6 氷雪の山脈
年表は後ほどまとめて訂正予定です。
最初は一年単位で事件が起きる予定だったのですが短縮したためちぐはぐになってしまいました。
新世歴217年1月、東方の大国トーアのシュナとの国境である山岳地帯近く街を襲った黒い悪魔(勇者談)の大群と数十頭のキマイラはトーアのライザ王女と大魔導師シオンを引き連れた勇者の奮戦によって駆逐された。
人々は度重なる魔物による災禍に“世界の危機”を実感として捉え世界を救う勇者の重要性を認識し始めていた。
勇者の声望は高まり更なる魔物による災禍の予感に怯える人々の希望の光となりつつあった。
しかし各国首脳部は一枚岩ではなく水面下では暗躍が続いており世界を覆う暗雲は未だ祓われてはいなかった。
波乱を内包しながら激動の時代は続いていくことになる。
トーア王城内、殺戮の戦鬼改め救世の勇者にあてがわれた貴賓室から小さな声が漏れていた。
「そう、そこ。ダメ、少しズレた。そう優しくゆっくりと・・・」
「ここか?こうでいいのか?よし・・・」
勇気とシオンの熱の籠った声だ。
「ンッ・・・、大分良くなった。今度は強弱をつけて・・・」
「こんな感じか?これでいいか・・・」
「ああ、それでいい・・・」
互いに何かを堪えておりハアハアと激しい呼吸音をさせている。
「さあ・・・、準備も出来た・・・。一気に・・・」
「分かった・・・。いくぞ・・・」
クライマックスを告げる声。
最終段階に入るようだ。
「真昼間から何しているんですか!貴方方は!」
ライザ王女が扉を蹴破るように室内に乱入してきた。
貴賓室の豪奢なベットの上では全裸で抱き合う勇気とシオンの姿があった。
「何って、見て分からんのか?」
「フフッ・・・、無粋だな」
二人の言い様に顔を真っ赤にしてライザ王女が叫んだ。
「ふしだらです!こんな・・・、こんな・・・」
言葉が上手く出ないようだ。
「ふしだら?魔術の訓練がか?」
「ヘッ!?」
ライザ王女の顔がマヌケな表情になっている。
「扉に『魔術の訓練中につき入室禁止』って貼ってあっただろ。前回の黒い悪魔を始末するのにシオンが実に見事な魔術を見せてくれたんで今後のことも考えて教えを乞うていたんだ」
「ああ、流石に勇者様だ。魔力制御の筋がいいから教え甲斐がある」
「だったら何故二人とも裸ですの!」
「そりゃあ 経路を通して感覚を同調させるためさ。魔力制御を口頭で説明されるより遥かに早く覚えられる」
「ああ、 経路を繋ぐには素肌で触れ合うのが一番だ。それが全身に及ぶ場合には全裸になって密着しないとな」
シオンがさも当然のように勇気の首に両腕を巻きつけ引き寄せた。
「いい加減に離れなさい!」
ライザ王女は駆け寄り二人を引き離した。
シオンの豊かで張りのある双丘が跳ね上がるように揺れるがライザ王女の視線は勇気の一点を凝視していた。
抱き合っている全裸の二人を引き剥がせば当然男性のものも露わになる訳で。
「○×△□◇!!」
ライザ王女は見ているものが何であるかやっと認識し訳の分からない悲鳴を上げて気絶した。
気絶したライザ王女を王女付侍女のアンナが取り敢えず俺達の使っていたベットに寝かしつけていた。
俺とシオンは衣服を身に着けその様子を眺めている。
「まったく・・・、姫様をあまりからかわないで頂けますか」
アンナが困ったような顔で言った。
「いや、今回についてはそんなつもりはなかったんだが。シオンの挑発に乗った姫さんが勝手に自爆しただけだし。むしろタダ見された俺は被害者だ」
「婚姻の話しは無かったことになりましたが姫様はユウキ様のことが気にいっておられるのです。兄君以外貴方様のように気軽に声を掛けてくる殿方など城内にはおられませんから。貴方様の場合は気軽というより傍若無人と言った方がいいのでしょうが」
