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第5話 地獄の行動訓練

 全員に被服が支給され、ベアトリクスによる「ホーリーネーム」――それらは概ね卑猥あるいは屈辱的なものであった――の名付けが終わると、少女たちは揃って中庭に引き出された。いつの間に取ってきたのやら、ベアトリクスの手には、小銃を模した木の棒が握られている。少女たちはそれを見て表情を引きつらせたが、ベアトリクスは喜悦に表情を歪ませ、その先で地面を突いた。


「よし――全員、これから私についてこい。これから点呼を行うから、指示された者同士で三人一組になって列を作れ。先に言っておくが、少しでも列からずれた時点で貴様らの首をネジ折ってやるからな。覚悟しておけ。では――『お嬢』! 前に出ろ!」


 ベアトリクスが呼んだのはアイリスだった。だが「ホーリーネーム」で呼ばれることに慣れていなかったアイリスは、きょとんとしてその場に立っていただけだった。途端にベアトリクスが手にしていた棒が稲妻のように風を切って、彼女の腹に鈍い音と共にめり込んだ。


「すぐに出ろアバズレが! 貴様のようなド間抜けが伏せろと言われても伏せず、頭を吹っ飛ばされてクソ迷惑にも血のシャワーを降らせるんだ! さっさと先頭に立て、あんまり遅いと、ケツに銃剣突っ込んででも前に押し出すぞ!」

「マム・イエス・マム!」


 アイリスは慌てて飛び出していき、隊列の先頭に立った。それを見たベアトリクスは再び少女たちに視線を向け、続けて名前を呼んだ。


「では――『チンピラ』! 前に出ろ!」

「マム・イエス・マム!」


 ホーリーネームで言うところの「チンピラ」――カレンが一歩前に出て、アイリスの隣でしゃんと背筋を伸ばした。殴られる様子をしっかり見て、反応できるように身構えていたらしい。こういうところだけはちゃっかりしている、と思いながら、アイリスは隣に立った戦友を一瞬だけ横目で見た。

 ベアトリクスは手元のメモ帳に一瞬だけ視線をやり、後ろのほうに控えていた金髪の少女――おそらくはこの五十人の中でも最もまともな受け答えをしただろうエリカを呼びつけた。


「では、最後――『インテリ』! 暫定だが、お前がこの三人の中では隊長だ。救いようのない低能のゲロブス共の尻を叩いて、うまく誘導してやれ」

「マム・イエス・マム!」


 彼女は完璧な所作でその場で姿勢を正し、真っ直ぐにベアトリクスを見つめ返した。そこには何の迷いもない。戦闘服には名札も階級章もなかったが、彼女だけはその場において本物の軍人の風格を纏っているように見えた。

 それからもベアトリクスは少女たちを三人一組で整列させていき、やがてその場に縦隊を作り上げた。万事が完了したことを確認すると、彼女は手にしていた棒の先で地面を強く叩き、少女たちに命令を下した。


「では、これより行動訓練を開始する――全員、私の歩調に合わせて練兵場まで歩け! 行くぞ!」


 そう言って、ベアトリクスは胸ポケットに入れていたホイッスルを取り出し、リズムよく吹き鳴らしながら少女たちの横に立った。何一つ教練などされていない少女たちだったが、どうにかリズムに乗って手足を振って行進らしきものを始めた。

 全く手足は揃わず、傍目から見ても酷いものであったが、それが今の彼女たちにできる精一杯だった。しかし、ベアトリクスは何の容赦もなく少女たちを側面から棒の先で突いた。


「手足を揃えろ、虫ケラども! ハエのたかった五十路の淫売の行列でももう少しお行儀がいいぞ! 何をしている、早くしろ!」

「マム・イエス・マム……!」

「手足は結構――だが、歩く速度を落とすな! 勢い余って前のアバズレのケツにキスしてみろ、チャカぶちかまして、できたてホヤホヤのケツ穴を増やしてやる! 痔に苦しみたくないやつはさっさと歩け! どうしたアバズレが、閉経ババァのケツ振りダンスのほうがまだ優雅だぞ!」


 激しく小突き回されながら、少女たちは必死の思いで手足を振って練兵場へと向かう。唯一殴打されなかったのは、隊長を任されたエリカだった。彼女だけはしゃんと背筋を伸ばし、迷いなく手足を振って前へと進んでいた。その様子を見たアイリスは、屋敷に設置されていた振り子時計を思い出していた。

 そのまま歩き続けること100m余り――少女たちは練兵場の中央に立っていた。その周りでは、同じく騎兵候補生らしい男子学生たちが、熊とゴリラを足して二で割ったような巨漢に追い回されながら走っていた。罵倒の声はもはや言葉を成しておらず、ほとんど野獣の咆哮に等しい。


(まだ言葉の通じる教官で良かった……)


 アイリスはどこか妙な安心感を覚え、軽く息を整えてベアトリクスの指示を待った。ベアトリクスは一歩前に踏み出して少女たちに視線を向けると、手にしていた棒の先をアイリスに向けた。


「おい、お嬢――『気をつけ』と言ってみろ」

「……気をつけ?」


 不思議そうにアイリスが首を傾げると、ベアトリクスは真剣な表情で頷いた。


「そうだ、『気をつけ』だ――言ってみるといい」

「……では。気をつけ!」


 アイリスがそう言った瞬間にベアトリクスは姿勢を正し、指先までしっかりと伸ばした上で両足の踵を合わせた。まるで体が瞬時に一本の棒となったような様子に、少女たちは驚嘆して目を見開いた。数秒間その姿勢を続けた後、ベアトリクスは緊張を解いて、少女たちをしっかりと見据えた。


