第4話 雌犬たちの洗礼式
「さて――ここまで来たら、もう逃げられん。ようこそゲロブス諸君。これから、私は貴様ら最低のウジ虫共に最初の命令を下す。貴様ら全員――その場で全裸になれ!」
殺風景なコンクリート張りの部屋に閉じ込められた少女たちに、ベアトリクスは突然服を脱げと命令し、籠に入っていた雑巾のようなものを乱暴に投げつけた。少女たちが戸惑っていると、床を踏み鳴らして怒鳴り声を上げた。
「早く脱げと言っているんだ、ドブスのアバズレども! 男の前では脱げるくせに、私の前では脱げんのか! 救いようがないド貧乳のガキか、頭に行く栄養を全部胸に吸い取られた締まりのないクソバカのどちらかだろうが! さっさと脱げカスども!」
容赦のない罵倒をぶつけられ、少女たちは渋々着ていたものを脱ぎ、下着だけになった。だが、ベアトリクスは更なる罵声を叩き付けた。
「誰が下着を残していいと言った! 貴様らは男に抱かれるときも下着をつけたまま抱かれるのか、この変態どもが! ほらさっさと脱げ! 毛ぐらい生えているだろうが! 脱いでおっぴろげろ! それとも散々咥え込んだ×××を晒すことに耐えられんとでもいうのか!?」
少女たちは羞恥に頬を染めながら、着ていたものを全て脱いで生まれたままの姿になった。それを満足気にベアトリクスは見回し、服を畳んで体を拭くように命令した。屈辱的な扱いに表情を歪める少女たちを眺めて、ベアトリクスは嗜虐的な笑みを浮かべて彼女たちを見回した。
「いいザマだ雌犬ども。その視線など最高だ、酒があれば一本空けていたぞ? さて、これから貴様らに服をくれてやる。国からの支給品だ、ありがたく受け取れ」
そう言って、ベアトリクスは部屋に置かれていたコンテナから、人数分の肌着と戦闘服のセットを取り出し、一人ひとりに手渡しては、畳んで足元に置かれた制服を回収していく。
「この服は貴様らが一人前の騎兵となったときに返却し、卒業式で着せてやる。安心しろ、海兵隊の名誉にかけてクリーニングした状態で返してやる。アルタヴァ人の死体から取れた脂で作った石鹸を使ってな」
ベアトリクスは冗談のつもりで言ったのであろうが、少女たちの精神に、それを冗談と理解するだけの余裕は残っていなかった。ただその場で固まり、青ざめていた。ベアトリクスは嗜虐的な笑みを浮かべ、さらに少女たちを煽った。
「さて、諸君らに最後のチャンスをくれてやろう――そこに置いてある戦闘服を着たら最後、地獄の果てまで付き合ってもらうことになる。長いか短いかは貴様らの出来不出来にもよるが、今なら大サービスで、この場から逃げ出すチャンスをくれてやってもいい。条件は一つだ。服を着ずに素っ裸で営門から逃げ出すのなら、志願届は無かったことにしておいてやろう。どうだ、逃げ出したい者はいるか」
その場に居た全員が、あまりにも理不尽な発言に凍りついていた。彼女たちはいずれも十代の少女である。生まれや身分に差こそあれども、女として最低限のラインは踏み越えないように育てられてきた。しかし、今や彼女たちは衣類を剥ぎ取られ、雌犬呼ばわりされてその場に立ち尽くしている。
三十秒ほど待って、ベアトリクスは満足げな笑みを浮かべた。
「大いに結構、雌犬ども。では、軍服に着替えろ。それがお前たちのドレスであり、死装束でもある。国民の血税で作られたものだ、大切に扱えよ?」
アイリスも、配給された衣類を身につける。量産を優先した乱雑な縫製と、粗雑な布地の組み合わせは非常に不快であったが、それ以外の服が存在しない以上仕方がない。頑丈なのは間違いないだろうが、とかく肌触りの悪いものであった。全員が戦闘服に着替えたことを確かめると、ベアトリクスは彼女たちを一瞥して頷き、列の先頭に立っていた候補生を指さして呼びかけた。純朴そうな、特徴のない田舎娘である。
「では、これから自己紹介の時間だ――まずはそこの貴様! いかにも芋ばかり食ってそうな無学なお前だ! 名乗れ!」
