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異世界無双血風録  作者: 大五郎
第4章 トーア王国帰国編
6/119

5 黒い魔物

この章は苦手と思った人は飛ばしてください。


新世歴216年12月、南方の大国シュナの王都を襲ったクラーケン災禍とシュナ・トーア連名で発せられた“世界の危機”の声明と併せて異世界人召喚の真実とクラーケン討伐を行った殺戮の戦鬼が勇者で世界を救う者であるという宣言は人々を驚愕させた。

世界は新たな激動時代を迎えることになる。




夜になって奴らは街を襲ってきた。

街を囲む城壁は僅かな足止めにもならず乗り越えられ奴らは街の中になだれ込んできているようだ。

外では奴らの移動する音が聞こえる。

やがて壁や屋根からも音が聞こえてきた。

私は家族と一緒に家の中で身を寄せ合って震えていることしか出来ない。

街を守るはずの騎士や警備兵達は脱出することを選んだ人達と共に既に街を出ている。

父は街を捨てる人達を薄情者とか臆病者とか蔑んで残ることを選んだ。

しかし今の恐怖に震え顔を引きつらして蒼白にしている様子からはかつての威勢のよさは微塵もなかった。

「あなた・・・、やっぱり逃げた方が・・・」

母が小さく声を掛ける。

「お前だって反対しなかったじゃないか」

父の声には後悔が滲んでいた。

今になって後悔するなら下手な自尊心で街に残らなければよかったのだ。

奴らを甘くみていたこともあるだろう。

避難後の未知の生活に怯えて一歩を踏み出す勇気がなかったのもあるだろう。

今となっては全てが遅過ぎる。

出来る限り防護はした。

後は身を縮こませて奴らが通り過ぎるのを待つしかなかった。



オレはコソ泥だった。

昔は家具職人の見習いだったが賭博と酒と女で道を踏み外して空き巣狙いまで落ちぶれた。

見習い仲間に連れられて行った賭博場で大勝ちしたのが悪かった。

その金で酒と女に溺れた。

賭博も最初のような大勝ちはなくずるずると負けが込んでいって家族や回りに借金をして偶に勝った時は酒と女に散財した。

やがてオレに金を貸すヤツもいなくなって仕事も首になり家族からも絶縁され路頭に迷った。

オレは人の懐を狙うようになった。

置き引き、引ったくり、なんでもやった。

実入りが悪く金がありそうで住人が少なそうな家に空き巣に入ることを覚えた。

ある日留守だと思った家に忍び込んだら何故かババアがいて騒がれたから殴ったら動かなくなった。

オレはその場を急いで逃げ出したが近所に住人に取り押さえられ街の警備兵に引き渡され詰所の地下監獄にぶち込まれた。

このままじゃ死罪は免れない。

幸い昨日の昼から見張りも見回りもなかった。

オレは忍ばせていた糸ノコで根気よく鉄格子を切っていた。

逃げてやる、逃げ延びてやる、老い先短いババアを殴っただけで死罪になって堪るか。

オレは賭博で大賭けした時より遥かに高い集中力で糸ノコを引いていた。

周囲の牢屋からオレと同じ囚人達が出られたら自分達も助けてくれと口々に叫んでいたが構ってはいられなかった。

後少しで断ち切れそうになったところで奴らが現れた。

この辺りでは見慣れたモノだがオレは恐怖で引きつった。

そして・・・。




クラーケンを倒して二ケ月、俺は旅路にあった。

あの後、ライザ王女の仲介で会ったシュナ王は小太りの見た目人の良いおっさん風であったが食えぬタヌキでもあった。

“世界の危機”の声明をトーアと連名で出すこと、異世界人召喚の真実と俺が勇者であるという宣言にはにこやかに了承してくれた。

王宮からでもクラーケンの脅威は見えていただろうしそれを倒した俺の力は今後とも味方につけて損はないと判断したのだろう。

了承と同時に俺が築いた防波堤の改良と破壊された港湾周辺の修繕という名の新規造成工事を『依頼』された。

正式にはクラーケン討伐の報奨金と合わせて報酬を支払うとのことだったが勇者の名声を高めるため今回の災禍で被災し家を失って路頭に迷った者や家族を亡くした者達に対する見舞金に回せないかとの提案もあった。

