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第69話 将たるもの

 夜九時――訓練生たちが入浴を済ませて僅かな自由時間を謳歌している最中も、練兵軍曹であるベアトリクスとリーアの仕事が終わることはない。むしろ、訓練の監督が終わってからが彼女らの本番である。届けられた書類の数々を素早く処理し、部隊配備が近づくユニコーン隊に対して十分な訓練を行わせるとともに、可能な限りの時間稼ぎ――すなわち、馬上での戦闘行動に関しての技術を叩き込む後期訓練の時間を捻出するため、必死の交渉を繰り返していた。


「……リーア、そっちはどうだ?」

「あまり芳しくはありませんわね。この間のテロの一件が効いていて、外務省のタカ派がいい具合に幅を効かせている。探りを入れてみても全く駄目ですわね……ごく一部の良心的な派閥もいることにはいますけれども、教育隊関係者では政治力が弱すぎる。遥か上に据わっている文官連中にまで、声は届きませんわ」

「分かっている。だが……失いたくない兵員がいるんだ」


 ベアトリクスの問いに対して、リーアは諦めたように首を振る。もとより、優秀な騎兵を練成する上では相当な時間が必要となる。もっとも、優れた素質を持つ兵士に関してはそうではないが、ユニコーン隊に求められる能力は通常の軍馬を扱う騎兵の遥か上を行く。

 ユニコーン騎兵としての素質を備えている者があるとするならば、それはもとより馬術の訓練を受けた経験があり、馬上戦闘において一定の理解を有する者――第七分隊に属するアイリスとエリカのような、極めて希少な存在にほかならない。選抜段階で相当に絞り込んだ結果の四十八名ではあるものの、その中でも傑出した存在と言えるのは、やはりただ二人のみである。

 実戦に投入されても生きて帰り、明らかに他の訓練生とは異次元の能力で状況に適応している。単に幼い頃からの教育が功を奏したということもできるであろう――が、彼女らの力が他の全てを圧倒していることに変わりはない。確かに、地方出身者で農耕馬を扱った経験から、最低限の馬術に通じる者はある程度存在する。しかし、いっそ過激といってもいいほどのユニコーンの騎乗特性に即座に順応し、戦闘機動すら可能とするのはアイリスとエリカだけである。


(えこひいきはしないが……この二人は、失うにはあまりにも惜しい)


 手元の書類を捲りながら、ベアトリクスは訓練生それぞれのデータを取りまとめたファイルを引き寄せた。第七分隊を除けばいずれも凡庸――されど、兵士として均一な能力を備えるに至った彼女らの記録は、訓練教官として何よりも誇るべきものであった。だが、ベアトリクスはそれ以上に、一人ひとりがスペシャリストとしての価値を備えている第七分隊に興味を向けていた。

 訓練教官としての責務は当然ながら果たす――が、光る原石があるならば目を向けずにはいられない。騎兵として全般に優れた能力を示しつつ指揮官適性を持つ者が二人、前衛として圧倒的な技量を見せる格闘巧者、体力に優れ騎兵として申し分ない持久力を備えると同時に野戦築城と建設技術において優れた理解を示す騎馬工兵、どのような銃器を扱わせても一流の超人的な狙撃兵、そして他の者では到底持ちえない深い思慮と医学に関する知識を持った軍医の卵――どれも、それぞれの得意とする場所に赴けば一流の働きをするだろう若きスペシャリストばかりである。


(だが、奴らは知ってか知らずか、この騎兵部隊を選んだ)


 それは運命であると同時に、ある種の不幸でさえあると、ベアトリクスは考えていた。明晰な頭脳と軍事的合理性を持つアイリスとエリカは高級副官学校に進めば即座に司令部要員として重宝されるだろうし、圧倒的な格闘技術を持つカレンは近接戦闘を旨とする憲兵隊、建築に深く通じたテレサは工兵隊、狙撃手として最高の力を持つオリヴィアはスナイパーを揃えた狙撃戦隊、医学の心得を持つユイは陸軍医科学校へ――それぞれが進める道は確かにあった。

 だが、彼女らは何故か騎兵学校に入隊する道を選んだ。それぞれが得意とする分野に進めば何の苦労もなく生きることができただろう。それでも、苛烈な訓練と即座の実戦投入が行われるユニコーン隊へと志願し、国家に忠誠を誓って戦い抜くことを自ら選択した。

 苛烈な日々に身を投げだしていくことになると知っていたのか、それとも単に騎兵隊の華やかさを夢見るままに志願したのかは分からないが、そこには何らかの意図があった。それを知っているからこそ、ベアトリクスはその凹凸が目立つ分隊を気にかけていた。どの隊員も、兵士というにはあまりにも強い個性と偏った能力を持ち合わせている。だが、それぞれが補い合うことによってその力を増幅し、一つの集団として力を発揮するだろうということを、ベアトリクスは強く感じてもいた。


