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第6話 夜間訓練

 数時間の行動訓練から解放された少女たちは、割り当てられた兵舎の部屋で息も絶え絶えといった具合に倒れ込んでいた。もはや何処かに腰を下ろす余裕もない。

 それはアイリスも同じことで、徹底的に痛めつけられて床に突っ伏したまま、隣でへたり込んでいるカレンに話しかけた。


「……生きてる?」

「……テメェのせいで長引いたがな。しかし何だあのインテリは――冗談みたいなやつだ、あれと部隊を組むなんてゴメンだね。息が詰まっちまう」


 カレンの言葉遣いは変わらず乱暴だが、既に敵対的な様子は見えない。ただ、彼女は尖った視線を金髪の少女――エリカに向けた。

 周りの同期が疲れ果ててぐったりとしている中でも、エリカだけは余裕の表情を崩していなかった。ただ静かに壁際に腰を下ろし、目を閉じて体を休めている。それを見たカレンは、面倒そうな表情を浮かべて視線を逸した。


「けっ、シケてやがる……余裕カマしやがって、嫌味のつもりかよ」


 カレンは敢えて聞こえるように吐き捨てたが、エリカは一瞬だけ彼女に視線を向けてその言葉を無視した。相手にするだけ馬鹿馬鹿しい、ということらしい。


「シカトキメやがって、つまんねェんだよ……クソッタレが」


 カレンが苛立ちを露わにしても、エリカはなんの反応も返さなかった。他の少女たちは関わり合いになることを避けるように目を逸らすか、野次馬気分で彼女たちを見つめていた。

 しかしそれもつかの間、突如としてドアが蹴り開けられ、その場にいた少女たちはぎょっとして目を見開き、立て続けに響き渡った怒声に表情を引きつらせた。


「休憩は終わりだアバズレども! 立て、立たなければ目玉ほじくってチャカでファックして殺す! 急げ!」


 鬼よりも恐ろしいベアトリクスの登場に、少女たちはほぼ反射的に立ち上がっていた。時刻は夜8時――行動訓練を続けた彼女たちは既に疲労困憊していたが、数時間のうちに叩き込まれた軍隊の流儀は、少女たちの体を無理矢理に動かした。


「走れ! 走れアバズレ! ここで居眠りこいてみろ、鉛の気付け薬を脳天にくれてやる、覚悟しろ! 今から練兵場だ、急げ!」

『マム・イエス・マム!』


 少女たちは弾かれたように立ち上がり、脱兎のごとく駆け出していく。


(こんな夜中になんの訓練で――)


 アイリスは忌々しげに首を振り、あちこちを殴られた体に鞭打って駆け出した。あちこちが酷く痛むし、随分と重い――だが、肉体に刻まれた恐怖が彼女を疾走させた。

 わけも分からず休憩を中断させられた少女たちの表情は明るいものではない。既に全身に疲労感が回りきっており、練兵場まで走る彼女たちは苦しみに顔を歪めていた。そうでないのは、先程から表情を変えないエリカただ一人である。


(確か、軍人の娘って言ってたっけ……)


 行動訓練はほぼ完璧で、彼女は表情一つ変えずに数時間を乗り切ってみせた。見事と言う他にない――その余裕にアイリスは敬意を抱いたが、他の者たちも皆そうという訳ではなかった。

 完璧であることに対して反感を抱く者は少なくない。ましてや、自分たちが必死の思いで殴打されつつ訓練を終えたというのに最初から身のこなしで訓練を完遂し、余裕の表情を見せながら周りを無視しているとなればなおのことである。

 だが、エリカはその視線を平然と無視して隊列の先頭を駆けていく。どこ吹く風といった具合の超然的態度――アイリスはその姿勢を否定しなかったが、カレンをはじめとした一部の少女たちは苦々しげな表情でエリカを見ていた。

 少女たちが練兵場に辿り着くと、そこには人数分の丸太が山と積まれており、辺りにはかがり火が焚かれていた。


(こ、これは……よく分からないけれど、嫌な予感しかしない……!)


 アイリスは丸太を見つめて無言でそこに立っていたが、ベアトリクスはニヤリと笑ってそれらを指差し口を開いた。


「三人一組だ――丸太をかついで、私がいいと言うまで走れ!」

「!?」


 思わぬ命令に少女たちは目を見開き、その場に立ち尽くした。体力気力ともに限界に近い――だが、ベアトリクスは彼女たちの事情を一切斟酌せず、手元の丸太を平然と担ぎ上げ、アイリスの足元にそれを投げつけた。


「早くしろヌケサク! 貴様らの夢に見た特大✕✕✕だ! さあシゴけ! さもなくばこいつをケツから叩き込んで口から出してやる!」

『っ……!』

「返事は!」

『マム・イエス・マム!』


 少女たちが一斉に丸太に駆け寄り、必死の表情でそれを持ち上げた。尋常の軍人ならば二人で持ち上げられるだろう重さだが、疲労しきった彼女たちにとっては耐え難いほどの重さだった。

