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陽炎の見る夢

陽炎の見る夢

作者: SchwarzeKatze

ドロドロとした愛憎劇ではありません。

どちらかというと、純愛でしょうか。

この話は、私が昔書いた短編小説のリメイクです。

友達にこちらの投稿場所を教えてもらって、別の小説を書いていたのですが、

一旦筆休めの感じで書いてみました。

最後まで読んでいただけると、うれしいです。

 時は5月。

 連休明けで少しなまった体に言うことを聞かせ、俺は出社する。

 俺の会社は多岐にわたる商品を扱う販売会社で、その営業をしている。

 今、俺が担当しているのは、ウォーターサーバの販売。

 最近、健康志向でどうやら売り上げはいいらしい。

 親戚とかには「水商売だ」なんて、軽口をたたかれるが、俺はこの仕事に誇りを持っている。

 今日は研修明けの新人が来るらしい。

 朝礼があるとのことで、俺は足早に会社への歩みを進めていた。


 「おはようございます」

 「おはよう!」


 先輩に挨拶し、自分のデスクに座る。

 PCを立ち上げ、今日の予定に目を通す。

 そうしていると、始業のチャイムが鳴る。

 連休明けに作った新人の席を見ると、まだいない。


 「初日から遅刻か?」


 心の中でそうつぶやいていると、オフィスの扉が開いた。


 「すいません!道に迷いました!」


 どうやら、新人は道に迷って遅刻したらしい。


 「いいよ、いいよ、今日は道を覚えただろうから、明日は気を付けてね」


 課長は叱責することもなく、穏やかに話す。


 「ちょっと派手な入場だったけど、自己紹介お願いね」


 課の雰囲気が少し和む。

 ちなみに、俺の所属する課は、課長と新人を含めて7人。

 課長が窓際の席に構え、6人が課長の前にいるような席になっている。

 課ごとにパーティションに分かれていて、ほかの課からは目隠しされた感じとなっている。

 新人が挨拶を始める。


 「初めまして、春樹千沙です。

 新人研修が終わり、こちらの課に配属になりました。

 今後よろしくお願いいたします。

 趣味は園芸で、高校の時に部活に入ってました。

 苦手なことは方向音痴で……営業ということで少し不安があります。

 初めのうちは先輩たちの迷惑をおかけするかと思いますが、

 どうぞよろしくお願いいたします」


 春樹は深々とお辞儀をする。


 「うん、営業はトークが命だから、それだけ話せればここ強いよ。まぁ……新人研修初日の大遅刻も聞いているけどね」


 課内が少し笑いが上がる。

 春樹は気恥ずかしそうにしている。


 「ここの課は和やかな雰囲気だから、初めのうちは気張りすぎないように、慣れていってくださいね」


 課長は穏やかに春樹に話しかける。


 「では、課の紹介をしますね。

 では……」


 課長は先輩から先に自己紹介をさせる。

 簡単に名前だけを話してゆく。

 そして、俺の番になった。


 「門真です。よろしくお願いします」


 俺の自己紹介の時に、春樹は心なしハッとしているようだった。


 「どうかしましたか?」

 「……いえ、何も……」

 「では、ちょっとドタバタしましたが、朝礼を終わります。」


 課長の一言で、なし崩しで立ち上がっていた課員は着席し、業務を始める。


 ・・・・・・


 それから一か月、春樹は先輩にしごかれたらしく、どんどん力をつけていった。

 ドジもしているらしく、課内ではちょっとした笑い話しにはなっている。

 特に、方向音痴はひどいらしく、時々迷子になって先輩が探しに行くということもあったようだ。

 そんな中、先輩が俺に声をかけてきた。


 「春樹さんのことだけど、しばらく門真君がペアで営業してもらえるかな」


 その言葉に俺はびっくりした。


 「俺……まだ2年目ですけど……。」

 「うん、ちょっと俺も別件の商談が忙しくなっちゃって……。課長と相談したら、門真君ならいいんじゃないかって。人に教えることも勉強だと思って、やってみてくれない?」


 その時は俺も別の先輩とペアを組んで営業を行っていた。

 俺自身、それほど出来る人材だとは思っていない。


 「自分もまだ先輩たちに頼り切りなので、不安があります」


 素直にそういうと先輩は微笑んでこう答える。


 「いや、ペアの伊藤君も門真君のことをほめてたよ? 今度俺は伊藤君とペアを組むことになったんだ。そして、この話しは課長の推薦でもあるから、やってみなよ」

 「……わかりました」


 正直、俺にはまだ不安があった。

 いくつかの商談でも役に立てたと思うこともいくつかあったが、それでもまだ先輩に頼りっきりなのは自覚があった。


 「うん、ありがとう! 最初はそんなに難しい仕事じゃないから、安心して。電気店で宣伝許可もらったところがあるんで、そこで接客をしてほしいんだ。期間は7月までもらってるから、状況引き継いでお願いね」


