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        ―序―


 我ら命の源の

 エランの話をしてあげよう



 陽と月を創りし

 始まりの神ナーシルの曾孫

 気高き陽の男神ソルギムと

 麗しき月の女神ユルソルの御子

 

 第一はシーラ

 第二はルーア

 第三はユーラ

 第四はリーア

 最後はソーン


 白銀と黄金の光を纏い

 火水風地の兄弟であり

 神であり人である

 

 陽であり月であり

 光であり影であり

 男であり女である

 

 いずれでもあり

 いずれでもない


 その白き手は

 あらゆるものを器とし


 その赤き滴は

 あらゆるものの種子となり


 その碧の風は

 あらゆる命を芽吹かせた



 火水風地の兄弟と

 灰色の虚しき岩島を

 豊かな大地にし終えると

 御子は優れて賢き獣らを

 始まりのものとし創られた


 シーラは有翼獣グリフィスを

 ルーアは炎鳥サランシードを

 ユーラは天馬へクトールを

 リーアは氷狼ウールスを

 ソーンは飛竜ドラゴンを

 

 これら五族の獣らは

 御子の眼となり耳となり

 大陸各地に駆け行きては

 見聞いたしを奏上し

 御子の世創りの輔けをした


 御子は獣の伝えを基となし

 新しき地に欠けたるを

 その御業をもちて生み出され

 《名》と祝福とを餞に

 陽光の下へと送られた

 

 

 一人のエランは

 十の新しき命を創り

 十の新しき命は

 百の新しき命をなし


 いつしか大地は

 輝く命で満たされた


 御子は命の源泉(いずみ)なり

 御子は命の道標(しるべ)なり

 御子は命の守護(まもり)なり 


      《エラン神を讃える詩より》



     ***


 《創世記》によれば、〈原初の地〉であるティルナから、五人の御子が大陸の各地に別れ暮らされるようになったきっかけは、ティルなから旅立った人間達を、新しき地においても護り導くためであった。


 のち、それら五地方にエラン御業を讃え、始祖の神として祀る〈大神殿〉が建設された。


 〈原初の地〉古王国・聖都ティルナには、レーゲスタ大陸最初の神殿である《ティルナ大神殿》(精霊王殿)が築かれた。

 〈精霊王殿〉は、五人の御子の長であり、人間から《精霊王》と別格視されている、第一のエラン・シーラが祀られ、また、ティルナの国土そのものが、〈原初の地〉として、多くの人々から神聖不可侵の地と看做されており、他の四都市とは明らかに異なる存在意義を有していた。



 東方東都キソス(後に遷都され、現在のルーシャンが東都とされたが、神殿はキソスに残された)には、第三のエラン・ユーラを祀る《キトナ大神殿》が築かれ、商業の都として大いに栄えた。

 西方西都エル=トラントには、第五のソーンを祀る《エル=トラント聖王大神殿》が築かれ、美と学問の都として、未だに他の追随を許さなかった。

 南方南都アル=ハラスには、第二のルーアを祀る《青樹白大神殿》が置かれ、大らかで暖かな風土の援けもあり、緑あふれる花の都として、人々に地上の楽園と謳われた。

 北方北都シスには、第四のリーアを祀る《シス=イリア大神殿》が築かれ、極寒の厳しい大地に、それでも力強く生きる人々の生命が、しなやかで繊細な手仕事に映し出され、手工芸の都として、数え切れぬ芸術を世に送り出した。


 これら大神殿の所在する五大都市は、〈央都(おうと)〉と呼ばれ、各地方要の都市として各地を統括しており、安定した平和の世を迎えてからも、その役割は変わらず、それ故に発展を続けた。 その勢いは、今なお衰えることはなく、巨大な財と権力が、央都の輝きに吸い寄せられるように夜虫の如く集っている。


 大神殿は、かつては人間と共に暮らした、命の親であり、人間の兄弟である〈エラン〉を、身近で、且つそれなりの威厳を、誰にでも分かり易く、目に見える形で現わすために作られた建造物であった。

 大神殿の長である、大神官をはじめ、下々の神官に至るまで、エランを(神)と、心から崇めつつも、エランを唯一の神と定め敬うべきだと、他の神や精霊を信じる人々に強いることは、決してしなかった。 

 あくまでも、レーゲスタ(創世の神)として、生命の護り神として、心の拠り所となる、象徴的存在として、その存在を示し続けた。

 大神殿のその大らかともいえる姿勢は、土着の神や精霊を信仰する人々の心にも次第に届き、エランを信仰するしないに関わらず、多くの人々は、エランへ一定の敬意を示すようになっていた。


