第78話 第一の関門
作戦目標となる山岳地帯へ突入して二時間あまり、第七分隊の少女たちは地図を手に薄暗い林を突き進んでいた。通常、山林において護衛をつけず騎馬を運用することは自殺行為であるが、乗騎がユニコーンであれば話は別になる。
人間であれば足を取られて数時間で動けなくなるが、通常の軍馬とは比較にならないほどのスタミナを持ったユニコーンであれば、行動時間は倍になる。山岳に慣れたオリヴィアが部隊を先導し、騎兵避けとして仕掛けられた罠――不慣れな騎兵が森に踏み込んだときに用いられ、迂闊に作動させれば丸太が打ち下ろされるワイヤートラップを見抜いては迂回、あるいは素早く破壊していく。
その結果、第七分隊は演習開始から二時間という記録的なスピードで最初の目標を発見し、それを視界に収めていた。作戦目標といってもそれほど大げさなものではなく、掘っ立て小屋よりはマシという程度の監視拠点である。オリヴィアは小銃を構えたまま目を細めてそちらを確認し、トリガーガードに指を添えたまま後ろに続く分隊員と視線を交わした。
「第一目標を確認――これは地図通りだ。けれど……」
「何か、まずいことが?」
エリカの問いに、オリヴィアは拠点の一角を指さした。そこには木材を組み合わせて作られた人形が一個歩兵分隊程度、木剣や槍を手に闊歩していた。
「あれ、何に見える?」
「木製の小型ゴーレムに見えるわね。複雑な命令は与えられていないはずだけど」
ゴーレム――すなわち、魔術によって生み出された一種の自律兵器である。複数の魔導兵が錬成し、移動要塞のような戦略兵器として用いられるものもあるが、それらは全体のごく一部であり、軍で運用されるものの大部分はそれより小型で歩兵の支援に用いられるものや、それほど重要でない任務――後方補給拠点警備などを、通常の兵士に変わって遂行する。
人間と違って一部を破壊されても作戦行動が可能であるという利点はあるが、製作者によって予め入力された以外の動きは難しく、なおかつ突発的な事態には反応しにくいという欠点をかかえている。そのため、ユニコーン騎兵のそれほどの脅威ではないように見える――が、オリヴィアは警戒を怠らなかった。木剣であり即死することはない――が、ゴーレムの膂力は並の兵士よりも上であり、何の容赦もなく打ち下ろされれば演習続行が困難となるほどの重傷を負うことは間違いない。
「自律人形、ってか。あれの対処法って確か……」
「ああ、アタシも聞いたことあるぜ」
部隊でも一際血気盛んなカレンとテレサが拳を握ってにやりと笑う。魔法に心得のないものであっても、どのように扱えばゴーレムが動かなくなるのかは比較的有名な部類に入る。額に組み込まれた起動刻印を削り落とせば、どのようなゴーレムであれ瞬時に動きを止める――が、普通の人間がゴーレムに近接することは自殺行為に等しい。
膂力は並大抵の兵士を上回り、その拳の威力は人体を粉砕して余りあるものとなる。刀槍のような通常の武装しかしていない歩兵が近接戦闘を挑めば、無残に捻じ曲がった肉塊と成り果てる以外の行く末など無い。
カレンとテレサは今にも拳を振り上げて吶喊しようとしていたが、後ろで様子を見ていたユイは首を振って彼女たちを引き留めた。軍医の娘であり、戦術論においては門外漢ではある――が、彼女の頭脳は並外れており、もとより軍事に造詣の深いアイリスやエリカと並び立って、部隊を動かす頭脳として存在感を持っていた。
「それじゃ駄目。あれのパンチ力は人間の何倍もあるから、遠距離から攻撃して確実に撃破しないといけない。そうなると――」
ユイの視線がオリヴィアに向けられる。刻印は額に施されており、それを削り取ることができれば、武器は何であろうと構わない。剣であれ槍であれ――小銃で額を射抜くという方法によっても、刻印を破壊すること自体は可能である。
「……僕の出番ってわけか。いいよ、やってみよう。僕が狙撃で敵を削って、その間に他のメンバーで拠点を潰す。これでいこう」
オリヴィアの言葉に、全員が頷きを返した。