 それから、俺は春樹と引き継ぎを受けて、翌日から電気店に向かうことになった。


 俺は早めに来て、説明場所の設営をしていた。

 春樹との約束は店の開店1時間前の9時にした。

 しかし……9時を過ぎ、10分過ぎても春樹はなかなか現れない。

 迷子になるのは予測していたので、俺は着々と設営をしていた。

 だが……30分になっても春樹は現れない。

 設営準備はもうほぼ終わってしまったので、春樹に電話をかける。


 「もしもし」

 「今どこだ?」

 「えっと……西側改札をうろうろと……」

 「……こっちは東側だよ……。目印のあるところで待っててくれ」


 そういうと、俺は目印を伝え駅に向かった。

 駅までは10分ほどの距離。

 往復しても開店までは十分に間に合う。

 駅に着くと、きょろきょろとしている春樹を見つける。

 春樹はすぐにこちらに気が付き、駆け寄ってくる。


 「ごめんなさい、道に迷いました……」

 「……もしかして、ずっと迷ってたのか?」

 「……はい、1時間ほど……」


 俺は若干あきれた。

 方向音痴もここまでひどいのは、初めて見たかもしれない。

 ……いや、前にもこんなことがあったような……。


 「?」


 考え込んでしまった俺をみて、春樹は不思議そうにする。


 「いや、何でもない。それより店に急ぐぞ!」

 「は、はい!!」


 そういうと、春樹を先導して電気店に向かった。

 1日の成果として、13件の契約を結ぶことができた。

 まあ、平日でこの客の入りからすると、上々の成果だったと思う。


 「今日はお疲れさまでした」


 春樹は挨拶をしてくる。


 「……明日は迷子にならないように……」

 「大丈夫です、一度覚えた道は忘れません!」


 そういうと、春樹は胸を張る。

 ……いや、初めから遅刻はしないでほしいのだが……。


 「週初めに、成果報告で会社に戻るから、それは忘れずに」


 俺は念のため釘をさす。


 「わかってます。そっちは迷子になりません!」


 再び胸を張る。

 ……いや、自分の会社に行くのに迷子にはならんだろう……。

 こうして、初日が終わり、あっという間に1週間が過ぎた。


 ・・・・・・


 「1週間で、72件かぁ…なかなかだね」


 課長からお褒めの言葉をいただく。


 「こっちの仕事だけど、もう梅雨に入ったことだから、売り上げが伸びなくても、気にしなくていいよ。どちらかというと、宣伝を兼ねてやってることだからね」


 優しく課長は言ってくださった。


 「で、様子としてはどうだった?」

 「初日に私が遅刻しました……」

 「いや、正確には待ち合わせに遅刻しただけで、店には影響を与えてません」


 春樹のネガティブ発言に、俺はフォローを入れる。


 「あはは…春樹さんの方向音痴はちょっとした話題になっているよ。研修初日に迷子になって1時間遅刻、泣きながら総務に電話してきたって」


 課長は微笑みながら言う。


 「え?そうなんですか??」


 春樹は体から火が出るような気持ちでいるのだろうか。

 顔を真っ赤にしている。


 「でも、方向音痴はすぐには治らないと思うから、徐々に直していってね。しばらくはペアで行動してもらうけど、そのうち一人でお願いすることもあるからね」


 課長は優しく言う。


 「……はい、わかりました」


 春樹はそういって、返事をする。


 ・・・・・・


 仕事をしていると、時間はあっという間に過ぎるようで、もうすぐ7月になるところだった。

 売り上げは上々、課長からもお褒めの言葉をいただいていた。


 「先輩、ここももうすぐ終わりですね」

 「ああ、意外と順調でよかったよ」


 客足が減ったところで、春樹は話しかけてきた。


