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001年目05月05日 兵隊さんが歓楽街で遊ぶだけの話

2016年10月28日に第一巻がGCノベルズより発売致します。

ISBN-10: 4896375912

ISBN-13: 978-4896375916


どうぞよろしくお願い致します。

「かぁぁ、さっぱりした!!」


 金髪の若い軍装の男がかららと引き戸を開けながら、大声で叫ぶ。


「おいおい、大袈裟だな。しかし、当たりだったな、流石教官……」


 苦笑を浮かべながら、少し年嵩の男が呟く。


「飲むにしろ、遊ぶにしろ、先に風呂でしたか? 入っとけって、本当ですね」


 引き戸を閉めながら、同じく灰に近い銀髪の若い男が年嵩の男に話しかける。



 風呂上がりより(しば)し前。

 夕飯終了後休憩時間となっていたが、急な集合の号令が兵舎内を走った。急いで集まったロスティー公爵近衛一番隊及びテラクスタ伯爵近衛二番隊、ノーウェ子爵近衛二番隊全員に領主よりの慰労名義との事で、配られたのは木札の束。通常は少額とは言え貨幣での支給だが、訳の分からない木札を配られたと言う事でざわめいている。


「静粛に。全員整列。傾聴。私はロスティー公爵近衛一番隊隊長ウーデリアだ。現在ワラニカ王国の兵士に関して、四領の兵がこの兵舎に集合しているが、最上位階級と言う事で一時的に各員の指揮権を預かっている。これは、各領主の名において正式に軍令が発行されたものとなる」


 ウーデリアが壇上で胸元から書類を取り出し広げる。ロスティー、テラクスタ、ノーウェ、アキヒロの紋章と共に、指揮権の委譲内容が記載されている。後方の者は中を確認出来ないが、先頭に指揮官が立っており、後に説明が有ると理解している。


「本日二十時より三日後、朝八時まで半員休暇が与えられる。半員は予備人員として兵舎内で待機。詳細に関しては各小隊長に伝えている」


 半員休暇とは言え、長旅の後の休暇と言う事で(しわぶ)き一つたたない中で、ほぅと言う安堵の溜息が大きく空気を動かす。


「尚、諸君等に配られた木札は五日後までを目途とし、今兵舎酒保ならびに歓楽街でのみ使用出来る金券との事だ。額面で五万。また、兵証の提示で乗合馬車は無料で使える。その他質問は先の通りとなる」


 五万と言う数字が出た瞬間、流石に皆、驚きの声が上がりそうになった。兵舎にいる限りは金を使う事が無い。五千ワールもあればマシな宿に泊まって朝夕の食事も付く。腹いっぱい飲んで食べても、三千から四千程度だ。そう考えれば、慰労金で五万と言う金額はとんでもない額だ。各領の精鋭達が動揺するのも無理はない。


「では、解散」


 ウーデリアの言葉が消えるか消えないかの時点で、兵達が小隊長に群がる。この手の休みの場合、前回の休暇の時と逆の順番で休みを決めていく事が慣例となっている。階級順にすると偏りが生じる。また、階級も短い期間で変わる可能性が高い。変に恨みを持たせるよりはなるべく公平に決めていく方が後で面倒が無いと言うのが理解出来ているからだ。

 二十時よりの休暇と言う事でもう一時間も無い中、小隊長はもみくちゃにされながら、隊員の質問に答えていく。ただ、初めての町と言う事で詳細は分からない。そう言う場合どうするかと言うと、地元の兵にお願いして情報を教えてもらうのだが、これが『リザティア』では、一筋縄でいかない。通常なら階級を持った人間がそこらの兵を捕まえて聞けば良いだけなのだが、『リザティア』の兵は引退した古参兵で再構成したものだ。そこらの軍で一隊、一軍を率いていた人間が普通に兵をやっている場合も有る。