「ハハハッ、手厳しい評価だね」
「・・・貴方様も最初にお見掛けした時より随分お変わりになられたようで。初めてお会いした時は世界全てを憎んで拒絶するような冷たい目をしていて私は死を覚悟して斬り掛かったのですが再びお会いした時には姫様相手に笑って冗談を掛け合われるぐらい心に余裕が出来ておられましたもの」
ライザ王女との最初の出会いの時の印象が強烈だったからなぁ。
あれでこっちも感情の箍が緩んでついついからかいたくなってしまった。
それまで殺伐していたから人との触れ合いに飢えていたのもあるけど。
「で、姫さんの用件はなんだったんだい?態々ここまで出向いてきたのは俺の訓練を邪魔するためじゃないんだろ」
「はい、トーア王よりユウキ様にお呼び出しが掛かっております。ユウキ様のお部屋が『・・・入室禁止。声も掛けるな』となっていたため言付かった者が声を掛けるのも躊躇われ姫様が直接来られたのです」
「声も掛けるなって書いていたのか?」
「ああ、集中力が途切れて魔力制御に失敗し暴走したら現在のユウキの魔力量だと下手をすればこの城ぐらい軽く吹き飛びかねないからね」
シオンが平然と答えた。
「な、なんですって!」
ライザ王女が復活して起き上がってきた。
「王城が吹き飛ぶようなことがあればラードと同じように我が国も滅びかねません。我が国を滅ぼす気ですか!」
掴みかからんばかりである。
俺も聞いていなかったから気持ちは分かる。
「万が一だって、実際、ライザ姫が飛び込んできても暴走しなかったでしょ」
「それでもです。そんな危険なことは王城でしないでください」
「世界の危機は待ってくれないよ。出来る時にやれることはやっておかないと後悔することになる。前回だってユウキが搦め手を思いつかなければ無意味に街を黒い悪魔ごと吹き飛ばしていたかもしれない」
「それでも・・・」
「それに外の宿屋なんかだとどこかの刺客に襲撃されるかもしれない。警備面から考えるとここが一番リスクを小さく出来るのさ」
「それはそうなのかもしれませんが・・・」
丸め込まれたようだ。
「それよりトーア王からの呼び出しが掛かっているんじゃないか?」
俺が頃合いを見て口を挟む。
「あ、はい。先程レインディア王国よりの使者がユウキ様に面会を求めてきたとのことです」
「レインディアって?」
「北方の小国で我が国とはあまり国交もなかったのですが急に使者が来られました。なんでも“世界の危機”に関することで詳細は勇者様に直接伝えたいとのことです」
「分かった。支度を整えたら直ぐに向かう。姫さんは先に向かって伝えておいてくれ」
「ライザです」
「ん?」
「シオン様もお名前で呼ばれておられるでしょう。私も名前で呼んでください」
先程のベットシーンで嫉妬というか独占欲というものが沸いたのだろう。
ライバルと同じ近さにおいてくれということか。
「・・・分かった。ライザ、先に向かってくれ」
「はい、分かりました。お早くお願いします」
ライザ王女はベットから出ると一礼して足取り軽く出ていった。
精緻で美しい文様が彫り込んである謁見の間の大扉が開き俺とシオンは中に入っていった。
正面には玉座がありトーア王が座っており横にライザ王女が立ち玉座の前にレインディアの使者の代表と思しい女騎士が立っておりその後ろに随行の騎士が三名片膝をついて頭を垂れている。
両脇にはトーア王の家臣団が立っており使者の代表の品定めをしているようだ。
「待たせたか、トーア王」
ライザ王女はともかく俺は王や貴族に敬意を払うつもりはない。
レインディアの使者達は俺の傍若無人ぶりに驚きの気配を見せたが沈黙を守っている。
「ウム、遅かったな、勇者殿」