 「先輩は次の仕事って聞いてます?」

 「いや、課長からは終わったところで、次の仕事を伝えるって聞いてるよ」


 話はまだ聞いていないが、おそらくは今日みたいな、仕事を取り付けるための、営業活動になると思われる。

 営業活動になると、方向音痴が少し心配になった。


 「先輩、今週末の金曜日予定開いてますか?」


 唐突に春樹は俺の予定を聞いてくる。


 「いや、無いけどどうかした?」

 「いえ、せっかくだから打ち上げなんかいかがかと」

 「そうだな、春樹さんにとっては初めての仕事だから、打ち上げでもしようか」

 「うれしいです!ありがとうございます!」


 こうして、週末の予定は今までの、打ち上げとなった。


 「……遅い……」


 俺は会社の近い駅の居酒屋にいた。

 春樹は一度会社に戻って私服に着替えてくると言って、会社に戻っていた。

 俺はスーツが通勤着なので、会社には戻らなかった。

 仕方なく、俺は会社に電話をしてみる。


 「もしもし、門真です。春樹さんが会社に一度戻ってると思いますが、まだいますか?」

 「おぉ、門真君か。仕事の打ち上げで親睦を図るなんて言い心がけだね。春樹さんならしばらく前に会社を出ていったよ。」

 「……そうですか……。また迷子っぽいですね」


 電話には課長が出た。

 打ち上げの話しは春樹から聞いたらしい。

 『迷子』の言葉を出すと、課長は笑っていた。


 「そうか、じゃあ春樹さんに電話してあげて?」

 「わかりました」


 そういって、電話を切ると俺は春樹に電話をした。


 「もしもし……」

 「……はい、言いたいことは分かっています……」


 電話口で春樹に場所を伝え、電話を切ること10分。

 電話が鳴る。


 「……すいません、もう一度場所を教えていただけますか?」


 春樹からだった。


 ・・・・・・


 約束の時間から30分遅れの打ち上げを二人で始める。


 「今までお疲れさまでした!」

 「「乾杯!」」


 今日は暑いので、ビールが進む。

 春樹とは今日までの仕事の事、次の仕事の事、今まで俺がどんな仕事をしていたかなどで話しに花が咲く。

 かれこれ2時間くらいだろうか、俺も二人っきりでこんなに話したのは久しぶりだった。

 お酒は学生のノリが抜け切れてないと思い、ほどほどにという約束で飲んでいた。


 「ところで先輩は、私の事覚えてますか?」


 唐突に言われて、俺は記憶を探る。


 「私、高校が先輩と一緒で、同じ部活だったんですよ?」


 そういわれて、ふと思い出す。

 そういえば、一人方向音痴で困った後輩が居たことを…。


 「あれ?あの春樹ちゃんだったの?」


 思わず、高校の時の呼び方をしてしまう。


 「……そうですよ、忘れてたんですか?」


 春樹はぎろっとにらむ。

 少々お酒が回っているようだ。


 「あはは……いや、こんなところで会うなんて、思いもしなかったからさ……」

 「先輩、ひどいです……」


 春樹は手元にあったカクテルを一気に飲み干す。


 「私はしっかり覚えてましたよ!近所の幼稚園の菜園に行ってお手伝いした時に、迷った私を助けてくれたり。私は先輩の恩を忘れたことはありませんでした」

 「ごめん、ごめん」


 仕事の打ち上げから、すっかり同窓会の雰囲気に変わる。


 「そうえば、慣れた手つきしてたよね? 部活以外でもやってたことあったの?」

 「ええ、家庭菜園があったので、趣味で庭いじりをしてました」

 「俺もそうだったよ。収穫忘れて花が咲いたのもあって……。種をとろうとしてたんだけど、親に雑草と間違われて、処分されて……」


 昔の話しに花が咲く。


 「ところで先輩、再来週末の土日のどちらか開いてますか?」


