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第17話 刃の重み

 一時間の休憩を挟んで、少女たちは再び練兵場へと集められていた。練兵場の中央に立っていたリーアは二度手を叩いて微笑みを浮かべ、腰に提げていたマチェットナイフの鞘を撫でながら全員の顔を見回した。


「全員揃いましたわね、ウジ虫さんたち。それでは、早速訓練を始めましてよ。それと、今日から皆さんには新しいお×××を配給いたしますわ。彼氏さんのお×××よりもカタくてフトくてご立派ですから、大切にかわいがってあげてくださいまし。ベアト、お×××の用意はできていまして?」


 そう言って、リーアは近くに立っていたベアトリクスに視線を向けた。ベアトリクスは小さく頷くと、練兵場の一角に置かれていた樽を指さして、その場に言いた全員に呼びかけた。


「訓練道具がそこに置いてある、駆け足で取ってこい! あと、先に言っておくが――怪我をするなよ。扱いを間違えたら死ぬぞ――では、行け!」

『マム・イエス・マム!』


 少女たちは一斉に駆け出していき、練兵場の片隅に置かれていた樽のもとに駆け寄り――そこに置かれていたものに目を見開いた。

 樽の中には、人数分のマスケット銃――を模した、木製の模擬銃が丁寧に収まっていた。概ね小銃の形を模しており、種類の違う木材を使い分けて重量バランスを実銃に近づけてあるが、それらは何の機能も持たない模造品だった。ベアトリクスがヘマをした訓練生を殴打するのに使っていた道具として彼女にはおなじみのものであったが、唯一、その中にあって紛いものでない点が存在した。アイリスはそれを手に取ると、真剣な表情で見つめた。


「これって……」


 その隣に立っていたエリカも模擬銃を手に取ると、深く頷いてアイリスに視線を向けた。模擬銃の先には、銀色の輝きを放つ刃が取り付けられている。全木製の模擬銃の中にあって、その輝きだけが異彩を放っていた。


「ええ。本物の銃剣よ……刃は落としてあるけれど、突き刺す威力そのものはそれほど変わらない。私たちに与えられた、初めての本物の武器よ、これは」


 エリカの言葉に、模擬銃を手にしていたカレンは真剣な表情を浮かべてその刃をじっと見つめた。刀身は顔が映るほどに磨き込まれており、砥石を当てればすぐさまそれが一級の武器となることには一寸の疑いもない。


「扱いを間違えたら死ぬって、そういうことかよ……行こうぜ、多分、こいつで訓練だ」


 三人は視線を交わし、着剣した模擬銃を手にベアトリクスとリーアのもとへと駆け戻った。全員が戻ってきたことを確認すると、二人の鬼軍曹は頷き合い、各員に十分な幅を取って散開するように命じ、お互いに模擬銃を一つずつ取ってその前に立った。ベアトリクスは一歩進み出ると、その場の全員の顔を見回して、練兵場に響く声で語りかけた。


「これから貴様らが学ぶのは、祖国の敵を殺すための本物の戦いだ。訓練の一つ一つが敵を殺すことに繋がる。学び習うほどに、貴様らは本物の殺人者に近づく。だが、それを恐れることはない――殺せば殺すほど、貴様らは祖国に奉仕した存在として讃えられる。人間としての価値を高め、より祖国に対して貢献できる存在となるためには、命令に従い躊躇なく殺せ。それは美徳であり、同時に貴様らの命に価値をもたらす行為となる」

「……!」


 ベアトリクスの言葉に、少女たちは表情を引き締めた。これまで何度も、訓練中の声掛けやランニング中のミリタリーケイデンスで「祖国の敵を殺せ」と唱和してきた――だが、銃剣という掛け値なしの本物の武器を手にしたことで、「殺せ」という言葉の重みは急激に増しつつあった。

 藁人形を敵国アルタヴァ共和国の兵士に見立てて拳打を振るうことはこれまでもあった。当然ながら、それらの行為も実戦において敵兵を殺傷するための訓練であり、将来的な殺人の延長ではあったが、そうした感覚は徐々に薄れつつあった。

 少女たちの中で、格闘訓練はいつの間にか筋力トレーニングの一環、あるいは実戦における胆力を養うための修練となっていた。確かに殺人の練習ではある――しかし、ボクシングのような格闘技の練習に似た訓練は、ある種のスポーツ性を伴って彼女らの中に受容されていた。

 しかし、実際に戦闘で用いる本物の武器を手にして「訓練を行え」と言われたとき、そこには今までの訓練とは全く別物の感覚が生じることになる。これまではスポーツ感覚で行ってきた訓練が、途端に殺人の延長としての性質を帯びることに気付かされる。その感覚を呼び起こすのは、手にした銃剣の輝きと切っ先の鋭さである。

 単なるスポーツなら布を巻き付けた模擬銃で殴り合えばそれでいい。痛い思いこそするかもしれないが、よほど扱いを間違えなければ命まで奪うことはない。だが、今手にしている模擬銃には、ただの一突きで人間の命を奪う本物の武器が取り付けられている。砥石こそ当てられてはおらず、斬撃の用途には足りないものの、しっかりと握って突き刺せば、その切っ先は容易く臓腑を突き破る。