 そして――


 人間の生活の場が広がるに従い、これらの五都市以外の小都市や国、町や村にも、小規模ながらも神殿や教会が建てられ、いつしか、エランの姿を拝めぬ地は、大陸のどのような辺境に於いても、なくなっていた。


 だがいつしか、これら新しき神殿に集う、一部の、より熱心な人間達は、エランの教えを、何よりも貴い教え、(聖神聖教(シン・エルナイ)〉と尊称し、それまでの穏やかなエランへの信仰とは異なる、強硬な信仰心を育てていった。

 彼等は、大神殿に自分達の存在を認めるよう求めたが、彼等のあまりに一途で頑なな信仰は、ティルナをはじめとする、何れの大神殿にも受け入れられず、彼等は独自の教義と活動を以って、〈新しきエランへの信仰〉の裾野を広めていった。


 〈聖神聖教〉のような、新しき信仰の出現に限らず、時代の流れが移ろう中で、人間達の思想もまた変化をし、自由で柔軟な考えを持つ人々が増えていった。

 思想の自由は、人間の生活の更なる発展を促した。 都市はいや増しに栄え、更なる繁栄を求める人々は、誰もがこれらの都市を目指し、日夜を惜しんで働いた。

 大都市の安定した経済は、人口の増加に繋がり、都市が膨らみすぎた人口を抱えきれなくなった時、都市から弾き出された人間達は、新たなる地を、求めることを余儀なくされた


 彼等は、木々が枝葉を伸ばすが如く、人跡未踏の地に、新たな村や町を次々と開拓し、神の庇護には頼らず、新たな生活を始めた。

 これらの小さな村々は、更なる歳月と共に逞しく成長し、現在では、大都市と称されるまでに至ったものもある。

 中でも特筆すべきは、五都市に次ぐ"第六の都"と称され、その価値を、古き央都の者

達にも認めさせるに至った、大陸中央、砂漠地帯に誕生した、中央沙都ウルストであろう。

 ウルストは、ひとつ所に留まることを好まず、また、エランの庇護を求めない人間達が、寄り集い生まれた、"旅人"の国である。

 エランの力を恃まず、自らの力で育った都市であるがゆえに、エランを神として崇めることはしなかった。 ゆえに、五都市に次ぐ都市と認められてからもなお、沙都ウルストに、〈大神殿〉は建設されはしなかった。


 新しき思想の出現、新しき都市国家の勃興は、エランを中心としていた旧き人間の世界に、新たな紛争の種を蒔き、争いが繰り返される中で、多くの人命が、都市国家が、生まれ消えていった。


 大陸中の人間が、限りなく同様の平和を望むに至るまで、争いは消えることなく続いた。




 そして――


 そのような時代の流れの片隅で、その地は生まれていた。 人間の暮らす地に添うように、緩やかに、だが、着実に成長をしていた。


 明確に、何時の時代から存在したのか、公には分からないとされていた。

 だが、人間の生活の地が、乾季の飛び火の如き勢いで大陸各地に広がるに併せ、その黒き〈闇を抱く地〉は、大陸のそこかしこに生まれていったのだと、知る者はいった。


 それはある地方では、人間の暮らす村郊外にある山であり、またある地方では、戦で人影絶えた死都市であり、また、ある地方では、陽光の射さぬ陰鬱とした、黒い巨大な森であった。

 これら〈闇を抱く地〉には、決まって古の精霊や妖、魔物といった、人間と棲む世界を異とする存在が集い、往々にして、人間が忌避する地とされていた。


 このような地には決まって、〈主〉と呼ばれる存在についての伝え語りがあった。

 それらは全て、同一の存在を示す言葉だとも、また、全く別個の存在なのだとも云われているが、結論は出てはいない。


 その正体は、それぞれの伝えにより、魑魅魍魎の類であったり、死者の霊であったり、魔物の王であったりと様々であったが、何れの場合も、それは、炎の如く赤い、闇に輝く眼を持ち、怖ろしき魔力と、賢者に劣らぬ深き智慧を備えていると云われている。


 これらの存在は、〈精霊王殿〉の与えた呼称により《ウルド》――〈無明〉と呼ばれ、地方により〈陰鬼眼〉、〈死都の冥王〉、または、〈闇森の主〉等の呼称で知られ、戦に等しい怖れと、憎しみの対象となっていた。


      *


 時は無心に流れ行く


 時の流れに乗るものの

 身は流れに老い衰え

 心は流れに揺られ移ろう


 時はひたすら流れ行く

 如何なるものにも隔てなく

 等しく流れ 流れ行く


 草木に

 鳥獣に

 人間に


 そして等しく

 神にまた――



次回、第二章〈1:地下 〉に続きます。


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