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第123話 流血の前夜

 作戦開始から一週間余り――途中で立ち寄った村を離れた第七分隊は、概ね平常通りの作戦を遂行していた。赫々たる戦果はないが、小規模の輸送隊列をさらに一隊撃破した彼女らは、アイリスが戦闘中に回収した地図とユイの解読した補給情報を頼りに、敵の中継拠点の一つ――294号資源集積地を目視できる位置にまで進出しつつあった。


「正面戦力がないってわけじゃないんだろうが……やっぱり変だよな」

「……かもね。大隊以上の規模を養えるくらいの物資を集めてる」


 集積地近くの森まで接近しての前衛偵察を任されたテレサとユイが望遠鏡を覗き込み、手元のノートに素早く情報を書き付けていく。彼女らの後ろでは二頭のユニコーンが静かに立ち、主を守るべく辺りに視線を光らせている。

 彼女らの視線の先には、うずたかく積み上げられた木箱――その中身がどのようなものなのかは不明であるが、周囲に小銃を持った兵員が展開しているのを見た二人は、軍事物資の輸送であることを革新した。

 小規模部隊の迂回機動による奇襲や遊撃戦を中核ドクトリンに据えるアルタヴァ共和国軍にとって、大規模な資源集積地は本来必要ではない。巨大な戦力投射が行われる国民軍において、戦闘区域と後方の中間に位置する資源集積地が半ば固定的な基地として運用されることも珍しくはないが、高度な訓練を受けた小規模部隊による多方向からの浸透攻撃を第一に考えるアルタヴァ軍は、前線に膨大な戦力を送り込むバックアップをそもそも必要としていない。

 アイリスやエリカが違和感を覚えたのもそれ故である。通常運用される歩兵あるいは軽騎兵部隊ではとても消費しきれない量の物資を前線へと輸送するシステムが組み上げられているとなれば、本来のアルタヴァ軍のドクトリンではありえない作戦行動が予定されていると予想することはさほど難しいことではない。


「……ユイ、何か見えるか? こっちからは……バラックが三つ。随分と急増だなありゃ……敵の中に工兵が居ないってのはよくわかった。醜悪すぎてぶっ壊してえ。あと、敵の警戒がそこそこ多い。近づくのは骨だぜこいつは」


 小銃をしっかりと握りしめたテレサが問いを投げると、ユイは手にしていた望遠鏡を置いて首を振った。


「馬がいるかと思ったけど、もう居ないみたい。ここからじゃ詳しいことは分からないからもう少し接近してみたいけれど、これ以上は――」

「やめたほうが無難だな。小屋を爆破する前にやられちまう。一撃離脱で爆弾放り込むだけならいいが、嫌がらせにしかならないだろうな。ずらかろう」

「了解」


 望遠鏡を手にした二人は素早く立ち上がり、後ろで待っていたユニコーンに素早く飛び乗った。林の奥に隠れて報告を待っている分隊員たちのもとまで駆けるその足取りに迷いはない。騎兵戦闘の技術が高くはない二人であっても、一度騎乗すればその速さは韋駄天のそれである。


「……今夜のうちに決着するかな?」

「エリカのことだ、やるといったらやるだろうさ。間違いなく夜襲だ、夜中に焼き討ちを仕掛けるに違いないさ。あのクソブサイクなバラックを一つ残らず解体するだろうとも」


 ユイの一言に、テレサはにやりと笑って答えた。夜間攻撃――寡兵が一矢報いんとするときに用いる常套手段である。本来であれば火力と人員の不足を覆すためのやむを得ない手段となりがちであるが、機動力で圧倒的優位に立つ彼女らにとってはまた別の意味合いを持つ。

 捕捉がほぼ不可能であり、歩兵とのキルレシオに大きな開きがある少数精鋭部隊が闇夜に乗じて突入すれば、必然的に戦闘要員は大混乱に陥る。慌てて飛び出せば槍に貫かれ、迂闊に撃てば流れ弾が味方を撃つ――そのような状況下では、真っ当に戦える兵士など存在しない。

 撃て、撃つなの問答を繰り返すうちに混乱した兵士が出鱈目な発砲を繰り返し、銃声が狂乱を増幅する。兵員を掌握できないままに混乱が拡大するという最悪の状況を呼び起こす――それが、彼女ら第七分隊にとっての「夜間攻撃」である。


「……焼き討ちを食らわせて騒動を起こし、それからトンズラかましてさっさと逃げる――アイリスのお嬢が聞いたら頭抱えそうだがな。騎士らしくない」

「意外と納得するかもよ? ロマンだけで戦争は出来ないって知ってるだろうし」

「……かもな。さっさと行こうぜ。流石に戦術物資を搬入する主席拠点だ、警戒線を張ってやがるはずだ。ブッ殺すのは簡単だが、警邏隊が戻ってこなかったら何か察するだろう」

