街は人を語る
ボヤ騒ぎの起こっている住宅街を少年と少女が手をつないで駆けていた。周りの大人達は子供達に見向きもせず、焼け落ちる城をまるで花火でも見るようにして騒ぎ回っている。
「ねぇ、ジョニック。これから行く当てはあるの?」
少女が手を引かれている少年に向かって呟く。
「無い。そんなもの無いよ。ルーシィ、だからこそ自由なんだ」
ジョニックと呼ばれた少年は微笑を浮かべてルーシィの顔を見た。
不安げな表情だ。しかし、それはただの不安そうな表情では無くて、好奇心と恐怖心が混同したような、微妙な表情だった。
彼女はこの世に生を受けてから、数えるほどしか、外の空気を吸っていない根っからの箱入り娘だったものだから、この破滅的な状況と同じくらいに街の事が気になっているのだろう。
「そんなにキョロキョロしていると、怪しまれるぞ」
「……これが街というものなのね」
ジョニックが咎めるのも気にせずにルーシィは初めて見る光景に胸を打たれていた。
「おいおい、こんな大したことのない街を見たくらいで、感慨に耽るなよ」
ルーシィの手を握る強さが少し増す。
「あなたは見慣れてるかもしれないけど、私にとってはこれが初めてなのよ? そして、多分もう見る事が無い光景……」
「なに、見たければ、変装でもして戻ってくればいいのさ。自由ってのはそういうもんだ。それに、外の世界はもっと綺麗なんだぜ。こんな街の事なんてすぐに忘れちまうくらいにな」
「そんなに綺麗なら、もっと早く連れ出してくれれば良かったのに」
「馬鹿言え」
しばらく走ると、目印を付けておいた大木が見えてきた。この大木を左に曲がれば、街の外へと繋がる抜け穴がそこにある。
「もう少しだ、走れるか?」
ジョニックは息一つ乱さずにルーシィへ語りかける。
「……だ、……だい……っ」
一方のルーシィは息も絶え絶えで返事すらままならないほどだった。
その様子を見たジョニックは走るのを止めて、ルーシィの前に屈んだ。
「乗れ」
「そんな、はしたない……」
「気にしてる場合かよ。いいから背中に乗れ。恥ずかしいなら馬とでも思っとけよ」
「あなたが馬? ちょっと似合ってるかも」
くすりと笑うと、ルーシィはジェニックの言う通りにして身体を預けた。それからジェニックの肩を軽く二回叩いて、出発の合図を送った。
「一気に走り抜けるからな、振り落とされないようにしっかり掴んどけよ」 ジェニックはルーシィの体重などものともせずに立ち上がると、ダッシュの構えを取った。
「――きゃっ」
強い風圧を感じ、ルーシィは思わず小さい悲鳴を上げると、ジェニックの背中に顔まで預けてしまった。
(あったかいな……)
「よし、ついたぞ」
「…………もっと走ってくれてもよかったのに」
数秒のぬくもりに口惜しさを感じつつも、ルーシィはジェニックの背中から降りる。
「なぁ」
ジェニックが呟く。
「なに?」
ルーシィが応える。
「最初はどこに行ってみたい?」
「あなたの行ったことが無い場所ならどこでも良いわ」
「それはどうして?」
不可解な答えをジェニックは問う。
「私が知らなかった場所をあなただけが知っているのは、くやしいもの」
「なるほど、こりゃ筋金入りの負けず嫌いだ」
これから、二人は当ての無い旅を幾度も繰り返すだろう。もしかしたら、死にたくなるほどの苦痛に苛まれる事もあるかもしれない、希望に染まり続ける事は出来ない。
けれども、ジェニックとルーシィが離れる事は決して無いはずだ。
先のことを知る術はないが、私はそれを願っている。
――エストリガル街