 また、唐突に春樹が俺の予定を聞く。


 「うん、両方とも開いているけど、どうかしたの?」

 「実は友達から遊園地の券をもらってて……できればいっしょにどうですか?」


 その誘いをむげに断るわけにもいかない。

 俺はその誘いに甘えることにした。


 「じゃあ、土曜日はどうかな? その次の日曜日も休みだし。この仕事でしばらく土日は休めなかったから、息抜きがしたかったところだよ」

 「ありがとうございます! では、再来週の土曜日お願いします!」


 そういうと、春樹の顔に明るさが出ていた。



 ・・・・・・


そして、約束の土曜日。


 「……遅い……」


 俺はまた待ちぼうけを食らっていた。

 春樹に電話をする。

 前は会社携帯の番号だったが、あの打ち上げの日にお互いにプライベートの、電話番号を交換していた。

 昔の後輩ともあって、あまり意識しないで交換してしまったが……。


 「……はい、わかってます……」


 電話越しに春樹から力なく声がかかる。


 「また迷子か?」


 俺はそういうと、また電話越しに今の場所を伝える。

 10分後、きょろきょろしながら春樹の姿が見える。

 俺は大きく手を振ると春樹は駆け寄ってきた。


 「……ごめんなさい……」

 「いや、大丈夫だよ」


 俺は優しく微笑む。

 ここで。

 俺は久しぶりの遊園地だということと、後輩とはいえ女の子と二人で遊園地なんて、初めてのことに気が付く。

 不覚だった……。

 打ち上げで取り付けたと言え、これではまるでデート……。


 「じゃあ、行きましょ♪」


 春樹は嬉しそうに園内に入っていく。

 俺は春樹がこの状況をどう考えているのか気になったが、とりあえずは息抜きに遊び倒そうと心に決める。


 「じゃあ、これから!!」


 春樹が指をさしたのは、園内をぐるりと回るジェットコースターだった。


 「……いきなりか?」

 「ここのジェットコースターは有名で、列が出来ちゃうんです。今日は早めだからまだ人の並びは少ないので、まずこれに乗っちゃいたいです」


 春樹は生き生きとしていた。

 とは言っても、それでも結構な人が並んでいた。


 「これでもすいてる方なのか?」

 「うん、お昼ごろにはそこのゲートまで並ぶほどの人気だから。」


 待ち時間は30分ほどだろうか。

 高校の頃の話しをしていると、あっという間に順番が来た。


 「そういえば、ジェットコースターなんて初めて乗るかも……」

 「私もです」

 「……大丈夫なのか?」

 「……多分……」


 そういいながら、安全レバーを下す。

 係員のカウントダウンが始まり、「0」で一気に加速する。

 最初は直線で加速感を味わったが、登りの山に差し掛かると次第にゆっくりになってゆく。

 そして、頂上につきいったん止まったかと思うと、また一気に加速。

 下りきると大きなカーブ、そしてループが2連続……。

 けっこう激しかった。

 ジェットコースターの乗車時間は1分30秒ほど。

 でも、乗った感触だとそれ以上あったように思えた。

 特にループのところでは、無限の時間を感じた。

 春樹はずっときゃあきゃあ騒いでいた。


 「……おもった以上に激しかったな……」

 「そうですか?私は楽しかったです!」

 「俺は少し、酔ったぞ……」


 春樹は顔色が悪くなった俺をみて、微笑む。


 「じゃあ、次はこれで!」


 指さす先は、ループコースターで、見ると前向きと後ろ向きで往復するタイプのようだった。


 「……勘弁してくれ……」


 その言葉もむなしく、俺は春樹の行く方向に力なくついていた。

 そのあとも、絶叫系のオンパレードで、船が1回転するもの、ウォータースライダー、フリーフォールなどに乗った。


