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第38話 動乱の予兆

 施設での訓練が開始されて十四日目の朝――少女たちは、練兵場の中央に整列していた。しっかりとアイロン掛けされた戦闘服を身に纏い、小銃とランスを手にした彼女たちは、凛とした表情で前を見据えていた。

 二週間に渡る戦闘順応訓練が終わりを迎えたとき、訓練生は騎兵が与えられる装備品――小銃と銃剣、そしてランスの基礎取扱手順を全て身に着けている必要がある。訓練生全員が教官に認められることは稀であり、脱落者が相次ぐことも少なくない――だが、四十八人のユニコーン騎兵候補生たちは、その全員が教官に認められ、次の段階へと進むことを許されていた。

 教導した二人の教官――ベアトリクスとリーアは一歩前に踏み出て全員の目を見つめ、真剣な表情で彼女たちに語りかけた。普段の乱暴で猥雑な口調は鳴りを潜め、一人の軍人として四十八人の訓練生に向き合っている。


「訓練生諸君――まずは、第一段階である戦闘順応訓練を全員が完遂したことを、私は訓練教官として誇らしく思う。私は諸君に厳しく接し、脱落者が出ることも想定していたが、諸君は完全にそれに耐え切り、一人の兵士として完全に順応してみせた。その勇気と献身は、敬意に値するものであることを伝えておく」

『……』

「だが、訓練はこれで終わりではない。基礎戦闘訓練は十週間に渡って行われ、諸君の限界を常に試し続けるものとなるだろう。そこには、諸君が未だ経験していない領域――実弾による射撃訓練、刀剣を用いたさらなる白兵戦技能の向上、そして諸君の愛馬となるユニコーンに騎乗しての騎兵突撃訓練が含まれる。その全てを修め、陸軍に永遠の忠誠を誓ったその日から、諸君はようやく誉れある陸軍騎兵となる。この四十八名が一人も欠けることなく、その日を迎えられることを私は期待している――私からの訓示は、以上だ。リーア――後を頼む」


 ベアトリクスが一歩下がり、代わってリーアが前に出る。その表情は全くもって穏やかなもので、サディスティックな一面は奥へと引っ込んでいた。


「皆さん、ごきげんよう――今日この日を迎えられたことを、わたくしは心から祝福いたしますわ。皆さんの努力は、私はしっかりとこの目で見届けました。互いに支え、信じ、諦めることなく戦い抜くそのあり方は、必ずや皆さんを真の兵士へと導くでしょう」

『……』

「これからも厳しい訓練は続くことになります。しかし、仲間を信じ、命を預けるあり方をもってすれば、いかなる苦難も乗り越えられると私は信じております。そして、いずれ皆さんは訓練過程を終え、一人の兵士として国防の最前線に立つことになるでしょう。そのときも、この騎兵学校で学んだことを忘れずに戦い抜き、退役のその日まで全員が生き残り、戦友会にて顔を合わせることができれば、それは無常の喜びにございます――短いながら、わたくしからは以上で激励の言葉を締めくくらせていただきますわ」

『っ……!』


 認められた――その実感に、訓練生たちの瞳に涙が浮かぶ。ベアトリクスの号令に従って敬礼したときには、彼女たちは笑顔で涙を流していた。二人の教官は訓練生たちを暫し穏やかな表情で見つめ――唐突に真顔に返って言葉を交わした。


「……で、良かったのかな」

「ええ。確かわたくしたちのときはこうでしたわね」

「では、続きは好きにやってよいわけだ――おいウジ虫共、いつまでヘラヘラしてやがる、今すぐにその薄気味悪い笑いを消せ、さもないと頭をブチ抜いて、空いた穴に×××××を突っ込んだ上で変態娼館に売り飛ばしてやる。三秒やる、殺しの顔をしろ!」

「!?」


   あまりにも唐突な変貌――ベアトリクスはいつものように棒で地面を何度も叩き、その隣に立つリーアは穏やかな――だが、目だけは笑っていない恐ろしい笑みを少女たちに向けていた。冷水を頭から浴びたように四十八名が同時に硬直し、その体は自らの意志の混乱とは無関係に直立不動の姿勢をとっていた。


「よし結構。しっかり固まってウジ虫のサナギができた」

「サナギにはなりましたけれど、ぶった切って中を見てみたいゲロブス度合いは変わっておりませんわね。まあ、前よりかは少しマシですけれども」


 容赦のない罵倒――つい先程までは認められたと思って涙を流していた少女たちは、直立不動を保ったまま激しく混乱していた。だが、二人の教官はそれを見て嗜虐的な笑みを浮かべ、手にしていた棒を少女たちに向けた。


「いいかアバズレ共! 貴様らにとっては無限に近い時間であっただろうが、まだ基礎訓練は半分しか終わっていない! 膜が破れた程度で男を理解したような気になる小娘と同じで、貴様らゲロブス共はどうしようもないヒヨッコだ! ××××まみれのイカ臭い××××以下だ! いいかゴミ屑、私は貴様らを徹底的にシゴキ倒し、膜が破れる寸前まで痛めつける! 覚悟はいいか!」

『マム・イエス・マム!』

「どうした! 声が小さいぞクズども! 膜破れたか! もう一回だ!」

『マム・イエス・マムッ!』


 その瞬間、少女たちの思考は再び切り替わった。自分たちはまだ認められてなど居ない――本物の兵士に生まれ変わる瞬間まで、人間未満の存在として取り扱われることを瞬時のうちに悟った。


「これから迎えが来る。そのときに備えて帰りの準備をしておけ! 一秒でも遅れたら馬のケツにくくりつけて引きずって帰り、そのまま人肉ステーキとしてアルタヴァの共和主義者共が開いている変態肉屋に売り飛ばすから覚悟しておけ!」