「……どの兵士もそれぞれに強い。私の訓練に耐え切り、戦場の煙を浴びた連中だ。だが、その中でも――」

「第七分隊だけは特別、と?」


 全てを見透かしていたようにリーアが微笑む。ベアトリクスは暫し沈黙を守っていたが、やがて小さく頷いた。


「……あいつらは、他の連中とは明らかに違う。一人ひとりに強烈なクセがあって扱いにくいのは確かだが、作戦能力は異常なまでに自己完結している。珍しい才能を持った連中を同じ部隊に固めた結果、一つの生命体として生まれ変わったようにも思える。それを引っ張っているのは――」

「ブレイザー訓練生と、シュタイナー訓練生。この二人というわけですわね? そして……彼女ら二人は、他の訓練生を巻き込んで引っ張りつつある。騎兵としての才覚に、天性の将官らしさを持っている……驚くべきですわ。」


 リーアの言葉に、ベアトリクスは小さく頷いた。卓絶した技能を持つ二人は、もはや基本的な騎乗訓練など必要としていない。馬上槍試合に用いられるレーンに藁人形を並べて突かせ、正確な刺突と突撃に慣れるための訓練を行っている。もともとは時間を余らせないための例外的な処置であったが、ユニコーンを乗りこなす二人に触発されたのか、それ以外の訓練生の意欲も急激に伸びつつあった。

 騎乗訓練初日であったが、バランスを崩して落馬する者が続出していたのは最初の一時間程度で、それ以降は歩く、あるいは走る――出来の良い者については、武器を装備した状態で低めの障害物を飛び越えるなどの動きもしてみせた。十代半ばという時期がもたらす競争心、そして同じ部隊に属する兵士として追いついてみせたいという向上心が呼び起こされつつあるのは、まさに将としての天賦の才の片鱗が現れた結果にほかならない。


「圧倒的な技量を持つ者を前にしたとき、心を折られるかそこに追いつきたいと思うか……そればかりは、当人の素質による。少なくとも、私は賭けに勝ったようだ」

「ええ。あの二人には、部隊を引っ張っていくカリスマがある――けれど……」


 リーアはそこで一旦言葉を切り、手元の書類に視線を落とした。そこには、いずれ編成されるであろう部隊の概略とともに、いずれ隊長の任を負うことになる者の名を記すための空欄があった。


「強すぎる二つのカリスマは、部隊を精強に保つ上では毒にもなる。ベアトのことですから、分かっているでしょうけれど」

「無論だ。あの二人だから、どちらかが隊長で、もうひとりが副隊長だ。どうなっても恨み言を言わないだろうし、立場は尊重する……はずだ。どんな思いを胸に抱えていても、任務を遂行することだけは忘れないだろう。あいつらのことだ……妙に気を利かせて譲り合うかもな」


 その言葉に、リーアは少しばかり意地悪な笑みを浮かべて答えた


「まるで――十年前のあの人みたいですわね」

「……何のことだ?」

「隊長になりたかったのか、なりたくなかったのか分からない人ですわ。トップの成績だったのに、無理に親友に隊長を譲って――」

「……忘れた」

「あら、私は覚えておりましてよ?」

「抜かせ、十年前だぞ――まあいい、そいつをくれ」


 ベアトリクスはリーアから書類を受け取り、空白のままの隊長候補者の欄を眺めた。訓練過程の卒業式までに決めればいい――そう思っていたが、アイリスとエリカが急激に頭角を表しつつあり、なおかつ即応部隊としての編成に備え、候補生に対して指揮官としての意識を整えさせなければならないという状況にある以上、そうのんびりともしていられない。


「だが……お互い、負けたくないという思いは持っているはずだ。最終試験のその日まで、恐らく結果は分からない。済まないが――これは、今は返すしかない」


 ベアトリクスの手から書類が戻り、リーアはそれをまじまじと見つめて小さく頷いた。


「……わかりましたわ。しばらく、私のところでこれは止めておきますわ」

「頼む。少しだけ、休むよ」


 訓練生の前では苛烈な態度を崩さないベアトリクスは一度頭を下げ、小さく息を吐いて椅子に腰掛けたまま目を閉じた。いつものことであるから、リーアにはよく分かっている――ベアトリクスは三十分もしないうちに目を覚まし、再び異様な熱心さでもって仕事に取り掛かる。訓練生のころから、そして実験小隊に配属され、特務少尉として任務についていたときからそうだった。リーアは手にした書類をラックに戻し、小さな声で呟いた。


「貴女が見つけ出した六つで一組の宝石ですもの。磨けば綺麗に光るでしょうとも――信じていますわ、ベアト」


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