トーア王も俺の姿勢は分かっているので事実を淡々と述べるだけだ。
そんなトーア王の様子に使者達は更に驚きを強めているようだ。
大方俺がトーア王の掌中にあると思っていたのだろう。
トーア王は俺が単独でトーア軍一万を壊滅させ王城に殴り込みシュルト軍二万を殲滅し厖大な数の黒い悪魔を始末し数十頭のキマイラをあっさり皆殺しにしたのが脚色のない事実であると知っているしシュナ王もクラーケンの脅威とそれを殲滅した俺の力を間近に見て実感として理解しているから俺を権威なり武力なりで従わせることが出来ないのが分かっている。
先の声明や宣言は本気の本音であり国家レベルでの謀略でも詐称でもないのだが他国が信用するには足りないといったところか。
レインディアの使者達の様子がそれを表している。
俺はそんな使者達を横目にトーア王の前で立ち止まった。
ついて来たシオンも俺の後ろで立ち止まる。
「こちらが勇者ユウキ殿だ。数々の戦場で“殺戮の戦鬼”と勇名を馳せた一騎当千の強者であり各地に出没した強大な魔物を討伐した救世の勇者殿だ。その後ろに控えているのは勇者の従者である伝説の大魔導師シオン殿だ」
トーア王の紹介に使者の代表と思しい女騎士がはっきりと値踏みするような視線を向けてくる。
短く切り揃えられた金髪に切れ長の蒼い瞳、きれいな鼻梁の線と桜色の唇がマッチした二十歳前後の美人だ。
体形はスリムで胸はいささか控えめである。
「勇者殿、こちらがレインディアの使者で第一王位継承者のルシア王女だ。レインディア王都騎士団の副団長でもある。レインディアに現れた“世界の危機”と思しき黒き魔物討伐の助力を仰ぐため勇者殿を訪ねてこられたとのことだ」
ルシア王女は視線を外さずに軽く会釈をした。
「お初にお目に掛かります。レインディアのルシアと申します」
「春日勇気だ」
短く返す。
「カスガユウキ殿ですか。トーア王は確か勇者ユウキ殿と仰いましたが」
「春日は家名だ。好きに呼べばいい」
「はい分かりました。早速ですが用件をお伝えしてよろしいでしょうか」
「構わない」
延々と社交辞令を続ける意味もないだろう。
「それでは述べさせていただきます。現在我がレインディアは“世界の危機”と思しき黒き魔物の脅威にさらされています。既にレインディアの極北に連なる山脈の麓の幾つかの村が黒き魔物に壊滅させられました。地方の騎士団が討伐に向かいましたがこちらも全滅したとのことです。ようやく事の重大性に気付いた地方領主より父王に救援要請が入り、王都騎士団二千が急遽現地に派遣されましたがまったく歯が立たず壊滅的な損害を受けました。事ここに至り黒き魔物を人の力の及ばぬ“世界の危機”と認め勇者殿のご助力をいただきたく参りました。どうか我がレインディアをお救いください」
「黒き魔物の種類と数は?」
「既知の猛獣の類に該当するものがなく種類は分かりませんが見た目は巨熊を遥かに越える大きさで人型の黒い毛むくじゃらな魔物です。毛で覆われた顔の奥の赤い双眸が怪しく光りその一撃は普通の家屋なら軽く吹っ飛ばすとのことです。百名の魔導士の魔法による攻撃もまったく通じず剣も槍も通らず王都騎士団も為す術もなかったそうです。数は現在確認されているのは一体だけです」
「シオン、何か分かるか?」
「神話ではないけれど過去数百年の間に何度か北方の山脈周辺で目撃談のある伝説の 雪男じゃないかな。体毛は白だったはずだし、ここまでの大きさじゃなく人より一回りぐらい大きいって話しだったけど」
今度はUMAかよ。
次にチュパカブラでも出てきたら怒るぞ、俺は。
「使い魔からの情報は?」
「今近くにいたヤツを向かわせている。二、三日中には何がしらの情報は分かるだろう」
俺は少し考え込む振りをした。