『マム・イエス・マム!』

「よし――行け!」


 一斉に駆け出していく少女たちの背中を見送り、ベアトリクスとリーアは小さく息を吐いた。その表情には、隠せぬ苦悩の色が浮かんでいる。


「……純粋だな」

「ええ。軍隊なんかに入るべきじゃないくらい、純粋でいい子たちですわ――けれど、わたくしたちの仕事は――」

「あいつら全員を、一人前の騎兵に育て上げて最前線へ送り込むこと……か。たった七十日の訓練で基本を叩き込み、実戦に放り込むのは、あまりにも心苦しいことだ。だが、そうしなければならないのが私たちの務めだ。あいつらの部隊を指揮するのは私たちだから、少しくらいは鍛えてやれないこともないが、情報部の読みどおりにことが進んだら……」

「配置後訓練の余裕もなく、実戦に放り込まれますわ。もしそうなってしまったら、おそらく何人かが犠牲になる。幻獣騎兵はそう簡単には殺られないと言われておりますけれど、もしも本気で叩くつもりでかかってきたら――」

「……何人かはやられるだろうな、確実に。特に第七分隊――あいつら一人ひとりはスペシャルだが、全員でかからなければ勝ち目は薄い。鋭い代わりに脆いんだ。一人でも欠け落ちれば、もうまともに戦えない」

「歪ですわね。けれど――」

「それを分かった上で、あの分隊を組ませた。幻獣による対魔導戦闘を、極めて機動的に行う特務部隊。その尖兵となって道を切り開く力を持つのは、均質かつ凡庸な兵員ではなく、一芸特化のスペシャルでなければならない――私はそう思うよ」

「やけに肩を持ちますわね」

「……かもな。こうなってしまったら、私ももう引退かもしれん――行くぞ、リーア。帰りの準備をする必要がある」


 ベアトリクスはふっと表情を緩め、再び少女たちに視線を向け――それから、自らに与えられた貸し執務室を引き払う準備をすべく、大急ぎで駆けていった。






 全兵員の退去が完了して二時間――四十八人の少女たちは、迎えに訪れる馬車を待っていた。陸軍が兵員輸送用の三頭立て馬車を送るという連絡を受けていたものの、待てど暮らせど迎えが来る様子はない。


「……まさかと思うが、忘れてんじゃねえだろうな?」


 つまらなさそうに空を見上げてカレンがため息をつく。行きが徒歩であったのだから、せめて帰りくらいはまともに馬車で帰りたい――それが、訓練生たちの偽らざる気持ちであった。アイリスもひとつ頷きを返し、遥か遠くへと続く街道を見やった。


「流石に陸軍の輸送隊だから、予定通りに来られないってことは無いと思うけど……」

「でもよ、前は来なかったじゃねえか」

「流石に二回目は無いんじゃない? ちょっと遅れることくらいあるかも――ん、何だろう、あれ」


 道の彼方を見ていたアイリスは、遠くから迫ってくる影に気付いた。彼女の後ろに立っていたオリヴィアは目を細めて、それが何者であるのかを明確に視認した。


「二頭立て馬車だ。でも、あれじゃせいぜい二人くらいしか乗れないよ。輸送用じゃなくて、高速連絡用だ――それに、陸軍の紋章旗が立ってる。あれは……国家憲兵隊だね。何かあったのかな」

「……憲兵隊の高速連絡ですって?」


 その言葉に反応したのはエリカだった。エメラルドグリーンの瞳がナイフのような鋭い光を瞬時に帯びる。


「憲兵隊が動くのは、基本的に大規模暴動とか反乱、テロが起きたときだけよ。彼らは王家直轄領での警察任務に就くことになっているけれど、普段の業務はその地域から招集された民警が担っているわ。民警が対処できないとき、武力鎮圧のために国家憲兵隊が出撃する――それが出てきたってことは……」


 その一言で、カレンは顔を青ざめさせた。


「……この近くでのっぴきならねェ事態が起きたってことか」

「恐らくは。けれど、憲兵隊が出ていったらすぐに鎮圧されるはず。わざわざ慌てて私たちのところに連絡を寄越したってことは……まだ、事態は改善していない。もしかしたら、暴動かテロが勃発してすぐに連絡を寄越したのかもしれないわ」

「……冗談じゃねえぜ。せっかく軍学校に戻れるってときに」


 馬車が近づき、憲兵隊の紋章旗がはっきりと見え始めたところで、他の訓練生たちも心配そうな表情を浮かべた。エリカのような知識はないにしろ、何かしら憲兵隊が動かなければならない事案が起きたことを察して、彼女らは身を寄せ合った。

 馬車は車輪を軋ませて訓練場の門の前で静止し、御者台に腰掛けていた若い伍長が素早く飛び降りてベアトリクスとリーアに敬礼を送った。

 その後、馬車の扉が静かに開くと、胸元に憲兵隊少尉の階級章を着けた青年士官が一人下りてきて、ベアトリクスとリーアの前に立った。二人はしゃんと背筋を伸ばして敬礼――少尉はそれに答えて、肩に掛けていた鞄から一枚の羊皮紙を取り出してベアトリクスに差し出し、その場に響く声で何が起きたのかを告げた。


「二時間前、王都郊外の小都市六ケ所で同時多発的に、共和主義テロリストによるものと推測されるゲリラ攻撃が発生――全都市にて現在もゲリラとの交戦が続いており、本訓練場も攻撃の対象となる危険性が高いものと考えられます。練兵軍曹ならびにユニコーン騎兵候補生諸君は迅速に訓練場を離れ、当該都市を迂回して王都へ帰還せよ、との命令が教育隊総監より下されました。直ちに退避願います」


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