 「……疲れた……」


 俺は若干乗り物酔いをしていた。


 「大丈夫ですか?」


 春樹は心配そうに顔を覗き込む。


 「これ、飲んでください」


 手渡されたのは、フローズン。


 「……乗り物酔いで渡すものではないだろ……」

 「え? ここのおいしいって評判なんですよ?」


 俺の言葉にあまり耳を傾けてくれない。


 「少し休んだら、お昼にしませんか? 今の時間なら人がすいてそうなので。」


 時間を見ると、1時半ほどだった。


 「……そうしよう」


 ・・・・・・


 昼食を食べ終わると、そのあとは大人しめのアトラクションを回ることとした。

 映画と連動したガンシューティング、二人でこなす迷宮がたダンジョン、お化け屋敷……。

 俺も日ごろの仕事を忘れて楽しんだ。


 「ちょっといいですか?」


 春樹が声をかける。


 「どうした?」

 「あの……」


 春樹は頬を赤らめながら、次の言葉を出そうと頑張っている。


 「手をつないでもいいですか?」


 その言葉に俺は驚いた。

 ちょっと気恥ずかしかったが、女の子からそんなことを言われて断れるわけもない。


 「あぁ……」


 そういうと、春樹はぱあっと明るくなる。


 「ありがとうございます! なんだかデートみたいですね」


 俺は若干デート以外に何があるんだと思った。

 春樹は嬉しそうに手をつなぐ。


 「私、こういうのあこがれてたんですよね……。周りからみたら恋人同士にみえるのかな?」


 それ以外、何に見えるのか俺は逆に聞きたいぐらいだった。


 「そろそろいい時間なので、あれなんてどうですか?」


 春樹が指さすのは、観覧車だった。


 「いいよ」


 俺はうなずいた。

 そして、二人で観覧車の入り口に向かった。


 「本当は夜景がきれいなんですけど、その時間帯は混むから……」


 そういいながら、春樹は観覧車に乗り込んだ。

 続けて俺が観覧車に乗り込む。

 観覧車は徐々に高さを上げていく。


 「なんか、高校の頃を思い出すな~」

 「ん? なんで?」

 「いや、何でもない」


 しばしの沈黙。


 「私……高校の頃、先輩にあこがれていたんです」


 俺は焦る。

 なんの告白? と……。

 女の子に言われっぱなしの今日…俺は自身の不甲斐なさに嫌気がさす。


 「……」

 「……」


 またしばらくの沈黙。


 「私が迷子になった時に、先輩が探してくれて……うれしかったんです……」


 ぽつり、ぽつりと春樹は話し出す。


 「実は先輩、私たちってその前にも一緒に遊んでたんですよ?」


 唐突な言葉に俺は戸惑う。


 「先輩は忘れてしまってるかもしれませんが……。私たち近所で……。幼いころみんなでよく遊んでたんですよ」


 俺は何の事だかわからない。

 でも……なんとなく遊んでた気がする……。

 あの時はいつも一緒にグループで遊んでいた気がする。


 「千沙ちゃん……」


 俺は不意につぶやく。


 「ええ、そう呼ばれてましたよ」


 春樹は微笑んで返す。


 「その時のことは先輩は忘れて仕方ないと思ってます。無理に思い出さなくていいですよ?」


 なんだろう……おぼろげに思い出す。

 あの時は……たしか4人で遊んでいたような……。


 「……夕日、きれいですね。夜まで待たなくてもきれいな景色が見れて……」


 春樹はそうつぶやく。


 「ねぇ、先輩……。また一緒に遊んでくれますか?」


 ゆっくりと落ち着いた表情で春樹は言う。


 「あぁ、今度は俺が誘うよ……」


 あまり女の子に誘われるもんじゃない。

 俺は男の意地を見せた。


 「先輩……」


