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第57話 荒れ狂う夜

「やられたのは軍情報部の士官だ! 名前は……ハーネル、オットー・ハーネル少佐だ! 誰でもいい、応援の憲兵を呼んでくれ――爆弾テロだ!」


 闇夜を突き刺す憲兵の叫び声に、ベアトリクスとリーアは一瞬その場に固まった――が、被害者の名前を聞いた瞬間、彼女たち二人は同時に駆け出していた。陸軍情報部の少佐が爆殺された――その時点で尋常の事態でないことは明白であり、ユニコーン部隊の訓練期間延長を目論む彼女ら二人にとっては命綱を切断されたにも等しい一大事である。


「おい、これをやったのは……」


 ベアトリクスは腰に提げていた拳銃に手を掛けて一歩踏み出そうとしたが、リーアは静かにその肩に手を置いて首を振った。


「……わたくしたちだけで判断するのは危険ですわ。軍情報部の士官が狙われる理由なんて、海岸の砂粒よりも沢山ありましてよ。それに――国内派閥にしては、あまりにも動きが早すぎる」

「……訓練期間の延長を条件にハーネル少佐に協力を申し出ると読んでいた可能性は?」

「ゼロではありませんわね。ただ、それを考慮しても動きが早すぎることに変わりはありませんわ。先んじてこちらの協力先を封じてきたと見るよりも、諸外国勢力か国内の共和主義者の『目潰し』と見るべきですわね。有能な諜報家は早めに潰すのが工作の基本ですわ」

「……分かった。だが、こちらでも対応するべきではある」


 ホルスターの留め金を直しながら、ベアトリクスは小さく息を吐いて眼前の馬車――であった物体に視線を向けた。攻撃を受けた馬車は正面から強烈な爆風を浴びて叩き潰され、道路の両側に面する建物の窓ガラスは割れ砕けて枠ごと歪んでいる。


「……どう思う、あれ」

「どうって……真正面から粉砕されたように……」


 そこまで言って、リーアは怪訝そうな表情を浮かべて再び馬車の残骸に視線を向けた。真正面からの爆破――何らかの仕掛け爆弾が道路上に仕掛けられていなければありえない角度であったが、特殊工作において豊富な知識を持つハーネルがそのような物体に気付かないとは考えられなかった。


「……ハーネル少佐は、そんな間抜けではありませんわね。仕掛け爆弾が道路上に置かれていたなら、間違いなく気付きますわ」

「ああ。ということは……」


 ベアトリクスの両目に研ぎ澄まされた槍の穂先のような光が宿る。彼女は辺りを見回すと、不意に屈んで足元に落ちていた何かを拾い上げた。その手のひらには、焼け焦げた小さな人形らしきものが乗っていた。彼女は暫しそれを無表情で見つめていたが、やがてその顔に悔恨と憤怒の色が浮かび、右手が微かに震えた。


「これって……」

「……爆弾テロの犯人にしては、随分と少女趣味――と言えれば良かったのだがな」


 ベアトリクスの声が殺意を帯びる。強靭な指が人形を握りつぶしそうになったが、彼女は思い直してそれをそっと元の場所に戻した。努めて穏やか――だが、その指先の震えは、抑えきれない怒りと絶望を明らかに示していた。


「人間爆弾だ。クソ外道め……どこの子供を使ったのか知らないが、爆弾を背負わせて馬車に近寄らせて……遠隔発火の魔法か何かを予め仕込んでおいて、離れた場所から爆破したんだろう。こいつだけは何があっても殺してやる――ヴェーザー王国陸軍の名誉に誓って、こいつだけは八つ裂きにする」

「……ええ。久しぶりに――私も本気で誰かを殺してやろうって気になりましたわ。念の為、私たちでも十分に調査をしておくべきですわ。協力を申し出てきた者が殺されたのなら、火の粉がこちらに降りかかる可能性もある」


 リーアの声色は穏やかであったが、紛れもない殺意がそこに滲んでいた。抜き身の剣のような危うさを帯びたその声を聞いて、ベアトリクスは思わず息を呑んだ。幻獣騎兵に関する研究開発部隊――そのユニコーン騎兵実験小隊に移動するよりも前、国境近辺で浸透してくるアルタヴァ共和派ゲリラ部隊の迎撃に当たっていた頃の彼女は、事実として剥き出しの刃同然であり、触れるもの全てを切り裂かんばかりに尖っていた。


「こいつらを殺すのは私の責務ではある……が、気負いすぎるなよ、リーア。何もハーネルが我々と協力関係を結んだせいで、この子供が爆弾テロに利用されたわけじゃない。ハーネルはいつ殺されてもおかしくない立場だった」

「……分かっていますわ。けれど――」

「熱くならずにはいられない……か。分からないわけではない。行くぞ――後のことは憲兵に任せておけばいい。情報収集なら、我々だけでもできる」


 ベアトリクスの言葉にリーアは頷きを返し、小さく息を吐いて握りしめていた拳を解いて軍服のポケットに突っ込んだ。


「……けれど、もしこれをやった者が目の前に現れたら――その時は、素手でもブチ殺してやりますわ。トチ狂った腐れ外道なら今までにも見てきましたけれど、こんなに酷いのは久しぶりでしてよ」

