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第71話 激突

 五十六日目の朝――ようやく槍をまともに扱えるようになった少女たちを前に、ベアトリクスとリーアは真剣な表情で呼びかけた。口調こそ普段の罵倒を交えた、だがどこかユーモアを感じさせるものではあったが、一人の軍人として彼女らを見つめ、そして言葉をかけた。


「諸君――訓練期間は残り二週間だ。これまで貴様らは××××をおっぴろげてクソの山を登り、クソを食らって立派に太ったウジ虫へと成長した。槍を操り、アルタヴァの童貞兵士共の××××を串刺しにする程度のウジ虫だ――だが、それではまだ足りない。残りの二週間でもって貴様らは揃ってサナギに変わる。羽化するのは本物の兵士――どうだ、嬉しいか!」

『マム・イエス・マム!』

「嬉しいならもっと大声で言えアバズレ共! これから貴様らは共和主義に毒されたアルタヴァ人のカスどもをブチ殺し、そいつらに感化されたテロリストどもも揃ってブチ殺す本物の殺人兵器になるのだ――嬉しいだろう! クズどもの××××を削ぎ落として、×××を切断し、×××に棒を突っ込んで晒し上げる程度のことはどうということもないはずだ、違うか!」

『マム・イエス・マム!』


 その唱和は狂気を帯びていた――が、戦争という狂気は彼女らの放つ熱狂を凌駕して余りあるだけの冷たさを帯びている。自らの内側に眠る殺意をコントロールしながら、戦争の冷酷さに拮抗するだけの熱量――仲間のため、あるいは国家のために戦う情熱を燃やし続けられる者でなければ、確実に戦場で心が折れる。

 戦場において一度心が折られれば、その時点で敗北は必然である。討たれた兵士はただ呆然とその場に立ち尽くし、数秒後には物言わぬ躯となって地面に倒れる。その瞬間が訪れることをある種の諦観として受け止めながら、それを避けられずに死んでいく――もはや無念という言葉すら通り越したところに、兵士たちの生き死には存在する。

 なればこそ、少女たちには苛烈なまでの激情が必要だった。自らの内側に炎を創り出し、戦士の友情や愛国心を掲げて戦い続けるだけの力――敵意という激しい感情をもってそれらを後押しし、他人を殺傷するという行為を平然と行うことを自らの心のうちで正当化するプロセスは、兵士が兵士として育っていく上で必ず必要となる。

 苛烈で猥雑な罵倒の言葉を浴び、それと同じように敵国に対して憎悪を煽り立てる――それは単に、訓練生の少女たちに狂気に慣れ、敵を憎むことを覚えさせるばかりではない。相手を殺すという行為へのハードルを下げ、敵は人間未満であり殺すことに何の罪もないと刷り込むための洗脳であった。

 ベアトリクスは少女たちの言葉に満足したように頷き、右手を掲げてその場で宣言した。


「貴様らがこれから過ごす二週間は、これまでの八週間が遊びに見える密度になる。此処から先、貴様らは自身の肉体の限界に挑み、死と隣合わせの日々を送ることになる。それは貴様らにとっては地獄の業火にも等しいだろう」

『……!』

「だが、その艱難辛苦を持って、使いようのない鉄屑は祖国の仇敵を断罪する刃へと生まれ変わる。貴様らは今、その境界線に立っているのだ。無価値な鉄屑のままに人生を終えるか、己自信を剣に変えて吶喊し、祖国と王家に忠誠を尽くして名誉のうちに永遠を生きるか――貴様らが過ごす残りの二週間は、本物の勇者を選別するために与えられた最後の時間だ!」


 その言葉は、さながら神託のように全員の耳朶を打った。二度に渡って肌身で感じた実践の空気、そして命のやり取りに加わった戦友――第七分隊への思いが、少女たちを奮い立たせる。彼女らは等しく死神の鎌が届く場所へと踏み込み、揃ってその一薙ぎから生き延びた。それは偶然の産物であったかもしれないが、少女たちにとってほんの僅かに嗅いだ硝煙の香りは、自分自身が生と死の境界にあったことを実感させるに十分であった。


「二週間を耐え抜き、最後まで残って騎兵としての力を示せば、ようやく一人前の兵士として戦うことができる。貴様らが望んだ戦争、貴様らが望んだ忠誠は、今目の前に迫っている――覚悟のある者は手を伸ばせ。貴様ら一人ひとりが名誉の剣を掲げ、忠誠の盾をかざして戦う愛国者となる。ヴェーザー王国の歴史が続く限り、貴様らは永遠に存在し続ける。なればこそ問おう、戦う覚悟はあるか!」

『マム・イエス・マム!』

「貴様らの命は何のためにある!」

『我が生命は王家のために!』

「貴様らの敵とは何だ!」

『王家を否定する全てが敵だ!』

「敵を前に、貴様らが為すべきことは何だ!」

『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』


 ある種の狂乱すら帯びた叫び――だが、それが一方向に収束されたとき、少女たちは「群れ」から「軍団」へと変貌する。敵兵を迅速に殺傷し、いかに素早く戦争を勝利に導くか――そして、仲間の命をどこまで護ることができるかを徹底的に突き詰める炎の集団となって、彼女らは一様に前進する。

 ベアトリクスはその返事に満足したように深々と頷き、右手を大きく掲げて号令を発した。


「では、恒例のジョギングといこうか――総員、前へ!」






 実戦投入まで残り二週間となっても、行われる訓練そのものは大きくは変わらない。もはやそれ以上に付け足すものはほとんど無い――ただ一つの例外があるとするならば、馬上での槍を用いた白兵戦訓練であった。