 春樹はゆっくり目を閉じる。

 完全に春樹のペースに持っていかれたのが悔しい。

 しかし、ここで何もしないのも女の子に恥をかかせてしまう。

 俺は、ゆっくりと唇を重ねた。



 ・・・・・・


 翌日。

 俺は近所を散歩していた。

 引っ越してきてから2年目。

 近所の散歩も、また真新しい発見がある。

 いつも散歩のコースは変えている。

 気になった分かれ道は覚えておいて、また次の機会に行ってみる。

 この間は遠出して、古本屋を見つけた。

 そこで、前から欲しかった本があり、喜んで買った。

 そういう発見がまだあるこの町では、散歩は俺の趣味でもあった。


 いつものように歩いていると、公園に白のブラウスを着た女性が立っていた。

 なんでだろう……俺は惹かれるように公園に入る。

 その女性は反対側の出口の方に歩き出す。

 俺もつられて女性を追う。


 どうしてか……なんか懐かしい感じがしたからだろうか。

 それとも、昔あったことがあるのだろうか。

 でも、そんな女性は俺の記憶にはない。

 ただなんとなく……女性の行く方向についていった。


 女性はゆっくりと、交差点を右に曲がる。

 俺もつられて右に曲がる。

 けど、右に曲がった時、誰もいなかった。

 人気もない中、見失うなんて本当は無いはずだが……。

 この近所の人で家に入ったのかもしれない。

 なんとなく、キツネにつままれたような感じで、俺は暫くその場にたたずんでいた。



 ・・・・・・


 最近では、すっかり週末は春樹とのデートの日になっていた。

 今日は俺が誘った映画館に来ていた。


 「俺はこれ観たいんだけど……」

 「私、こういうアクションものは苦手。こっちにしない?」


 春樹は恋愛ものの映画を指さした。


 「う~ん……いいけど……」

 「けど何?」


 すっかり、春樹のペースになっていた。


 「いいです……観ましょう」

 「……後でつまんなかったなんて言ったら、承知しないからね!!」


 そんなことを言いながら、二人で映画館に入る。

 映画の内容は、女の子が男の子に片思いしているところから始まり、上手く気持ちを伝えられない女の子が最後に勇気をもって告白するようなストーリーだった。

 春樹は感動したのだろうか、それとも感情移入しているのか、泣きながら観ていた。

 映画館を出ると、映画の話しで盛り上がる。


 「雑誌の評判良かったのに、そうでもなかったなぁ……」


 春樹は言う。


 「……つまんないと人には言うなと言って……」

 「いいじゃない、私の選んだ映画なんだから」

 「……それに、泣きながら見てたじゃないか……」

 「それとこれとは別!」


 俺は不条理に感じた。


 「じゃあ、食事して帰ろうか」

 「うん!甘いものが食べたい!!」


 俺たちはファミレスに入り、暫く談笑を楽しんでから、それぞれ帰宅した。



 ・・・・・・


 季節は8月のお盆前の炎天下。

 アスファルトは温められ、陽炎が見えていた。


 俺はふとあの公園が気になり、歩いていた。

 またあの女性に会うことはないと思ってはいた。

 しかし……あの女性がいた。

 前と変わらず、白のワンピース姿で……。

 ベンチに座っていた。


 俺は引き寄せられるように公園に入った。

 前はどこかに行ってしまったが、今日はベンチから立ち上がると、俺の方に寄ってきた。


 「お久しぶり……と、言ってもわかるかしら?」


 女性は俺に話しかける……。


 「なんとなくわかる気がする……ぐらいだ……」


 俺は答える。


 「そうね……あれからずいぶん経つから……。あなたと同じ年齢にしてみたから、気づかないかな……とは思ってたけど……」


 同じ年齢?