突然無学呼ばわりされた少女は驚きに目を見開いたが、次の瞬間にはしゃんと背筋を伸ばして名乗った。
「カーラ・レイフォスです!」
「何だ? 訛りがきつくて聞こえんぞ!」
「カーラ・レイフォスです!」
「何だって? 芋がどうした芋女!」
「っ……! カーラ・レイフォスです!」
彼女の言葉には確かに訛りがあったが、全く聞き取れないほどではない。しかしベアトリクスはわざと聞こえないふりをして、カーラに向かって人差し指を突きつけた。
「北部方言がきつくて分からん! ホーリーネームをくれてやる――今日から貴様の名前は『芋』だ! どうだ嬉しいか!」
「……!?」
カーラが言葉に詰まると、途端にベアトリクスの拳が彼女のみぞおちを穿ち、痛烈な罵倒が炸裂した。
「返事の言葉は決まっているだろう!」
「……マム・イエス・マムっ!」
「もう一回だ! 今日から貴様の名前は『芋』だ! 嬉しいか!」
「マム・イエス・マムっ!!」
「よし――では次のアバズレ、貴様だ! 名乗れ!」
そう言って、ベアトリクスはカーラの隣に立っていた茶髪の少女――つい先程アイリスに対して、チンピラじみた挑発的な言葉をぶつけたカレンを指さした。彼女は指さされたことに対して一瞬だけ苛立ちを滲ませたが、すぐに張りのある声で答えた。
「カレン・ザウアーです!」
「よろしい! ザウアー訓練兵、貴様の出身は?」
「グラーツ州です!」
「なるほど、グラーツ州か。売春婦と麻薬の輸出が主要産業のろくでもない地域だな! 貴様の母親と父親の名前は?」
「母はリッカ・ザウアー。父の名前は――」
カレンはそこまで言って口ごもった。何か言えない理由でもあるのだろう――だが、ベアトリクスは彼女に対して一切容赦しなかった。
「父親の名前は? 言ってみろ」
「……知りません。自分が生まれたときには、いませんでした」
「なるほど。では貴様の母親は売春婦で、客の子を孕んだんだな? そういう貴様も売春婦に違いない――今まで何本咥え込んだ? 言ってみろ」
「なっ……! 言っていい事と悪いことが――」
瞬時に感情が激発し、カレンはベアトリクスを燃える瞳で睨みつけた。だが、ベアトリクスはそれを看過せず、即座に拳を唸らせてカレンのみぞおちを撃ち抜いた。
「度胸は結構――だがその目はいただけんな!」
痛烈な一撃――たまらずカレンは目を回し、その場に膝をつきかけたが、素早く伸びた手が首を掴んで締め上げ、立て続けの罵倒が彼女を襲った。
「グズのド間抜けが! 貴様の薄汚い卵巣を蹴り潰して、糞ボケのアバズレの血を絶ってやろうか!? どうせ貴様からはネズミ程度の脳ミソしか持っていないガキしか生まれんのだろう!? 貴様の親が出来損ないだったから貴様も出来損ないになったのだろうが! 売春婦と麻薬中毒の間の子が、偉そうに人間の言葉を喋るな! どうせ貴様もヤク中に犯されて、○○○のガキを産むんだろう!? 貴様の親がそうだったように!」
「マム・ノー・マムっ……!」
「何がノーだ糞ボケのアバズレが! 蛆虫は黙って命令に従っていれば良いんだ! お前の親は出来損ないのクソッタレのゴミ虫の劣等だ! その血を引き継ぐお前も救いようがない汚れ○○○以下の脳ミソ○○○だ! 認めるか!?」
「……マム・イエス・マム」
「声が小さいんだよ糞バカが! 認めろ! 私の親は出来損ないで、その血を受け継ぐ私も出来損ないですと言ってみせろ!」
「マム・イエス・マムっ! あたしの親は出来損ないで、その血を受け継ぐあたしも出来損ないです……! これでいいんだろうッ!? 離せよっ!!」
体裁も何もなく、カレンは半ば叫ぶように言った。それを聞いたベアトリクスは満面の笑みで頷き、彼女を引き摺り上げてその場に立たせた。
「大いに結構! 物怖じしない度胸は褒めてやる、その勇気を讃えて貴様をこれから『チンピラ』と呼ぼう――喰らえ!」
