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第59話 刃を手に

「アイリス・フォン・ブレイザー――全ユニコーンの確保並びに離脱を確認! 次のご命令を、教官!」


 凛とした声が夜空の下に響く。その間も噴進弾が何発か降り注いだが、アイリスの叫びはその爆裂音すらも斬り裂いた。魂を燃やし尽くす輝き――その場に居た全員が、馬上で胸を張る彼女に魅入られていた。

 長い髪はところどころ焼け焦げ、火の粉の飛んだ軍服もそこかしこに穴が開いていた――が、その姿をみすぼらしいと思う者は、そこには誰ひとりとして居なかった。《ブリッツ(電光)》の名を与えられ、額に稲妻型の模様を持つユニコーンにの隣に立つアイリスは、瞳に煌々たる意志の輝きを宿し、さながら戦女神の如く堂々と立っていた。


「ブレイザー……お前は――」


 少しばかり困惑したように、ベアトリクスがアイリスを見つめる。実験小隊での惨劇を間近で見たベアトリクスだからこそ、《ブリッツ》の心がいかほどに冷たく閉ざされたものであるのかを知っている。それ故、アイリスが今その背に乗っていることに驚きを隠せずにいると同時に、完全に《ブリッツ》を制御下に置いていることに対して、実験小隊の元隊員として驚嘆していた。


「大丈夫です、教官。私は――この子と一緒に戦います。今も攻撃は続いている――ならば、私は自分の責務を果たします」

「……!」


 澄んだ瞳に燃える炎は、闇夜を貫いてなお余りある輝きを秘めていた。熟練の軍人であるベアトリクスすらたじろぐほどの意志の輝き――一人の戦士として、自らの命の使い道を知る者の目つきであった。それがどれほど尊いものであるのかは、同じ戦士であるベアトリクスは深く理解している。


「……いいんだな?」

「はい。私は――天命を見つけました」


 その言葉に偽りはない。ただ真っ直ぐな思いだけが、今のアイリスを動かしている。《ブリッツ》に乗って空中へ飛び出したその瞬間、確かに彼女は自らの生きる理由、戦う意味を感じ取っていた。全ての感覚が拡張したような万能感と、愛馬と心を通じ合わせて飛び出す高揚感――その両方が渦を巻いて吹き荒れ、真っ直ぐな感情が突き出された槍の穂先のように一直線に駆ける。

 そこに何の偽りも惑いもないことに気づいたベアトリクスは、手にしていた麻袋から革製の馬具――訓練生用に用意された鞍と鐙、そして手綱を一揃い取り出して、アイリスに手渡した。ユニコーンの機動力と判断能力は尋常の軍馬を凌駕し、小銃を命中させることは容易でない。アイリスは兵士として未熟ではあるが、《ブリッツ》の実力はそれを補って余りあるものであることをベアトリクスは深く理解していた。


「……ならば行け。貴様が天命を見出したというのならば、過激派ごときの手に掛かって死ぬようなことはあるまい。周辺を警戒し、敵と遭遇した場合は即座に近隣部隊に通報、それが不可能ならば迎撃しろ。だが――一人では行かせられない。シュタイナー! 貴様も乗馬経験があると聞く。ブレイザーを援護しろ」


 ベアトリクスはアイリスに馬具を手渡しながら、隣に立っていたエリカにも馬具を手渡した。エリカは一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐさま自らの愛馬――《シュトゥルム》と視線を交わし、深く頷いて馬具を受け取った。


「了解致しました、教官。第七分隊隊長として、身命を賭して任務にあたる覚悟です」

「実に結構――だが、気負いすぎるなよ、シュタイナー。可能な限り、近くの部隊と共同で事に当たれ。私とリーアが自分のユニコーンを連れてきていれば、貴様らに負担を掛けずに済んだのだがこの状況ではやむを得ん。現状、貴様らがこの場における最大の騎兵戦力だ」

『……!』


 戦力、という言葉にアイリスとエリカの表情が変わる。兵士として任務を与えられる誇り、そして仲間を守らなければならないという決意――その二つが輝く刃となって、彼女たちの手に握られる。ベアトリクスは穏やかな――だが決然とした口調でもって、二人の少女たちに命令を下した。


「アイリス・フォン・ブレイザー訓練生ならびにエリカ・シュタイナー訓練生に命じる――騎兵学校外周を捜索、敵を発見した場合はこれを近隣の哨戒班に通報、不可能な場合は迎撃、駆逐あるいは殲滅せよ!」

『マム・イエス・マム!』


 しゃんと背筋を伸ばして、アイリスとエリカが答える。彼女らは手早く馬具を用意すると、手にしていた小銃に着剣すると、身を翻して自らのユニコーン――《ブリッツ》と《シュトルム》に飛び乗った。流石に乗馬経験の豊富なアイリスとエリカらしく、その姿は堂々たるものであった。


「警備巡回の経路は貴様らに任せる――我々も引き続き捜索を行うから、周りの部隊を援護してやってくれ。もし戦闘状況に入っているようならば、貴様らが突破し撃砕しろ。ユニコーンの機動力なら、そう簡単には弾に当たらん――行け!」


 ベアトリクスが腕を振り下ろすと、アイリスとエリカは素早く視線を交わして自らの愛馬に合図を送った。瞬時に二頭のユニコーンが猛然とダッシュし、一瞬にして第七分隊の面々の視界から消え去った。およそ信じがたい速度に一同が目を見開く中、ベアトリクスは手にしていた小銃を肩に掛けて全員の顔を見回し、命令を下した。


