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第113話 ランス・チャージ

 敵発見、の報告から三十分あまり――第七分隊の少女たちが目にしたのは、護衛の軽騎兵と槍歩兵に護衛され、森を貫く隘路を行く輸送隊列であった。ロバに荷車を引かせ、その周辺にはカービン銃とサーベルで武装した騎兵と、短槍を手にした歩兵がガードにつくという、極めて原始的ながらも完成度の高い防御である。

 第七分隊はそれと並行するように移動を続ける――が、目立ちすぎるユニコーンは背後の森の奥深くへと隠し、下馬した状態で山岳兵として動いていた。姿勢は低く、視線は常に敵の隊列へと向けられている。


「……攻撃開始の合図はオリヴィアの狙撃よ。合わせていくわ。アイリス、貴女は二番手の狙撃手よ――士官を狙えるかしら」

「やってみる」


 真剣な表情でそう応えて、アイリスは手にした小銃をしっかりと握りしめた。狙撃の腕には確固たる自信がある。飛び抜けた技量を示すオリヴィアは例外としても、性能が同じ銃であれば並の兵士には負けないだろう、という自負があった。それと同時に、自分の一射は絶対に外せないというプレッシャーも彼女の背中にのしかかっている。


(輸送隊列があるなら、その中頃か先頭に士官が控えているはず……主席指揮官は陣頭、次席は中頃だから――オリヴィアの攻撃に合わせて潰せば、あとの仕事が楽になる。外すわけにはいかない……)


 落ち葉の上に身を伏せ、五人の兵士は匍匐姿勢のまま敵に忍び寄る。絢爛さによって敵を威圧する騎兵の装いではなく、あくまで一般歩兵と同じ濃緑色の戦闘服を身に纏った彼女らは、敵の眼を逃れながら緩やかに近接していく。


(あと少し――見つからなければ、それでいい……!)


 周囲を警戒する護衛の顔が見えるほどの距離まで近接すると、彼女らは散開して歩みを止めた。狙いは護衛部隊、最重要目標はそれを指揮する士官――胸元の階級章を確認しながら、少女たちは時が訪れるのを待った。

 僅か数十秒――だが、体感にすれば何倍にも引き伸ばされた時間が過ぎ去る。全ての知覚が照準に集中する極限の緊張の中、彼女たちは一発の銃声を聞き、それと同時に隊列が一瞬停止――周囲に展開していた護衛隊の中で、士官あるいは下士官にあたる者が手にしていた指揮刀を振り上げる銀の輝きを確かに見定めた。


「――貰った」


 アイリスの狙いはただ一点――照星の向こうに捉えていた銀色の徽章――左胸に着けられた中尉の階級章である。躊躇なくトリガーを引き絞った彼女の人差し指は、その場においては鎌を手にした死神の右腕と同義であった。

 銀色の徽章が真っ二つに砕け、突き進んだ弾丸が心臓を抉って背中から突き抜ける。撃たれた中尉はのけぞったまま落馬し、その周りに立っていた者たちは一斉に身を伏せた。周りでも隊員たちが次々と敵を狙撃――輜重兵でない正規の戦闘要員のみを狙い撃ちし、たちまちのうちに輸送隊列が混乱に陥る。


(第二射用意――)


 再装填を確認したエリカが小さく右手を上げ、振り下ろすと同時に再び銃火が閃く。狙撃位置を特定されるまで攻撃を続け、発見された時点で白兵戦へと移行、制圧する――基本に忠実にして、最大限の効力を発揮する戦術を少女たちは行使していた。

 第二射を終えた時点で敵の一人が射点を特定し、即座に反撃が襲う。指揮官を狙い撃ちされた影響で統率が乱れ、効果的な弾幕形成は不可能となったが、それでも数で劣る第七分隊にとっては脅威であることに違いはない。


「っ……! 全兵、騎馬呼集――かかれ!」


 輜重兵までもが自衛用のカービン銃を撃ち始めるに至って、エリカは即座に射撃戦を中断した。頭上を突き抜けた銃弾が枝を弾き落としても、彼女の頭脳は冷静さを失わない。眼の前に刃が突きつけられようとも平然と指揮を続ける胆力と、決して戦局を見誤らない眼識――この二者が、彼女を指揮官たらしめていた。