ルシア王女はこちらをじっと見ている。
そこに助けを求める媚びはなく俺の人となりや実力を探るような目であった。
国家の存亡が掛かっているのだから伝聞を鵜呑みにせず実像を見定めようとする姿勢は正しい。
「お助けいただけるなら私のこの身を差し出しても構いません」
「・・・どうしてそうなる」
「巷の噂ではシュルトの侵攻軍二万が王都に迫る国家存亡の危機をそちらのライザ王女が身を投げ出して懇願されたとのこと。それを受け勇者殿が見事シュルト軍二万を討ち破ったと聞き及んでいます。幸い私もそれなりの容姿に恵まれておりご満足いただけると思うのですが。もしご趣味に合わないのならば我が国の王侯貴族の子女の中からお選びくださっても構いません」
現在の噂ではシュルト軍二万を壊滅させた理由はそうなっているようだ。
俺はトーア王をジトっと見た。
トーア王は俺から少し目線を逸らしている。
今回の噂はトーア王の情報操作ではないのだろうが最初にトーア王が流した婚姻関係のデマ情報が一人歩きした結果だろう。
まったく余計な事をしてくれたものだ。
俺はルシア王女に視線を戻す。
ルシア王女の目は先程と変わっていない。
つまり俺を試している訳だ。
「非常に魅力的な提案だが不要だ。巷の噂も誰かが流したデマで俺はライザ王女に手を出してはいない。本当に“世界の危機”なら魔物討伐は引き受ける。それでいいか」
「はい、よろしくお願い致します」
ルシア王女は頭を下げたが警戒心は解いていないようだ。
しかし相手を探るために一国の王女が悪名も怖れず平然と操を掛けるとか豪胆ではある。
他にも色々と思惑があるのだろうが。
どこぞの直情傾向の王女も見習うべきだ。
そのどこぞの王女は父王の横で俺の不要との言葉にほっとした表情を浮かべていた。
「ですからあのような行き遅れ王女の甘言に惑わされてはいけません」
ライザ王女が力説していた。
「そー、そー、いいことは私としよう」
シオンが俺の肩にしな垂れかかる。
「色ボケ魔導師の誘惑に負けてもいけません!離れなさい!」
ライザ王女がシオンを引き剥がした。
王家専用馬車とはいえ狭い車内で暴れないでほしい。
侍女のアンナがライザ王女を宥めている。
俺達は今レインディア王国内をトーア王家専用馬車で移動していた。
先導はルシア王女以下三名の護衛騎士でその後をトーア王国の護衛騎士三十名に守られたトーア王家専用馬車が続いている。
あれからシオンの使い魔の偵察情報を元に 雪男の位置を特定し直ぐにトーアを発った。
トーア王国の見届け役としてライザ王女が同行している。
ルシア王女が堂々と俺を色仕掛けで籠絡しようとしたことに対する牽制である。
トーアとしては形だけでも勇者という一騎当千の戦力を擁しているという立場を崩したくないのだろう。
現在は 雪男を追尾している使い魔からの情報を元に進路予想を立て迎撃ポイントを決めそこに向かっているところである。
不幸中の幸いで二千の騎士や騎馬を喰らって満腹したのか 雪男の進行速度はゆっくりで次の犠牲はまだ出ていなかった。
しかしそれだけの量を数日で喰らう大食ぶりから考えるに人口百万人以下のレインディアなら多少のインターバルを挟んでも二十年程度で喰らい尽くされることになる。
当然 雪男に国境なんて関係ないから被害は大陸全土の人間に降りかかることになる。
人間側の攻撃が通用しない以上為す術はない。
これも“世界の危機”ではある。
しかしこんな大食の化け物が今までどこに潜み何を喰っていたのか謎ではある。
キマイラの時のように大量の黒い悪魔に遭遇しないことを祈るのみだ。
レインディアの極北にそそり立つ山脈が天を突くような高さになった頃迎撃ポイントの手前である緩やかな起伏のある雪原に到達した。