「では、我々も一働きするぞ――続け!」






 乗馬には幼い頃から親しみ、武門の嗜みとして常にその技術を磨いてきた――アイリスとエリカの胸には、確かにその自負があった。疾風のように駆け抜けることにも躊躇いはなく、どれだけ勢いをつけて飛び上がっても、バランスを崩さず着地するだけの自信を持ち合わせていた。

 だが――初めて騎乗したユニコーンの力は、彼女らが今まで騎乗してきたいかなる軍馬をも凌駕していた。景色が後方に流れ去り、虹の輝きを帯びた角が風を切り裂く音が響く。速く、高く、そして鮮やかに――二人と二頭の世界が目まぐるしく変転し、まばたきをする間もないほどの勢いで飛び去っていく。

 だが、その動きに恐怖を感じることはない。戦闘の緊張と興奮がスピードに対する本能的恐怖を薄れさせるとともに、ユニコーンのしなやかな四肢が生み出す動きは、彼女らの馬上での行動に一切の制約を与えなかった。アイリスは手綱を左手一本で握りしめると、手にしていた小銃――その先端に取り付けられた銃剣の切っ先を斜めに掲げると、隣を行くエリカに語りかけた。


「エリカ、私たちは――」

「ええ。どこまでだって行けるし、何だってできる」


 二人が視線を交わし、火の手が上がる外周部の倉庫へと向かおうとしたその刹那、その湯行く手に一発の噴進弾が飛来して炸裂した。吹き荒れる爆炎を避けるようにユニコーンが高速でターンし、飛来した破片を回避して天高くジャンプした瞬間、アイリスは噴進弾の発射器を手にした一団を視界に認めた。


「――エリカ!」

「ええ! 私も見た――《シュトゥルム》!」


 エリカが手にした小銃を真っ直ぐに突き出すと、彼女の愛馬――《シュトゥルム》は猛然と疾駆し、まるで馬術競技のように容易く兵舎を飛び越えた。アイリスもそれに続いて《ブリッツ》を駆けさせ、驚きに目を見開く兵士たちを尻目に兵舎を飛び越えると、一足飛びに噴進弾の発射器を携えていた男たちの前に降下した。


「なに――」


 男たちが一瞬、驚愕に目を見開く。数は一個分隊にも満たない――が、他の場所からも噴進弾による攻撃の音が絶えず響き、多方面から攻撃を受けているのは明らかであった。周りに援護に来られる部隊が居ないことを知った彼らは撃ち終えた発射器を放り捨てると、一斉に剣を抜いてアイリスとエリカ目掛けて撃ちかかった。


「――甘く見るなッ!」


 最初に突進した敵兵目掛けて突き出されたのは、エリカの振るった銃剣の切っ先だった。僅かに心臓を外しはしたが、振るった一撃は正確に肩口を貫いて剣を手から取り落とさせ、続いて横薙ぎに払った銃床の一撃が剣を手からもぎ取り、その勢いのままに側頭部を殴り抜く。


「っ……! このメスガキが!」


 瞬時に二人を打ち倒された敵は動揺しながらも、手にした刃をアイリスに向ける。その瞬間、《ブリッツ》の瞳が炎の輝きを放ち、次の瞬間には両の蹄を打ち下ろして眼前の兵士を強打していた。肩の骨が砕ける音が響き、戦闘の興奮に飲み込まれていたアイリスは我に返って叫んだ。


「……! 殺しちゃ駄目っ!」


 兵士として本来あらざる命令――だが、捕虜を確保して情報を引き出さなければならないという原則がアイリスの脳裏をよぎり、倒れた兵士の頭蓋を踏み砕こうとした《ブリッツ》を引き留めさせた。それと同時に、彼女の身体に刻み込まれた戦闘技術は非常時を前に十全に発揮され、猪突しつつあった兵士を二人同時にその場に昏倒せしめた。


「この者たちはまだ生きている――だが、まだ続けるなら容赦はしない。斬られる覚悟のある者だけ、かかってこい!」


 アイリスの鋭い叫びが闇夜を引き裂く。敵兵はその剣幕に一瞬動けなくなったが、アイリスが銃剣の切っ先を突きつけると、悔しげに表情を歪めて駆け出していく。背中を向けて逃げ去った敵を追うべきでないと判断したアイリスとエリカは一瞬視線を交わし、負傷して呻く敵兵に目を向けた。


「とりあえず、これは引き渡そうか。憲兵隊に渡せば何か分かるかも」

「ええ。それと、アイリス――貴女は立派よ。恐慌に飲み込まれず、捕虜を取るために殺さずに手加減できた。私は……最初から、殺すつもりでいた」

「……違うよ、私は甘かっただけ。殺せたのに、殺さなかった――」


 手にした銃剣の切っ先には一滴の血も付いていない。アイリスはその銀の輝きを見つめ、続いて殴打されて足元で呻く敵兵に視線を向けた。この場でその者たちを刺し貫くことは容易い――だが、彼女は敢えてそれを選ばなかった。腰に提げていたポーチからホイッスルを取り出して吹き鳴らすと、幾許も無く近辺に展開していた兵士たちが駆けてくる。


「……この人たちを捕縛してください。私たちは――他の場所に回ります。まだ攻撃は続いているようですから」


 細い指で銃床をしっかりと握り、アイリスは大きく息を吐き出して正面を見つめた。未だに騎兵学校には火の手が上がり、散発的ながら銃声も聞こえ始めている。彼女は唇を真一文字に引き結ぶと、一気に《ブリッツ》をターンさせて再び駆け出した。


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