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第87話 爆ぜる感情

 国境周辺の後方へ撤退して三日――休暇を与えられた第七分隊の少女たちの耳にも、戦況の推移は入ってくる。彼女らが撤退路に選んだ山岳地帯での攻防戦が継続され、国軍正規兵あるいは近隣諸侯軍の増援が送り込まれて戦線は膠着――アルタヴァ共和国軍が正規兵、ゲリラを問わず若干ばかり国境線から押し込む形ではあったが、概ね均衡状態にあった。

 未だ正規の兵員として扱われない第七分隊に与えられる情報はそれほど多くはない。前線から戻ってきた兵士の話に耳を傾ける、あるいは部隊内で配られる小新聞から戦況の推移を確認する以外に、彼女らが眼前の状況を確認する術はない。

 僅か三日の待機期間――しかし、少女たちにとってそれはあまりにも長過ぎた。実戦を知り、自らの持つ力が一個中隊を退けるほどのものであると理解した彼女らにとって、負傷者が絶え間なく後送されてくる三日間を耐えることはあまりにも残酷であった。

 うめきながら運ばれてくる負傷者を目の当たりにしたカレンは悔しげに首を振り、壁に手のひらを叩きつけた。オリヴィアは唇を噛んで拳を握りしめたが、小さく頷いてカレンの肩にそっと手を重ねた。


「……クッソ、アタシらが行けば――」

「どうにかなるかもしれない。けれど、投入は部隊指揮官が決めることだ」

「分かってる。分かってるから――悔しいんだ、クソッ」


 この場の全員が忸怩たる思いを抱えているのは同じであった。自らの力を過信するわけではなく、もちろん自分たち一人で戦局を変えられるほど戦争は甘くないということを彼女らは理解している。それでも、自分たちが戦場にいれば何かを変えられたのではないか――その思いだけが、胸の中にあった。

 そして、それは彼女らユニコーン隊を見つめる兵士たちも変わらない。訓練部隊でありながら、敵の侵攻を受けつつある国境地帯から一個分隊のみで離脱、敵の追撃を蹴散らして単独突破を果たした特殊部隊――その噂は、彼女らの意思によらず広まっていた。派手にユニコーンに跨って凱旋したのであれば、ある種それは当然のことである。

 しかし、その英雄的な戦いぶりとは裏腹に、彼女らに向けられる眼差しには冷たいものも入り混じっていた。三日間の営内待機を命じられ、味方部隊の救援に向かうこともない――そのような彼女らを前にして、苛立たしげな視線を向ける者たちもあった。

 貴重な決戦兵力をおいそれと前面に出すことができないことは誰しも理解しているが、半ば八つ当たりのように――貴様らが戦っていれば、と捨て台詞を吐いていく兵士たちの姿も散見され、その言葉は彼女らの心を少しずつ削っていった。無論、そのようなことを言う兵士たちとてユニコーン隊の戦術的価値を理解していないわけではない。ただ、ユニコーン隊の力をもってすれば仲間を救えたのではないか――彼女らに対する評価の裏返しとして、棘のある言葉が飛び出したというそれだけのことである。

 だが、それを受け流せるほどに彼女らは戦争に慣れていない。十五歳の心に悪意はそのままに突き立ち、ひび割れを広げていくのみである。そして――何度目か分からないその一言が、ついに彼女らの内側に抑圧されていた激情を炸裂させた。


「……テメェらが戦ってれば、ガルドは死ななかったんだ」


 それは、彼女らの前を通りかかった歩兵隊と思しき者の放った言葉だった。歳のほどは少女たちとそう変わらない少年兵で、その表情には戦争への恐怖の影が張り付いている。だが、そうと知って受け流すだけの余裕も、彼女らにはなかった。


「……おい」


 テレサの手が伸び、少年兵の襟元を鷲掴みにする。部隊でも屈指の腕力を誇る彼女はそのまま強靭な腕でもって少年兵を引きずり寄せると、腰に提げていたナイフの柄に指を這わせて凄んだ。


「そんなことは分かってんだよ、私たちもな。文句なら部隊指揮官に言いな」

「何を――」


 力任せにテレサの腕を振りほどき、少年兵たちは一斉に第七分隊目掛けて敵意を含んだ視線を向けた。ある者は腰に提げていた片手剣に手を伸ばしさえした。それを目にしたカレンの瞳に好戦的な光が宿る。