最後に一発、右頬に痛烈な打撃が入る。カレンはそれを避けることなく受け、よろめきながらもその場に踏み留まった。アイリスはその様子を見て、若干ばかり彼女への評価を改めた。度胸だけは確かにある。
「流石だチンピラ! その度胸を活かして、戦場ではよく殺してくれるだろう、では次――」
そう言って、ベアトリクスはカレンの正面に立っていた少女に視線を移した。金髪をポニーテールに結び、翠緑の瞳でしゃんと背筋を伸ばして立っている彼女――エリカ・シュミットを見て、一瞬だけベアトリクスは表情を変えた。嗜虐的な笑みが止み、彼女にどこか値踏みするような視線を向けた。
「では、貴様も名乗れ。不景気なツラの優等生、そう、お前だ」
「――エリカ・シュミットです」
彼女は凛とした声で、両足を揃えて答えた。他とは違う、ということを察したベアトリクスは、彼女を正面から見据えて問いを投げた。
「貴様は何のために騎兵学校に来た?」
「一人の王国民として、国防の責務を果たすためです」
「なるほど、流石主席合格だけある――模範的だ。だが、つまらん回答だ。あまり私を退屈させるなよ、軍は娯楽に乏しいのでな。では、貴様にもホーリーネームをやろう。今日から貴様は『インテリ』だ。つまらん冗談を言ってみろ、面白くなるまで頭を殴って、頭蓋骨から直接ユーモアを摘出してやる」
「マム・イエス・マム!」
ベアトリクスはそれっきりエリカに視線を向けようとせず、次の候補生に対して自己紹介を命じ、次々と当意即妙の罵倒を叩きつけていく。ある種笑いを誘うものにも感じられたが、その場で笑う少女は一人もいなかった。殴打されるのが最初から分かっている状況では、とても笑う気になどなれない。
アイリスに順番が回ってくると、ベアトリクスはにやりと笑って彼女に言葉を掛け、頬にうっすらと残る血の跡を指さした。
「では、そこのゲロブス殴られ人形。素敵な化粧だな? 名乗れ」
「アイリス・フォン・ブレイザーです!」
今出せる最大限の声を振り絞って、アイリスは自らの名を名乗った。彼女より前に既に数人の少女が、声が小さいという理由で殴られている。発声には満足したのか、ベアトリクスは何度か頷いて彼女のもとに一歩歩み寄った。
「フォン・ブレイザーか。贅沢な名前だな、貴族の娘か」
「マム・イエス・マム!」
「なるほど、特権階級だ。だが、私は貴様に容赦せん。売春婦の娘のザウアーと同じように貴様を取り扱ってやる。ここには風呂場で××××まで手伝ってくれる変態メイドはおらんし、ベッドでお楽しみ中の貴様を守る騎士団もおらん! どうだ、素敵なところだろう!」
猛烈な下品さである。だが、アイリスはぐっと堪えて声を張った。
「マム・イエス・マム!」
「返事は結構! だが覚えておけスケベ女、営舎のベッドで隠れて『お楽しみ』してみろ、××××からコンクリ流し込んで型取りした上で、営門前に現代アートとして飾ってやる! どうだ、やめようという気になったか!」
「マム・イエス・マム!」
「分かればよろしい、貴様のホーリーネームは『お嬢』だ! 他より随分とマシになったのはネタ切れだからだ。運が良かったな」
「マム・イエス・マム!」
「うむ、幸運なお前には腕立て30回のプレゼントだ――始め!」
「……!?」
予想外の事態にアイリスは目を見開いたが、次の瞬間には頭を押さえられて腕立て伏せの姿勢を取っていた。その直前、右斜め前に立っていたカレンはこっそりと舌を出し、エリカは腕立て伏せの姿勢に入ったアイリスを一瞬だけ横目で見た。
ベアトリクスはアイリスの背中に足を乗せ、ぐいと体重を掛けて彼女に向かって叫んだ。
「そら、さっさと終わらせないとアルタヴァから共和主義者が攻めてきて、あっという間に裸に剥かれるぞ! 急げ、急げ!」
「マム・イエス・マムッ……!」
背中にのしかかる重みに耐えながら、アイリスは必死に腕立て伏せを続ける。入隊から三十分あまり――入隊直後の彼女を襲ったのは、恐るべき罵倒と暴力の嵐だった。