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第80話 迫る宵闇

 派手な囮作戦が実行されて数分後、難なく破壊目標の監視施設を模した小屋に到着したエリカ一行は、支給されていた梱包爆薬を規定通り設置――導火線に火を着けて素早く撤収した。陽動に回っていた分隊員たちと合流し、六人分の視線が注がれる中、細い柱と薄い壁で構築されていた掘っ立て小屋は、軍用爆薬の威力を前に一撃で木っ端微塵に破砕された。


「……目標クリアだ。綺麗さっぱり吹っ飛んだ――というか、爆薬あんなに要ったか?」


 爆破処理を支持していたテレサは、少し拍子抜けといった表情を浮かべていた。彼女の知識であれば、本格的な施設でも要所を粉砕して倒壊に至らしめることができたであろう。もちろん、想定より貧弱な施設だからといって油断はしていない。規定通り、教則に従った完全な爆破処置であったことは明白である。


「まあ、とりあえず第一関門はクリア、ってことで。あと四ヶ所こういうのがあるのが問題だけど」


 アイリスがそう言うと、テレサは額に人差し指を当てて少し俯き、大きく息を吐いて空を見上げた。


「……あと五日、こういうのを立て続けにやらないといけないわけか」

「まあ、そうなるね」

「まったく参るね。けど、これを乗り切れば訓練学校も出られるんだ。とりあえず、次行こうぜ。作戦目標は――」


 テレサがエリカに目配せする。エリカは小さく頷いて、腰のポーチに収めていた命令書を開いて読み上げながら、全員に素早く指示を飛ばしていく。


「……監視拠点四ヶ所の爆破が最優先。戦術物資の回収は偵察を兼ねてやりましょう。負傷者の救助は、多分早めのほうがいいわね――今夜は仕方ないけれど、回収しないまま夜をまたぐと評価が下がる気がする。爆破と並行してやっていきたいところね。阻塞障壁の設置は一番最後――そこは頼むわよ、テレサ」

「合点承知だ、隊長」

「負傷者の救助はカレンとユイが手動。搬出はカレンが主力。訓練用ダミーは負傷を想定した状況になっていると思うから、ユイは適切な処置をして。あの教官のことよ、多分気合の入った訓練用の人形を注文してると思うから」

「おう、任せとけ!」

「わかった――やってみる」


 体力ではテレサに次ぎ、正面戦力としては最大級の打撃力を発揮するカレンと、分隊の頭脳と衛生兵としての確かな能力によって部隊を支えるユイ――正反対に見える二人の間には、お互いに違うからこそ認め合うパートナーシップがあった。体力に劣るユイを屈強無比なカレンが守り、カレンの知識では対処できない状況にも、明晰な頭脳をもってユイが対応する――お互いをスペシャリストと知っているからこそ、背中を預けることもできた。


「作戦を主導するメンバーは決めておくけれども、それに縛られる必要はないわ。多少のスタンドプレーは隊長として黙認する。結果的にチームプレーになっていれば、それでいいわ。私たちは特殊部隊だから、型に縛られる必要はない……とまあ、こんな具合かしらね」


 エリカは全員の顔をざっと見回し、手にしていた小銃を肩に掛けて、破壊された監視施設に一度だけ視線をやった。


「とりあえず一つは破壊した。もう一つは地図に書いてあるけれども、残りの二つの場所が分からない。物資の確保と救難のついでに索敵、発見次第破壊できそうなら、警戒部隊もろともその場で撃破……そんな具合で良いかしら?」

『――了解!』


 全員が敬礼とともに唱和する。士気は旺盛、戦闘行動に支障なし――そう判断したエリカは、全員に騎乗を命じて自らも愛馬である《シュトゥルム》に跨り、そのまま森の奥へと向かう。「烈風」の名を冠した彼女のユニコーンは、アイリスの駆る《ブリッツ》ほどでは無いにしろ、相当な荒馬であった。性格そのものは至って穏やかであるが、全力で駆けさせれば乗り手のエリカを振り落としかねないほどの勢いで疾走する。

