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第112話 薄暗き森の中で

 崖からの跳躍による脱出を経て数時間――地図を確認していたエリカは顔を上げ、後ろに続く兵士たちに視線を向けた。


「……敵の支配地域に入ったわ。何が起きても不思議じゃないから、用心してかかって――再装填はいい?」


 その言葉に、全員が小さく頷いて銃を掲げる。後方に電撃的に侵入し、敵の補給線を食い破りながらアルタヴァ本国との供給点を破断させ、投射された前衛打撃力を孤立、弱体化させる特殊作戦――隠密性を重視される任務にありながら敵の侵攻部隊と交戦し一騒ぎを起こしたことを、エリカは密かに悔やんでいた。


(敵は間違いなく何らかの方法で私たちの存在を通報にかかる――追撃を振り切って行方をくらましたまではいいけれど、そこから先の任務がどうなるか分からない……)


 存在そのものを最後まで隠し通すことは不可能であろう、ということはエリカも十分に理解していた。目的とする機動的後方撹乱――すなわち、物資集積拠点に対する略奪、あるいは輸送部隊の襲撃などを繰り返していれば、そう時間もかからずお尋ね者扱いになるのは目に見えている。

 だが、破壊工作を一度も遂行しないまま敵に発見され、過激な方法でもって離脱せざるを得なかったのは、彼女にとって大いに悔やむべきところであった。せめて最初の襲撃までは正体を隠したままアルタヴァ国内に侵入しなければならない――そう思っていた矢先の偶発的戦闘によって存在が露見し、早々に追われる身となった。せめてもの救いがあるとすれば、ヴェーザー王国内に浸透してきた敵との交戦であった、という一点のみである。


(敵の通信手段……偵察小隊なら伝書鳩くらいは持っているはずだから、それを使って本国に連絡を送られたらどうしようもない。ピンポイントで場所を見定めて攻撃することはできなくても、アタリをつけて取り囲むか、航空偵察で探り当てて包囲攻撃……私なら、そのどちらかを確実に選ぶ)


 少数の部隊で敵地に侵攻するという時点で危険度は極めて高い。それも十代半ばの少女部隊とあれば、万が一に敵に見つかれば嬲りものにされることは間違いない。もちろん、彼女らにそうなるつもりは全くなく、戦場において獣欲を向けられたならば、一刀をもって報復を加えることに一切の躊躇いを持たない。


(私たちについての連絡が入ったなら、その時点で相手は投射できる戦力のうち最高の質を持った部隊を叩きつけてくる……ありえるとすれば――軍魔道士の空挺強襲か)


 あり得ない話ではない、とエリカは自らの想像にひとり戦慄した。ユニコーン騎兵の機動力は圧倒的であり、閉所に追い込んで一斉射を浴びせるようなやり方でなければ、通常の戦力で圧倒することはできない。

 唯一抵抗できる部隊は魔導兵、それも幻獣に傷を負わせることが可能な高位魔道士に限られ、兵員一人ひとりが戦略兵器にも等しい扱いを受ける特殊要員となる。

 航空偵察で位置を補足してから、最低でも同数の軍魔道士で強襲を仕掛ける以外の方法では幻獣騎兵を圧倒することができないというのが、これまでの運用――ヒポグリフやワイヴァーンといった幻獣航空隊に対する戦闘教義であり、ユニコーン隊に対しても同様の戦術が行使される――それが、エリカの判断であった。

 そして、その運命は遅かれ早かれ第七分隊に降り掛かるであろうことも彼女は予感していた。後方攪乱を繰り返し敵の補給線を分断し続けるような作戦を続けていれば、いずれは敵に殲滅部隊が差し向けられる。それが最期の瞬間となるかどうかを決めるのは、他ならぬ彼女たち自身であった。