社会保障制度のないこの世界において他の国はともかく海運業を中心に商業で栄えているこの国では金持ちは貧者に施しを与え信用と尊敬を集める慣習がありケチ臭い金持ちは信用されず軽蔑されるとのことだ。

今回のような災禍の場合、復興事業で儲けた者は被災者に援助することで名声を高めることが出来るが援助しなければ災禍の被害による社会的不満の矛先にされかねない。

今後の世界の危機に対応することを考えればここで更に悪評を増やすよりも勇者としての名声を高めていた方が活動しやすいのは間違いない。

それに『俺が起こした』津波によって沈んだ船舶や積荷の賠償や港湾施設の再建費用で王国の国庫を圧迫しているのも事実なので俺も被災者支援に金を回さざるをえなかった。

放っておけば船舶については最初の数隻以外の船舶もクラーケンに沈められていただろうが実際に手を下した以上気分の問題もあった。

その辺の俺の甘さを読んでの提案でもあったのだろう。

俺がトーア軍奇襲部隊を壊滅させた経緯やクラーケンに襲われていた子供を助けたことも掴んでいるのかもしれない。

食えぬタヌキである。

仕事には直ぐ入った。

急造で築いた防波堤については今後の津波対策を施し海水や雨水が染み込んで崩れないよう表面を魔力で押し固めて硬化させた。

試しに騎士に鉄剣を全力で突かせたところまったく刃が立たなかった。

俺が元の世界に帰った後の改修工事についてはどうするのか関知しない。

後、河川に水門をつけられるよう土台を設置しておいた。

水門そのものについては面倒見きれないので王都の職人任せである。

ここまでを一日足らずで済ませた。

次に港湾周辺の修繕という名の新規造成工事についてはクラーケン災禍の時には魔力を節約するため切り捨てた港湾部も防波堤を追加して囲み船舶の出入り用の水門と灯台の土台の設置までは先の工事で済ませていたが港湾内部については港湾関係者の意見を取り入れ接岸部や施設の拡充を考慮に入れた港湾設計に一週間程度掛かったが造成工事自体は同じく一日足らずで済ませて土木工事から解放された。

人足を使い普通に土木工事をしたら数年の期間と莫大な費用が掛かっただろう。

御役御免となった俺はライザ王女の帰国に合わせて護衛としてトーアに向けてさっさと出立した。

これ以上シュナの王都に留まれば他の土木工事に駆り出されかねなかったからだ。

先の声明と宣言にはライザ王女がシュナ王と折衝したり大使館の通信用魔道具を通じて本国のトーア王の了承を得たりと深く関わっており俺を怨敵と狙うシュルトに睨まれているため襲撃等に備え護衛につくという表向きの理由もあった。