 もっとも、そこに悪意はない。ただ走ることを純粋に喜び、乗り手に対して自らの力を見せようという思いだけが《シュトゥルム》の中にはある。騎乗経験が豊富なエリカでなければ、その気性を正確に見抜き、制御することはできない。後方から命令を飛ばすだけの隊長が乗るには些かばかり落ち着きに欠けるユニコーンではあるが、陣頭突撃を第一と考えるエリカにとって、その荒々しい疾走は逆に大きな強みとなっていた。

 今のところ演習に大きな問題は発生していない。姿こそ見せないが、試験官役の教官がどこかに潜んでいて、様子を見ているだろうことは何となくだが察しがついた。試験が継続されているということは、自分たちは未だ大きなミスを侵さず、窮地にも陥っていないということを示している。

 そして、国境地帯という政治的に不安定な場所で演習を行っている彼女たちにとって、何の警報も発せられないということそのものがある種の安心感を抱かせる要因となっていた。山岳地帯は深く、ヴェーザー王国とアルタヴァ共和国を隔てる天然の要害である。その深い森は彼女らの姿をアルタヴァ軍の目から隠すという効果を帯びている。だが、それと同時に山岳地帯は敵国との緩衝地帯でもあり、決定的な軍事衝突の影響が国土に及ぶまでの間、その内側に敵を遅滞せしめるための領域である。

 すなわち、今すぐに武力衝突が起きた場合、侵攻してくるアルタヴァ軍の前衛と、戦域からの離脱を試みる第七分隊のどちらが早いかという問題となる。隊長を務めるエリカと、副隊長のアイリスの懸念はそこにあった。そして現状、その懸念が現実のものとなる可能性が高いことが外務省の内部資料から明らかとなっている。


(……全ての演習が終わり次第、部隊を撤収させて守る必要がある。護衛は展開していると思うけれど、万全だって保障はどこにもない。最悪の場合――)


 ――この場で第七分隊を実戦部隊として指揮する必要がある。その可能性に至ったエリカは、不吉な予感を振り払うように首を振った。だが、そうなり得るということは、備えておく必要があるということである。隊長騎馬の鞍にのみ装備されている予備の弾薬箱に触れて、エリカは辺りを見回した。何がいるというわけでもない。ただ、不安に襲われたからそうしただけだったが、隣を進んでいたアイリスは、敏感にその仕草に気付いた。

 だが、アイリスは何も言わない。彼女自身、雲行きが怪しいことを感じてはいる。政治的な感覚の鋭さで言うなら、アイリスは第七分隊の中でも頭一つ抜けており、訓練生全体――兵士全ての中でも相当な上位にあたる。長年勤めあげた将官や駐在武官といった外交特権集団ほどではないが、現状が不穏であることだけはこの場の誰よりも感じ取っていた。


(エリカも分かってるはず――けれど、私たちに何かできるかというと……)


 彼女らは確かに実戦を経験している。だが、それはあくまで非正規戦であり、統率が十分に取れていない散兵を相手にしてのことだった。少数でのヒットアンドアウェイを頼みに戦う歩兵に対して、ユニコーンによる騎乗突撃は絶大な威力を発揮する。

 だが、十分な数を揃えて一斉射撃で弾幕を張る戦列歩兵や、ごく少数でも絶大な火力を前面に投射する魔導兵、あるいは上空からの強襲によって戦列を破砕する航空兵などに対して、ユニコーン部隊が単独でできることはあまりにも少ない。強烈な打撃力を備えてはいるものの、それを前線で発揮するにあたっては歩兵や砲兵との連携が必須である。ユニコーン部隊単独で可能なことと言えば、機動力を活かした後方への攻撃、あるいは少数での強行偵察のみである。

 そのどちらも現状では困難とあれば、第七分隊が選べる手段はただ一つ、この場から脱兎の如く逃げ出す以外にない。アイリスとエリカは言葉を交わすことこそなかったものの、誇り高い二人からしてみれば痛恨の――だが、現実的な唯一の手段をとらなければならないという結論に同時に至った。

 時刻は夕方六時――日は西へと傾きつつある。それを一瞥したエリカは、すっと右手を掲げて分隊員全員に命令を下した。


「あと三十分で日が落ちるわ。それまで前進を続け、最初に発見した補給物資を回収の後、仮拠点を設営。全周警戒にて一旦休息にしましょう」


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