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第65話 混迷

 騎兵学校に戻った四人を待っていたのは、営内で得意の大工仕事を活かして復旧作業にあたっていたテレサと、臨時の看護兵として負傷者の手当に当たっていたユイであった。彼女ら二人は前線に出ていた四人としっかり抱き合って再会を喜び、ハンカチで涙を拭った。


「良かったぁ……最強の第七分隊が死ぬわけねえって分かってたけどさ……心配でたまんなかったよ、みんなエラい! よく生きて帰った! 出世したら私の奢りで家建ててやる!」

「誰も怪我がなくてよかった……ここは怪我人ばっかりで……またテロが起きたって聞いたから、すごく不安だった。でも、みんな無事に戻ってきてくれてよかった……!」


 涙を流して抱きつくユイとテレサに、カレンは少し困惑しながらも笑みを浮かべて口を開いた。


「大丈夫に決まってるだろ、アタシらは不死身だぜ? それに、泣き虫どもを置いて死ねるわけがねえしな――なあ、そうだろお嬢?」

「ええ。私たちは絶対に生きて帰る。どんなに苦しい戦いだとしても、諦めたりしない」


 アイリスは胸を張って答え、腰に提げていたナイフに触れた。実際に敵に向かって斬りかかることはなかったものの、確かに実戦を経験した。恐らくは外務省調査局から資料を奪還するべくして送り込まれたエージェントであろう者たちと交戦し、ナイフを投げつけて一人をその場で打ち倒した。恐怖が全く無かったと言えば嘘になる――だが、実戦を三度に渡ってくぐり抜けたという経験は、彼女に確かな自信を与えてもいた。


「……とにかく、良かった。少し休んで――」


 アイリスがそこまで言ったところで、四人が集まっていた応接室のドアが何の前触れもなく開き、ベアトリクスとリーアが顔を出した


「ご猥談中のところ失礼――よく生きて帰った、アバズレ共。貴様らに少し用事がある」

「六人揃っておケツ並べてついてきてくださいまし。重要な案件でしてよ。大切なお話ですの、聞き逃したら膜が破れる程度では済みませんわよ」


 乱暴で粗雑な物言いであったが、二人の言葉にはどこか隠しきれない緊張感が滲んでいた。どうしようもなく焦っている――それを感じ取った六人は、一様に表情を強張らせた。通常、練兵軍曹が感情を表に出すことはない。猛烈な罵倒と痛打を浴びせることはあるが、それはあくまで仮面の表情でしかなく、実際の激昂とは程遠いところにある。感情が訓練生に伝われば、それは威厳の失墜に即座につながる。

 だが、今のベアトリクスとリーアにはそれを取り繕う余裕すらないように第七分隊の六人には見えた。状況を知るアイリスとエリカは、自分たちが知るのはそれだけの意味を持つ秘密であることを感じ、それ以外の四人は、何かとてつもなく闇の深い政治的な事件に巻き込まれつつあることを感じていた。


「……行こうか」


 隊長を務めるエリカの声が強張っていることを感じ、何が起きているのかを深くは知らない四人は表情を強張らせた。普段はクールで表情を変えないエリカを知っているからこそ、今の状況が尋常でないことが感じられる。六人は揃ってベアトリクスとリーアの後ろに続き、異様な静けさに包まれた廊下を渡って会議室へと入った。

 一際壁が厚く、全面に防音処置が施された会議室――情報線に関する密議などに使用される部屋に通された第七分隊の面々は、張り詰めた雰囲気に一様に表情を硬くした。軍事施設に常に一部屋は配置されているものの、普段はめったに使われることのない部屋であり、掃除すら適当にされているのか、机には埃が積もっていたが、その適当ささえ、少女たちに恐怖と圧迫をもたらしていた。


「さて……まあ、茶は出ないが適当に座れ。聞き逃すと死ぬから、よく聞いておくんだな」

『……!』


 聞き逃すと死ぬ――ベアトリクスの言葉が比喩や冗談でないことを、第七分隊の少女たちは瞬時に感じ取った。実戦に身を置き、敵と対峙して戦ってきたからこそ、今の彼女らには自分たちがどれほど危機的な状況に置かれているかを理解できた。