因みに婚姻や領地の件についてはトーア王から撤回の申し出があった。

流石に異世界に帰る予定の者に王女も領地も任せる訳にはいかないようである。

女騎士も含む三十名の護衛が随行した王女一行の帰路は街道に沿って山岳地帯を大きく回り込む広く緩やかな道を選択しており王家専用馬車には俺も同乗していた。

当然勇者の水先案内人であるシオンも同行していた。

既に国境も過ぎトーア領内に入っていたため王家専用馬車を見かけた道行く人々が立ち止まり頭を垂れて通り過ぎるのを待つ。

同乗している俺は注目される少し気恥ずかしさと往来を邪魔していることに罪悪感を感じていた。

ライザ王女と同じく同乗しているシオンは平然としたものである。

かなり壊れているとはいえ元々一般人の感性を持つ俺は貴人扱いに慣れていないのである。

暫く進んでいくと前方より砂塵を巻き上げ近づいてくる騎馬が見えてきた。

護衛達に緊張が走るが相手が一騎であること、トーア軍伝令の正規の軍装をしていることからやや警戒度を下げ待ち受けた。

「ライザ王女御一行と御見受けする!同行されている勇者様にトーア王より至急お知らせすることがあり伝令に参りました。お取次ぎ願いたい!」

王命と聞いて護衛騎士達が騒めく。

先の戦役で戦力を大きく削られているとはいえ先の声明と宣言に激発したシュルト軍の強襲の可能性もあったからだ。

「用件を聞こう」

俺は用心のためライザ王女には馬車の中に留まるように指示をして馬車から降り応じた。

「国境である山岳地帯のここからほど近い山裾の街が無数の黒い魔物の群れに襲われているとのことです。現地駐屯の騎士達は応戦不可能と判断し住民の大部分と共に脱出しました。勇者様には至急現地に向かい黒い魔物の討伐をお願いしたいとのことです」

「魔物の種類と特徴は?」

「申し訳ありません。伝わっておりません。只現地に向かえば分かるとのことです」

「シオン!使い魔を現地に飛ばすことは出来るか?」

「今、控えの一匹を向かわせている」

前回のクラーケン戦は夜間であったため、夜目の効かない鳥類のシオンの使い魔は使えなかったが今回は役に立つだろう。

しかしシオンは現地に使い魔が到着したと報告した後は顔色を青くして黙り込んでしまった。

「おい、そんなに恐ろしい相手なのか?」

クラーケンの本体を見ても飄々としていたシオンをここまで怯えさせる魔物とはいったい?

「・・・現地に行けば分かる。取り敢えず街の周辺からは動いていないので焦る必要はない。体力や気力の温存も兼ねてこのまま馬車で向かおう。こんな討伐依頼してきたことをトーア王族の一人であるライザ王女にも連帯責任として立ち会ってもらおう。いざとなれば馬車でも十分逃げ切れる相手だし脅威度も油断は出来ないが低い」

要領を得なかったが脅威度も低いとのことなのでそのままライザ王女一行と現地に向かった。


「こ、これは・・・、俺には勝てない」

俺はガックリと膝をつき両手で大地を掴んだ。

俺達は山裾の街を見渡せる丘陵に辿り着いていた。

街とその周辺は黒い魔物に埋め尽くされていた。

もの凄い数だが数の問題ではない。

いや数も問題だがなによりも・・・。

「黒い悪魔じゃないか。あんなもの、俺にどうしろっていうんだ!」

俺は絶叫した。

そうあれは黒い悪魔、元の世界でも人類より永い期間生存競争を生き抜いてきた猛者、ゴ○ブリだ。

軽く数十万、下手をすれば数千万匹はいるゴ○ブリが街とその周辺で蠢いていた。

シオンは目を逸らしている。

ライザ王女はあっさり気絶した。

幸い今回は失禁しなかったようだ。

気丈な侍女は顔を青くしながらも王女を馬車に連れ戻り介抱している。

護衛騎士達は馬車を囲んで周囲を警戒しているようだが微妙に実際の脅威からは目を逸らしていた。

街から逃げてきてそのまま監視任務を押し付けられた平民出の警備兵達が心配そうに俺を見ている。

彼らにとっては俺が街を救える最後の希望だったのだろう。

しかし俺は殺虫業者でも何でも屋でもねぇ。

どうせなら専門家を召喚しろ!

