯の紅茶の物語  作者: りずべす
Menu 5 『Assam』
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『Assam』⑤

 二週間後、私は再びカフェ『TEAS 4u』を訪れた。今度は最初から柊一郎さんと一緒にだ。

 目的は、店主さんに私たち二人の結婚式の招待状を渡すこと。もちろんいきなり参列をお願いしにいくのだからほとんど押し売りも同然だが、非礼を承知で、それでも頼んでみたかった。

「お願いします。祝儀は不要ということで、ただ来て頂けるだけでいいんです。本当に」

 だって、私と柊一郎さんの出会いが運命なら、二度にわたってその運命を助けてくれたこのお店には、どうしても感謝を伝えなければ。それができないなら、この先どんな運命も、きっと私に微笑まない。

 仕事の邪魔にならないよう、他にお客さんのいない時間帯を見計らって店主さんに話を持ちかける。席から立ち上がった私が両手で丁寧に封筒を差し出すと、彼は快く受け取ってくれた。

「結婚式ですか。よろしければ、招待状の中を確認しても?」

「はい、お願いします。場所はここから電車ですぐの式場で、時期は、三月の下旬です」

「三月、ですか」

 店主さんは、おや、と不思議な顔をした。

「もう二ヶ月もないくらいですね。急な人数の変更は、大変なのではないですか?」

「いえ、全然、そんなことないです。店主さんほど私たちを強く結婚に導いてくれた人はいませんから。むしろ急にお招きするほうが、逆に迷惑かもしれないって、思ったりもしたんですけど……」

 ここに来るまでも、申し訳なさと感謝を伝えたい気持ちの天秤は最後まで定まらず揺れていた。そういうことなら話だけはしてみよう、と背中を押してくれたのが柊一郎さんだ。

 目を伏せる私に、店主さんは爽やかに笑む。

「そんなことはありませんよ。呼んで頂けて嬉しいです。ご祝儀も、もちろんちゃんとお出ししますので」

 ただ、その言葉は飲み込めなかった。私は慌てて両手を身体の前で振る。

「だ、駄目です駄目です! お祝いは、お気持ちだけでいいんです! 私たちからのお礼として招待させてほしいんですから!」

「ええ、わかっていますよ。しかしそこは、僕も一応、大人として」

「えー! あの、私たち、そんなつもりじゃ……」

「大丈夫です、わかっていますから。僕からの気持ちです。お気になさらず」

 にこりと笑って言う店主さんは、意外や意外、我が強い。

 私は思わず身振り手振りが大きくなった。

「気にしますよー。あの、ホントに、ホントに来てもらえるだけで……」

「大丈夫です、わかっていますから」

「え、えー!」

 お金なんて、それこそこっちから払って来てもらいたいくらいなのに、と私は思う。払わなくていいですよって言ったら、みんなすんなり頷いてくれるものだと思ったのに。

 それからしばらく、笑う店主さんと慌てる私で押し問答を繰り返した。大丈夫です。駄目です。大丈夫です。駄目です。

 えーんと私がたまらず悲鳴をあげていると、店主さんの他に、隣で笑っている顔があることにふと気がついた。柊一郎さんだ。

 すぐに私は助けを求める。すると彼は穏やかに笑って口を開いた。

「店主さん、あまりからかわないであげてください」

「おっと」

 店主さんは何かに気づいたようにさっと口元を手で覆った。

 柊一郎さんが続ける。

「では、こういうのはどうでしょう。店主さんには、このお店としてゲストに来て頂くというのは」

「……と、いいますと?」

「挙式のほうには通常通り参列して頂いて、披露宴での食事の際に、紅茶の提供役をお願いするという形でお招きするのです。少々お手間を取らせてしまいますが、それをご祝儀の代わりとするということで。費用は、利益分も含めてこちらからお支払いします。そうすれば、店主さんも当日にお休みを取るのではなく、お店としての営業にできるのではないかと」

「なるほど。出張サービスというわけですね」

「はい、そんなところです。もしかして、そういうサービスを既にやっていましたか?」

 柊一郎さんが尋ねると、店主さんは腕を組んで考える仕草を解き

「ああ、いえ。結婚式なんて本格的な場所に呼ばれるのは初めてですよ」

 と答えた。

 私はといえば、どうやら店主さんにからかわれていたらしいと遅れて知る。何がどうからかわれていたのかいまいちよくわからなかったが、話のほうは無事、店主さんが出張ゲストに来る方向で話がついた。

 運よく電話の繋がったウェディングプランナーさんにも事情を説明し許可を得て、しっかりと予算を把握している柊一郎さんが金額の交渉までその場で行ってしまう。店主さんは店主さんで、そういう話をしている姿はとても楽しそうだった。

「いや、まさかこんな提案が来るとは思いませんでした。うちの店としては、とても嬉しい提案ですが」

「店主さんを式に呼びたいと陽凪さんに聞いたときから、こういう展開もいいな、なんてこっそり想像していました。このお店を、ぜひとも知人に紹介したいと思っていたので」

「それはそれは、楽しいお仕事になりそうです」

 そう言って笑う店主さんは、私の知る店主としての顔ではなく、商売人の顔に見えた。そしてその商売人の顔から、また少し表情を変えて店主さんは尋ねる。

「そうだ。差し出がましいようですが、よろしければ出張サービスに一人、手伝いを増やしても構いませんか?」

 その質問に私はすぐにピンとくる。

「あの、それって、前にお店に来てたアルバイトの女の子ですか?」

 先日、柊一郎さんを店まで案内してくれた子だ。勢いよく問う私を前にし、店主さんは驚きながら「……はい」と目を丸くする。

「その子にもぜひ式に来てもらえたらって、私も思っていたんです!」

 すると店主さんはまた柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございます。そう言ってもらえてよかったですよ。あれも、大事な助手なのでね」

 その顔は、店主としての顔でもなく、はたまた商売人としての顔でもなく……たぶん、そう、男の人の顔だな、なんて私は思った。

 こんなふうに大事な助手とまで言われる彼女は、きっとただのアルバイトではないのだろう。二ヶ月後、式に足を運んでくれる店主さんとその彼女は、私たちに負けないくらい、素敵な二人に違いない。

 だから私は人知れず願う。並んで歩く、二人の未来を。

 それも一つの運命の形、であることを。

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