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第74話 好敵手

 六十日目の朝――少女たちは残り十日となった訓練期間と、度々耳に入る国際関係の緊張を伝えるニュースを前に、不思議な高揚感に浮足立っていた。

 短いながらも徹底的に詰め込まれた戦技訓練は彼女らの技術を研ぎ澄まし、一振りの剣へと完成度を高めつつあった。残り十日――基礎訓練は終わりの段階に入り、ここから先は各個人に求められる戦闘技術を試す段階に入る。

 ベアトリクスは全員を集め、一人ひとりの顔をざっと見回した。入隊当初は軟弱者の集団だった――多少ばかりは適性の高い者をかき集めたつもりでいたが、それでも実戦に適合できる部隊というわけではなかった四十八人が、いずれも欠けることなく最後まで残り続けた。あとは卒業の日を待つばかり――そういった状況に置かれているが、最後に一つだけ、彼女らが乗り越えなければならない障壁があった。


「ウジ虫諸君、よく逃げずにここまで生き残った。正直なところ、実戦に巻き込まれた時点で何名か脱落するだろうと私は考えていた。だが、貴様らはいずれもクソド根性(ファッキンガッツ)を見せてクソの山を登り、騎兵の卵として生まれ変わりつつある」

『……』

「貴様らも知っているだろう――アルタヴァの童貞兵士が童貞根性を丸出しにして、麗しき我が乙女の国に全裸で迫りつつある。我々の目的は連中の腐った×××を切り落とすことだ。一人の例外も許さず、連中を斬り刻んで国家に平和をもたらせ。そうするだけの力を、私は貴様ら全員に与えてきた――例えば、これが一例だ」


 肩に掛けていたカービン銃を手に取り、ベアトリクスは辺りをざっと見回して言葉を続けた。


「残り十日だ――貴様らカスどもには、これから順位付けのための試験を行ってもらう。卒業するには最低限の成績さえ収めればいいが、競う以上はトップを目指してもらうことになる。最後の五日間は分隊ごとに野外演習を行うため、今できることは今のうちにやらせてもらうことになった。本来ならば七十日の訓練が全て終わったところで試験を行いたいところだが、国際情勢がそれを許さんそうだ」

『……!』


 一様に、彼女ら全員の表情に緊張が走る。最終試験の日程は突然通知されるものである――ということは知っていた。戦争に通知がない以上、実戦を意識した試験において事前の通知がないのも当然と言える。事前に練習を重ねるなり、参考書を読み込むなりすればどうとでもなってしまうが、それでは即応性の高い特殊部隊の人材としてふさわしいかどうかは分からない。だからこそ、大まかな時期こそ教えるとしても詳細な日時までは伝えない。


「今日の午前中は格闘術と射撃術の評価を行う。午後からは貴様らウジ虫共には難関の座学だ。戦闘訓練は総力を尽くしてならば負けても仕方ないが、やる気のない負け方はするな。最後の最後までガッツを見せて、相手の膜を破ってブッ殺すつもりで勝負しろ」

『マム・イエス・マム!』


 少女たちは張りのある声で答えた。志願者から騎兵候補生を選別する上で、もとより競争心の強い者ばかりを選別している。そうでなければ強敵に挑みかかるだけのガッツを持った兵士を育てることはできない。特殊部隊として運用される以上、彼女らは通常の戦力では決して撃破できない難敵と向き合うことになる。

 一般的な軍の対処能力を大幅に上回る敵、すなわち強力な武器や魔法によって身を守り、第一陣の突破戦力あるいは潜入迂回しての機動攻撃に投入される敵の特殊部隊との対決が前提とされている以上、彼女らには技術と同じかそれ以上に勇猛であることが求められる。いかに強力な兵装で身を守り、訓練に耐えて戦技を身に着けたところで心が折れてしまえば戦うことはできない。