俺はブチッとキレた。

「・・・フフフッ、やってやる。やってやるよ。超火炎魔法で地獄の業火を見せてやる。この辺一帯岩石も融けるぐらいの超高熱で焼き尽くしてやる。汚物は消毒だ!」

俺はゆらりと立ち上がった。

核融合ニュークリア・フージュン・・・。

「わー、待った!待った!早まるな!」

「お待ちください!街にはまだ家屋に立て籠った住民の生き残りがいるかもしれません。どうか!」

シオンと警備兵がただ事ではない俺のもの言いに慌てて押し留める。

確かにこの魔法だとこの辺一帯どころかトーアとシュナの大半が壊滅状態になるだろう。

当然ここにいる俺達も死ぬ。

俺はスーハー深呼吸をして気を落ち着けた。

「・・・じゃあどうしろって言うんだ。普通の火炎魔法では幾ら超特大のものでも奴らを殲滅なんぞ出来ないぞ。必ず数匹は生き残る。たとえ成体を全滅させることが出来ても卵がどこかの隙間にでも残っていればそこから再増殖を始める。街の生き残りに気を使っていれば尚更完全殲滅なんて不可能だ」

「何も全滅させなくてもある程度まで数を減らしていただければ・・・」

警備兵が常識的な意見を言った。

「シオン!世界の危機回避の達成条件は?」

「・・・敵全ての死亡か、この世界からの完全排除だ」

「あれが本当に世界の危機なら完全殲滅しかないってことだよな」

「ああ、その通りだ」

「中途半端に数だけ減らして当面の脅威だけ回避しても意味がないってことだよな」

「ああ・・・」

「じゃあどうしようもないじゃないか!」

「大丈夫だ!勇者召喚魔法は世界の危機に対応出来る勇者を呼び出している。必ず方法はあるはずだ!多分・・・」

多分ってなんだよ、多分って。

シオンの返答に不満を覚えながら俺は対処方法を考え始める。

勇者召喚魔法は世界の危機に対応出来る勇者を呼び出す。

新たな召喚を行ったとしてもそれを命じた俺が贄として死んでしまうから意味はない。

まさしく呪いのような召喚魔法だ。

ん?召喚魔法の贄?

「シオン、召喚魔法の贄は対象を変えられないのか?それと召喚されるのは生き物じゃないといけないのか?」

「どういうことだい?」

「この召喚魔法の贄は本人の了承も拘束の必要も術者が手を下す必要もない。ならば目の前のこいつら自身を卵も含めて全て贄に出来れば問題は解決だ」

「贄の対象をこいつら自身と卵に変えることも召喚対象を生き物じゃなく無生物にすることも可能だ。ただし一匹二匹ならともかくこの数全てとなると術式の起動だけでも厖大な魔力が必要になるし召喚される対象物には召喚目的と関係性が必要になる。これまでの例では魔王を倒すための勇者とかだな。物なら魔王を倒すことの出来る聖剣とかでないと無理だ」

「魔力の譲渡は可能か?無理なら俺自身が術式を覚えて使うという手もある。内容を理解していない魔術師どもでも使えたんだ。術式を生み出した本人が使い方だけでも教えてくれるならなんとかなるだろう」

「お前から魔力を譲渡してもらうことは可能だ。今回は初めての試みで術式を臨機応変に細かく調整する必要があるから私がやった方がいいだろう。しかし召喚対象物との関係性はどうする?」

