感動と依頼
目の前に広がっていたのは異世界だった。
俺が立っていたのは広場の真ん中だった。そして、見渡せば様々な露店が開かれており買い物をする人たち。一人は亭主に値切りをしており一人は何か珍しいものがないかとぶらぶらと歩いていたり、多様な人たちで溢れかえっていた。
その一人一人はみなNPCかプレイヤーなのか違いが全く分からない。全員感情がありありとしているのだ。
そして、どこかの露店から流れてくる肉の焼けたとたれが絡み合った食欲をそそる匂い。
さらに、肌に感じる風の感触。
それらすべてが合わさり俺は違う世界に連れてこられたのではないかと錯覚してしまうほど完全なる現実だった。
「・・・・・・すごすぎだろ」
そんな言葉しか出ないほど俺はこの世界に圧倒された。
それから少し呆然としていた。
「・・・っと、そろそろ行くか」
いつまでもぼーっとしているわけにはいかないのでまずは露店を少し見て回ることにした。
売っているものは食材であったり剣や防具、雑貨など多種多様で見ていて飽きなかった。さらに、どの店も気前のよさそうな人たちでよくお客にサービスしているのを見かけた。
そうして歩いていると先ほど嗅いだ肉の匂いがしてきた。せっかくなのでその匂いの元をたどりそれを買うことにした。
着いた店にはがたいいいおっちゃんが串に刺された肉を焼いていた。
「おっちゃん、一本ちょうだい」
「おう、待ってな!」
おっちゃんは焼けた肉にたれをつけ少し焼いた後俺に渡してきた。
「ほらよ、100ギルな」
おっちゃんの言葉を聞き、差し出された串焼きを受け取ろうとしていた手を止めた。
あれ、俺かね持ってるっけ?
慌ててウィンドウを見ると下のほうに10000ギルと書かれているのが目に入った。俺はそれを見てほっとしたがどうやって払えばいいのか分からなかった。
「もしかして、金がねえのか?」
「い、いや。お金の出し方が分かんなくて」
おっちゃんが不信そうに見てきたので慌てて否定した。
「ん?お前もしかしてプレイヤーか?」
「え!もしかしておっちゃんも・・・」
「いや、俺は違う」
「なら何で?」
「一年前にアイラスティ様から全世界にお告げが来たんだ。『一か月後に異世界より大人数の人たちがやってきます。その者たちはこの世界の常識に疎いので注意してください』ってな」
なるほど、そういう設定にしておけばNPCとの会話もスムーズにすむとい訳か。一年前、つまり、現実世界だと3か月くらい前か。丁度βテストのころだな。
「じゃあ、おっちゃんはお金の出し方わかるか?」
「確か金が書かれてる横の部分を操作すればいいじゃなかったか」
おっちゃんから教えてもらいその場所をみると矢印のアイコンが書かれていた。俺はそこをタッチしてみると「いくらお金を出しますか?」という文字が出てきた。
なので、俺はそこに100ギルと打ち込む。すると、手元に硬貨が現れた。
「おっ、できたみたいだな」
「ああ、おっちゃんありがとな」
教えてくれたおっちゃんに礼を言いつつ硬貨を渡し、串焼きを受け取る。
「いただきます」
さっそく受け取った串焼きを食べてみる。
「っ!?」
すると、口の中に肉を噛み切る感触とたれの甘辛い味が広がった。食べ物の味や感触なども現実のものとまったく同じことにも驚いたが、なによりこの串焼きがうますぎる。
豚や牛、鶏とも違う獣ぽさのある独特の風味。けれど、食べたことのある味・・・そうか!あれだ、猪だ!
昔、一度だけ両親に連れて行ってもらった料理屋で出された猪の肉に似ているのだ。
「おっちゃん、これかなりうまいな!」
おっちゃんに向けてぐっと親指を立てる。
「あんがとな」
おっちゃんは少し照れたように鼻をかく。
「これなんの肉なんだ?」
「ああ、これはワイルドウルフの肉だ」
「ワイルドウルフ?」
ウルフというくらいだからオオカミなのだろう。猪の肉かと思っていたがどうやら違ったようだ。
「ああ、南門を出た森にいるモンスターだ」
「へぇ~」
「そうだ!兄ちゃんプレイヤーてことは戦闘できるだろ。だったら、ワイルドウルフの肉を取ってきてくれないか?」
おっちゃんがいきなりそんなことを頼んできた。
「材料足らないのか?」
「ああ、プレイヤーが来て客の数も増えちまってな。前よりかなりの早さで売れちまうんだ」
おっちゃんはそう言いつつ自分の串焼きが売れることが嬉しいのか笑顔で言った。
「・・・わかった。取ってくるよ」
「本当か!なら、報酬として・・・」
「ああ、報酬はこの串焼き10本でどうだ?」
おっちゃんが報酬について言おうとしたところを俺が遮り提案した。
「そんなんでいいのか?」
「ああ、これかなりうまかったからな」
実際この依頼がどのくらいの難易度なのか分からないが、俺としてはそれで十分だった。
初めてのAWOで食べた物だし、なによりうまい。
「わかった。なら、報酬は30本でどうだ。これくらいが丁度いい報酬だ」
どうやら依頼の難易度からして串焼き10本は安かったらしい。おっちゃんが訂正してきた。
「OK、ならそれで頼むわ」
「おう、ワイルドウルフの肉は10個頼む」
「了解」
俺はそう言っておっちゃんに背を向け南門に向かって歩き出した。
「・・・・・・」
そして、足を止め再びおっちゃんのところに戻る。
「どうした、忘れ物か?」
おっちゃんは不思議そうな顔をしつつ俺に聞いてくる。
「・・・えっと、南門の場所教えてください」
俺は少し小さな声でそう言った。
「っぷ、ぷはははははぁ!」
おっちゃんは一瞬きょとんとし次の瞬間腹を抱えて笑い始めた。
そりゃあ笑うだろうな。あんだけ自信満々に歩き出した奴が数秒後に戻ってきて道を聞いてきたんだからな。
「あの、南門の場所を教えてください」
俺は顔を真っ赤にしつつ再度訪ねる。
「ふ、ふぅ、悪い悪い。南門はあの道をまっすぐ行けば門が見えるぞ」
俺はそれを聞くとすぐさまそちらに走った。
「すぐに取ってくるから待ってろー!」
おっちゃんにそう宣言し走っていく。
「おう、気をつけていけよ!」
そして、俺は南門に向け走っていく。