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第88話 卒業式

 支給された新品の軍服に着替え、基地を出発して三時間後、アイリスたちは小規模な拠点――基地というよりもキャンプと呼ぶのがふさわしいであろう前線宿営地に到着し、届けられた物資の数々を見つめていた。ベアトリクスとリーアの指示によって集められた軍事物資が山積みにされ、辺りを軍属と徴用された商業ギルドの運輸業者が行き交っている。


(前線補給拠点……ということは、この先が――)


 自分たちが駆け戻ってきた道で、今も激しい戦闘が繰り広げられている。その事実を前に、アイリスは思わず身震いした。確かに一個中隊へと突進し、それらを打ちのめして退却させた。だが、あくまで尖兵として差し向けられた歩兵・騎兵の連合部隊を一時的に押し戻し、その隙をついて逃げ出してきただけに過ぎない。

 敵は軽装で偵察行動を目的とした部隊であり、自分たちが攻撃を仕掛けなければ国境近辺に分散して偵察任務に就いたであろうことはアイリスにも理解できていた。無論のこと、開戦と同時に敵国へと浸透攻撃を仕掛ける尖兵である以上はそれ相応の突破力を有している。だが、戦列歩兵による一斉射撃や、後方から絶え間なく放たれる重砲撃、そして航空兵による空襲作戦――そういった本物の脅威とは、未だに向き合っていない。


(――本物の、戦争)


 宣戦布告を告げる新聞が配られたわけではない。ただ、自分自身が感じたことだけが彼女らにとっての全てだった。敵の前衛部隊の攻撃に曝され、死を覚悟して渡り合ってきた――それだけが、彼女らにとっての「戦争」だった。雄弁な政治家が戦意高揚のスピーチに立つわけでもなく、新聞の紙面に英雄的な戦いが記録されるわけでもない。敵を刺し貫いた衝撃だけが、第七分隊にとっての現実だった。


(今までは生き延びることに精一杯だった。けれど、これからは……)


 自分の意思によって国家の敵を殺す。あるいは、仲間の命を救うために戦う。その行為のため、自分たちは持てる力の全てを振るって敵に立ち向かわなければならない。眼前に積み上げられた物資は、いずれもそのためのものだ。

 第七分隊の面々もアイリスと同じく、唇を引き結んで山積みにされた補給物資を見つめていた。想像はついている――これから自分たちが赴く先には、血と炎の織りなす地獄が待ち受けている。

 だが、それを前にして怖気づくわけにはいかないこともよく分かっていた。戦場が地獄であるからこそ、戦士はそこに光をもたらす存在でなければならない。小銃の普及とともに戦場における主役が諸侯軍に所属する騎士から国家に属する国民軍に移り変わって以降、騎士の輝きは戦場から遠ざかった。だが、それを蘇らせることができるのは、彼女らのような一握りの幻獣騎兵である。圧倒的な打撃力を叩きつける幻獣騎兵は、味方には救世主となり、敵には裁きをもたらす天使とならねばならない。

 その宿命を前にして硬い表情で物資の山をただ見つめていた第七分隊の面々を前にして、ベアトリクスは小さく息を吐いて一歩前に踏み出し、ひとりひとりの顔を見つめて語りかけた。


「どうしたアバズレども、戦争処女なら捨ててきただろう」

『……』

「気負わず楽に行け。敵を殺すのは、男とハメるより簡単だ――それに、貴様らの帰りを待ちわびている連中だっている。教えてやれよ、なあ?」


 その一言に少女たちは顔を見合わせて暫し考え――それから、表情をぱっと明るくした。それを見たベアトリクスは何度か頷き、巨大なテントが張られた拠点の一角を指さした。


「……最後の話は、あの場所でさせてもらおう。行け」

『マム・イエス・マム!』


 背筋を伸ばして敬礼し、少女たちが駆け出していく。その背中を見送り、ベアトリクスは一人首を振った。陸軍省の肝煎りで発動された計画であり、自分もその前段階試験において実験部隊でデータを集めていた。共犯者でないと言い張るにはあまりにも手が汚れすぎているが、それでも彼女の胸には、やりきれない思いが漂ったままであった。


(まだ十五歳だ。死なせたくない。だが……)


 初陣を迎える兵士たちが戦場に出れば、そのうちの何人かは必ず命を落とす。八個分隊で構成されたユニコーン隊のうち、どれだけが生き延びられるのかは練兵と編成を任されたベアトリクスにも分からない。既に実戦経験のある護衛の随伴歩兵がつくとはいえ、彼女らの大半は実戦を知らず、自分の手で敵を殺すことの意味を十分に分かっているわけでもない。


