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第126話 背後から、上空から

 轟々と炎を上げる基地――それを背に、六人の少女はただ猛然と駆けていた。行き先がどこになるかなど知ったことではなく、ただひたすらに相手との距離を取る。自らが生存するための手段が他になにもないことを、彼女らは十分に理解していた。


「くそったれ、槍のスペアなんか持ってねえぞ――」


 カレンが毒づき、穂先の折れたアイリスの騎兵槍に視線をやる。凄まじい衝撃力でもって斬り折られたそれは、かつての輝きを失い無残な姿を晒すのみであった。そうなっても捨ててこなかったのは、アイリス自身に誇りがあったが故である。騎士は自らの武器を捨てることはない。


「陸軍騎兵槍が折られるなんて――信じられない」


 断面をまじまじと見つめ、ユイは静かに首を振った。ランスチャージの強烈な衝撃に耐えるため、騎兵部隊に配備される槍は、数ある白兵武器の中でも強靭さでは並ぶものがないとされる。だが、彼女が相対した敵兵は、想像を上回る剣技でもって槍を粉砕してのけた。


「ありえない……はずだけど、事実だよね」


 当然ながら、アイリスの受けた衝撃は大きい。必殺を期して放った一撃――突進の威力に加え、騎兵戦において一日の長がある自らの槍捌きにも万全の自信を持っていた。自らの率いる騎士団長から薫陶を受けた槍術――それを真正面から破られ、仕留めることが叶わなかったという事実は、武人として生きてきた彼女を打ちのめすに十分であった。

 そして何より、アイリスが目の当たりにした「敵」の正体――残虐非道、人の心を持たないとまで教えられたアルタヴァ共和国兵の素顔が自分とさして変わりのない少女だったという現実は、戦いをドライに捉えられる彼女にさえ、強いショックを与えていた。

 眼の前に現れたのが屈強な傭兵であったなら、アイリス自身も納得はできた――が、凶刃と凶獣を操る幻獣騎兵が、よもや十代の少女であろうとは全く予想していない。


(私たちは、ユニコーン部隊の特殊性が理由で参戦してる。けれど、あの娘は……)


 どう考えてもまともではない、とアイリスは結論づけた。アルタヴァ共和国にも十代の兵員はいるだろうことは、これまでの戦いで推測できていた。共和国軍にも十五歳からの志願制度が存在し、戦時とあれば年少の兵員であっても動員されることに無理はない。

 だが、それ以上に彼女の注目を引いたのは、槍の穂先を斬り折る熟達の剣技であった。通常、剣を用いて槍を携えた騎兵と戦うことは自殺行為に等しい。十代半ばの志願兵――おそらくは十分な訓練期間を得られなかった兵員であればなおのことである。


(……私の槍術に片手剣で対抗して、撤退に追い込んでのけた。超接近戦クロスレンジならマンティコアを扱える分有利だし、槍よりも取り回しがいいから優位に立ててもおかしくはない。けれど――ランスチャージの間合いを見切れるのは、どう考えても普通じゃない。高度な騎兵戦の技能を身に着けているとしか思えない)


 レストに刺さったままの槍に軽く触れ、アイリスは夜空をじっと見つめた。基地攻撃を終えて以降、彼女は一度も後ろを振り向いていない。そうしなければ、つい先程相まみえた敵が追ってきている姿を見てしまうかもしれない――そのような漠然とした不安に襲われているがためであった。


「……アイリス、敵の正体に心当たりは?」


 隣を走っていたエリカが問いを投げる。エリカ自身もはっきりと状況を目の当たりにしたわけではない――が、尋常の敵でないことだけは十分に理解している。白兵戦においてアイリスを打ち負かしかけたほどの実力であれば、よほどの難敵であることに一分の疑いもない。


「わからない。けれど、ただ動員された兵士には思えない。志願兵――それも、騎兵戦に慣れているみたいだった。剣術なんて、どう考えても一般の兵士が身につけてるものじゃない」

