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第120話 未来の脅威

「――アホぬかせ、調子に乗った民兵隊が根こそぎ徴発したらそうなっただけだ……って言ったかもしれねえな、インテリ以外が言ったなら」

「……カレンもそう思うのね」


 薄暗い民家の中、少女たちは蝋燭の灯りを頼りに民家の一室に集まっていた。その視線は、ユイが解読したばかりの暗号表――前線へと送られる補給物資の目録に注がれている。通常ならばありえない量の肉用の牛馬が、中間備蓄基地を経由して前線へと送られようとしている、その事実を前にしたエリカの推理に対して、異を唱える者は一人としていなかった。

 亜飛竜ワイヴァーン有翼獅子グリフォンといった通常航空戦力の運用にあたって、最も重要なのはそれらの飼料を確保することにある。彼らの大部分は人間より遥かに大食いであり、貴重な航空偵察情報を入手する、あるいは直接的に竜火ブレスによる空襲作戦を実行する際に逃れ得ないコストとなって軍にのしかかる。

 それ故、航空隊を運用する際には必ず糧食班が地上から随行する、あるいは前線航空基地の設営に伴って先行するといった陸空の複合運用を行う。そうでない場合――長距離移動を伴う、あるいは外征作戦においては、洋上に展開した母艦――その大半が超大型帆船を改造したものに積載した上での機動攻撃という形で作戦が展開される。

 どちらにせよ航空隊が軍にもたらす負担は大きく、貴重な航空騎兵を含めておいそれと投入できるものではない。最も頻繁に用いられるグリフォンであっても撃墜されれば大損害、戦略兵器として取り扱われることも少なくないドラゴンに至っては、撃破された途端に国家の財政にすら影響を及ぼしかねない。

 それだけの重要性を持つ兵力を一挙に前線へ投入するとあれば、アルタヴァ側は一撃で戦争に終止符を打とうとしていると考えて間違いない、というのがエリカの読みであった。前線への大規模航空支援、あるいは後方への補給線破壊。もしくはその両方を伴う広域撃滅戦――いずれにせよヴェーザー軍にとって避けなければならない事態であり、議論が必要であると考えた彼女は、一旦全員を民家に呼び集めた。


「お嬢、あんたはどう思う。アタシにはこの話……理があるように聞こえるぜ。確かにこいつは人間が食う量じゃねえ。それに、人間ならパンとか野菜だって食うはずだ。肉ばっかり運び込む理由がねえよ」

「私は……」


 カレンの投げた問に、アイリスは暫し間を置いてから答えた。


「確かに、通常の補給じゃないかもしれない。これだけの量を運び込んでも精肉できるとは思えない。それに、これだけの家畜を前線に送り込んで兵員用の糧食にするのは明らかに合理的じゃない。兵站に負担をかけるばかりだし、主計要員の対応能力を超えてしまう。考えたくないけれど……エリカの言う通り、空襲作戦の前触れと見たほうがいいかもしれない」

「……」

「それも一度限りじゃなくて、何度も反復攻撃を仕掛けてくるぐらいの輸送量に見える。絶え間なく航空戦力を叩きつけて、前線から後方まで連続的に撃破していくのかも。王国空軍の要撃と軍魔道士の対空射撃による損耗分を考えれば相当な数の航空騎兵を用意しないといけないから、これだけの肉類を輸送するのも頷ける」


 アイリスの口調はあくまで冷静なものであった。武門に生まれ、いついかなるときも――たとえ自らの率いる軍が劣勢に追い込まれ、喉元に刃が迫ったとしても、最後の一瞬、心臓に切っ先が突き刺さるその瞬間まで状況を冷静に判断し続け、一人でも多くの外夷を打ち払うことを定められたが故の冷静さである。それは、国家存亡の危機が眼前にちらついたとしても変わりはない。


「……想定される敵の作戦は?」

「前線への殲滅戦、後方補給路の寸断を同時に実行――だけど、それが最大の脅威ってわけじゃない」


 エリカの問いかけに対して、アイリスは瞳を鋭く光らせた。古今東西のあらゆる軍事行動特に航空作戦が軍において一般化してからの戦史に記された事例と現在の状況を参照しながら、彼女はもう一つの可能性――ヴェーザー王国軍にとって、最悪のパターンとも言える予想を弾き出した。