俺は召喚対象物の関係性と使い方についてシオンに話した。

「・・・それなら可能かな。やってみよう」

シオンは俺の右手を自分の左手で握り締めた。

「まずは譲渡してもらうための魔力の 経路(パス)を通す。なるべく私に心を開いて繋がった姿を想い描いてくれ。私と性交している姿でもいいぞ」

「ぶッ」

俺は噴き出した。

「真面目にやれ!真面目に!」

「ハハハッ、分かった、分かった。でも緊張は少し解けたろう。緊張されて心に壁を作られては繋がるものも繋がらん」

「・・・」

俺はシオンの柔らかい手を握り直して心をリラックスさせた。

そして心を開いてシオンと一つになるイメージを想い浮かべる。

性交まではいかずとも互いに 抱き合っ(ハグ)ているイメージだ。

やがてシオンの手から暖かい何かが俺の右手に流れ込んできた。

そして俺の身体を循環している魔力に少しずつ触れてくる。

ある程度繋がりが出来たところで魔力がその 経路(パス)に流れ出していく。

「あッ・・・」

俺は気持ち良い虚脱感に思わず吐息を漏らした。

魔力の流れ出す量が増えれば増えるほど気持ち良い虚脱感が高まっていく。

まずい!気持ち良過ぎる。

俺は必至に快楽の波に溺れないように耐えた。

快楽の波に溺れてしまえば自分の全てを相手に喜んで捧げ消えてしまう予感があった。

だが魔力の流れ出す量は次第に減っていきやがて途絶えた。

快楽の波に怪しくなっていた視界が戻ってきてシオンの精気溢れたツヤツヤした顔が目の前に見えた。

「どうだい?気持ち良かっただろ?普通の魔導師なら快楽の波に溺れて死ぬまで私に魔力を注ぎ込み続けるのだが流石勇者様だ。溺れるまでいかないとは」

「・・・先に言っとけ。俺を殺す気か」

「大丈夫だよ。勇者の厖大な魔力を全て受け入れられるほど私の器は大きくない。今もこれで限界さ」

「それで術式を起動するのに足りそうか」

「十分だ。見てろ」

シオンは右手を開いて街周辺に蠢く黒い悪魔達に向けた。

その手がフラッシュするように光り黒い悪魔達も光始めた。

黒い悪魔達を包む光は蠢く黒い塊を越え広範囲に広がっていく。

「・・・思ったより広がっていたようだな」

いつの間にかその上空に巨大な光り輝く魔法陣が展開されておりそこから緑の液体が街とその周辺に糸を引く様に滴り落ちてくる。

ここからは俺の出番だ。

俺は握ったままのシオンの左手の 経路(パス)を通じて魔法陣に、魔法陣から緑の液体に魔力を通していく。

さっきのされるがまま魔力を吸収されたのと違って今度は俺がしっかり制御した状態でシオンの内側を蹂躙していく。

シオンは最初ビクンと震えたがその後は平静を保っている。

流石は伝説の魔導師様だ。

快楽か苦痛かその両方かは分からないが剥き出しの神経を直接触れているような感覚に耐えている。

俺は緑の液体の方に魔力的触感を集中させた。

俺の魔力が隅々まで行き渡り接触しているものの感触がフィードバックされてくる。

呑み込まれもがきながら窒息していく無数の黒い悪魔の感触を受け取りながら更に魔力を注ぎ込む。

緑の液体は俺の魔力でスライムのように動き出し呪いの誘導で着実に逃れようとする黒い悪魔と僅かな隙間に産み付けられた卵鞘に内包されている卵を狩り出していく。

薄くなって広がっていく緑の液体は黒い悪魔を補足し気門まで辿り着き次々に窒息させていく。

卵の方は卵鞘ごと圧力を掛けてプチプチと潰していく。

俺はその身の毛がよだつ感覚に苦悶しながら殲滅を続けていく。

戦奴時代に恐怖に対するリミッターが壊れていなければ発狂していたかもしれない。

「あ、あれは何ですか?」

先程俺を押し留めた警備兵が答えを余り期待せずに聞いてきた。

俺はむしろ気を少しでも逸らすために答えた。

「あ、あれは俺の世界の食器洗い用液体洗剤さ・・・。奴らの気門を塞ぎ窒息させることが出来る・・・。液体なら水魔法の応用で比較的制御も容易だ・・・。感覚が繋がっているし動きも制御出来るから街に生き残りがいれば避けることも出来る・・・」

「生き残りはいますか!」

あれら全てに感覚が繋がっているとの俺の言葉に顔を恐怖で引きつらせながら懸命に聞いてくる。

親類縁者か知り合いでも残っているのかもしれない。

「・・・地下の囚人達は口や鼻、穴という穴に潜り込まれ窒息して死んでいるようだ・・・。幾組かの家族も同様だ・・・。目張りをしっかりやっていた家の住人はやり過ぎて酸欠で死んでしまった家族以外は生きているようだ・・・」