 少女たちの表情に緊張の色が走ったのを見逃さず、ベアトリクスは彼女たちを奮起させるために言葉を続けた。


「これから貴様らが臨むのは、祖国に貢献するための訓練であり、栄光への第一歩だ。より優れた兵士となり、多くの敵を殺して祖国に栄光をもたらすため、貴様らは自らの手に刃を操る術を教え込む。最後に一言だけ伝えておこう――武器を扱うことに躊躇いを持つな。敵に向けて構えたなら、切っ先を池に濡らすことなく刃を収めるべきではない。いいな」

『――マム・イエス・マム!』


 既に西に日が傾き始めた中、少女たちは一斉に唱和した。その瞳には小さな覚悟の炎が燃えている。訓練が敵を殺すことに直結する――彼女たちはまだ、その意味合いを完全に理解したわけではない。

 だが、手にした刃の重さと鋭さは、祖国を護る兵士となることの意味合いを理解させるには十分であった。少女たちの返答を聞いたベアトリクスは、真剣な面持ちで模擬銃を手にしてリーアと向き合った。リーアは軍服の裾を摘んで一礼し、同じく模擬銃を構えた。その先端には鋭い刃が着いたままになっており、降り注ぐ夕陽に白銀の輝きを放っている。


「……では、これより貴様らに殺しを教える。その前に、一つ手本を見せてやろう。リーア、本気で来い――遠慮はいらん、久しぶりの演習だ」


 ベアトリクスがそう言って模擬銃を構えると、リーアの瞳に刃よりなお鋭い輝きが宿った。その輝きを例えるならば、獲物に狙いを定めた肉食獣に近い。少女たちは思わず息を飲み、その場に凍りついた。斬りつけることはできなくとも、突き立てれば容易に人間を殺傷し得る本物の武器を手に、熟練の軍人が二人向き合っている――その光景に、ある者は流血を予感して目を伏せたが、リーアは穏やかな声で少女たちに呼びかけた。


「心配ご無用ですこと、ウジ虫さんたち。わたくしもベアトも、そう簡単には死にませんことよ。お互いの技を知り尽くしていますもの、よほど気を抜かなければ殺られたりはしませんわ。貴女たち同士でやったら死んでしまうかもしれませんけれども、わたくしたちは本職の軍人ですもの――いきますわよ」


 リーアの手にしていた銃剣の切っ先が僅かに下がる――それを見た瞬間、ベアトリクスは大きく一歩踏み込んで、激しい横薙ぎの一閃を浴びせかけた。刃が着いていないとはいえ、凄まじい勢いで振るわれた切っ先は、人体を切断してなお余りあるだけの威力を持ってリーアに迫った。

 誰もが一撃必殺を予感したその瞬間、リーアは微笑みを浮かべたまま体を自然な動きで模擬銃を構えて、銃身同士をぶつけるような格好で横薙ぎに払われた一閃を受け流し、同時に体を反らして凄まじい斬撃を回避――その勢いを活かしたまま、さながら舞踏を思わせる鮮やかなターンを見せながら、コマのように体を翻してベアトリクスの懐に飛び込むと、突き上げる一撃でベアトリクスの喉元を狙っていた。

 だが、ベアトリクスはその一撃すらも読み切って咄嗟に銃床を引き戻し、喉元目掛けて放たれた刃の一撃を受け流した。金属製の床尾板と銃剣が擦れ合って火花を散らし、突き上げた一撃が鼻先を掠めて過ぎる。

 同時に、ベアトリクスは手にしていた模擬銃を横にして大きく前に出し、リーアとすれ違うような格好で斜め前に一歩踏み出した。リーアが模擬銃に取り付けられていたスリングに首を引っ掛けられるような状態になった瞬間、ベアトリクスは素早く模擬銃を翻してスリングを巻取り、刹那のうちにリーアの首を締め上げ、同時に振り子のように打ち出された銃床で一撃を後頭部に見舞う――寸前で止めた。


「……相変わらず乱暴な技ですこと。スリング無しでしたら、勝っていたのはわたくしでしてよ?」


 リーアが降参するように両手を上げると、ベアトリクスはスリングの拘束を解いてリーアを解放し、ふっと笑みを浮かべると、今度は普段訓練に使っていた、刃の着いていない模擬銃を手に取った。


「性分でな。貴様のようにお行儀の良い技は苦手だ――さて、ウジ虫諸君! 私たちのようにとは言わないが、なるべく根気よく、体に染み付くように教えてやる! 準備はいいか、ゲロブス殴られ人形共! 貴様らをこの×××で突いて突いて突きまくってやる! 貴様らが今までに売春宿で取ってきたどんな変態客よりも激しいプレイになる――一つ約束しよう、今夜の風呂は格別のものになるぞ! 嬉しいか、ドMのアバズレども!」


 陸軍騎兵学校にノーはない。少女たちは、手にした模擬銃をしっかりと握りしめて応えた。


『――マム・イエス・マム!』


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