「では、全員小銃を装備して射撃練習場へ。今のところ落第になりそうなゴミはいないが、十分に覚悟を持って試験に臨め――以上だ。武器庫へ駆け足!」


 その一言に合わせて、少女たちが駆け出していく。第七分隊の面々も視線を合わせ、自分の銃を取りに行くために武器庫へと走る。トップシューターと目されるのは二人――射撃において一日の長があるアイリスとオリヴィアである。二人の表情は穏やかであったが、その間に見えない火花が散っているのを周りの者たちは敏感に感じ取っていた。


「……なあ、お嬢とオリヴィア、やばいよなあれ」

「そうだな、アタシにもそう見える。ビンビンに張り詰めてやがるぜ……」


 テレサとカレン――単純な腕力ではツートップの二人がささやきあう。テレサの腕力は部隊の中でも随一だが、カレンのように実戦慣れした技を振るうわけではなく、単純な力だけで叩き伏せるような戦闘を得意とするため、まともに二人が戦えば五分というわけにはいかず、同じ部隊で手合わせしても猛烈なライバル意識を持つことはない。

 だが、アイリスとオリヴィアの間には不思議な緊張感があった。お互いに実戦を生き延びたという矜持があり、その中で敵と直接交戦した経験もある。武人として相手に負けたくないという思いを強く持っていることは間違いない――が、その一方で彼女たちの胸には、お互いを尊敬し合う思いもあった。互いを実力者と認め合い、打倒しながらも貶めない決着を望んでいる。

 最高の射手には配備が始まったばかりのライフル銃――装填に時間は掛かるが、通常のマスケットを遥かに上回る射程と精度を誇る武器が与えられる。ごく一部の狙撃戦隊――市街地での超長距離狙撃を行う部隊にしか配備されない小銃であるが、ある種のシンボルとして部隊の最優秀射手には特例として配備されることが決まっていた。

 多分に政治的なアピールを含んだ――最精鋭部隊のトップシューターに最新の武器を与えるということそのものを軍部が宣伝に利用しているという節は否めない。だが、最優秀射手であるライフルマンの名誉を得ることは、訓練生たちに対して強い動機づけとなる。

 小銃を手に取り、射撃レンジに入ってもアイリスとオリヴィアの間に言葉はない。第七分隊が呼ばれると、六人は揃ってそれぞれのレンジへと入り、手にしていた小銃に丁寧に実弾を装填して遥か向こうに設置された――今となっては目の前にあるようにも見える標的に狙いを定めた。

 第七分隊の射撃技術は、平均してそれほど低くない。オリヴィアとアイリスに次いでエリカという実力者三人を揃えており、他の三人についても周りに引っ張られる形で訓練生の平均を超える能力を発揮していた。ライフルマンには至らずとも、並の兵士――戦列歩兵として運用される者たちと比べれば、実力差は歴然としている。


「……では、一番から順番に撃て」


 その言葉に従い、最も左のレンジで小銃を手に目を閉じていたエリカが目を見開き、立射の姿勢で小銃を構えて撃鉄を起こした。三秒ほど間があって、彼女の指はトリガーを引き絞った。鋭い衝撃と共に発砲炎が薄暗いレンジを照らす。

 命中――だが、放たれた一発は中心を外れて上へと向かう。よほど正確に狙ったのだろうか、エリカの表情が悔しげに歪む。第二レンジのアイリスは一度深呼吸して、彼女に続いて小銃を構えた。照星の先、標的は彼方に遠く見える――が、銃を構えると同時に、アイリスはそれが手元にあるかのように感じていた。

 視線では遥かに遠く、体感では近い――それが錯覚であることを理解しながらも、アイリスは感覚でもって照準を定め、トリガーを引き絞った。鋭い反動と衝撃――銃身を切り詰めたショートカービン故、激しいマズルフラッシュが一瞬だけ彼女の視界を覆う。だが、その中でも彼女は自分の放った一射が標的の中心を捉えたことを確かに知覚していた。


「次――三番!」


 隣で銃を手にしていたオリヴィアが立ち上がり、流れるような動作で構える。アイリスと違って溜めはほとんどなく、立ち上がったと思った瞬間に彼女は撃鉄を起こしてトリガーを引いていた。命中――一秒にも満たない照準時間で、オリヴィアは標的の中心を射抜いていた。

