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第30話 堅き結束

 小銃の支給とその取扱についての教練は三時間にも及び、全てが終わった頃には少女たちは疲れ切っていた。短いながらもずっしりと重い騎兵銃を手にして常に緊張を強いられた彼女らは、半ば表情を失ってベアトリクスとリーアの講義を聴いていた。


「いいか――槍と騎兵銃、これらは貴様らの命と同じ価値を持つと思え。今はまだ慣れん頃合いだろうが、いずれは完璧に扱えるようになるまで訓練してもらう。馬上で再装填し、敵のドタマをブチ抜ける程度のことは確実にできるようになってもらうから、覚悟しておけ――リーア、何か補足は」

「講義内容についてはなにも。ウジ虫さんたち――何かご質問は?」


 リーアが問を投げたが、少女たちは無言で首を振るばかりだった。講義の内容は十分に理解しているという意味合いの沈黙であったが、それ以上に三時間ぶっ続けでの教練は猛烈に少女たちに効いていた。小銃を取り落とせばどんな目に遭わされるか分かったものではないし、それ以上に自分が本物の武器――ただ効率的に人間を殺傷することを目的として生み出された道具を手にしているという実感が、その精神に緊張を強いていた。

 手にしたのが槍や剣であれば、ある種の華やかさ――それこそ王都で開かれる軍事パレードのような雰囲気を感じることもできただろう。だが、その手に握られているのは飾り気のない軍用マスケット――馬上での取扱いに特化して短く切り詰められながらも、命中精度を重視して造られた肉厚の銃身が放つ鈍色の輝きは、少女たちに自らが何を手にしているのかをはっきりと認識させた。

 国家のため、あるいは仲間のため――兵士が戦うお題目は様々にある。だが、どれほど取り繕おうともその手に握られているのは人殺しの道具であることは事実であり、誰かを守るためには誰かを殺さねばならないという宿命から、兵士は永遠に逃れ得ない。手にした小銃の重さは、少女たちにそれを実感させるには十分であった。

 無論、その程度のことはベアトリクスとリーアにも十分に分かっており、その感情を敢えて利用してもいた。武器を渡し、それが敵を殺すために使うものだと徹底的に教え込む――それと同時に、国家に仇なす敵を殺すことは善行であり、自らの居場所である陸軍騎兵隊においては称賛されるべきことであるとも教えれば、訓練生は自ずと手にした小銃を自らの誇りの象徴と見なしていく。

 ベアトリクスとリーアがただの兵士であったときも、それは同じであった。ただ、彼女らもそのような背景があると知りはしなかった。騎兵学校においてユニコーン騎兵を育成することが決まり、所属していた実験部隊から派遣されて教官を任される過程で受けた教育訓練の中で、そのからくりを知らされたに過ぎない。一人の兵士であるうちは気づくことはなく、いずれ下士官、あるいは将校となったときにのみその実態と効力について深い認識を得る――それが、陸軍の新兵教育におけるプロセスであった。


「質問がないなら終わりにしましてよ。次同じことを聞いたら、ドタマをブチ抜いて脳ミソから直接答案を引きずり出しますから、あしからず――では、解散といたしましょうか」


 少女たちが一斉に起立し、教官二人に敬礼を送る。時刻はきっかり正午――休憩時間の後、彼女らは閲兵に臨むことになる。といっても、ごくありふれた行進を視察に訪れたグラウゼヴィッツ伯爵に見せる程度のものでしかない。行進が終われば椅子に腰掛け、長々とした話を聞かされるだけである。途中で居眠りさえしなければ、普段の訓練と比べて遥かに楽である。

 第七分隊の面々も一斉に席を立ったが、その中でエリカただひとりは他の五人とは分かれてベアトリクスと二言三言交わし、それから足早に廊下の向こうへと消えていく。グラウゼヴィッツ伯爵に訓練施設を案内するのは、主席であるエリカがふさわしい――というもっともらしい理由が教官によってつけられているが、実際のところはグラウゼヴィッツ伯爵をアイリスから遠ざけるためであった。


「……大丈夫かな」


 アイリスは心配そうな表情でエリカを目で追っていたが、十代半ばの少女にしては大きな手が、その背中を軽く叩いた。目を丸くしてアイリスが振り向くと、背中を叩いた少女――オリヴィアが、白い歯を見せて笑っていた。


「大丈夫だって。あのエリカがどうこうなるわけ無いさ――心配なら、昼食後に僕たちと一緒に様子を見に行こう。さっさと食べて時間を作ったら、少し様子を見るくらいはできるはずだよ」

「……オリヴィア、いいの?」

「いいに決まってるじゃないか――なあ、みんなもそうだろ?」


 彼女の問いかけに、部隊の全員が笑みを浮かべて親指を立てる。アイリスは少しの間戸惑ったような表情を浮かべていたが、やがてしゃんと背筋を伸ばして深々と頷いた。心配なのは分隊員たちも変わらない。

 エリカは間違いなくユニコーン隊屈指の実力者であり、よほどのことがなければ妙な事態に巻き込まれたりはしないし、もし何らかのアクシデントがあったとしても、彼女の力ならば状況を乗り切ることはたやすいと、第七分隊の面々は考えていた――だが、それでも不安であることは同じであり、様子を見に行きたいという思いは通じ合っていた。


