ついていけない
2708……その数字が掲げられたドアの前にもうどのくらいこうして立っているだろうか。
この場所に来るまでにも長いこと「シーナリー」のあの席で、残されたまま一人私は、改めてオーダーした珈琲を飲んでいた。
気が遠くなるほど私は逡巡したのだ。
挙げ句、私は遂にその部屋のドアベルを鳴らした。
バタバタと足音がして慌てたようにすぐドアが開き、彼が姿を現した。
「カナン……!」
私を抱き寄せ、部屋の中へと引き入れる。
瞬間、ダブルのベッドがやけに生々しく目に入ってきた。
「可南」
彼は私を抱き締めながら、そのベッドへと私を押し倒した。
彼の顔を間近に見上げる。彼の感極まった表情がそこにあった。
「来てくれると思ってた。可南は絶対、来てくれるって」
しかし、いつもの彼の穏やかさとは一転して、彼はこれ以上はないほど激しく、口づけてきたのだ。
「ン…や…稜、ク……」
顔を背けようとして、その顎を掴まれ、無理矢理、正面を向かされる。
再び見上げた彼は、完全に「男」の顔をしていた。
濃厚で、とろりととろける蜜のような時間が流れていく。
しかし、彼の右手が私のワンピースの中に忍び込み、私のその柔らかい素肌に触れた瞬間、
「ヤダっ!!」
私は、はっきりと叫んだ。
どんと彼の胸を両手で突き、ベッドから逃れる。
「カナン……?!」
困惑している彼を前にして、
「稜クンの、稜クンの馬鹿っ……!!」
腹の底から思いっ切り、全身で私は叫んでいた。
「どうして稜クンはそうなの?! こんな……ホテルの部屋の取り方、できるの。まるで大人の男の人、みたい。どんなに頑張っても、私……。私、そんなにオトナじゃ、ない」
拳を握り俯きながら、熱いものがぽたぽたと零れ落ちる。
「可南……」
「嫌っ!」
触れられた手を乱暴に振り払った。それは断固とした拒絶の意志に他ならなかった。
「私、ついていけない……」
何かが私の中で壊れていくような気がしていた。
あの時、ロビーであれほど胸をときめかせていたあの高揚感はもう、どこにもない。
「私。……帰る」
くるりと背を向け、その2708号室を後にすると、エレベーターへと一目散にダッシュする。
降りてきたエレベーターに飛び乗ると、フロント階に着くまでのそのひととき、私はその場にうずくまり、メイクをしていることも忘れて一人、ただひたすら泣きじゃくった。