 ベアトリクスとリーアはソファーに体を投げ出すと、気だるげな表情で懐に入れていたポケット瓶からウイスキーを一口呷った。予想もしない光景に驚く第七分隊を前に、二人は疲れた表情を浮かべたまま、アイリスとエリカが持ち込んだ灰色の封筒を人差し指で軽く叩いた。


「ややこしい案件を持ち込んでくれたものだ。見つからないところに捨ててくるか、そのへんで燃やしてくればよかったものを。優等生二人組がよくもやってくれたな、ええ?」

「まったくでしてよ、こんなもの見たくなかった……けれども、重要な事項であることに変わりはありませんわね、だからこそ頭が痛いのですけれども。これ、そのへんに捨ててきたほうがよろしかったのではなくて? ウジ虫さんのおミソでは思いつきませんでしたの? というか今から捨ててこい」


 言葉は辛辣である。だが、その言葉にはどこか、無事帰ってきた第七分隊の隊員たちをねぎらうような色があった。ベアトリクスは封筒から書類を引き出すと、それらを乱雑に机の上に広げた。


「一応だが、読ませてもらった。実に厄介なものを持ち込んでくれた……が、これが陸軍情報部、特にハーネル少佐からもたらされたものかもしれないという一点において、我々には実に価値のある文書だ。そこだけで、この情報の全部が信頼に値する。ところでインテリにお嬢、貴様らは何か、この文章を運ぶ上で危険な目には遭わなかったか?」

『……!』


 アイリスとエリカ、そして彼女らの援護に加わったカレンとオリヴィアの表情が変わる。アイリスとエリカは直接的に文書に関わり、カレンとオリヴィアはその脱出を援護した。それを見たベアトリクスは一度だけ頷き、灰色の封筒から書類を引き出して口を開いた。


「……なるべくなら厄介なことに巻き込みたくはなかったのだがな。しかし、こうなってしまったものは仕方ない――全員黙っておけよ」

『……!』


 部屋の空気に緊張が満ちる。それを察した少女たちは一斉に表情を強張らせ、ベアトリクスも真剣な面持ちで言葉を続けた。


「先に行っておこうか。貴様らが直面した事件は、全て外務省調査局の知るところだった。連中は、全て分かっていながらもテロ攻撃に関する警告を発せず無視したんだ」

『なっ……』


 全員が二の句を告げず絶句する。言葉を発したベアトリクス自信にとっても衝撃的であったが、彼女はなるべく平静を装って言葉を続けた。


「この文書の言うところによると、外務省調査局は王都でテロが起きることを知っていて、その上で黙認したということになるらしい。目的は……国際的緊張関係を盾に、自分たちの権限と発言力の拡大を図るためだ。なんとも腹の立つ話だが、連中はテロの危機を予測していながら、何の警告を発することもなかったんだ。クソッタレめ」


 怒りを込めて吐き捨てたベアトリクスは、立て続けにポケット瓶からウイスキーを呷った。半ばやけ酒といった調子――普段ならその光景に眉をひそめたであろう少女たちですら、驚きのあまり言葉を発することもできずにいった。


「……クソ、呑まずにやっていられるか。他のものには黙っていろよ。懲戒になったらやっかいだ――ともかく、外務省のクソどもはテロが起きることを予め知ってやがった。ろくなことじゃないが、そいつが紛れもない事実ってやつだ」

「知っていたって……そんな、そんなことをすれば……!」


 エリカが言葉を詰まらせながら口を開く。リーアは一度だけ小さく頷いて、それから言葉を続けた。


「ええ――確かに、民草には大きな被害をもたらすでしょう」

「では、どうして……!」


 悲痛なまでの声――それに対して、ベアトリクスは吐き捨てるように答えた。


「外務省情報局は、テロに上じて緊張を演出しようとしている。国際的緊張で主戦派を煽り、アルタヴァとの対決姿勢を強めようって魂胆だ――つまるところ、我々はハメられたも同然だ。外構が戦争に向かうなら、我々軍人にそれを止める手段なんて無い。完璧にしてやられたというわけだ……!」


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