「いいか貴様ら、これが『気をつけ』だ。そうだな――まずは貴様からやってみせろ」

「マム・イエス・マム!」


 そう言って、アイリスは見よう見まねで「気をつけ」の姿勢を取った。意識的に踵を合わせ、指先はしっかりと伸ばして胸を張る――だが、即座に棒の一撃が彼女の右肩、右足、そして顎を襲った。たまらず膝を折ったアイリス目掛けて、痛烈な罵倒と蹴りが繰り出され、その場で彼女は派手にひっくり返った。


「中指はズボンの縫い目に合わせろ! 縫い目だ、縫い目! それから、靴の踵の角度が教えたとおりになっていない! 服の縫い目も靴の踵も知らんとは、貴様は全裸で過ごしてきた野蛮人なのか!? もう一度だ! 次間違えてみろ、戦闘服を直接肌に縫い込んで、貴様の体に文明をねじ込んでやる! 覚悟しろ! 返事は!」

「マム・イエス・マム!」


 彼女は起き上がって返事を返し、可能な限りベアトリクスの姿勢を再現すべく努力した――だが、その度に棒の打撃が手足を襲い、容赦なく彼女の姿勢を修正した。僅か一度のズレすら見えているのではないかというほどの激しい打撃を受けて、手足全ての位置が完璧に揃う頃には、アイリスの手足は鈍い痺れを伴う痛みに支配されていた。


「やっと終わりか、戦争が始まってから終わるまで貴様に付き合わされるかと思ったぞ――では次、チンピラ!」


 やっと終わった、と思ってアイリスが姿勢を楽にした瞬間、ベアトリクスの手にしていた棒がくるりと翻って彼女の膝を容赦なく打った。たまらずもんどり打って倒れた彼女には、容赦のない言葉が投げかけられた。


「誰が終わっていいと言った! 気をつけの姿勢で、最後の一人が終わるまで待て! 堪え性のない雌犬め、だれがケツ突き出してヒイヒイ言えと言った! 立て! 立って××××が閉まる音をさせろ!」

「っ……マム・イエス・マム!」


 アイリスは必死の思いで立ち上がり、どうにか殴り倒される前の姿勢を取った。膝の痛みを堪えて立ち上がった彼女の隣では、やはりまともな姿勢を取れなかったらしいカレンが猛烈な殴打を浴びて錐揉みし、そのまま後頭部から地面に落ちていった。容赦なく蹴り転がされるカレンを横目に見つつ、アイリスはただ自分の姿勢を維持することに集中した。

 激しい罵倒と人体を殴打する音が人数分続き、少女たちが解放されたのは一時間以上が経過してからだった。最初に気をつけの姿勢を取っていたアイリスなどは最早立っているだけで疲労困憊の有様だったが、軍隊生活という恐るべき超日常は彼女に休息を許さなかった。


「よし、少なくとも『気をつけ』はできるようになったな――だが、まだあるぞ」

『……!?』

「回れ右、前へならえ、右、左へならえ――どれがいいかは貴様らに決めさせてやる。先に言っておいてやるが、全ての動作を完了するまで休むことは許さん。覚悟はいいか、アバズレども! ××××がすり減るまで貴様らをファックして、笑顔の一つも出ないようになるまで改造してやる! どうだ、嬉しいか!」


 もちろん嬉しいはずがない。だが、少女たちの感情は完全に麻痺しきっていた。命じられるままに大声を張り上げて体を動かす――その行為は、彼女たちの理性を確実に侵食ファックしつつあった。反復される作業が感覚を痺れさせ、自らが張り上げる、あるいはベアトリクスが叩きつける大声が思考を停止させる。気がついたときには、少女たちは自らの意に反して叫んでいた。


『マム・イエス・マム!』

「よし、よく言った――どれでも好きな訓練を選んでいいぞ! 遠慮するな、気が済むまで貴様らの××××をファックしてやる! さあ言え、ケツを突き出せ!」


 数時間前なら顔をしかめただろう卑猥な罵倒も、最早少女たちの耳には当たり前に響く。アイリスはその中にあって、複雑な心理状態に陥りつつあった。


(何か、何かが間違っている――けれど、何が間違っているのか指摘できない……!)


 自分が受ける訓練は明らかに非人道的であり、人間の尊厳に打撃を与えるものだ。だが、「軍隊とはそのようなものである」という認識を、彼女は強めつつあった。理不尽で暴力的な取扱に反感を覚えこそすれども、それのどこが間違いであるのか言語化できない。その時点で、アイリス・フォン・ブレイザーは軍人に近づきつつあると同時に、確実に人間としてのあり方を失いつつあった。

 命じられるままに体を動かし、できなければ殴られ、できるようになるまでまた殴られる―その繰り返しと痛烈な罵倒の嵐は、少女たちの思考を切り替えるには十分だった。


「さあやってみせろロクデナシの雌豚ども! ××××がめくれ上がって天を指しても、銃剣をケツに突っ込んで続けてやる! 全ての動作が完璧になるまで、休むことは一切許さん! のたうち回ってせいぜい苦しみ、売春婦の輪唱を聞かせてみせろ!」

『――マム・イエス・マムッ!』


 ――その後、少女たちは数時間に渡る行動訓練を完遂した。食事も休憩もなく、永遠に続くのではないかと思われた訓練が終わりを迎えたのは、陽が西の彼方に遠ざかり、星明りが空に瞬き始めてからだった。


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