(やはり戦争はくそったれだ。ろくでなしが始めて、善人の死体の上でサインをして終わる……どうしようもないほどに、終わっている)


 自分に跳ね返る言葉であると理解しながら、ベアトリクスはひとり戦争を呪った。救いをもたらす者はどこにもいない。自分の手で戦友を救い、同じく戦友が自分を救ってくれる「かもしれない」というかすかな希望に縋ることでしか命を繋げない。それを理解しているからこそ、彼女は兵士であり続けることができた。だが、その思いを常に胸に抱くことは、自分自身の心を切り裂くことに他ならない。


「……くそったれめ。私に何人殺せというんだ」


 乱暴に足元の砂利を蹴飛ばし、ベアトリクスは第七分隊の後を追ってテントへと向かった。






 第七分隊の面々がテントに入った途端に感じたのは、爆発音もかくやと言わんばかりの完成と拍手の嵐だった。ユニコーン隊の四十二名――第一分隊から第八分隊までの全員がその場に集合し、無事帰還を遂げた第七分隊に喝采を浴びせる。

 その場で全員が唖然として立ち尽くす中、たちまちのうちに周り人だかりができ、武勇伝を聞こうと質問攻めに遭わせる――正直なところ、アイリスたちにとってそれらは煩わしいものであった。だが、彼女らは真実、ユニコーン隊にとっては英雄であった。敵の侵攻から逃れ、一個中隊を迎撃して追い散らし、そして無事に揃って帰還した――その事実だけで、兵士の模範として喝采を浴びせるには十分に足りる。

 六人が困り果てた表情で立ち尽くしていると、テントの入り口が開いてベアトリクスとリーアが顔を出し、やれやれといった表情で首を振った。だが、いつものように怒声を叩きつけることはしない。呆れたような、だが穏やか表情で彼女らを暫し見つめて、喝采が収まるまで静かに時を待っていた。


「あ――もういいな、諸君?」

『……』


 全員が整列して耳を傾けるのを確認すると、ベアトリクスはその場に集まった四十八人をざっと見回して言葉を続けた。


「本当ならば、騎兵学校の大講堂に父兄を呼び集めて盛大にやりたかった――が、貴様らも知っての通り、我が国には余裕がないらしい……回りくどいのはやめよう。貴様らはこれで卒業だ、クソほど税金を使って国民の皆様にド迷惑を掛けたんだ、簡単に死ぬことは許さん」

『……!』

「今日この日をもって、貴様らは一人前の兵士だ。敵を殺し、戦友を救う破壊の天使となれ。その生命が戦火の只中で尽きる瞬間まで我々はともにある。そして、名誉の戦死を遂げて天昇るその日、貴様らの名前は歴史に刻まれ永遠のものとなる。死そのものを恐れるなとは言わない。だが、死を見つめることからは逃げるべきではない……」


 力強い言葉が胸の奥底に染み透るのを、少女たちは感じていた。あまりにも唐突で、それ故に激烈な思い出――最前線の物資集積拠点での卒業式という、騎兵学校でも類を見ない形式の式典は、彼女らの胸に永遠の刻印を残した。


「いかに死ぬべきかを見つめる者は、いかに生きるかを見つめる者でもある。少なくとも私はそう思うし、死と向き合った者もそのように思うだろう。そして、これから死と向き合う者も。命をどう使うかを間違えなければ、閉ざされた道も必ず開く」

『……』

「私から言えるのは、ただそれだけだ。言葉で語るには限界があるし、真実は貴様らの目と鼻の先に転がっている」


 そう言って、ベアトリクスはテントの端に掛けられていた地図を指差した。赤いインクで何度も繰り返し書き込みが施されたそれは、戦況の推移を地図上に書き記したものであった。彼女は軽く息を吸い込み、声を張って四十八人の少女たち――訓練生から騎兵へと生まれ変わった、戦場に光明をもたらす戦士の一団を見つめて、全員に福音を告げた。


「だから、貴様らにはこれから真実を与えよう。この場所に集まった時点で式典は終わりだ。これから、本物の卒業式を貴様らに迎えさせてやる。総員傾注――本時刻をもってユニコーン騎兵訓練隊は、第十三幻獣騎兵独立部隊として改組再編。敵前衛への攻撃に参加し、アルタヴァ共和国正規軍ならびに、アルタヴァ民兵隊を撃破する!」


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