第一章 ヤツに届け
「・・・・・・・・・・・。」
・・・・大丈夫か。この隣のヤツ・・・。
今日は学校二日目である。あたしはこの学校に勉強をしにきたので、別に友達はいなくてもいい・・・とは思ってはいる、けれども、いるに越したことはない。まぁ、クラスメイトとは一言も話していないが、隣のヤツは昨日来ていなかったのでもしかしたら仲良くできるかも・・・とか思っていた。
が、そういう話ではなかった。だいぶヤバいのだ。となりのヤツ。浮世離れした美貌(こういう顔は世間様には好かれるんだろうが、あたしの好みではあまりない)にクリスタルのような色と輝きを持つ瞳に髪・・・・・ちなみに瞳には瞳孔がなくて透明だ。それだけでもだいぶアレだが・・・・。それだけじゃないのだ。学校には来ている。来ているが、勉強はしない。手ぶらで学校に来た。置き勉とかでもない。ヤツのロッカーは空だった。教科書もノートも鉛筆すらも机に乗っているところを一回も見ていない・・・・授業中ももちろん休み時間も。一時間目の途中にふらっと教室に入ってきてふらっと席に座ってから、ずっと黒板をじーっと見つめて一ミリも動かない。それに対して生徒も教師もなにも言わない。・・・・・・大丈夫なのか。この学校もコイツも。
・・・・ここは、あたしがガツンといってやるしかないな。
「・・・・ねぇ。」
「・・・・・・・・・。」
「ねぇ!」
「・・・・・・・・・・。」
・・・・・無視しやがって。ひ弱そうな見た目してるくせに・・・・。
「ねぇ!!!」
ムカついてきた!!!
「ねぇ!!こっちを見なさい!!あたしの話を聞け!!!」
なんなんだよ!!!!こいつ!!!!
「おいっ!!!!」
隣のヤツの肩をつかみ、思いっきりふる。
すると、隣のヤツはなんの感情ものせない不気味な瞳でこちらを見つめてきた。
「・・・・・・・おい。プミラ・シロガネヨシ・イネ。」
・・・・・・・しまった。授業中だった。
「私にたいして、おいだのなんだの・・・・いい度胸だな。」
「いえ、なんというか・・・その・・・・
「廊下に行け。」
「・・・・・はい。」
隣め・・・許さないからね・・・・・。
* * * *
「ねぇ、あんた。」
帰りの会が終わった後、となりに話しかけてみる。
「・・・・・・・・・・・。」
・・・・・・・・。
「あんたってば!」
「・・・・・・・・・・・・。」
「おーい!!」
「・・・・・・・・・・・。」
・・・・・完全無視だ・・・。
「ねぇ!!!」
授業中と同じように肩をたたく。
やっと、ふりむいt
「・・・・神子さま。お迎えに上がりました。」
神官服を着た能面のような顔をした男があたしと隣のヤツの間に突然出現した。
「では、行きましょう。」
そして、隣のヤツごと一瞬にして消えた。
「・・・・・・・・・・・。」
・・・・・・ほんとうに、なんなんだよ・・・。
* * * *
・・・・・・帰りやらなんやら、話しかける日が何日くりかえされただろうか・・・。休み時間に話しかけようとしても、お昼休みに話しかけようとしても、帰りの会のあとに話しかけようとしても、あの変な能面男にどっかに連れていかれる。帰りの会のあと以外は授業がはじまる前にまた戻ってくるが・・・・。
そこで、あたしは決めた!授業中話しかける!授業は真面目に受けたいが、もう意地だ。ここまで適当にあつかわれて黙ってちゃ女がすたる!!さぁ、話しかけるぞ!!
「ねぇ!!!」
「・・・・・・・・・。」
・・・・・ここまでは想定内だ。
がしっ
肩をつかんで・・・・ふる!!!
「ねぇ!!!!ねぇ!!!」
よし、ふりむい・・・・
「プミラ・シロガネヨシ・イネさん・・・・あなたは授業の邪魔です。廊下へいってください。」
・・・・・・・ちっ。
「・・・・はい・・・。」
・・・・・おとなしく廊下にいってあげるよ。
とぼとぼと歩きながら、教室の扉をあけて廊下へと出る。廊下からでも窓からこのぞけば黒板も見えると、前回学んだのでノートも筆記用具もちゃんと持ってきた。床が机がわりか・・・腰がいたいな・・・。
* * * *
あー!!むかつく!!どうすりゃ、ヤツと話せるんだ!!!・・・・・まぁ、そこまで執着する理由もないけどね!!でもね!!なんというか、あたしのプライドが許さないんだよ!!
「きりーつ!」
「きょーつけー!」
「礼!!」
「「「「「「「さよーなら!!!」」」」」」」
・・・・そうだ!!!
「いくよ!!!」
あたしはヤツの腕を掴むと教室を飛び出し、裏庭にむかって走り出した。
そうだよ!!考えてみればこのプミラさまは運動神経が大変よろしい!このプミラさまがあの能面男がくるまえにダッシュでこいつを連れ出してしまえばいいのだ!!!いやぁーなんで思いつかなかったんだろ!!
「・・・・・・・・・・・?」
少しだけ困惑しているような雰囲気を感じるが、そんなのは無視だ無視!!
「・・・・・・っふう・・・。」
う、裏庭に・・・ついたー!!!