「済まない、そこの兵。休憩中であれば聞きたい事が……」


 ノーウェ子爵領の憐れな小隊長が『リザティア』の紋章の軍装をまとった小隊員に声をかけるが、はっと答えた声を聞き不審な顔になり、振り向いた顔を見て頬を引きつかせながら絶句する。


『ちょ……ザック教官、こんな所で何をなさっているんですか!?』


 そのままずるずると部下の小隊員から離して、壁際まで腕を引っ張っていって、こそこそと話し出す。


『ウェルナース。お前、小隊長だろ、偉そうに命じろよ。面白く()ぇな』


『いやいやいや。出来ませんよ。と言うか、ロスティー公爵領に兵員移動なさったんですよね? 何故こんな所で兵卒なんてなさっているんですか!?』


『いやぁ、俺も歳だろ? そろそろ引退かと思って母ちゃんと一緒に王都でのんびりしてたんだがな。うちの(かしら)から募集が来てな。引退した兵募集とか言うんだよ。やる事も()ぇから来てみたんだが、面白(おもしれ)ぇの』


『そんなに良いんですか?』


『あぁ。シゴキは厳しいが合理的だ。待遇なんて、見たろ、兵舎の部屋』


『高い宿かと思いました……』


『給料も良いしな。何よりうちの(かしら)、切れてやがる。この前、でかめの(いくさ)が有ったんだが、聞いたか?』


『オークが攻めて来た話ですよね。同数程度で死人無しでしたか? 信じられないと噂はしていましたが……』


『あれ、死人どころの話じゃ()ぇぞ。怪我ったって、転んで膝擦りむいた奴程度だ。向こうは全滅、文字通りのな。詳しくは話せ()ぇがここ、間違い無く、面白(おもしれ)ぇや』


「隊長ー、まだですかー。そろそろ休暇始まりますよー」


 隊員達が痺れを切らしたのか、声を上げる。


『あぁ、遊ぶとこか。歓楽街ならハズレ無しだがな。ただ絶対に初めてなら……』


 そんなこんなでぼそぼそと情報収集し、ザックの敬礼に答礼を返し、内心へとへとになりながら、隊員の元に戻る。


 説明が終わると隊員達は蜘蛛の子を散らすように走って去っていく。休暇の時まで上役の近くにいたくは無いだろうし、残る者はもっと詳細を『リザティア』の兵から聞き出そうと走り回っていた。

 ウェルナースが若干疲れた顔で、辺りを見回すとノーウェ領からロスティー領とテラクスタ領に兵員移動した顔見知りの兵とばったり会えたので、一緒に歓楽街に出向く事になった。



「どうする? 飲みに行くか?」


 ウェルナースが問うと、うーむと考え込む二人。


「いや、先に女んとこ、行ってきます!!」


 金髪が大声で叫ぶのを銀髪が抑え込む。


「お前ら二人ともか。元気だね。そろそろ結婚考える時期だろうに」


「小隊長になって可愛いお嫁さんをもらった人には分からんのです」


 銀髪が悔しそうにウェルナースに言う。


「んじゃ、ふらふらしてくるわ。女はそっちの路地、二本抜けたら店が集まってるって。じゃあ、またな」


「はい」


 ウェルナースが手を振ると、敬礼が返ってくる。おざなりに答礼を返し、てくてくと歩き始める。ノーウェ子爵組はノーウェティスカからの出向になるので旅程的には一番短い。家で家族が待っていると考えるとそこまで女に拘る必要も無いな、と思いながら歩いていると、遊具屋と言う見慣れない文字が見えた。子供の土産物でも有るかとふと扉を開ける。


 いらっしゃいと言う声と共にふわりと広がる甘い香り。見るとテーブルの上で何かをしながら、菓子を摘まんでいる客が大勢見える。端の方では最近流行りだしたリバーシを遊んでいる若い男女。


「子供の土産を探しているんだが……。ありゃ、何をしているんだ?」


「あぁ。ここの遊具はちょっと遊び方が複雑でね。実際に遊んでもらった方が早いってんで、ああやってテーブルを用意している。遊ぶだけなら無料だが、茶と菓子は有料だよ」


 ふむと頷き、楽しそうに遊んでいる客を見ていると、興味が湧いてくる。土産話になるかと、ふらふらと空いているテーブルに初心者だと言いながら着くと、丁寧に説明が始まる。