この辺りは夏でも降雪があるとのことで年明け間もないこの時期では深い積雪に覆われていた。
トーア王家専用馬車には耐寒・耐雪用の魔道具が充実しており車内の暖房と決してスリップしない車輪とかで悪路を進むのになんの問題もなかった。
意外にこの世界の魔道具も侮れない。
もっともここまで高性能だと一般庶民には手が出ない高価なものになるのだが。
しかしいくら高性能とはいえ魔物の襲撃には耐えられそうもないのでライザ王女一行はここで待機だ。
ここからは俺とシオンとルシア王女とその護衛達だけで進むことになる。
俺とシオンは徒歩でルシア王女達は騎馬に跨ったまま迎撃ポイントまで辿りついた。
遠く雪原の彼方に 雪男の黒い影が見えた。
こちらに向かってゆっくりと歩いている。
迎撃ポイントはどんぴしゃりだ。
俺達は騎馬に積んでいたトーアの鍛冶師に注文して突貫で作らせた装備を下して展開し、その他の準備も整えていった。
もっともルシア王女達はそれらがどのように使われるのか理解出来てはいない。
全ての準備が終わった時には 雪男が大分近づいていた。
レインディアとシオンの使い魔からの情報でかなりでかいとは聞いていたが想像以上の大きさだ。
象サイズのキマイラの数倍程度、三階建てマンションぐらいの大きさと考えていたがちょっとしたビル並みの大きさであった。
雪男というよりキングコングと呼ぶべきだな。
俺はあんな怪獣に立ち向かったレインディアの騎士達に素直に賞賛を送りたくなった。
「攻撃を始めるぞ!ルシア達は少し下がっていてくれ!」
俺はまず小手調べの普通の 火弾を放った。
射程を伸ばすため魔力を注ぎ込んで発射速度を増幅し標的まで届くようにした。
火弾は伸び上がるように 雪男に向かっていく。
狙い通り命中すると見えた瞬間 雪男が体を躱して避けた。
あの巨体で信じられないような運動能力である。
雪男はこちらに気付き猛然と突進してきた。
火裂弾
巨大な火球を生み出し 雪男の上空に撃ち出す。
上空で火球が弾け無数の 火弾が 雪男周辺にばら撒かれた。
流石にこれは避けようもなく十発ぐらいは当って弾けるがまったくダメージを受けた様子もなくそのまま突っ込んでくる。
超火弾 発射!
ヤツの頭ぐらいの巨大で超高熱な 超火弾を放つ。
ヤツは当たる寸前に最初の 火弾と同じように横っ跳びで躱そうとした。
追尾!
超火弾がククッと曲がり 雪男を追尾し命中した。
膨れ上がる業火が 雪男の巨体を包み込んだ。
「やったか!」
ルシア王女が期待を込めて叫んだ。
あ、言っちゃうの、その禁句。
その途端爆炎を掻き分けるように 雪男が現れた。
まったく無傷だ。
無茶苦茶な火炎耐性か火炎無効化なんてファンタジー能力でも持っているのかもしれない。
「ば、バカな・・・」
ルシア王女がテンプレ台詞を連発している。
早死にしそうだ。
ここで死なれると俺の責任になりそうだから止めてほしい。
とはいえここで犠牲を出すつもりは更々ない。
更に近づいてきた 雪男に向けて準備していた仕掛けを立ち上げる。
雪を魔力で押し固め成形した巨木のような筒が起き上がり先端をヤツに向ける。
後端に魔力で押し固め成形した人ひとりの身長分の直径の大きさの流線形の砲弾をセットしその後ろに手を当て爆発的な魔力を叩き込む。
砲身自体は予め魔力譲渡してあるシオンが魔力で維持していた。
俺が自分の身体より大きい砲弾を持ち上げたのを見てルシア王女達が引いたのを気配で感じる。
魔力を装薬として内側に施条が刻んである筒を抜け砲弾は一直線に 雪男に向かっていった。
見たままの雪で作った大砲である。
砲弾は高速で飛んでいくがヤツは軽く横に躱した。
俺は次々と次弾を装填し発射する。