 見敵必殺の一射を前に、第七分隊の全員が表情を変える。彼女が実戦で敵を撃つところを一度ならず見たことがある者ばかりではあったが、あまりにも早く見事な狙撃であったがために、誰もが目を見開いたままその場に凍りついていた。射撃試験を監督していたベアトリクスとリーアですら、驚愕を隠しきれない。あっさりと標的を射抜いたオリヴィアは、ふっと表情を緩めて銃を抱え、もとのようにレンジの床に腰を下ろした。

 それからも射撃試験が続く。第七分隊の面々はいずれも及第点を大きく超えたが、最終的に第七分隊からライフルマンの候補として選ばれたのは僅か二人――アイリスとオリヴィアだけであった。レンジに入って以降、彼女らは一言も口を利いていない。特に険悪な雰囲気というわけではない。彼女らが、言葉よりも深くお互いを理解する術を知っているが故である。


(……分かる。きっと、オリヴィアは私と同じだ)


 残った訓練生たち――ライフルマンを目指した六人が、手にした小銃を構える。今度は一人につき五連発。迷いも戸惑いもいらない。言葉よりも雄弁に語り、誇りがそこにあることを理解し合う方法を自分たちは十分に知っている。

 隣の射手が撃ち終えたことを確かめて、アイリスは深呼吸してから銃を構え、緩やかなペースで狙撃に入った。一発、二発、三発――いずれも標的の中心に弾丸が突き刺さる。再装填のたびに精度は悪くなるが、それを思わせないほどの技術でもって、彼女は眼前の標的を撃ち抜いた。


(四発目――)


 銃身は相当に加熱され、歪みが生じ始める。僅かに射撃の間隔を伸ばして銃身を冷却――標的を中心に捕捉してから数秒間の間をおいて、アイリスはトリガーを引いた。命中――だが、僅かに中心を外れて上に弾丸が食い込む。十点のエリアにはかろうじて入っている。

 まだグルーピングの範囲内にあり、短銃身のカービン銃にしては驚異的な精度といえる。だが、その僅かなズレは、アイリス自身にも分からない範囲で彼女の心をかき乱した。次の一射は右にずれて、九点のエリアを射抜く。


(一発外れた――オリヴィアが完璧にやれば……)


 アイリスは銃を手にして一歩下がり、悔しげに首を振る。彼女が見守る前で、オリヴィアは淡々と弾丸を装填して素早く狙いを定め、あっさりと中心を射抜いた。連射といって差し支えないほどの発砲間隔を維持しながら、彼女はそのまま四発目までを撃ち抜いていく。

 四十点――それを前に、アイリスの手のひらに汗が滲む。だが、それと同時に彼女の胸には、オリヴィアが五十点のど真ん中を撃ち抜いてくれることを期待する思いもあった。第七分隊で初めて実戦を経験し、咄嗟のこととはいえ自分の狙撃で人を殺めた経験を持つ彼女にとって、銃を手にすることのプレッシャーは大きなものであった。だが、それを乗り越えて自分と競ってくれているという事実は、アイリスにとって何より喜ばしいものであった。

 十五歳の乙女にしては力強い指が実弾を再装填し、火皿を開けて点火薬を注ぎ込む。その様子を前に、アイリスはまるでよくできた宮廷舞踊を見ているかのような気分でいた。オリヴィアはそのまま狙いを定めて、一瞬だけ微笑みを浮かべ――次の瞬間、一切の迷いなくトリガーを引いた。中心に命中――全弾ワンホールショット。


「……アイリス。僕は――」


 残響する銃声の中でもかき消されない声でオリヴィアはアイリスに呼びかけ、そして笑顔を見せた。


「――君と競えたことを、心から誇りに思う」


 ――差し出されたのは、ガンオイルに汚れた右手。だが、アイリスはそれを拒むことなく握っていた。


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