「それは、私たちが訓練で身につけられる以上のものだったかしら?」


 エリカの瞳が鋭い輝きを帯びる。彼女とて将器を持つ者である以上、何らかの裏があることに気づかないほど鈍いはずもない。既に何らかの推論が、その脳裏に展開していることは明らかであった。あとは、アイリスの言葉からその推論を補強し、限りなく事実へと近づけて行くのみである。


「……多分。剣術に関しては、普通の訓練で習得できる以上のものだったと思う」

「なら、相手はよほどの天才か。それとも――」


 すっと人差し指を立てて、エリカはアイリスを真正面から見つめて言葉を続けた。


「――軍以外で、熟練した戦闘訓練を積み重ねていた可能性がある、か」

「……!」


 その一言にアイリスは目を見開き――同時に、全てに得心がいった。


「旧貴族……! 共和国政府に転向して、兵士としての地位を手に入れた……」


 極めて単純――アルタヴァ共和国とてかつては王政であり、そこには貴族がいた。貴族であるならば幼少より馬上での白兵戦に親しみ、その技を磨き上げて騎士団を率い戦う。

 革命による共和制移行とともに貴族制は廃絶され、種々の特権は失われた――が、その財産と人脈、そして保有する軍事力は初期の共和制を支える力であり、その中には幼少より戦闘訓練を重ねてきた者たちも含まれる。

 確かに革命は貴族制を否定した。だが――その武力と財力を体制に取り込む柔軟な思考を持った為政者が存在した、ただそれだけの事実である。そして、アイリスの前に立ちふさがったのは、その一欠片であった。

 首都で寄り集まれば不穏分子ともなるが、前線において一個の「兵力」として取り扱う限りでは、そのようなことなど起こり得ない。政治将校の監視のもと、単独で優れた力を示す兵員として重要な局面に投入する――戦闘に勝利し続けることをもって、命を繋ぐ条件とすれば、どのような過去を背負っていようとも知ったことではない。


「転向したのか、それとも無理やり従わされているのかは分からない。けれど、確かに旧貴族だというなら、あの戦いぶりも理解できるし、幻獣騎兵としてもともと訓練を受けていたと考えれば……マンティコアを制御できても不思議じゃない。貴族にも幻獣乗りはいる」


 槍越しに受け止めた凄まじい剣圧――それは、平民が振るう軍用剣術とは全く次元が異なる。鎧を貫いて致命傷を与えるだけの威力の刃を、彼女は確かにその手に感じていた。槍を手からもぎ取られるのではないかと思わせるほどの打撃力は、軍で行われる訓練で一朝一夕に身に付くものではない。

 戦闘技能のみならず、戦闘の技法までもが平民とは圧倒的なまでに異なる。戦闘の経験が無い者を兵士に仕立て上げるために軍事訓練でもって技術を叩き込むのに対して、貴族は生まれながら「戦う者」であり、血を流して自らの存在意義を達成する。そこには、決して埋められない差が歴然として存在する。


(そして、何よりあの相手は……ランスチャージの間合いを読んでいた。平民なら、槍で突っ込んできた時点で絶対に避けられない。対応できるということは、騎兵槍がどんなものかよく知っていて、反撃のための訓練を重ねていたということ……!)


 全てのピースが嵌っていく。物的証拠があるわけではない――が、自らと同じく十代半ばの少女が圧倒的な剣技でもって致死の斬撃を放ち、粗野で凶暴な幻獣を制御できている理由など、他にあるはずもない。そう思って、アイリスが拳を握りしめたそのとき――ふいに、遠い笛の音のような音が聞こえ、一同は辺りを一瞬見回した。


「……?」


 オリヴィアが不思議そうに上を見上げる。そして――次の瞬間、彼女は鞍の横に付けていた小銃を構え、何の前触れもなく夜空に向かって発砲していた。一拍遅れて手負いの猛禽が喚くような声――そして、数秒後に彼女らの側面に黒い影が落ちてきた。

 獅子の身体に鷲の翼と頭。空軍においてもっとも一般的な兵力であり、敵兵士を生きたままついばむ死の翼――銃弾に頭を砕かれたグリフォンとその乗り手の亡骸が、そこに転がっていた。刹那に凍りつく空気――それを割いて、オリヴィアの声が響いた。


「敵影上空四騎、急降下――!」


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