 考えていてもどうにもならない、と判断したエリカは、木々の隙間から太陽の高さを確認した。概ね正午――彼女は隊列の先頭で立ち止まり、小さく右手を上げて命令を下した。


「……敵地に入ったばかりだけど、一旦小休止にしましょう。総員下馬。ただし、小銃は携行して。周辺警戒は――」

「僕がやろう。森林戦なら慣れてる。バックアップは不要だ……辺りの様子を見たら、戻ってくるよ」


 真っ先に名乗り出たオリヴィアに小さく頷きを返すと、エリカは小銃を手にしたまま愛馬の背から降りた。昼食時間ではあるが、火を起こすことの出来ない彼女らにとって、それは普段のような楽しい時間ではない。

 岩のような乾パンを割って砕き、瓶詰めのジャムと酸味がきつく、水で薄められたライムジュースで食す――栄養は確保されている、と胸を張っていた主計士官の言葉に若干ばかりの懐疑心を懐くと同時に、彼女らは戦争という現実を静かに呪った。誰一人言葉を発する者はおらず、物音に神経を尖らせるばかりである。

 何も来てくれるな、と願うほどに時間の進みは遅くなり、少女たちの緊張は刃のように研ぎ澄まされていく。己の心を切り裂くほどの極限状態――だが、それに耐えるだけの強靭さは、既に訓練の中で身につけてきた。だからこそ単独での敵地侵入という危険かつ名誉ある任務を任された。


(何かが来たら、即座に攻撃する……)


 ヴェーザー王国軍とアルタヴァ共和国軍は未だに国境で睨み合いを続けており、先程のような偶発的事態を除けば戦闘は勃発しておらず、同時に彼女らと同じルートでは国境を越えて侵攻している部隊もない――そう説明されている以上、目の前に人間が現れれば、民間人でない限りはそれを撃つつもりでエリカはいた。

 視界が悪い森林戦となれば、先に見つけて攻撃した者が遥かに有利になる。その面においてユニコーン隊は「目立つ」という一点において圧倒的不利に置かれていた。六騎もの騎馬を集中運用していれば否応無しに目を引き、集中攻撃の対象となることは免れない。だからこそ、彼女らは休んでいる間も辺りを見回し続け、敵の気配を探り続ける。


(見つけたら逃さない。最初の一発で撃ち抜く……!)


 しっかりと銃を握りしめ、エリカが森の奥を見据えたそのとき、不意に木の枝が激しく揺れる音が響いた。近くに立っていたユイが素早く銃を構え――すぐに、その銃口を地面へと向けた。息せき切って駆けてきたオリヴィアを視界に認めたが故である。


「……何かあった?」

「南方に敵の輸送隊列がいる。前線に物資を運ぶつもりだ。ここは警戒区域から離れているから目をつけたんだろう」


 駆けてきたオリヴィアの報告にユイは視線を鋭く尖らせ、素早く愛馬の背中に飛び乗った。訓練のランニングで息を切らしていた頃の面影は、もはやどこにもない。それは他の兵士たちも同じことで、即座に銃を掴んでユニコーンに跨った。敵の輸送隊列――彼女らにとっては最初の、そして格好の獲物である。


「向こうの警戒はそう厳しくない――エリカ、どうする?」


 オリヴィアの問いかけに、エリカは戦闘的な笑みを浮かべた。潰せる標的が目の前に、それも作戦開始一日目から出てきてくれた。そうなれば、叩かない理由などあるはずもない。


「殲滅するわ。まずい乾パンより、いくらかマシな戦闘糧食を持ってるかもね」

「なら、やっちゃおう。僕が狙撃で隊列先頭を潰して、他が一斉射撃――いいかな」


 新たに支給された短銃身のスカウト・ライフルを手に、オリヴィアはにやりと笑った。分隊最優の狙撃手にして、森林サバイバルに長けた戦士――彼女の戦うべきフィールドは、確かにこの場に揃っていた。


「貴女の作戦に乗りましょう。徹底的に叩き潰して、アルタヴァの童貞兵士どもを干上がらせるわよ――覚悟はいいわね?」


 今更異を唱える者などどこにもいない。手は血に汚れていても、彼女たちの胸の中には国家と人民のために戦い抜く、清冽な思いだけが宿っていた。


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