チラリと躱した砲弾が雪原で弾けて只の雪に戻るのを確認するとヤツは初弾以降は避けることすらせず突っ込んでくる。
雪の砲弾は空しくヤツの身体に当たって砕けていった。
が、突如ボクッと生肉を鈍器で叩いたような音がして 雪男の身体が後ろに吹っ飛ばされた。
俺は照準を調整しヤツが起き上がろうとする度に次弾を命中させていく。
体勢が立て直せないヤツは後ろにゴロゴロと転がっていき辺りに雪の砲弾が砕けて中から出てきた砲弾よりやや小さい岩石が散らばっていった。
俺が雪を押し固めて大砲や砲弾やその他の仕掛けを作って露出させた地面から土魔法を使って集めた岩石である。
名付けて良い子は真似しちゃいけません攻撃。
雪玉に石を仕込むアレである。
準備していた砲弾を全て撃ち尽くし砲撃が途絶えヤツはゆっくりと立ち上がった。
身体中に小さい赤黒い点がついていた。
僅かに出血して血が滲んでいる。
最初に岩石砲撃が命中したところだけ赤黒い点が少し大きいがヤツの突進してきた速度に砲弾の速度が加算されてダメージが大きくなったということである。
あれだけの巨体であるためどのみち致命傷にはほど遠い。
だが打撃攻撃が有効なのは確認出来た。
雪男は怒りに震えながら一歩一歩雪原を踏みしめ進んでくる。
既にヤツは目の前に迫っていた。
俺は最後の仕掛けに乗り込んだ。
当初予定していた遠隔操作はなしだ。
ヤツの運動能力が想定より高いため止むを得ず直接操縦することにした。
俺は人型のスノーゴーレムを立ち上げた。
雪男に匹敵する巨体である。
ヤツは一声咆哮を上げると自分と同等の大きさのスノーゴーレムに怯みもせず突っ込んできた。
俺はスノーゴーレムの両手をトンカチ形状にして殴り掛かった。
ヤツはそれを躱し俺が乗り込んだ胴体辺りをカウンターで殴った。
スノーゴーレムの胴体を突き抜けるが俺の姿はそこにはない。
制御中枢は俺自身でスノーゴーレム自体は単なる雪の塊なんだから俺が定位置に留まる必要はない。
ヤツはスノーゴーレムの頭部に当たる部分を殴りつけるが又ボクッと音がしてヤツ自身の拳がひしゃげて赤黒く染まっていた。
頭部の必要のないスノーゴーレムに何故頭部があるのかといえばそこに大岩を仕込んでいるためであった。
俺は拳のダメージで一瞬動きの止まった 雪男に両腕のハンマーを叩きつけた。
雪のハンマーはヤツにダメージを与えることもなく砕けるがそこに大岩はない。
その代わりトーアの鍛冶師に作らせた鋼線をより合わせたワイヤーが仕込まれておりそれがヤツの身体に巻きつきスノーゴーレムに固定した。
俺はそのままスノーゴーレムでガンガン頭突きを噛ます。
ヤツは大きく仰け反る。
俺は頭突きを続ける。
周囲に赤黒い血が飛び散り雪原を汚していく。
雪男の頭部は変形していきやがて頭蓋がぱっかり割れた。
そこから黒い液体状の物体がこちらに向け飛び出してきた。
やはり例の寄生生物に憑つかれていた。
スノーゴーレムの魔力制御を瞬時に解き股下から雪を跳ね除け俺も飛び出し 火弾を黒い寄生生物にぶつけた。
黒い寄生生物は燃え上がった。
サンプルの実験結果から宿主から離れ露出した状態なら 火弾で十分焼き尽くせることが分かっている。
雪男の巨大な頭部に合わせキマイラに憑ついていたものより遥かに大きい黒い寄生生物は伸びたり縮んだりしてもがきながら雪原の上をのたうち回っていたがやがて燃え尽きた。
「終わったのですか?」
ルシア王女が駆け寄ってきて俺に確認する。
シオンは 雪男の亡骸を確認している。
「ああ、一応な・・・」
俺は極北にそそり立つ広大な山脈に目をやりながら答えた。
人斬りメインで時々魔物討伐で考えていたのにいつの間にか魔物メインに。
次こそは・・・。