さ、さすがに疲れた・・・。久しぶりの運動だったな・・・。
「ねぇ!!!あんた!!!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ああ、無言・・・・。
「あんた!!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
・・・・もしかして・・・・いや、何回か思ったけど・・・
「あんた、耳が聞こえないの?」
「・・・・・・・・・・・・。」
耳が聞こえないだけであれば、話しているということ自体は口の動きでわかると思うのだが・・・・。
「目も・・・見えなかったりする?」
・・・・となると、声を出しても口を動かしても無駄か。
「(ね・ぇ!)」
指で真っ白な手のひらに伝えたい言葉をかく。・・・・文字、あってるかな。まだ勉強中だから不安だ。
「・・・・・・・・・・・。」
「(あ・た・し・は・ぷ・み・ら・よ・ろ・し・く・ね)」
「・・・・・・・・・・・。」
無反応か・・・と少しへこんでいると、突然美しいながらもどこか不思議な音楽が流れ始めた。だいぶ不気味だ。
「・・・・な、なにさ・・・!?」
・・・・・音楽はすぐに消えた。
「・・・なにか、よう?」
・・・・・え、話せたのか。
「・・・あたしはプミラ。よろしくね。」
「・・・・そう。」
・・・・耳も聞こえていたのか。
・・・・・・違う、そうじゃなかった。本題は・・・
「あたし、あんたに説教をしたくてね。」
危ない危ない。忘れかけてた。
「あんたね!!せっかく勉強ができるのに、なんでしないの!!」
「・・・・・・・・・。」
「世界中にはやりたくてもできない奴らがあふれてる!むかしのあたしもその一人だったよ!なのに、どうしてちゃんと教育が受けられる環境にいるお前が勉強しないんだ!」
「・・・・・僕は・・・神の・・・依り代だから・・・無でいなきゃいけな
「神さま!?そんなものをいいわけにしちゃいけないよ。」
神がいるかどうかは知らないけどさ。
「お前は誰に生かされている?」
「・・・・・神に・・・・。」
「そういう考えもあるよ。でもね、あたしはこう考えてる。あたしたちを生かしているのは周りの人間だ。でも、周りの人間はいつかいなくなる。みんな年とっちゃったりするからね。一人になったとき、なにが必要かって考えてみな。」
「・・・・・・神・・・・・。」
「・・・孤独を癒したり、辛いことがあったときにはすがるのも一つの手だろうさ。でもね、一人になったときに本当に一番心強い味方になるのは自分の知だ。もちろん金も強い味方になるけどね、それも知がなきゃ稼げないんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「それに、あたしたちのことを生かしてくれる周りの人もあたしたちに知がなければ一緒にいても利がないって判断されて寄ってきてくれない。あたしがいい例だよ。」
誰からも疎まれ、必要とされない・・・・それはとても孤独で辛いことだ。
「だから・・・・本当に知っていうのは大切なものなんだ。一番の味方。いつでも味方でいてくれる心強い味方。」
知だけは絶対に自分を裏切らない。
「学校ってのはその一番強い味方をもっとも手軽に入手させてくれるスーパーハイパーいいところなの。だから、ちゃんと授業だけでも受けなって。」
本当は家での勉強も必要だけど、ちゃんと授業を受けるだけでも今よりはよっぽどいいだろう。
「・・・・・・・・・・。」
やっぱあたしみたいなやつの言葉じゃ届かないか・・・・。
「・・・・まぁ、さ。あたしみたいなバカ悪党にならないように気をつけなってことよ。あんたも気をつけないと、こんななんの取柄もないバカな大人になっちゃうからね。」
悪党になったはいいけど、バカすぎてなーんにも出来なかったりね。いい悪党にだったらなってもいいかもしれないけど、悪党は悪党で賢くなきゃダメなんだよ。
「・・・・あなたは、悪党なの?」
そこかよ!!
「・・・ま、ここに来る前まではちょっと悪さしててね。」
「・・・・・なんで、ここにきたの?」
ぐっ!突っ込んだ質問を・・・!!
「・・・・仲間に、グループから追い出されたの。」
「なぜ?」
「・・・・バカだからだってさ。」
きー!!今思い出すだけでくやしい!!
「いい!?バカは悪党にも必要とされないの!!バカはどこからも必要とされない!それで一人になって、でも知がないからどうにもできなくって悪いことして、逮捕されて、釈放されて一人になって・・・でもなにもできないから、また悪いことして・・・逮捕されて・・・の繰り返しなの!!」
バカは死んでも治らないっていうけど・・・少しでも勉強させてくれれば多少は変わるんだよ。
「あたしの場合は・・・・いや!なんでもない!!」
「へえ・・・・。」
あームカつくムカつく!アイツらのことなんて思い出すんじゃなかった。
「とりあえず、教科書も見せてあげるし、鉛筆も消しゴムも貸す!ノートは・・・ちょっと厳しいけど、一冊ぐらいだったらあげるよ。だから、ちゃんと授業を受けなって。」
一冊分ぐらいだったらなんとか捻出できる。
「・・・・・・・わかった。」
え?ほ、本当?ちゃんと、届いたのか・・・あたしの言葉。
「・・・・神子さま。」
「ぎゃあっ!」
突然、私たちの間にあの神官服の能面男が出現した。
「・・・・・・・・・・・。」
「行きますよ。」
隣のヤツはなにも言わず、能面男とともに空気に溶けていった。
最後に手をふるなり、お別れの挨拶をいうなりなんなりしてくれてもよかったと思うが、あたしの勉強をしてほしいという思いや言葉が届いたというだけでも十分だろう。よし、今日はなんだか気分がいい。はやく部屋に帰ってさっさと勉強しよう。