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第46話 策謀の深淵

「最初に把握しておいてもらいたい――この一件において、軍情報部は割れている。私は君たちの味方ではあるが、情報部全てがそういうわけではないんだ。それを分かった上で、私の話に付き合ってほしい。場合によっては、君たちは命を失うことになるかもしれないのでね」


 ハーネル少佐――それが彼の本名であるのかどうかはともかくとして、この場においてはそう呼ばれている士官は眼光を鋭く輝かせて第七分隊の少女たちに目をやった。訓練と離脱作戦で相当に度胸が据わっているはずの少女たちですら、瞳の奥に燃える炎の輝きには思わず一歩後ずさりした。隣に立っているベアトリクスとリーアは表情こそ変えなかったものの、その内心は穏やかではなかった。

 少女たちがたじろいだのを目の当たりにしたハーネルは、ふっと表情を緩めて手を打ち合わせ、先ほどとは打って変わって穏やかな笑みを浮かべて顔の前で手を振った。


「おっと――お嬢さんたちを驚かせようとしたわけじゃあないし、ましてや脅すつもりでもない。少なくとも、僕は君たちの味方だ。君たちが軍の秩序に従い、王国の政体を護持するために戦う愛国者であるならば、君たちを売るようなことはしないと誓おう。今のは――そうだな、君たちに同意してほしかったのだよ」

『……?』


 状況が見えてこず首を傾げる少女たちを前にして、ハーネルは更に言葉を続けた。


「君たちはゲリラ部隊の蜂起に遭遇して、山岳戦闘団と共にそれらと戦った――それで間違いないかな、シュタイナー訓練生」

「はい――間違いありません」


 エリカがその問いに対して肯定を返すと、ハーネルは彼女を正面から見つめながら、右手の人差指をすっと立てた。


「共和主義ゲリラの一斉蜂起というのは度々起きることだ。そうした行動の大部分は自らの思想信条を大衆に示すためであり、それと同時に政府に対して自らの存在感をアピールし、政治的なイニシアチブを握るという目的もある。これは、分かるかね?」

「ええ。政治的スローガンを掲げた暴力の遂行、そしてそれに伴う政治的イニシアチブの獲得こそが、テロリストが武力を行使する理由ですが……それが、どうかしましたか?」


 エリカが問いを投げ返すと、ハーネルは良い質問だ、と言わんばかりの笑みを浮かべた。


「……そう、その通りだ。彼ら共和主義テロリストは、自らの政治的目標……すなわち、ヴェーザー王国政府の転覆、ならびに王政の永久的な廃滅を目論んで武力を行使する。君たちはその勢力と戦い、生き延びたというわけだ」

「……」


 少女たちは、ハーネルの言葉に不可思議な魔力を感じ取っていた。時折問いを投げはするものの、語りの調子は一方的である。しかし、一方的に話を聞かされるということに対して、彼女らは何の反発も退屈も覚えていなかった。

 だがアイリスだけは、同時にそれを危ういものであると感じ取っていた。相手を巧妙に説得し、自らの手駒として抱き込むことに慣れ親しんだ者の口調というのを、彼女はよく知っている。権謀術数渦巻く貴族の間では、口先で相手を操り、丸め込むことに長けた者が権力の座に躍り出ることが少なくない。眼前の男――ハーネル少佐はその類の人間であると、アイリスは確かに感じ取っていた。


(……この男は私たちの味方かもしれない。けれど……あまりにも、危険だ)


 淡々と落ち着いた口調でテロリストの政治的動機について語り続けるハーネルを、アイリスは静かに見つめていたが、ハーネルは唐突にアイリスに視線を向け、彼女に問いを投げた。


「では、ブレイザー訓練生にも一つ聞いてみようか。テロリストがテロを実行するに当たって必要なものを一つ挙げてみると良い。正解はいくつもあるし、私が知らないものを例に上げてくれても結構だ」

「……」


 アイリスは暫し考え込み、自らがこれまで得てきた政治的知識をもとに思索を巡らせた。テロリストにとって、その活動に必須となるものは何か――彼女は、真っ先に思い至った答えを口にした。


外部協力者スポンサー、ですか」

「正解だ。では、もう一つ聞いてみようか。ヴェーザー王国国内に巣食っている共和主義者の協力者と言えば、何者であるか想像はつくかな」

「恐らく、アルタヴァ王国の間諜かと」


 その答えにハーネルは頷いたが、それだけでは満足しなかったのか、アイリスに対して更に問いを投げた。


「もちろん、外国勢力はゲリラにとって重要な協力者となるだろう。だがな、それだけではないのだよ。確かに外国の諜報機関から情報や物資の協力を受け、軍事訓練を施されれば相当な脅威になるだろうな。だがそれだけでは、国内での破壊活動は不可能になる。答えを言おう――王国の中枢に潜んでいる裏切り者だよ、ブレイザー訓練生」