「けれど、一つだけ問題がある。あいつの目的は施設の防衛だから、そう遠くまで離れることはないと思う。けれども、僕が一体を狙撃した時点で、他の連中がどう動くかが分からない。なるべくなら狙撃で全部倒したい。けれど、もしかしたら僕が狙撃で敵を誘引する囮戦法になるかもしれない。これはプランBだ」
『……』
「これが対人戦を前提とした演習である以上、あいつらの索敵半径は人間と同程度のはずだ。けれど、僕の狙撃に気づいてこっちに突進してくる可能性も捨てきれない。万が一こちらに向かって片っ端から突っ込んできたら、そのときは対処できなくなる。護衛が最低でも二人……それも、近接戦闘に慣れていないと無理だ。けれど、テレサとカレンを両方動かすと、部隊の強靭性を確保できなくなる。カレンと……そうだな、アイリスに来てほしい。いいかな?」
オリヴィアが視線を向けると、アイリスとカレンは深々と頷いて賛同の意を示した。オリヴィアの言っていることは間違いではない。部隊でも傑出した技術を誇るカレンと、屈指の腕力を持つテレサの二人を同時に動かすのではなく、ある程度オールマイティに戦えるアイリスとエリカを動かせば、戦術的な頭脳を確保しつつ部隊の強度を維持できる。なおかつ、狙撃技術に優れたアイリスは緊急時のセカンドスナイパー、あるいは観測手として動けるという強みも持つ。
「……なら、決まりだ。僕たちが狙撃に回る。敵の数が減るか、こっちに注意が向いたのを確認してエリカたちが突撃、作戦用の梱包爆薬で目標を破壊してほしい。爆破指示は――」
「大丈夫だ、私がやるよ」
軽く腕を叩いてテレサが一歩前に出る。作ることができるならば、その逆もまた可能であり、どこを打ち砕けば建築物が破壊されるかを彼女は熟知している。演習用に与えられた必要量の爆薬によって監視施設を倒壊させることは十分に可能であり、万が一近接戦闘に巻き込まれたとしても、彼女の膂力であれば一定の抵抗は可能である――全員が、その意見で一致していた。
「なら、日が落ちるまでに作戦開始だ。ここを落としてもまだ三つある。早めに処理して、次のところに行こう。他にも任務はあるから、立ち止まっていられない――行くぞ!」
第七分隊の面々は小さく頷き、小銃を携えて三人に部隊を分ける。アイリスはエリカと一度だけ視線を交わして、姿勢を低くして施設へと忍び寄っていく。ゴーレムの索敵半径は人間とほぼ同等と推測しているが、そうだとしても百メートル先まで近接すれば探知される可能性は十分にある。
彼女らは一旦下馬し、物音を立てないようにゴーレムの動きを見ながら接近――途中でユニコーンを待たせて、そのまま匍匐で近接――距離百五十メートルで、オリヴィアはハンドサインを送って全員をその場で止め、最も近いゴーレムに狙いを定めた。
「僕が一体仕留める。もし外れたり、仕留めきれなかったりしたらアイリスが第二射。カレンは最終阻止射撃と、万が一接近戦になったときのバックアップをお願い」
「了解」
「おう、分かった――頼むぜ」
それだけ言って、アイリスは静かに銃を構えてゴーレムに狙いを定め、カレンは着剣して身構えた。暫しの沈黙の後、オリヴィアはトリガーに指を掛け、ゴーレムが一瞬正面を向いた瞬間、その額を一撃で撃ち抜いた。刻印を破壊されたゴーレムはその場に立ち尽くして動かなくなった――が、周囲に展開していたそれぞれの個体の反応は電撃的そのものだった。
発砲音に反応して近くに居たゴーレムが電撃的に振り向き、紅い魔力光を宿した隻眼が三人を捉える。まずい、と思った瞬間には、四体のゴーレムがオリヴィア目掛けて突進を開始していた。
「……!」
すかさずアイリスが発砲、一体を沈黙させる。続けてカレンも攻撃――だが、その一撃は左腕を射抜くばかりに終わった。三対三――数ではイーブンだが、痛みも恐怖も感じない兵士が剣を振りかざして突進すれば、対抗する手段は限定される。
だが、その数的均衡もあっさりと崩れた。四体が駆け出したことをきっかけに周りのゴーレムがそれに追従、一個分隊のほぼ全てが三人を狙って突進する。アイリスは小銃に弾丸を再装填しながら、その場の全員に向かって叫んだ。
「――プランB! このまま敵を誘引して、その間にエリカたちに施設攻撃を任せるよ!」