 ウェルナースがトランプとブロックパズルを買って、ほくほく顔で兵舎に戻ったのは夜もかなり更けてからだった。



「うわぁ……。こりゃ、凄いな……」


 金髪が辺りを眺めながら、声を上げる。周囲の窓からは美しい女性達、男性達が媚態を振りまいている。領都でも中々お目にかかれないレベルの美男美女達の集まりに、目が泳いでくらくらとしている。


「信じられない……。王都だとこんな金額、無理だろ。おい、ここ有名店だぞ。王都で名を馳せている店だ」


 銀髪が悲鳴のように叫ぶが、金髪が動かない。


「おいって」


「見つけた……」


 引く手を振り解き、金髪が誘われるように一軒の店の窓を覗く。銀よりも真白な長い髪に神秘的な微笑み。清楚、可憐を具現化したような娘。金髪の視線を感じたのか、向き直り、にこりと微笑むと人間味がほのかに現れる。百合の化身を彷彿とさせる、絶世の美女。


「おい、この店、本番無いぞ。手だけって書いているし……。そんな店有るんだ、って、うわ、安っ。え、本当に良いの、この金額で……。あぁ、付属で泊まりも有るんだ。添い寝付きだと……って、おい。入るのか!?」


「決めた。じゃあ、また明日な……」


 金髪が何かに導かれるように店にふらふらと入っていく。


「あー。さっきの店にするかぁ。綺麗な子もいたし」


 銀髪もてくてくと、ロルフ直営店に向かう。



「と言う訳です。お客様、よろしいですか?」


 夢から覚めたような感覚で、はっと我に返り、頷きを返す。


「くれぐれも手出しはなさらないで下さい。そう言うお店ではありません。もしもの場合は官憲の対応となります」


 こくこくと頷き、領収書に記載された金額を払うと、侍女らしき女性に連れられて部屋へと案内される。ノックの後、侍女が扉を開けると一礼をして、促される。


「では、ごゆるりと」


 扉を閉められると、しんと静かな部屋の中、二人きりとなる。


「初めまして、お客様。お名前をお伺いしても?」


 硬い金属を微かに当てた時のような、高く澄んだ声。まるで楽器のようだなと場違いな感想を抱きながら答える。


「ラクサ」


「ラクサ……様ですね」


「君の名前は?」


 自分でも驚くほど、熱に浮かされたように、言葉が口から迸る。


「テレネシアとお呼び下さい。ラクサ様」


 山の上で、白く開く花の名前。昔、行軍訓練の時に教官に教わったな。良く似合っている。


「いまは、ラクサと呼んでもらって良いかな?」


「はい。では、ラクサ」


 そう呼ばれた瞬間、胸の奥が疼き、痛みを感じる。こんな感覚は初めてだ……。


「あの……」


 手を差し出そうとすると、ふわりと微笑み、するりと躱す。


「その前に、一緒にお風呂に入りませんか?」


 その微笑みだけで心が満足してしまう。こちらも微笑み、服を脱ぎ始める。テレネシアも若干恥ずかしそうに服を脱ぐが、それが人間味を感じさせて堪らなく愛おしい気持ちにさせる。


「愛おしい……」


「はい? なんでしょう?」


「いや……なんでもない」


 部屋の中の扉を抜けると、こじんまりとした風呂に温かなお湯が満たされていた。その透けるような白い肌に吸い込まれるように風呂へと向かう。


「気持ち良かったですか? ラクサ」


 ややずーんと腰の辺りの重さを感じながら、一緒にベッドに潜り込む。お風呂の中でイチャイチャしていると、気付かずに出していた。そこからはただただ愛らしい、愛おしいと言う気持ちだけが強まる。


