ときめきのホワイトデー
「稜クン!」
私は思わず声に出し、彼の元へと駆け寄った。
「もう来てたの? 私の方が絶対先だと思ってたのに」
「それは俺だって同じってことだよ」
ロビーのソファに座り、スマホを手にしていた私の「彼」稜クンは、ソファから立ち上がると、そう言って笑んだ。
「家にいてもなんだかそわそわして落ち着かないからさ。それに。今日は絶対、可南を先に待たせるわけにはいかない日、だろ?」
今日は、3月14日・ホワイトデー。
この特別な日のデートに、彼はこの場を待ち合わせの場所に指定した。
すごくドキドキワクワクしてる。
いつものデートは二人でなんとなく過ごしているけれど、今日は彼が全てエスコートをしてくれるというのだ。
今まで経験したことのない最高の「ホワイトデー」を体験しそう……。
そんな予感を感じた時、
「すぐお茶にしたいところだけど、ちょっと予約を入れてあってね。まだ少し時間があるから、まあ、ここに座ってくれよ」
そう言いながら、稜クンは再びふかふかの焦げ茶色のソファへと身を沈めた。
彼の隣に座った私に、
「カナン。今日はいつにもまして、とっても綺麗だ」
眩しそうに私の瞳をじっと見つめながら、彼が言う。
彼のそんなストレートな言葉とまなざしに、私は思わずドキリとした。
……そんな瞳をして私を見ないで……
「稜クンだって。いつもボロボロのジーンズかチノパンなのに、アイボリーのスラックスなんて履いちゃって」
視線を逸らしながらつい、そんな軽口をたたいてしまった。
「ドレスコードくらい、俺も知ってるよ。三つ星クラスのホテルに、いくらヴィンテージでも破れジーンズはないだろ」
「稜クンは、こういうホテルよく来るの?」
「よく、てことはないさ。ただ、可南がママと時々、お茶やショッピングに来たりするって聞いてるし、俺とも一度は、簡単なお茶してるだろ? 実は、今日はそこのロビーラウンジ「シーナリー」で、ホワイトデー限定のアフタヌーンティーを予約しているんだ」
「え? 本当?!」
「ああ。珈琲ならともかく、紅茶のことは俺にはさっぱりわからないから、オーダーは可南任せだけど、それでいい?」
「うん! 嬉しい!「シーナリー」の限定アフタヌーンティーなんて、滅多に頂けるものじゃないもの」
喜びを隠さない私に、彼も嬉しそうに笑う。
「じゃ、そろそろ行こう」
さりげなく私の左肩を抱き寄せると、彼は私をこのホテルのメインロビーラウンジへと誘った。