「そうですか・・・」

生死が分かれているため安易に喜べないといった顔だ。

液体洗剤が街の周辺部の清掃が終わった後、黒い悪魔の群れを伝って山側に流れていき山腹に開いた洞窟に到達していた。

どうやらここの蓋になっていた岩石が崖崩れで押し流されて黒い悪魔が外界に溢れたのだろう。

正統派の異世界ものならここから調査のため 迷宮(ダンジョン)探索ものになるのだろうがそんな面倒なことはしない。

中に何がいようと構うことはない。

纏めて溺死させてやる。

俺は街とその周辺部の黒い悪魔の死骸と潰した卵を液体洗剤で洞窟にどんどん流し込んでいった。

洞窟の中にも無数の黒い悪魔と卵があったが全て同様に処置していく。

洞窟の最奥に達しそれに行き当った。

数十匹の象ほどもある巨大な獣。

液体洗剤が洞窟内に充満するよりも早く物凄い速さで出口に殺到してくる。

黒い悪魔の殲滅が終わったのだろう、液体洗剤が淡い光を発しながら徐々に消えていったが巨大な獣達の突進は止まらない。

術式に送還魔法が組み込まれていることを確認しながら制御から解放された俺は全力で洞窟に向かって走った。

黒い悪魔と一緒にゴミも一掃されてきれいになった街の路上を抜け走り続ける。

洞窟が視認出来る距離まで近づいた時巨大な獣達が外に飛び出してきた。

獅子の頭に羊の胴体で尻尾は蛇、体色は真っ黒だ。

『キマイラだ』

一匹のツバメが俺の肩に空から舞い降りてとまりシオンの声を伝えてくる。

シオンの使い魔だ。

『神話の時代に滅びたとされる魔獣だ。神速で走り雷撃で敵を焼き尽くし鋭い牙は岩をも砕くと伝説にはある。但し体毛は焦げ茶だったはずだがな。神話の神々の戦いを洞窟に籠って凌ぎ永の年月を生き延びてきたのだろう』

「こっちが本命か。つまり黒い悪魔は・・・」

『こいつらの只の餌だろう。あれだけの巨体だ。維持するだけでも厖大な餌が必要になる。外界に出てきた以上、豊富な餌を喰らって増えていけばこの世界の全ての生き物を喰い尽くしかねない。伝説にあるように強力な能力を持っているなら人には太刀打ち出来ない。正しく世界の危機、勇者の出番ということだ』

しかし俺は只の餌以降の話しを聞いちゃいなかった。

「そうか、そうか、俺が黒い悪魔に触り舐め飲み込み内臓を這い回られる感覚を味わったのにそれが全く無駄な手間だった訳だな。只の黒い悪魔なら無理に全滅させる必要もなく適当に数を減らして蹴散らせば済んでいた訳だ。このやり場のない怒りは全部貴様らにぶつけさせてもらう!」

俺は距離を取って立ち止まりキマイラ達にビシッと指を突き付けた。

奴らも俺を見つけて唸りながらゆっくりと近づいてくる。

足元の洞窟に押し込め損ねた大量の黒い悪魔には見向きもしない。

俺の方が美味そうに見えるのだろう。

俺は大地に両手をつけ土魔法で奴らを挟み込むように垂直な高い壁を隆起させる。

奴らは俺に向かって全力疾走を始めた。

俺は足元も垂直な高い壁を隆起させ挟み込んでいる壁の出口を塞ぎこちらから出られないようにした。

壁の上に立ち奴らを見下ろす。

奴らもこちらを睨みつけるが垂直な壁は登れないようだ。

代わりに雷撃を放ってくる。

予想はしていたので奴らが発射体勢の素振りを見せた時点で壁の死角に引き下がった。

壁に当たった雷撃の火の粉が奴らに降り注ぎ黒い悪魔の死骸に引火した。

危険を感じた奴らは一斉に山腹方向に全力疾走を始めた。

「逃がさん」

超火弾スーパーファイヤーボール 発射(シュート)