 そっとテレネシアの枕の下に腕を差し込み、引き寄せる。口付けを交わすと、昼の疲れが出たのか、すとんと眠りに落ちる。


「おやすみなさい、ラクサ」


 ふわりと蝋燭の灯りが消えて、部屋は窓から漏れ入る、外の灯りだけになる。



「えぇ、こんなに色々有るんですか? あーえーと……」


「特に選んで頂かなくても、基本の一式で満足頂けるかと思いますが。そちらはどちらかと言うと、変化を求める方向けですので」


「あー、じゃあ、はい。何も無しで良いです。あ、お酒と料理を少し貰えますか?」


「はい。お酒は無料です。料理はこちらから選択下さい」


 うわー、また選択か。いつになったら、女の子に会えるのか。心の中の焦りだけが強まる。


「じゃあ、これで」


 ノーウェ領にいた時によく食べていた、鳥のハーブ焼き。ちょっと癖があるハーブを使っているので、テラクスタ領では食べられなくて切なかった。あぁ、懐かしいなノーウェ領。


「では、最後ですが……」


 まだ、何か選ぶの? もう勘弁してくれと思っていると、店員が紐を引き、幕が上がる。


「服装ですが、どちらを選ばれますか? 物によっては別途料金が……」


「これ!!」


「あー、そちらは無料ですが……」


「これ、が、良い、です!!」


 レザーアーマー一式とか施術院の制服とか、軍装もどきや警察もどきの服が並ぶ中……。


「では、村娘風で。お待たせ致しました。用意を致しますので、少々お待ち下さい」


 にんまりと頷き、そっと椅子にかけて待つ。案内に連れられて、扉を開けた瞬間、中を覗いて、感動のあまり涙が出そうになった。



「よぉ、おはよう」


「ん、おはよう」


 兵舎の休憩所で銀髪が座ってぼへーっと天井と言う虚空を見ていると、金髪が正面に座る。


「どうだった?」


 銀髪が問うと、金髪が項垂(うなだ)れる。


「……行く……」


「ん?」


「また、行く。絶対に行く。馬車が無くても、走る」


 金髪が顔を上げると、満面の笑みを浮かべる。


「いやー。朝、出る時さ、頬に口付けてくれて、いってらっしゃいとか言われたら、帰らなきゃ嘘だろ。行く、次の休みも絶対に行く」


 ふんふんと鼻息荒く、金髪が声を荒げる。


「で、そっちはどうだったんだ?」


 一頻り自慢とも惚気ともつかない事をくっちゃべってから金髪が聞く。


「言うまでも無いだろ。行くに決まってんだろ……。村であんな可愛い子いたら絶対に嫁にもらう。うわー、もう、可愛いの。朝さ、こう口付けして、扉の前でいってらっしゃいとか言われたら。うわー、休み早く来て欲しい」


 銀髪が気持ち悪く身悶えしながら叫ぶ。


 五月六日の朝遅め、八時を暫く超えた兵舎の休憩室は、そんな武勇伝でもちきりだった。



 少しだけ先の話。


「男爵様」


「ん? 何ですか、ロルフさん」


「定例の報告は以上となるのですが。一点質問です。何故、村娘風の服装を入れるのに拘られたのかと。集計する度に一番の売り上げなので。あんなどこにでもありそうな服などと思いまして、王都では考慮もしなかったのですが。しかも、態々(わざわざ)無料にも拘られていましたし」


 物凄い困惑の表情を浮かべるロルフを見て、思わず噴き出してしまう。若干憮然とした顔になったが、ごめんごめんと頭を下げる。


「いや、申し訳無いです。『リザティア』に来るお客様って、殆ど旅人ですよね。商家、兵隊、冒険者。旅人が求めるのはいつだって故郷、普遍な物です。私達は提供側なので、気付かないですが、在りし日を思う、その妄想が一番強いんだと思いますよ?」


 涙を拭きながら、ロルフに答えると、その幼くあどけない顔に、ふわりと笑いとも苦笑ともつかないほろ苦い表情を浮かべロルフが深く、一礼をした。

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