001年目05月06日 女性の兵隊さんが歓楽街で遊ぶだけの話
「うわ、ちょ、たいちょー、これ!! 可愛いっ!!」
半員休暇と言う事で、町に繰り出そうと言い出したのは、パテンノ。そこの服飾屋でキラキラと目を輝かせながら、服を広げている子だ。
「隊長、目が座っていますけど、なんか機嫌、悪いんすか?」
横で、串に刺した肉を頬張りながらレイシャが聞いてくる。
「いや。機嫌は問題無い。ただ、驚いてはいるな……」
いつも冷静に見せている仮面。それを剥いだ内心は、驚愕で一杯だ。ノーウェ子爵様の近衛としてノーウェティスカでの兵務はもう五年程になる。近衛と言う事で、他の兵達よりも多くの場所を見てきた。王都やロスティスカ、テラクスティスカ。外遊での各国の様子。しかし、この町はそのどことも違っている。整然と並んだ建物に、活気のある雰囲気。そして、店に並ぶ、見た事も無い品の数々。先程、隠れて頬を抓ってみたが、痛い。夢ではない。何だ、これは……。
「たいちょー、背が高いから、これ、どう? うわ、似合う」
パテンノがぐいぐいとひらひらとした加工を施された服を押し付けてくるのでぴしゃりと叩くと、あうっと悲鳴を上げて、うずくまる。
「機嫌、悪いっすよね?」
レイシャが、ぼへーっとそれを眺めながら、言ってくる。
「驚いているだけだ。後、パテンノ、それは私には似合わんぞ?」
「えー。似合うと思うけどなぁ……」
パテンノがぷっくりと頬を膨らませてる。でも、服を自分に当てると、にこにことし始める。
「さて、入り口も入り口だ。休みは有効に使わねばな。今回の休みは夜までだ。レイシャ、情報は?」
「へーい。まずは、歓楽街の中央、テルティリーの道と言う店はお薦めと言う事っす。お菓子とお茶の専門店だそうです」
「あまいの!? うわ、楽しみ!!」
パテンノが、顔を輝かせながら、服をよく分からない木の棒に引っ掛けて釣る。
「服に関しては、西側のレールズですね。王都でも店を出していましたが、こちらにも進出してきたようです。お昼は、軽いのだと、あぁ、そこ。木漏れ日の昼下がり亭か中央の青空亭っすね」
レイシャが紙片を見ながら、報告して来る。元斥候団出身だけあって、情報収集に長けている。と言うか、どこから集めたのかと言う程、情報を持って帰ってきた。私? 元教官や元長官を見て、逃げた。怖い。怖い物知らずが、最強なのだと改めて理解した。
「丁度、昼までも時間の余裕はあるな。まずは、甘いものから行くか!!」
「はい、隊長!!」
声を揃える二人を引き連れて、町を進み始める。
お薦めと言われた、テルティリーの道の扉を開けて、外に出る頃には放心状態だった。
「格好良い店員さん、たくさん!!」
パテンノは目を輝かせている。
「無茶苦茶敬われていたっす。癖になりそうで怖いっす」
レイシャも、にやけが収まらない。
それも、そうだ。店に入った途端、おかえりなさいませお嬢様、だ。なんだ、あれは。しかも、揃いも揃って顔が良い。若いのから年寄りまで、上品で、美しい挙動。その仕草を思い出すと、うなされたように頬が赤く染まりそうなのを実感し、ぱたぱたと掌で扇ぐ。
「次だ、次」
「じゃあ、西っす」
気付けば、左腕に荷物を抱えていた。よく分からない。なんだ、あれは……。見た事も無い、可愛い服が所狭しと並んでいる。少し背が高いのがコンプレックスだったが、私でも似合う可愛い服なんて考えもしなかった。
「やばい、さっきのお店より、可愛かった!!」
パテンノはきゃっきゃと騒いでいる。
「パティ、そんなに買って、箱に入るんすか?」
「だって、ノーウェティスカでも王都でも見た事ないもん。レースがこんなに付いているのに、安いし。今しか買えないんだったら、買う!! 荷物は男の子に頼む」
「うわぁ、これだから、モテる人間は……。隊長? ぼーっとしてどうしたんっすか?」
「……次だ」
「うぃっす」
「おいしい!! ノーウェ領とは違うけど、すごくおいしい!!」
「故郷を思い出すっす。あれ、海の魚っすよ。こんな陸の真ん中であんなに美味しい魚を食べられるなんて。しかも、この値段。驚きっす」
「次……」
「たいちょー!! 凄いです。流石、弓兵隊元指揮官」
散策と言う事で、町を巡っていると、不思議な露天を見かけた。物凄く小さな弓で、的を射る遊びらしい。的の大きさで貰えるものが違うと言う事で、試してみたが、面白かった。元々、猟師の出だから弓は得意だ。たかが五百ワールでこんな可愛い置物、手に入らない。子熊を模した木彫りと言っていたが、子熊もこんなに可愛くない。ちょこんと描かれた目と鼻に愛嬌があって、堪らない。絶対に、兵舎の自室に飾る。二人には、子犬と子猫の置物をそれぞれ渡した。部下が喜ぶ顔と言うのはやはり堪らない。