魔力を注ぎ込んで挟み込んでいる壁の幅ほどもある巨大で高熱になった 超火弾スーパーファイヤーボールを奴らの逃走方向に撃ち込んだ。

そちらも黒い悪魔の死骸を燃料にして激しく燃え上がる。

退路も塞がれ進退窮まった奴らは燃え盛る 超火弾スーパーファイヤーボールの中に突っ込んで一瞬にして炭化するもの壁を引っ掻いてなんとか登ろうとするもの壁に体当たりして壊そうとするもの地面に穴を掘って地下に逃れようとするものといずれも炎に巻かれて息絶えていった。

「ワハハハッ、死ね!死ね!死んでしまえ!」

俺は嘲笑した。

「それでは勇者ではなく悪者だ」

騎馬でやっと追いついてきたシオンが俺の隣に立って窘めた。

「元々殺戮の戦鬼と呼ばれていた身だ。気にしないさ。それに勇者であれ悪者であれ敵を殲滅する者なら本質は変わらない。道徳的な仮面を被って殺戮を繰り返す勇者なんて偽善もいいとこだ」

「しかしこれ八つ当たりだろ。ここまでする必要があったのか?」

「笑っていたのはその場のノリだ。こいつらあの巨体で俺と同等の運動能力を持っていた。まともに正々堂々近距離戦を挑んでいたら数の差であっさり俺が殺られていただろう」

「そうか。しかしこいつら全て焼き尽くす気か?一匹ぐらいサンプルとして残しておいてもらいたいのだがね」

「分かった」

俺は両側の壁を全て崩して鎮火した後、比較的原型を留めている個体を地面の中から押し出し俺達が立っている位置まで運ぶ。

炎が燃え盛っていた場所は近づいただけで自然発火しそうなほど高温のためキマイラの死骸の方だけこちらに運んだのだ。

シオンが近づき短剣で腑分けを始めた。

腹部を切り開いて暫く調べた後、獅子の頭部を切り開いた。

すると頭蓋の中から脳ではない黒い液体状の物体がシオンの顔目がけて飛び掛かってきた。

俺は剣の平をそいつとシオンの間に割り込ませて払い除けた。

そいつは地面でバウンドすると今度は俺に飛び掛かってきた。

俺は又剣の平で受けるが同時に土魔法で御椀を作りその中に叩き落とし素早く土で蓋をして御椀全体を魔力で押し固めて強度を増した。

「こいつがキマイラの脳って訳じゃないよな」

「多分」

「ならこいつが強力な個体に取り付き脳に寄生して身体を操り黒化・凶暴化させているということか。つまりコイツが世界の危機の正体?」

「このサンプルを詳しく調べてみないと断定は出来ないが多分そうだろう」

「こんな寄生生物の情報はあるのか?」

「全くないな」

世界の危機について目星がついただけでも良しとするか。

「因みに君が嘲笑している姿を警備兵に見られているんだが口封じしておくかい?」

俺はクルリと後方の警備兵の方に振り向いた。

そこにはシオンの『口封じ』という台詞に顔を引きつらせている警備兵達の姿があった。

「あー、警備兵の諸君。街の脅威は去った。黒い悪魔は俺が水魔法で押し流した。諸君らは空に奇妙な魔法陣は見なかった。洞窟から現れたキマイラ達は俺が正々堂々討ち果たし、その哀れな骸に同情の涙を流した。そういうことでいいね?」

「はい、分かりました・・・」

俺と違ってたいして働いてもいないのに疲れたような返事が返ってくる。

「声が小さい!あ、それと今回の件で根も葉もない変な噂が流れたらある日突然街が土の下になっていたなんてことが起こるかもしれないから注意してね」

「はい!分かりました!」

顔は疲れた表情のままだが今度は元気な声が返ってきた。

これで一件落着だ。

いやー、勇者って気を遣うね。

俺はトントン肩を叩きながらシオンを引き連れライザ達が待つ馬車の方に戻っていった。


今回、ライザ王女の出番は気絶だけ。

このままフェードアウトするかも。

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