「了解――行くよ」


 ユイの白い手がそっと伸び、彼女の愛馬の鬣を撫でる。決して争いを好まない――それは兵士となった今でも変わらず、「犠牲を少なくするために戦う」という信念を持っている彼女さえ、この作戦には特別な思いを抱かずにはいられなかった。王都への爆撃作戦が展開された場合の被害は想像を絶する。そうであるならば、彼女とて千を救うために百の敵を打ち払うことに躊躇いはない。


「……変わったよな、ユイ」

「……そう?」

「入ってきたばっかりの頃はさ、何ていうか――びっくりするくらいお人好しっていうか、戦争なんか出来ないように見えた。私たちみたいに荒っぽくないし、隊長とかお嬢みたいに、殺しの計算もしない。けれど……大切な仲間だ。ユイが居なきゃ、ここまで来られなかった」

「何も変わってないよ。私は臆病で、戦技もみんなに比べたら――」

「かもしれない、けれど……私たちには傷を癒やすこともできないし、暗号を読み解くこともできない。そうさ――一人で戦わせるものか」


 テレサは一瞬だけ背後を振り返り、追手の影がないことを確認した。それから真っ直ぐに前を見据えて一度だけ短く息を吐き、猛然と森の中を駆け抜けていった。






「敵の警戒が濃い。基地周辺を巡回している警邏隊は少ないけれど、歩哨……というよりも、分隊単位の即応班がいくつも並んでる感じね。強行突破は……難しいわ」


 僅かに一瞬、エリカの視線が惑いに揺らぐ。事前の偵察情報からもある程度は察知していた――だが、夜間の警戒はより濃密である。明らかに物資集積所に投入される規模の戦力ではない。むしろ前線基地の防衛部隊に近い。


「……でもよ、殺らなきゃ前に進めねえ。それに……ここをぶっ潰さなきゃ、前線目掛けて――」


 槍を握りしめたカレンが視線を向けると、エリカは小さく頷いて真正面を見据えた。


「そうね。難しい――けれど、それを達成するために私たちはここに来た。強襲するわよ」

「……マジか。結構やばいぞ」


 実態を見たテレサが目を見開いた――が、彼女はすぐに背筋を伸ばして銃を手に取った。エリカが決して不可能なことは口にしないと理解している。厳重に警備された集積拠点目掛け、たった六人の騎兵で斬り込む――常識的に考えればありえない作戦である。それでいて命懸けの命令に従うのは、ひとえにエリカ自身の強烈なカリスマと、ある種予言にも似た洞察力による部分が大きい。


「確かに危険よ。けれど……方法がないわけじゃない。やり方はある。第一班と第二班の二手に分かれて突入、私たち第一班が敵を西側から襲撃して撹乱しているうちに、貴女たちは集積された物資を焼却――専用の工兵資材があるはずよ、それを使って、可能な限り敵の集積拠点を燃やし尽くして」

『……!』


 第二班――テレサ、オリヴィア、ユイの三人は顔を見合わせて目を見開いた。六人での攻撃でも十分に危険である――が、更に半分に部隊を分割するなど死にに行くようなものである。だが、エリカはそれを「可能」と言った。そして――エリカの判断は、一度として外れたことなどない。


「私たちが斬り込んで、敵を徹底的に撹乱する。一方向からの襲撃と誤認させれば、後方から敵の重要物資を焼ける可能性も大きくなる」

「け……けど、それじゃ……」


 冷静沈着な狙撃手であるオリヴィアの声が僅かに上ずる。第二班を破壊工作に集中させるために、あえて敵の攻撃を全身に受ける陽動作戦を実行する――理論上は間違いではない。だが、警備部隊といえども決して弱兵ではない。

 むしろ逆に、重要な作戦に供出する物資を護衛しているのであれば、相応の打撃力を備えていると判断すべきである。だが、エリカは小さく頷いて言葉を続けた。


「他に言うべき言葉を持ち合わせていないから、こういう言い方しかできないけれど……私は死ぬつもりはないし、みんなを死なせたりもしない……」


 ゆるり、と槍を手にした右手が持ち上がり、その穂先が篝火に照らされた集積拠点を指す。数分の後に紅く染まるであろう槍を握りしめ、エリカは奥歯を噛み締めた。槍を構えて突撃すれば、もうどこにも戻ることはできない。


「ここで奴らを叩けば、必ず私たちの存在が敵に知れる。そうなれば、間違いなく追撃を受けながら戦うことになる――けれど……」

『……』

「……私たちは、その全てを打ち払う。負けないし、死なない。行くわよ!」


 ――月明かりの下に輝いた穂先は、未だ血脂に濡れることなく銀の輝きを保っていた。


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