「……王都に対する直接攻撃。私たちがこの情報を通告すれば、王国空軍は上空でヴェーザー王国軍を阻止するために前線に要撃隊を送り込むかもしれない。けれど、敵が迂回して王都上空に到達することだってあり得る」

「国境での防御を想定して防空隊の戦力を割いたら、今度は王都を直接焼かれる……そういうことね?」

「ええ。必ずそうなるとは言えないけれど……これだけの糧食を動かしているのなら、普通の前線爆撃じゃないかもしれない、と思って行動したほうがいい。当たり前の空襲作戦なら、ワイバーン一個中隊でも十分すぎるし、わざわざ前線まで備蓄食料を運び込む必要なんてない。後方と前線の中間に仮設航空基地を前進させて中継すればそれで済む。この行動は王都攻撃を意図している、と言われても不思議じゃない」


 一気に言い切ると、アイリスは小さく息を吐いて目を閉じた。時刻は午前五時――結局眠ることもできないまま夜を明かした少女たちは、開いたままの窓から東の空の彼方に見える曙光に視線を向けた。エリカは険しい表情で窓の向こうを見つめたまま、ポケットに入れていた通信用の念話結晶を強く握りしめて口を開いた。


「内容は軍令本部に伝えておく。首都攻撃の可能性についても言及しておく――けれど、空軍をどう動かすかは上層部にしか分からない。万が一、アイリスの言う通りになった場合、私たちは……」

「みなまで言うなインテリ、わかってる――このクソッたれな国に閉じ込められちまうんだろ。最悪もいいとこだ。だが、アタシらに救いがあるとすれば……」

「……計画を前段階で察知できた、ってことね。既に牛馬の搬出は始まっているでしょうけれど、こちらが先手を打って補給線を断裂させることはできる」


 それを聞いたカレンはにやりと笑って、腰に提げていた銃剣の鞘を撫でた。


「つまりよ……人のカネでステーキ食うんだろ? お代はアルタヴァ軍のクソ共持ちだ」

「牛さんバラしてる余裕があればそうしたいところだけど、戦勝パーティーまでお預けかもね。山にでも放してあげたら?」

「ンだよ、略奪やりたい放題ってわけじゃねえのか――まぁいい、アルタヴァのゴミカス共には少しばかり腹が立ってたとこだ、軽い脳みそに鉛を足してやろうじゃねえか。いいよな、みんな?」


 全員が視線を合わせ、口元に好戦的な笑みを浮かべる。普段は決して争いを好まないユイですら、瞳の奥に炎を宿して頷き、手にした小銃を握りしめた。


「……なら全会一致ってやつだ――ファックしてやろうぜ。後方に回って嫌がらせをしまくるのがこっちの仕事だ、ケツ出しても容赦しねえ」

「そうね――下品な表現だけど、心底そう思うわ。ケツ出しても容赦はしない……ね。それじゃ、全員即時出発。報告は私からしておくけど――」


 いいかしら、と言い終わるより前に、唐突にエリカが黙り込んだ。銃を手に取ると同時に素早く撃鉄を起こす――その動きは極めて俊敏であり、同時に部隊の全員に伝染した。オリヴィアは目を閉じて集中し、辺りの音に耳を澄ませた。


「……話し声が聞こえた。アルタヴァ訛りだ。敵の後続かも」

「貴女も聞いたのね――射手は私とアイリス、それからオリヴィア。あとは装填手をお願い」


 そう言って、エリカは壁際に並べた銃に視線を向けた。ヴェーザー王国軍の制式採用銃に加えて、一人につき鹵獲小銃が四丁――連射を浴びせるには十分である。

 兵士の話し声がより大きくなり、誰の耳にも聞こえる距離にまで迫ったそのとき、射手の三人は一斉に小銃を構えた。部隊全員の中でも名手と呼んで差し支えない腕前の者の瞳は、接近しつつある一個小隊規模の敵を確かに捉えていた。小銃を構えたアイリスは目を細め、しっかりと肩付けして的に狙いを定めた。


「……懲りない人たち。けれど――」


 銃火三連、放たれた弾丸のことごとくが敵の額に食い込む。血の花が宙に咲くと同時に武器をスイッチ――渡された銃が再び火を吹いて、唖然としていた兵士の頭蓋を弾き飛ばした。


「――私たちの前に出てきたからには、逃さない」


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