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第81話 終わる日々と始まる戦い

 早朝五時――夜明けとともに行動を開始した少女たちは、三つ目までの破壊目標を爆破していた。大掛かりな陽動ではなく、薄明に乗じてテレサとオリヴィアの二人を夜明けと同時に潜入させ、迅速に目標を破砕するといった、良く言えば教科書通りの、悪く言えば至ってありきたりな方法であるが、人間と同等の対人感知半径しか持たない警備ゴーレムを相手にする上では有効な手段であるとともに、彼女らの戦闘能力を示すに十分であった。


「……標的、完全に破砕。テレサとオリヴィアの帰投を待つわ」


 爆薬で粉砕された小屋を眺めながら、エリカは手にしていた小銃の銃床を地面に下ろして一息ついた。演習はタイムアタックというわけではなく、任務を急ぐ必要は別段ない。ただ、不可思議な予感――戦争が近づいていることへの恐怖感が、エリカを焦らせていた。


(ここまで急がなくたっていいことは分かってる――けど、何かがおかしい)


 周りの戦友たちに不安を与えないために、エリカは無表情を貫き通している。その程度の覚悟ができない彼女ではなく、司令官として不安を露わにすることがどれだけ愚かなことであるか、愚将として歴史に刻まれた敗者たちを引き合いに出すまでもなく彼女は理解していた。


(他の部隊がどこに展開しているのかは分からない。私たち以外の部隊も分散してこの近辺に配置されているのならわかる。けれど、何らかの謀略によって私たちだけが国境に移送されたとなれば……)


 できることなら考えたくない――が、一人の指揮官として最悪の事態への備えは常に意識の片隅でしておかなければならないことは、十分に分かっている。


(嫌だけど、想定しておくべきね。実弾は全員に配布してあるし、爆薬も節約しながら使ってる。補給物資を回収できれば――敵の殲滅を目的とした交戦は困難でも、離脱する程度なら持久できる)


 作戦において大いに救いがあるとするならば、それは分隊員たちが演習を実戦同様に捉えているということだった。練度が高く、作戦遂行能力が並以上に高い部隊が十分な備えのもとに動けば、そう簡単に撃破されることはない。

 何より、第七分隊は完結した作戦能力を備えるスペシャリストの集団である。それぞれに得意とする分野の知識を駆使すれば、簡単に全滅することはありえない。

 だが、継続的な補給が望めない状況下ではどれだけ強力な部隊も戦い抜くことは難しい。戦場における第一撃がどれだけ痛烈であるか――それを知らないエリカではない。第一撃が凄まじい威力とともに叩きつけられ、互いの戦線を打ち崩すための苛烈な火力投射の応酬が繰り広げられることは歴史が証明している。

 万が一何かが起きれば、第七分隊とて無関係ではいられない。そして、それがすぐ側に迫っていることをエリカは自覚していた――が、彼女はそれを表情には見せず、標的を爆破して戻ってきたテレサとオリヴィアを出迎えた。


「よくやったわ。あと一箇所――ここからは部隊を分けましょう。昨日と同じ編成でもいいけれど、どうする?」


 エリカの問いかけに、オリヴィアは暫し考えてから顔を上げて答えを返した。


「いや……僕とテレサ、それからユイの三人で行こうと思う。そっちのほうがバランスは取れるだろう? 射手と闘士と指揮官だ」

「そう。なら分かったわ――目標への対処は各個に任せる。負傷者のダミーを担ぐなり、拠点を爆破するなりどちらでもいいわ。結果が伴うスタンドプレーなら、私はそれを許容する」


 本来ならば軍においてはあり得ない言葉であったが、特殊部隊である彼女らにとっては、それもまた正しい在り方の一つだった。少数で敵の勢力圏へと突入して戦わなければならないとき、画一的な指揮系統の下に命令を下す者は居ない。信じられるのは火薬と鉄が生み出す威力と、鍛え抜いた自分自身のみである。

 そして、それは単に演習のみにおいて告げた言葉ではない。エリカ自身がはっきりと口にしたわけではないが、眼前に立ちはだかるありとあらゆる存在に対して自衛し、撃破し、制圧することを許すものであった。


「何か不測の事態が発生したら、そのときは各自で対応――いいかしら」

「了解。作戦開始は……」

「もちろん今から。やりましょうか――始めるわよ!」


 エリカの一言に全員が敬礼を送り、それから揃って右手を差し出して重ね合わせる。エリカとアイリスほどでないにしろ、何らかの異変が迫りつつあることをその場の全員が感じていた。だが、彼女らとて最早アマチュアではない。演習という状況において最善を尽くす。


「――最後までやり通す。徹底的に」


 その一言を皮切りに、少女たちは駆け出した。






「……なあ、お嬢にインテリ――敢えて言わなかったんだと思うけどよ、この演習、露骨にヤバくねえか?」


 班ごとの行動に移って二時間あまり――補給物資を無事に回収しつつ探索を開始していたアイリスとエリカ、カレンの第一戦闘班は、僅かな休息をとっていた。その中でカレンが発した一言は、アイリスとエリカを硬直させるに十分な衝撃を持っていた。