「……!」


 アイリスの表情が変わる、ハーネルはこう言っている――ヴェーザー王国の政治的特権を一手に握る貴族の中に、外国勢力と通謀し王権の転覆を図る者がいる、と。その一言を聞いて、彼女は緊張に表情を引きつらせた。この話は、単なる訓練生である自分が深入りしていい問題ではない――そう感じながらも、話を聞くのをやめられずにいた。


「ヴェーザー王国の政治といっても一枚岩ではないことは、貴族の家に生まれた君なら分かっているだろう。王権を熱烈に支持する武門もいれば、大商人に接近することで金を手に入れ、裏から情勢を操ろうとする者もいる。内実は様々だ――建前では王家を護持し、国体を永続的たらしめることを誓ってはいるが、中には形だけの誓いを立てている者もいる。そのような者を、君も見たことがあるだろう」

「それは……」


 政治と縁談の場を兼ねたパーティに参加したとき、そのような態度でいる貴族を目にしたことは少なからずある。王権を軽んじ、自らの懐を暖めることに腐心する悪徳貴族――彼女はそのような者たちを内心で軽蔑していたが、表向きは対等の貴族として付き合い、そのあり方を目の当たりにしてきた。


「……確かに、あります。王権を軽く見て私腹を肥やす者は少なくない――しかし、国を売って外国勢力に与し、テロリストを支援するなど……!」

「ではブレイザー訓練生、過去の歴史の中、自らの祖国を売って他国に寝返り、そこで身を成した者がどれだけ居るか考えてみると良い。敵国の将軍に体を開いて取り入り、自らを冷遇した王家に痛打を与えた悪女がいれば、隣国の将に唆されて主君を突き殺した騎士もいる。ありふれたことだ」


 ハーネルはそこで一旦言葉を切り、軽く首を振って言葉を続けた。


「国民国家が成立し、愛国心という大きな括りで物事が語られるようになっても、それは何一つ変わっていない。国家の歴史は、裏切りの歴史でもある……さて、ここまでで何か訊きたいことはあるかね」

「……では、一つだけ」

「言ってみたまえ」

「……なぜ、私たちをここに呼びつけて、その話をしたのですか? 確かに私たちは敵のゲリラ兵と交戦し、それを退けて離脱しました――しかし、テロリストがどこから支援を受けているかを聞かされる戦術的意義は、今の所私たちには……」

「無い、と言いたいのだろう。確かに分からないわけではない――だが、あるのだよ。君たちは事実として、既に一人のテロ支援者と接触している」


 その一言には第七分隊の少女たちばかりでなく、リーアとベアトリクスまでもが表情を一変させた。


『……!?』

「グラウゼヴィッツ伯爵家――交易で財を為した貴族だ。ブレイザー訓練生、君にとっては婚約者――いや、元婚約者の家にあたるところだ。まだはっきりとは掴めていないが、アルタヴァと国交を結んでいる第三国との貿易を隠れ蓑に共和主義者を支援しているという情報が入っていてな。君たちには、それを報せておきたかった。タウラス軍曹――話なら、私のところにも入っている。途中で止めようとしたようだが、そうはいかない」


 ハーネルは視線をベアトリクスに向けるやいなや、その目つきを一変させた。ナイフのように鋭く、一分の油断もない、射抜くような光――ベアトリクスはそれを正面から受け止め、ハーネルの言葉を待った。


「第七分隊所属のアイリス・ブレイザー訓練生の身柄を、元婚約者のグラウゼヴィッツ伯爵が奪おうと試み、護衛官四名を送り込んで拉致を実行――しかし、訓練生によって撃退され、拉致は未遂に終わる――全く、軍評議会の政治屋どもに知れたら、どんな目に遭うか分かっているのか」

「……熟慮は致しました。宛先は教育隊総監と、シュタイナー訓練生の――」

「分かっているさ。身内と呼べる範囲だけで収めようとしたんだろう。その考えは間違っては居ない……我々も探るのが仕事でね、恨まないでくれよ」

「……」

「つまりは、そういうことだ――君たちは拉致未遂の件でグラウゼヴィッツ伯爵に縁が出来て、同時にゲリラ事件で国内過激派と剣を交えた。事情を知っておいて、損はないだろう?」

「……」


 ベアトリクスは無言のままでいたが、その胸中には嵐が荒れ狂っていた。続く言葉は一つ――諜報屋が自分の持っている情報を公開すれば、その先に待つ道は一本である。ハーネルはふっと笑みを浮かべて全員の顔を見回し、それから口を開いた。


「……一つ、君たちに頼みたいことがある。急がなくても良い――グラウゼヴィッツ伯爵の動きと、過激派の動向について調べられる限りで情報を集めてくれ。見返りは……そうだな、将来的に編成される一角獣小隊について、陸軍情報部が力の届く範囲で政治的な立場の保全に務め、可能な限り身柄を保護しよう。陸軍省のゴリ押しで設立された部隊だ、後ろ盾が多くて困ることは、どこにもあるまい――やってもらえるかな?」


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