 小銃で武装した国民軍が結成され、騎士の時代が古老の昔話に遠ざかりはした――が、騎兵によるランスチャージは、正面からの射撃戦で崩れた歩兵に対して、あるいは機動力に掛ける砲兵に対しては破滅的な打撃力を誇る。戦線を文字通り崩壊せしめ、戦闘に決定的な結果をもたらす存在として、未だに戦場においては欠かすことのできない存在であった。

 単なる軍馬の突撃であっても防御手段を持たない兵科に対しては致命的な打撃となりえるが、ユニコーンの運動性からもたらされる打撃力はそれに倍する。全力を開放すれば瞬時に2階建ての家屋を飛び越え、陣形を横断して余りある長距離跳躍すら可能となる――もっとも、その領域の機動に対応できるのは、アイリスとエリカただ二人ではある――が、一個分隊で中隊規模の歩兵戦力を翻弄、あるいは蹂躙殲滅することが可能であるという試算は、前線にて相対した敵兵の士気を挫くには十分である。

 以前よりユニコーンの軍用化は何度か試されてきた。しかし、清らかな乙女――すなわち兵士という存在の対極にある者にしか乗りこなせないという欠点、そして幻獣の繁殖の難しさから何度も計画は頓挫した。繁殖に関しては技術的革新によって克服することができた――だが、年若い少女をユニコーンに順応させて最前線に送り込むということに関しては、ほとんどの軍人が反感を覚えた。

 それは、単に軍という組織が男社会であるということに終わる問題ではない。兵士たちそれぞれの挟持が、十代半ばの少女たちを前線で戦わせ、あまつさえ危険性の高い特殊部隊として運用することを良しとしなかったが故である。

 女性のみの実戦部隊は徐々に編成が進んでいるが、いずれも十八歳以降の者ばかりが本人の志願によって集められ、治安維持や暴動鎮圧のような副次的作戦行動、あるいは小規模な遊撃戦に従事する者が大半である。その意味合いにおいて、設立当初から特殊部隊として運用されることが決定しているユニコーン隊はある種異色の部隊であった。

 訓練期間は残り二週間――少女たちは直接的な戦闘のための訓練として、最後の段階に入る。そこに含まれるのが、模擬槍を用いた戦闘訓練、いわゆる馬上槍試合に近い形式での白兵戦技能訓練であった。

 訓練生がユニコーンへの騎乗に慣れ、レーン上の標的に対する刺突の成功率が十分な領域に達したと判断したベアトリクスとリーアは、それぞれの訓練生に木製の模擬槍――騎士団が訓練、あるいは式典の行事として馬上槍試合を行うために用いるものと同じものを手渡して、少女たちに最後の戦技を教える段取りに入った。訓練期間は不十分であり、動く相手に槍を正確に突き立てるだけの技術を身につけるには二週間では足りるはずもない。

 だが、それでも何もしないよりずっといいと二人は考えていた。馬上槍試合は実戦で槍を敵に突き立てる感覚とはまるで違うし、そもそも相手の騎兵とは速度が違いすぎて勝負にもならない。狙いを定めることもできず、一瞬ですれ違ってそれで終わりだろう――が、実際に人間を相手にする感覚を知っておかなければ、いざとなったときに相手を刺突することもできず、逆に銃剣を携えた歩兵に群がられて串刺しにされるという最悪の結果が待っている。ベアトリクスはざっと全員を見回し、槍を手に表情を引き締めて立っている少女たちに声を掛けた。


「今から貴様らには、一対一での槍試合を行ってもらう。これは卒業試験にも加えるからそのつもりでいろ。もっとも、勝敗ではなく貴様らのガッツを見るためのものだがな。負けてもいいが、無様な負け方はするな。殺すつもりで戦って、それから負けろ」

『……!』


 少女たちが緊張に表情を引き締め、手にした槍を握りしめる。それを見たベアトリクスは愉快そうに笑い、唐突に真剣な表情を浮かべて、アイリスとエリカに視線を向けた。


「……では、ブレイザーとシュタイナー。最初の手本は、貴様らにやってもらう」


 ある程度予想はしていた――とはいえ、アイリスとエリカは驚きの表情を浮かべてその場で表情を強張らせた。お互いの技量は熟知している。単純な身体能力ではエリカが上回るが、馬術の技量ではアイリスが勝つ。お互いの戦技が拮抗していることは、日々繰り返される格闘訓練や馬上戦技訓練で理解していた。

 だが、実際に槍を交えて戦うのと、相手の訓練を見て学ぶのとはまた別である。武器を振るって戦わなければ理解できないことがあるというのは、武門の長女と将官の娘とで理解し合えていた。


「……異論はないな?」


 無論――お互いにプライドの高い人物である。アイリスは古来より続く男爵家としての誇りを、エリカは現役将官の娘としての誇りにかけて、深々と頷いて槍の石突で地面を打ち鳴らした。戦友同士ではある――が、同時に技を競い合う好敵手でもある。二人は一瞬視線を交わし、小さく頷いて本気で競うことを瞬時に誓っていた。

 それを見たベアトリクスとリーアは深く頷いて、練兵場の全体に響くほどの声で高らかに戦いの幕を開いた。


「――貴様ら、よく見ておけ。これから見せるのは、本物の戦士の戦いだ!」


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