「ンだよ、童貞どもが――ナイフで脳天ファックしてイかせんぞ」

「上等だ、やってみろクソアマ。膜破って吊るしてやる」


 売り言葉に買い言葉といった調子――殴り合いが始まってもおかしくないほどの熱気が辺りに広がる。アイリスは血気盛んな二人を止めようとしたが、次はエリカが声に冷たい怒りを滲ませながら一歩前に踏み出した。


「確かに私たちが行けば、貴方たちの部隊を救えたかもしれない。けれど、いまさら嘆いても何にもならないし、八つ当たりは無益で愚かよ」

「分かってんなら……」

「物分りが悪いわね。失せろと言ったのよ――ブチ殺すぞ」


 エリカは鞘に収めたナイフを半ばまで抜いて、凄みのある声で言い放った。本当に殺しかねない――そう思ってアイリスが止めようとした瞬間、やめて、と叫ぶ声が廊下に響いた。雷に撃たれたようにそちらを見ると、そこかしこを血に染めた白衣を着たユイの姿があった。彼女の後ろには、担架に載せられた少年兵の姿がある。ユイはつかつかと歩み寄ると、ナイフを抜きかけていたエリカの手を押さえて首を振った。


「そうじゃない――誰が悪いわけでもないんだよ、エリカ」

「……」

「こんなところでいがみ合っていても何も変わらないし、誰も救えない。散っていった命が戻るわけでもない――だから、やめて。あなた達も」


 そう言って、ユイは少年兵たちのほうを振り返り、ポケットに入れていた部隊章――血糊がこびりついて乾いたそれを、エリカと向き合って片手剣に手を掛けていた兵士に手渡した。


「貴方たちの部隊でしょう? ひとり重傷者がいたけれど、私がさっき処置してきた。他の負傷者も、できるかぎりのことはして助けるつもりでいるよ。だから――もうやめて。私だってユニコーン隊の隊員だから、仲間にひどいことをしてほしくはない。それに……同じ国の兵士で争うなんて、虚しいよ」

「……」


 少年兵は、手のひらの中の部隊章を無言のまま暫し見つめていた――が、それをポケットにねじ込むと駆け足で姿を消した。冷静沈着なエリカらしからぬ行動であったが、彼女はそれを恥じ入るように首を振り、抜きかけていたナイフを戻して小さく頭を下げた。


「……ごめんなさい。どうかしていたわ」

「謝らなくってもいいよ。もしエリカがそうしてなかったら――ナイフを抜いたのは、私だったかもしれない」


 アイリスが分隊員たちを静止しようとしたのは、全くの偶然あるいはタイミングの問題に他ならない。彼女自身、有り体な言い方をするならば、相当に頭に来ていたことは事実であった。エリカがナイフを抜こうとしたことで急に思考が冷えたからこそ、自分自身の内なる怒りに飲み込まれなかったというだけのことでしかない。


「……どうかしてるのは、ここにいる全員だ。くそったれ――戦争だぞ」


 がん、と拳を壁に打ち付けてテレサが首を振る。怒り、諦め、絶望――そのいずれともつかない感情に飲み込まれながら、彼女は壁に拳を打ち付け続けていたが、不意に近くの部屋のドアが開いて、はっとした顔で姿勢を正した。部屋から出てきたのはベアトリクスとリーアの二人――彼女らは憔悴しきった第七分隊の顔を見て、やはりこうなるか、といった表情で首を振り、全員をざっと見回してから口を開いた。


「どうしたアバズレども、膜でも破れたような顔だ――まあいい、貴様らに命令だ。即時出発、これより我々は本基地を離れ、戦域直近の前線拠点に移動する」

『……!』


 瞬時に表情が張り詰める。戦域直近への移動――それは、彼女らが実戦投入されることを明らかに示していた。ベアトリクスは少しばかり緊張した面持ちで言葉を続ける。


「貴様ら第七分隊は前線拠点で『卒業式』を済ませた後、速やかに敵陣へと突撃。我軍の戦闘状況に加わり、敵を速やかに撃砕しろ。せっかくだ、貴様らにも教えておいてやろう。これ以降、我々はユニコーン騎兵訓練隊ではなく、第十三幻獣騎兵独立部隊として改組する。随伴歩兵一個中隊とともに、敵陣突破の任務を負う――では、かかれ!」

『――マム・イエス・マム!』


 唱和する声が倦んだ空気を弾き飛ばす。半ば空元気ではある――が、彼女らは一歩前に踏み出した。三日間の休息という泥沼から抜け出し、戦場へと向かう炎のような意思は、確かに六人の間に共有されていた。


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