 アイリスはのろのろと手を伸ばし、足元に転がった丸太を持ち上げようとした。その後ろにはカレンが、そして最後尾にはエリカが立つ。


「……何をしているの、早くして」


 エリカは冷たい声を前に立つ二人に投げつけ、手を伸ばして丸太の端を持ち上げた。カレンは露骨に苛立ちを見せ、アイリスは少しばかり困ったような表情を浮かべて同じく丸太を手に取った。

 全員が丸太を手にしたことを確かめると、ベアトリクスはどんと一歩踏み出して少女たちを睨みつけ、手にしていた棒で地面を強く叩いた。


「腰抜けの売春婦ども! 今夜の客はその丸太だ、気合を入れて相手をしてやれ! 安物の淫売みたいにヒイヒイ言ってみろ、客を二人に増やして、両方の穴で相手をさせてやる! どうだ! 嬉しいか!」

『マム・イエス・マム!』

「声が小さい! もう一回だ! ちゃんと客引きしてみせろ!」

『マム・イエス・マムッ!!』

「よし、上等だ! 行け!」


 まさに地獄と言う他にない――少女たちの歩みは亀のようにのろい。だが、ベアトリクスは一切容赦せず手にしていた棒を振るって彼女たちの背中を殴りつけた。


「モタモタするな! 貴様らのファックはその程度か! そんな生ぬるい腰の振り方では、童貞のクソボウズもイかせられんぞ! さあもっと速く走れ、このゲロブス売春婦! 今のままでは貴様らは✕✕✕に溜まったイカ臭い垢以下の存在だ!」


 疲労した心身に凄まじい罵倒の嵐と殴打が襲いかかる。つい一日前までこのような状況に追い込まれるなどとは予想していなかっただろう。

 半分泣きそうになりながらも、少女たちは必死に走り続ける。背中と後頭部を容赦なく殴打されつつ走る彼女らを横目にアイリスが少しばかりペースを落とそうとしたところで、不意に後ろから響いた声が彼女の耳朶を打った。


「前の二人――わざと手を抜かないで。遊びのつもりなら、今夜にでも帰って。軍隊は遊び場じゃない」

「なっ……」


 アイリスは絶句し、思わずエリカのほうを振り向いた。確かにスピードを落としはした――だが、そこまで言われる理由はない。彼女はぎり、と歯を食いしばり、落としかけたペースを上げて反論に代えた。


「おい、何すんだお嬢――」


 間に挟まれたカレンのテンポが崩れ、彼女は脚をもつれさせて、その手から丸太が離れる。途端に凄まじい荷重がアイリスとエリカの肩に伸し掛かったが、体力の大部分を行動訓練で失っていたアイリスは膝から崩れ落ち、背中に丸太の直撃を食らって突っ伏した。


「ぐえっ……!」


 叩き潰されたアイリスの肺から空気が押し出され、彼女は頬を冷たい地面につけたまま呻いた。ゆっくりと身を起こそうとしたその瞬間、彼女の背中を容赦なく軍靴が踏みつけた。


「何を寝ているか、アバズレ! このは売春宿のベッドではないぞ! 3秒やるから起きろ、さもなくばドタマブチ割って脳ミソファックしてやる! さあ起きろ、3、2、1――」

「マム・イエス・マム!」


 慌ててアイリスは立ち上がったが、その瞬間に彼女の側頭部を棒の一撃が襲っていた。


「丸太を持って立ち上がらんか、このクソタワケのアバズレが! 頭にまで梅毒が回ったか!」


 慌てて丸太を拾い上げ、アイリスはふらつきながらもそれを持ち上げ、後ろの二人を確認して再び走り始めた。もはや何がどうなっているのか理解できないが、とにかく走らなければどうにもならない。

 初日から猛烈な罵倒と暴力を伴う訓練を行うことの異常性は、アイリス自身もある程度は認識できていた。だが、彼女はただ一つ、自分自身に生じた変化に気づくことはなかった。

 暴力への慣れ――である。殴られ、罵声を浴びることに感覚が麻痺し、暴力的な取り扱いに対しての違和感が消失していく。まるで殴られることが当たり前であったかのように、精神は苛烈な暴力の嵐に順応していった。

 思考の余裕がなくなれば、反発することもなくなる。アイリスのみならず、少女たちのほぼ全員が、既に暴力へ順応しつつあった。

 高いレベルで環境に適応するという人間の性質を逆利用し、暴力への耐性を身につけさせる――明らかに異常な状況にありながら、その異常性を認識できなくなるまで心身に打撃を与え続ける訓練は、実戦に特化した部隊を育成する上で一定の有効性を発揮する。

 だが、十代半ばの少女たちにその軍事的妥当性を認識するだけの余裕はない。ただ、叩きつけられる怒声に追い立てられるまま、彼女たちは夜の練兵場を駆ける。


「このクソッタレのアバズレが! 戦争が始まる前に殺してやろうか、救いようのないゲロブス共が! 殺されたくなければ早く走れ、薄汚いツラでヒイヒイ言いやがって! ハラワタにチャカブチ込んで、鉛のガキを孕ませてやる! 喜べアバズレ、避妊は無しの初懐胎だ!」

『マム・イエス・マム!』


 走り続けること6時間余り。少女たちが解放されたのは、深夜2時を過ぎてからだった。

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