 流石に驚愕したのか、アイリスとエリカはその場で目を見開いた。本来ならばポーカーフェイスを貫き通さなければならないところであったが、休息中という状況、そして訓練初期からの付き合いが

 彼女らから冷徹な指揮官の仮面を剥ぎ取っていた。


「……っと、言い方が過激だったか。悪ィな。だが……どうもおかしいってのは、みんな思ってることだ。分隊指揮官と副官って立場だから、言えねェのは分かるがよ。あんまり抱え込むんじゃねぇってことさ」


 そう言って、カレンは手にしていた小銃をしっかりと握った。ソケットには研ぎ澄まされた銃剣がしっかりと固定されており、薄暗い山中に銀の輝きを映していた。


「アタシらだってもうド素人じゃないさ。何かおかしなことが起きてりゃ、それなりに気づくものさ――で、何がどうなってんだ。小難しい話なら、アンタらのほうが得意だろ。ご自慢のおミソで解説してくれ」


 アイリスとエリカは暫し迷って視線を重ね合わせた。何らかの陰謀らしきものに巻き込まれつつあるかもしれないが

 絶対であるとは言い切れない。

 だが、緊張が拡大しつつある国境地帯に精鋭部隊――それも一芸特化のスペシャリストを集め、単独での作戦遂行能力を備えた第七分隊の演習評価を行うという状況は、明らかに軍事的ならびに政治的不安定性を感じさせるものであった。エリカは暫しの熟考の後、カレンの問いに答えた。


「……戦いが避けられない状況で、国境近辺で演習を――私たちの評価演習を行えば、それはアルタヴァにとってどう映るか……カレン、貴女にも分かるわね」

「……挑発、だな。投入されてる部隊がどんなものかは分からなくても、アタシらをガードしながら採点する連中の動きはある程度は見える。それを見りゃ、国境で何かの演習が実行されてることは理解できるはずだ」

「ええ。そして……そうなることが利益になる層もいる。緊張状態を生み出して戦意を煽り、開戦に持ち込みたい連中からすれば、火種が多いに越したことはない。私たちを国境付近の演習場に送り込んだのは、そういう層――軍の主戦派か、外務省のタカ派か分からないけれど、敵とぶつかる可能性がある戦力を少しでも強力にしたい。そして、その役目は――」

「可能な限り目立つほうがいい、ってか。なるほど、分からないわけじゃねェな。でもよインテリ、アタシらだけじゃ、そういう状況は作れねェよな?」


 納得したように頷きながらも、カレンは瞳に鋭い光を宿して第二の問いを投げかけた。カレンは決して政治や高等な戦術理論に長けているわけではない――が、動物的な勘、あるいは察しの良さというべきものは分隊の中でも抜群に鋭い。エリカは驚きながらも、さらに言葉を続けた。


「ええ。もし何かが起きるとしたら、それは私たち以外の部隊が発端になる。ユニコーン隊は状況に巻き込まれつつも、敵への反攻の象徴になる」

「……なるほどな。よく分かった――クソみたいな話だぜ、そいつぁよ」


 納得した表情――だが、カレンの声には苦々しい感情が滲んでいた。十代の少女たちで構成された新編成部隊が開戦に巻き込まれながらも生還し、反撃の基軸となる――それは、世論の注目を引くに値する英雄的な物語といえる。


「……あくまで予想だし、もしかしたら妄想に終わるかもしれない。けれど私たちは――」


 エリカがそこまで言ったところで、不意に爆発音が二度、森の中で響いた。全員がぎょっとした表情を浮かべたが、それはすぐに安堵へと転じる。


「派手にやったな、テレサたちは」

「全くね。いきなりだから――」


 驚いた、とエリカが口にしようとしたその瞬間。

 ――空気が、揺れた。

 あってはならない再びの爆発音――それは先程よりも遥かに遠く、遠雷のように轟きながら、山肌を揺らして連なり、直後に凄まじい破壊の轟音を伴った。


「なっ……!」


 エリカが目を見開く。状況把握は一瞬――三人は同時にユニコーンに飛び乗ると、全力で急斜面を駆ける。アイリスは困惑しながらも、馬上で小銃に弾を込めていた。


「あれは――」

「ああそうだ、お嬢! 間違いない――クソっ、バカが余計なことを始めたんだ、畜生っ!」


 その勢いのまま山の頂上まで突破――三人は同時に、国境付近に視線を向けた。距離は遥かに離れているが、そこには確かに砲煙がたなびいているのが見える。そして再びの砲声――一拍遅れて、視界の端で炎が上がる。それを見たアイリスは、銃床が軋むほどに小銃を握りしめて、呻くような口調で目の前に広がる現実を言葉にした。


「……始まった。もうここからは……演習じゃない」

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