001年目04月11日 味噌醸造を言われた二人が愚痴りつつも仕事をこなすだけの話
パタンと言う扉の締まる音が響き、アキヒロが部屋から出て行く。
「アレクトリアさんの言い方だと、かなりきつそうだったけど、そんなにきつくないのかな?」
背が低くて痩せ型のレーディアが言う。
「徹底的に学んで来いって言ってたよね。でも、豆を水に浸けただけだし、蒸した大麦に粉を塗しただけだよね? んー。良く分からないよ」
背が高くてがっしりした体格のデルンが首を傾げながら言う。
「でも、アレクトリアさん、怖かったね」
レーディアが言うと、二人揃って、青く暗い顔になり、少し前の事を思い浮かべる。
朝、日が昇るにはまだまだ早い、真っ暗な中、料理人達は朝の準備を始める。調理台の上に灯された燭台と、竈の明かりで手際良く調理を進めていく。領主に出す料理だ。手違いが有れば大目玉では済まない。時間には追われながらもアレクトリアの指示の元、一糸乱れず朝食の支度は進んで行く。
ほぼ調理も終わり盛り付けと、配膳となった段階で、アレクトリアがこの中でも若手の二人を呼ぶ。何か失敗でも有ったかと、周りの料理人達は戦々恐々と見つめる。
「あ……あのぉ、アレクトリアさん……? 何か粗相をしましたでしょうか?」
レーディアがおずおずと問う。
デルンは恐怖に顔を引き攣らせて、黙って直立不動のままでレーディアの横に立つ。
と言うのも、アレクトリアが非常に不機嫌な顔で眇めた目を二人に向けているからだ。
「粗相はしていません。男爵様より、人員を借りたい旨を頂きました。要件はある程度料理が分かって、体が強い、我慢強い人間だそうです」
「は……はぁ……」
レーディアが何とか唾を飲み込みながら、返答らしきものを口から絞り出す。
「やる事は、味噌の製造との事です。味噌です。味噌ですよ? 貴方達も味見したでしょう。あの豊潤な香り。元が豆とは思えない豊かな味わい。あれだけでスープが成り立つなど、料理人としては屈辱ですが、その後も色々男爵様に教えて頂き、奥深さを知りました」
後ろ手を組みながら、左右に歩き、アレクトリアが滔々と語る。
味噌賛美が十分を超えて流石に二人がげんなりし始めた頃に、興奮で顔を真っ赤にしたアレクトリアが結論を述べる。
「と言う訳で、貴方方二人には製造者として現場に入ってもらいます。私の代行です。失敗は許しません。死ぬ気で覚えてきなさい。そして詳細を報告しなさい!!」
「はい!!」
アレクトリアの鬼の形相の勢いに巻けて唱和する二人。
「製造工程は頂いています。大事に読みなさい。材料の準備は男爵様がもうなさっているとの事です。お手を煩わせているのですから、これ以上ご面倒をおかけする訳にはいきません!!」
「はい!!」
追い立てられるように、ほんのりと雨の中朝日が昇り少しだけ明るい窓際で目を皿のようにして製造工程を読んでいく。
読み終わった頃には、アレクトリアはにこやかに朝ご飯の配膳に食堂の方に向かって行っていた。
「はぁぁ……」
思い出したレーディアが溜息を吐く。
「怖かった……。あんなに可愛いのに、怖いよ……」
デルンが重い物混じりに言う。
「でも、書いてある事はそんなに難しく無かったよね?」
レーディアが製造工程を思い出しながら、ぼそっと呟く。
「うん、豆を炊いて潰して保存するだけみたいだったよ……。そんな簡単な事であんなに美味しい物が出来るのかな?」
「領主様の事だから、きっと出来るんじゃないかな。色んな所でお噂お聞きするし」
レーディアが腕を組みながら、首を縦にうんうんと振りながら言う。
「凄いよね、領主様。デパート行った? ちょっとだけアレクトリアさんと一緒に行ったけど、凄かったよ。あんな商業施設見た事無い。きらきらしてた」
デルンがきらきらと目を輝かせながら、言う。
「あー、ずるい。アレクトリアさんと一緒とか。うわー、俺も行きたい」
レーディアが嘆くように言う。
そんな二人は、やいやい言いながらも、薪を竈にくべ、鍋の水を絶やさないように、延々と仕事をこなしていく。
将来の味噌醸造、醤油醸造、清酒醸造の先駆者となる二人の若き日のほんの少しの一コマだった。