 兵員それぞれが首にかけていた笛を短く吹き鳴らす。銃声が木霊する森に鋭く響いたそれは、彼女らの愛馬を電撃的にその場に呼び寄せた。互いを遮る木々が射線を切り、銃剣突撃を妨げる――本来であれば騎兵戦闘には不利なその条件ですら、今の第七分隊にとっては一つの防具であった。


「――突撃チャージ!」


 騎兵槍の切っ先が天を指す。迷いや躊躇いを焼き付くす銀の輝きを振りかざし、槍を手にした少女たちは弾丸のように森を突き抜けた。統制射撃が困難となった護衛隊や、カービン銃――その大部分が火縄式マッチロック――を手にした輜重兵が任意発砲で自衛射撃を開始したが、一発の弾丸も彼女たちを捉えることはできないままに空を切る。


「――我に続けェッ!」


 数秒のうちに輸送隊列に突っ込んだ第七分隊は、凄まじい衝撃力を輜重兵に対して発揮した。森林に遮られているとはいえ、極めて優速なユニコーン騎兵によるランスチャージの威力は、ごく普通の騎兵突撃の数倍に及ぶ。

 輜重兵は大部分が丸腰、あるいは短槍程度の武装しか施されておらず、護衛隊も山岳歩兵を仮想敵として想定した軽武装であったため、突撃の威力を和らげる手段など持ち合わせておらず、その方法すら頭に入っていない。短槍を握りしめ、半ば本能的に槍衾を組もうとした兵士もいるにはいたが、そのことごとくは騎兵槍のリーチと圧倒的な機動力を前に貫かれて地面に崩れ落ちていく。


「密集しろ! 第二撃が――」


 ひとり生き残っていた下士官が叫び、手にしていたサーベルを振り上げる。だが、その動きは側面から駆けてきた狙撃手オリヴィアにとって、格好の標的となった。来るぞ、と叫ぶよりも早く頭蓋が弾け飛び、手から飛んだサーベルが地面に突き立つ。

 血しぶきと脳漿が降りかかった輜重兵は悲鳴を上げてうずくまったが、彼のもとに慈悲は速やかに訪れた。次の瞬間、電撃的に突き出された銃剣の切っ先がその心臓を痛烈に刺突し、痛みすら感じる暇もなくその生命を奪い去っていった。


「……恨みはないんだ。けれど――君たちは、ここで終わりだ」


 引き抜いた銃剣を再び振り上げ、オリヴィアは二人、三人と敵兵をことごとく刺突していく。革防具すら身に着けていない輜重兵に対しては、もはや虐殺に等しい暴力の嵐だった。身を護ることも許さない一方的制圧。

 銃剣を薙ぎ払って刃の暴風を巻き起こしたオリヴィアは、囲まれると見るやいなや数人の敵兵を蹴り潰しながら跳躍――一歩先に抜けて第二次攻撃のためにターンしていた仲間たちと合流し、エリカとハイタッチした。


「やるじゃない、射撃だけかと思ってた!」

「鍛えてもらったおかげさ。この技は――」


 再装填済みのライフルを構え、振り向きざまに一撃。カービン銃を構えかけていた護衛の額を撃ち抜いて射殺した。敵であるならば、殺す――第七分隊で最初に人を殺め、その痛みに囚われていた彼女は、自らの恐怖心を既に克服しきっていた。殺さなければ殺される、ただそれだけが唯一のルールとなった場所への適応は、兵士としての必然とも言えた。


「――みんなと練習した戦技だ。だから、僕の力は分隊のために使われるべきだ」

「そうね。なら……貴女も槍を構えて。穂先を揃えて、行くわよ!」

了解ヤー!」


 ランスレストに石突を預けた水平刺突の構え――一切の慈悲を廃して望む突撃をもって、彼女らは完全に勝敗を決しようとしていた。エリカは最前列に進み出ると、指揮刀サーベルを左手で抜いて水平に構え、右手の槍と合わせて変則の二刀の構えを取って雄叫びを上げた。

 その叫びが、戦況を支配するきっかけとなった。十代半ばの少女とは思えないほどの鬨の声を上げ、通常の騎兵に倍する勢いで突貫する六騎は、石臼が芥子粒を擂り潰すように輸送隊の隊列を破断させ、刹那のうちにその大部分を四散させていった。


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