 女性はよくわからないことを言ってくる。


 「そうね……こういえばわかるかしら」


 女性は俺に背を向け話し出す。


 「昔ね。一緒に遊んだことがあるの。遠い昔。そして、中学生まで一緒だったの。でも……会えなくなってしまったのよ」


 俺は少しずつ思い出していく。

 そう、幼いころに4人で遊んでた一人……。


 「千絵……なのか……」


 女性は振り向き答える。


 「そうよ。横田千絵。思い出してきた?」


 思い出してきた……。

 横田千絵……中学校まで一緒の同級生で、中学の頃に……。


 「うふふ。そこまで思い出せたならいいわよ」


 千絵は俺に対して、手を差し伸べてくる。


 「迎えに来たの」


 そういわれるがまま、俺は手を差し伸べる。


 「お姉ちゃん!!」


 すると、どこからか千沙……春樹千沙の声が聞こえてくる。

 公園の入り口にいた。


 「お姉ちゃん……もう時間なの……?」


 「うん、そうなの……」


 千絵はすこし寂しそうに、そう告げる。


 「千沙ちゃん、今まで私に付き合ってくれてありがとう」


 千絵は微笑みながら千沙に話す。


 「嫌だよ!! お兄ちゃんとも、お姉ちゃんともお別れするなんて嫌だ!!」


 千沙は泣きながら、二人に言う。


 「……千沙……。ごめん。今までありがとう」


 俺は、優しく千沙に声をかける。


 「嫌だよ……私……。なんで、お兄ちゃんとお姉ちゃんなの……」


 どうやら、千沙はこの状況を知っていたようだった。


 「でもね、仕方ないことなの。私も……お姉ちゃんもお兄ちゃんも、見守ってるからね」


 千沙は泣きじゃくる。


 「ねぇ……千沙ちゃん。最後にちゃんとお別れ行ってほしいな……」


 千絵は目に涙をためながら言う。


 「……そうだね…。私の我儘で二人を引き留めてられないもんね……」


 千沙は泣きながら、そう言う。


 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、今までありがとう。私もお兄ちゃんとお姉ちゃんのこと忘れないから」


 千沙がそういうと、千絵は首を振る。


 「いいえ。私たちのことは早く忘れてほしいの。そうして、千沙ちゃんが生きてくれることを私は望むわ」

 「千沙……本当にありがとう。これからは、千沙の…自分の人生を歩んでほしい……」


 千絵の言葉に俺も重ねる。


 「嫌だ、忘れたくない!!」

 「今はそう思えても、いずれは忘れる日が来るわ。私たちはそれを望むから……」


 千絵は優しく言う。


 「じゃあ、行きましょうか……」


 千絵はまた俺に向かって手を差し伸べる。


 「あぁ、行こう」


 俺は千絵の手に手を重ねる。


 「……こういっちゃ変だけど、二人とも元気でね……」


 最後に千沙は気丈に振舞ってくれる。


 「あぁ、ありがとう」

 「千沙ちゃんは元気にね」


 俺と千絵が答える。

 そうすると、千絵と俺の体が光に包まれて消える。


 「いやぁぁぁぁ!!!!」


 千沙はその場で号泣した。



 ・・・・・・


 夏もひと段落着いた、高校の夏休み明け。

 全校生徒に向けて、始業式が始まっていた。


 「皆さん、ご存知かもしれませんが、悲しいお知らせがあります」


 校長先生が寂しそうに言う。


 「3年2組の門真勇作君ですが、闘病虚しく夏休み中に亡くなりました……」


 シーンと静まった体育館では、外から蝉の声が虚しく響いた。


----完----


これも書きあがるか不安でしたが、何とか書き上げました。

最後に泣いてもらえると、書き手としてもうれしいかな…と、思います。

実際には書いてて涙が出てましたが…(笑)

けっこう設定を隠して書いてしまっているので、伝わりにくいかもしれませんが…。

実は、千沙バージョンと千絵バージョン、そしてもう一人バージョンというものもあります。

これを書ききるとすべての設定が見える仕掛けとなっておりますが、一旦は筆を休めます。

もし、万が一、好評であれば、それぞれのバージョンも書いてみたいなと思います。

その時は感想を書いていただければ、執筆意欲が出ます。

ここまで読んでくださった方に感謝感謝です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クライマックス近辺での不思議な世界観に引き付けられました。 [一言] 文章からこんな雰囲気を作り出せる事等、学ばせてもらいました。
[良い点] 何気ない日常風景が、爽やかでやわらかい筆致で描かれていることに好感を持ちました。人との関わり合いを大切にしながら、時にはミスをしながらも一生懸命仕事をして、そうやって毎日を過ごしていくこと…
2019/03/21 20:10 退会済み
管理
[良い点] 最近の恋愛ショートの流れで、本作品も拝読させて頂きました。 作者の思いいれなのか、作品のストーリー構成にかける愛情がすごく伝わって来る作品だと思います。 [一言] 私が言うのも大変失礼な…
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