「それに関しては同感だ……あまり長居すると、次は我々がやられかねない。なるべく早めに離れたほうがいいのは間違いない、行くぞ」


 最後に一度だけ振り返り、二人は事件現場を後にした。五月にしては冷たい夜風が吹き抜けると、砕けた路面を叩いて過ぎ去っていった。






 爆弾テロの情報が入ったのは、ベアトリクスとリーアが騎兵学校に戻って一時間後のことだった。戦場に準じる緊張から解放された彼女たちは執務室のソファーにぐったりと身を預けていたが、夜間当直の伝令が入ってくるやいなや、しゃんと背筋を伸ばしてその場で報告文書を受け取った。


「……ご苦労だったな。中身は――分かっている、大方爆弾騒ぎの一件だろう?」

「はっ――しかし、何故中身をご存知で?」

「飲みに行っていたら見たのでな……いいぞ、下がってくれ」


 伝令は背筋を伸ばして敬礼すると、急ぎ足に執務室を去っていく。ベアトリクスは受け取った封筒を一瞥すると、腰に提げたままにしていたナイフを抜いて面倒そうにそれを切り開けた。中身はお決まりの形式で作られた文書――軍に対する武力攻撃事態が発生したことを告げるものである。


「全く……陸軍事務局は休暇手続きはやたらに遅い代わりに、こういうことになると呆れるくらいに手続きが早い」

「あら、仕事熱心はよろしくってよ?」

「将兵の福利厚生について、同じくらい熱心ならいいなと思っただけさ――もういい、寝るぞ。わざわざ確認するほどの文書じゃない」


 ベアトリクスは乱暴に書簡を机に放り出すと、軍服を脱いで壁際のハンガーにそれを掛けてベッドに倒れ込んだが、唐突に身を起こして辺りの物音に耳を澄ませた。


「……どうかしましたの?」

「……いや、何となく嫌な予感がしただけで――」


 彼女がそこまで言った瞬間、何かが噴出するような音が闇夜を裂いて響き渡り、その直後には鋭い破裂音が連続して騎兵学校の学舎に轟いた。途端にベアトリクスがベッドから跳ね起き、ハンガーに掛けていた軍服と一緒に、拳銃を収めたままにしていたガンベルトを引っ掴んだ。


「くそっ! とんでもないことになりやがった――リーア!」

「ええ――消火班と警戒部隊を臨時編成! 警戒部隊は――」

「第七だ! リーア、貴様は消火班を指揮しろ! 私は第七と一緒に警戒にあたる――行くぞ!」


 手早く軍服を着込み、拳銃に実弾が装填されていることを確認してベアトリクスは駆け出した。その間も立て続けに風を切り裂く音と爆発音が連鎖し、尋常ならざる事態がそこに起きていることを明らかにした。


「くそっ、今日はなんて日だ――!」


 毒を吐きながら執務室を飛び出すと、既に廊下は混乱のるつぼと化していた。騎兵学校には実戦を知らない士官や陸軍雇用の軍属たちも多く勤務しており、彼らは突如として轟き渡った爆発音に右往左往するばかりである――が、ベアトリクスは何が起こったのかを正確に把握していた。


(噴射音と風切り音――それに続く爆発となれば、恐らく噴進弾(ロケット)――正確には狙えんが、施設攻撃と嫌がらせなら無類の攻撃力だ……!)


 一直線に廊下を駆け抜け、ベアトリクスは訓練生たちが寝泊まりする兵舎を目指す。騎兵学校のそこかしこで火の手が上がっており、直撃を受けたらしい建物から兵員が駆け出してくる様子が見えた。

 だが、ユニコーン隊の兵舎は直撃を免れて静寂を守っていた。兵舎には明かりが灯されていたが、その他に変わった様子はない。ベアトリクスが一息ついて兵舎に足を踏み入れると、そこには軍服を着込んで臨戦態勢で身構えた四十八人の少女たちの姿があった。


「貴様ら……」


 驚きに目を見開くベアトリクスの前にエリカが一歩進み出て敬礼した。同時に、背後に控えていた訓練生たちも一斉に敬礼を送る。


「ユニコーン部隊四十八名――作戦行動準備、完了しております。ご命令を」

「……!」


 自分自身がそのように育てた――そうと分かっていながらも、ベアトリクスは驚きを隠せずにいた。しかし、驚愕に心を任せたのは一瞬で、すぐさま彼女はその場の全員を見回して命令を下した。


「第七分隊以外はリーアと共に営内の消火活動を援護! 第七は警戒と負傷者の救助だ――私と一緒に来い! 小銃と銃剣を忘れるな。行くぞ!」

『マム・イエス・マム!』


 少女たちが一斉に唱和し、それぞれの責務を果たすべくして動き出す。第七分隊の面々は互いに目配せすると、ベアトリクスの後に続いてガンロッカーへと駆け出していき、そこに収まっていたカービン銃と銃剣を手に取った。瞳には紅蓮の炎が燃え上がり、自らの責務――傷つき倒れた者を救い、仲間に刃を向ける者を打ち払う覚悟が、胸の奥底で輝きを放つ。


「……やるわよ、みんな。私たちじゃなきゃ、こなせない任務だから」


 隊長を任されたエリカが全員と視線を交わす。オリヴィアは小銃を手にすることに一瞬だけ躊躇いを見せたが、やがて誰よりも強くその銃床を握りしめて、エリカの言葉に深々と頷きを返した。兵士として決して均一ではないが、それぞれの専門分野においては並の将兵を上回るスペシャリストの一団――その自負と誇りを胸に、少女たちは武器を手に取った。



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