「……なら、行こう。こっそり、見えないところから」


 アイリスの言葉に全員が深く頷く。いかなる時も一致団結して戦い、決して仲間を一人にしない――陸軍の合言葉は、少女たちの胸に深く刻み込まれている。単なる同年代故の連帯感というわけではなく、苛烈で理不尽な訓練の日々をともに駆け抜けてきたが故の信頼感がそこにはある。

 僅か一ヶ月という短い期間であったが、それでも少女たちにとってはまさに疾風怒涛、常識の変転を伴う過酷な日々であり、それを分かち合った者同士の信頼感は巌のごとく堅い。五人の分隊員たちは互いに目配せし、ひとまず腹ごしらえをするべく食堂へと急ぎ足で向かっていった。






 早々に昼食を食べ終え、急ぎ足で食堂を出ていく五人の姿を、ベアトリクスとリーアは紅茶のカップを片手に眺めていた。


「……おい、あのバカ共行っちまったぞ。止めなくていいのか」


 ベアトリクスは呆れたようにそう言ったが、口元には不思議な笑みが浮かんでいた。対するリーアも、優雅な手付きでカップの紅茶を一口飲み、ふっと表情を緩めた。


「そういうベアトも、どうして止めませんの?」

「止めても言うことを聞くものか。あいつらはバカで単細胞で、どうしようもなく――」

「――仲間思い、ですわね。教育が行き届いていますこと」


 リーアの口調は優しいものだった。彼女はふと立ち上がったが、駆けていった第七分隊の五人を追おうとはせず、テーブルに置かれていたティーポットから新しい紅茶を注いだだけだった。リーアはどこか懐かしい思い出に浸るような表情でベアトリクスを見つめ、それから一口紅茶をすすった。


「そういえば、どこかのお馬鹿さんも同じことをしましたわね。親に連れ戻されそうになった訓練生を引き止めて、このファック野郎、分隊の仲間を返せと啖呵を切って……」

「……忘れた」

「嘘おっしゃいな」

「親に無理やり引きずり戻されそうになったどこかのお嬢様のことなんて、忘れたさ。連れて行かれる直前まで『貴族の定めには逆らえない』とか言って覚悟キメた面だったくせに、兵舎に戻ってくるなり仲間の前で大泣きした甘ちゃんお嬢様のことなんて――な」

「覚えているではありませんの。ついでに言うと、そのときは貴女も泣いていましたわよ。取り戻せてよかった……と」

「……忘れたと言ったら忘れたんだよ、『サイコ女』」

「意地っ張りですわね『筋肉ダルマ』」

「――うるせえ」

「――やかましいですわ」


 二人は笑顔を浮かべたまま、カップに入っていた熱い紅茶をぐいと一気に飲み干した。迷いも躊躇いもない――ただ、鋼鉄の絆に結ばれた二人の軍人がそこにいた。彼女たちは瞬時に感情を切り替え、瞳に鋭い輝きを宿して視線を交わした。


「……リーア、憲兵隊の準備は?」

「万全ですわよ、もちろん。軍評議会からはもみ消しが掛かるかもしれませんけれど、ブレイザー訓練生は絶対に連れ帰らせませんし、もし何か起きて第七分隊が行動を起こすようなら――」

「分隊を援護し、取り巻き共とグラウゼヴィッツにきついお灸を据えてやる。訓練生は評議会のおもちゃでないことを教えてやる。恐らくだが、一時的に身柄を奪ってから、本人の意志で訓練学校を離れたという形でブレイザーを攫っていくはずだ。ファックしか頭にない××××脳だってことは、私も重々承知している。やらせるものか」


 そう言って、ベアトリクスは腰に提げていた拳銃のホルスターに軽く触れた。撃つことは恐らくはないし、撃ちたくもない。ただ、そこにいつでも使える武器が収まっているという事実が、今の彼女にとっては重要だった。

 実際に撃ってしまえば大問題になるし、もしその一発で軍評議会の人間が負傷すれば、即座にベアトリクスは軍事法廷に呼び出され、政治的都合を多分に含んだ極刑の判決が言い渡されるであろう。

 だが、抑止力としての拳銃は、実際にトリガーを引き絞らずともその効力を発揮する。突きつけて警告を発すれば、相手の動きを抑えることはできる。ベアトリクスの隣に立っていたリーアも同じように、腰に提げたマチェットナイフの柄を指先でそっと撫でて凄絶な笑みを浮かべた。その瞳には、一切の躊躇も戸惑いもない。心配になったベアトリクスは、そっと右手を伸ばしてその肩に触れた。


「……殺すなよ?」

「殺しはしませんわよ?」

「腕を飛ばすのも無しだぞ」

「あら残念――それはともかく、行きましょうか。綺麗な友情を見せられて、大人が黙っていたら恥になりますわ」


 二人の教官は静かに立ち上がり、先に駆けていった第七分隊の後を追った。彼女たちに気づかれないように距離を取りながら、しかしそれと同時に決して遠く離れすぎないように――大人としての責務を果たすべく、最強の二人組は行動を開始した。


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