ここからは少し別行動をしようかと言う事で、町を一人、ふらつく。整然と並んでいるので、現在の位置を確認するのは容易だし、門までの道も案内が書かれている。何というか、町の作りの随所が丁寧だ。感心しながら、路地を抜けると、立ち並ぶ美男美女の群れ。あぁ、娼館街か。町のレベルを知るには、こう言う卑俗な風俗を覗くのが一番だ。少し心躍る物を感じながら、各店舗を覗き込んでいく。特に男を買いたいと言う程の欲求は無い。あくまでも見て楽しむ程度で良いと言う感じだろうか。
「そこの綺麗なお姉さん」
興味本位に覗き込んでいると、ふと声をかけられる。そちらを見た瞬間、頭の芯を殴られた気分だった。歳はまだ成人した程度だろうか。甘く綺麗な声に導かれた先には、私とは真逆の可愛らしい女の子が座って微笑んでいた。
「私に用か?」
「用と言うか、そう言うお店だからね。でも、色々興味深そうに見ていたから、声をかけちゃった」
ころころと笑う姿が可愛らしい。どこか、胸の奥が疼く印象。ふーむ、同性に興味なんて無かったのだけど。なんだ、高鳴るこの鼓動は。
「町に興味があるの? 散策から同衾と言うのもあるよ? 案内する?」
貰った金券はかなりの額が残っている。使い切れる額でも無いし、後々の事を考えれば、また来る可能性のある町を土地勘のある人間に案内してもらうのも良いだろう。同衾と言っても、少し昼寝をする程度だ。ゆるりと休めるのなら、それも良いかと、店に入る。女を買うと言うには思いの外安かった。ふーむ、この町が良く分からない。安く、高品質な接待。新規で珍奇な品と扱い。どんどんと興味が惹かれていく。
「ふふ。ありがとう、お姉さん。どこから遊ぼうか?」
にこりと微笑む顔に心躍らせながら、町を歩く。誰かと一緒にいると言う事が楽しいと思うのも久々だな。そんな事を考えながら、町を散策する。
「お疲れ様。楽しめたかなぁ?」
一巡り、町を回って色々遊んだ後に、店に戻って、部屋に導かれる。扉を開けた瞬間、嗅いだ事の無い香り。はて? と思いながら、部屋の椅子に座る。正面に座った女の子がにこやかに聞いてくるのに頷きを返す。
「楽しめた。まだまだ思った以上に色々あるのだなと。それでもまだ半分も巡れていないのか……」
「うん。まだ、開いていないお店もあるしね。これからどんどん変わるよ」
「それは、また来るのが楽しみだ。ふむ、色々回ったからか、少し疲れたな。休ませてもらっても良いか?」
座った瞬間、ほっと気が緩んだのか、欠伸が出る。
「それなら、体を清める? お風呂、あるよ」
「お風呂? あぁ、ノーウェティスカでもそんなものを作ると言っていたな……。どんなものか見せてもらえるか?」
「良いよ、こっち」
部屋の奥の扉を開けると、大きな桶のような物にお湯がたっぷりと入っている。これに浸かるのだと言う。
「ふむ。勝手が分からん。一緒に入ってもらえるか?」
「うん。じゃあ、服を脱ごうか」
そう言いながら、その子がこちらが服を脱ぐのを手伝ってくれる。お返しにと言う事で、その可愛らしい服を脱がせていくのだが、違和感を感じる。あれ? 胸が……。それに、骨格がおかしい。するりと、下したドロワーズの奥には、凶悪に屹立するものが一つ。
「え? あ? おま、お前……。男だった……のか?」
「ん? そうだよ」
にこりと微笑む目の前の人間。女と思っていたから羞恥は無かったが、ふと我に返り、咄嗟に身を隠そうとするが、腕をふわりと止められる。
「お姉さん、綺麗なのに、勿体無い。ねぇ、嫌?」
「い……いやとか、そう言う話ではなくてな……。ちょ、ち、近付くの、か?」
振り解こうと思うのだが、何故か、力が抜ける。その笑顔と睦言にお腹の奥の方に熱を感じる。現実感を伴わない、この驚きの連続に、どこか頭の奥が痺れたような状態に陥っている。
「凄く、綺麗。肌も髪の毛も……。ねぇ、口付け、してもいい?」
ふわふわと流されるように、そっと頷いた瞬間、唇への感触を感じる。そのまま入り込む舌に蹂躙され、どんどんと現実感を失っていく……。
「やっぱり、綺麗。ねぇ、お風呂、入ろうよ。洗い方、教えるね」
ぼうっと疼く頭では何も考えられず、ただ引かれる手に、そのまま引き寄せられるように、扉を潜った。
「あ、たいちょーだ。おかえりなさーい」
「おかえりっす。と言うか、どうかしましたか? 顔、赤いっすけど」
兵舎に戻ると、パテンノとレイシャは先に戻っていた。
「いや、何というか、不思議な体験をした……」
彼曰く、こういう格好を男の娘と言うらしい。領主様、男爵様がそう名付けたらしい。何とも分かるような分からないような。概念の部分から、おかしなこの町にこれ以外に何があるのか。どんどんと興味をそそられる自分自身に呆れながらも苦笑が浮かんだ。