3 交渉
主人公は暴虐無人(誤)♪
新世歴216年5月、トーア侵攻のため旧ラード国境近くに集結しつつあったシュルト軍に奇襲攻撃を仕掛けるべく国境に展開していたトーア軍一万を殺戮の戦鬼が壊滅させたことにより戦局は大きく動くことになった。
トーア軍一万が無為に壊滅したため無傷のシュルト軍三万がトーア領内に侵攻を開始したのだ。
トーア側はやむなく残存兵力二万で正面から迎撃にあたることになった。
両軍の激しい激突は最初の内、拮抗していたがやがて数の差で勝るシュルト軍が優勢となり一旦戦いの天秤が傾くと数で劣るトーア軍は加速度的に損害を増やしていき最後は壊滅して防衛戦は幕引きとなった。
シュルト軍も戦力の1/3を失ったが残り二万の兵力を騎馬隊として取り纏めトーアの王都に向けて進撃を開始した。
国境の防衛に兵員を供出したためトーアの王都に残る戦力は王都近くの王都防衛軍駐屯地と王城を守る近衛兵を合わせても五千程度しかならずトーア王国の命運は尽きたかに見えた。
「敵シュルト軍は後三日程度で王都に到達の予想です」
城内の一室でトーア王は数人の重臣達と共に状況報告を聞いていた。
戦況は非常に不味い。
4倍の兵力差、王国内に散らばる兵力を王都に結集するべく通達しているが後三日では到底間に合わない。
同盟国であるシュナからの援軍も同様だ。
「そもそも奇襲攻撃軍は何故“殺戮の戦鬼”に攻撃を仕掛けるようなバカな真似をしたのだ」
重臣の一人が無意味な非難を口にした。
「報告ではこちらから攻撃を仕掛けたのではなく“殺戮の戦鬼”から挑まれたとのことです」
参謀がバカ正直に訂正する。
「だとしてもだ。敵の出鼻を挫く大事な作戦の最中にそんな無駄な戦いを何故行う。シュルト軍の大軍をたった一人で幾度となく壊滅させたヤツだぞ。勝算なぞある訳もなく勝てたとしても作戦の継続が不可能なほど損害を受けるのは分かり切っておる。現に奇襲攻撃軍は壊滅したではないか」
「しかしあの状況では避ける術もなく、迎え撃つしか手がなかったと思われます」
「だがその結果として現在のわが国の苦境があるのだ」
他の重臣達からも賛同の声が上がった。
「今はそんな責任追及をしている時ではない。いかにして現在の苦境を凌ぐか、それを考えよ」
王がその声を抑えた。
それは皆も分かってはいるのだろう。
しかし八方塞がりのこの状況では不満の矛先が原因に向かってしまうのもやむえないことだった。
「王城で籠城している間に各地の戦力を糾合してシュルト軍を叩く。それしかない」
「4倍の兵力差だぞ。各地の戦力が集まるまでもつ訳がないだろう。火攻めでもされたらあっという間だ」
「だといって他に方法がないだろう」
「一旦王都を放棄したらどうだ?陛下さえ無事ならいくらでも巻き返しがきく」
「それでは王国各地の諸侯が離反しかねない。王都に在ってこその王だ。現にラード国の諸侯はラード王が討たれた際運良く生き延びた王太子をシュルト軍侵攻によって王都から離れた途端見限ってあっさりシュルトに降り王太子を差し出し処刑させたであろう。その二の舞を踏むのは御免だ」
王はその提案を却下した。
「しかし・・・」
「失礼します。至急のご報告があります!」
空転する議論を重臣達が更に続けようとするがいきなり扉が開け広げられ近衛兵が慌てた様子で入ってきた。
「現在、王城が襲撃を受けております」
「な、なんだと。シュルト軍の奇襲か?敵の数は?」
「敵は一人です」
その返答に王も重臣達も呆気に取られた。
「そんなもの。さっさと討ち取ってしまえ」
「それが・・・、敵は“殺戮の戦鬼”と名乗り陛下との交渉を求めており既に王城の正門は突破され現在近衛兵が応戦しておりますが全く歯が立ちません」
「な、なんだと!間違いないのか?」
「あの目にも止まらぬ速さ、身のこなし、盾ごと甲冑を叩き斬る膂力、正しく“殺戮の戦鬼”そのものです」
正規兵には与太話ではなく正確な情報が伝わっているようである。
「なんだと!ヤツはなんの恨みがあって我が国に攻撃してくるのだ。まさかシュルトと手を組んでいるのか?」
「まさか、ヤツが一番シュルトの兵を殺しているのだぞ。シュルト側にとって“殺戮の戦鬼”はいわば不俱戴天の仇。手の組みようがないはずだ」
「しかしラード王城を壊滅させラード陥落の原因を作ったのもヤツだぞ。あり得ないこともあるまい」
「そんな事今はいい。城内の近衛兵の数は外壁に派遣しているため少ない。又定数がいたとしても一万の軍勢をたった一人で蹴散らすヤツには歯が立たない」
「陛下、御避難を!」
重臣が慌てて促す。
「しかしたった一人に王城を捨てて逃げ出すなぞ、それこそ王の権威が失墜する。出来る訳がなかろう」
王は恐怖に顔を蒼白にしながらも拒否した。
「今は身を隠されるだけでも」
「儂は動かん」
王は意外に頑固であった。
『いやー、まいったな、これは』
俺はトーア王城内の人気のない通路を進んでいた。
奇襲攻撃軍を撃破後一旦事を構えた以上トーア国内で大魔導師シオンの探索を始めればちょっかいかけてくるのは目に見えていた。
なら揉め事が起こってから殴り込むより揉め事をショートカットして殴り込むことにしたのだ。
王城の正門前で一応王との交渉を求め蹴られたので門を文字通り蹴破って入り剣を抜いて斬り掛かってくる近衛兵達を突破したまではよかったのだが如何せん王城内は広い。
俺は絶賛迷子中であった。
もう少し下調べしてから乗り込むべきであったと今更ながら反省することしきり。
あッ、俺、王の顔も知らなかった。
どうにも不味いね、これは。
俺は頭を掻きながら進んでいく。
周囲の調度品がえらく豪華そうな区画に入った。
王族の居住区ではないかと推測する。
怪我の功名かなと思いながら進んでいくと扉が少し開き侍女らしき女の顔が周囲を確認するかのごとく動くのが見えた。
そして俺を視認した途端慌てて顔を引っ込めて扉を閉めた。
俺は興味津々で扉の前に立つと開こうとした。
しかし内から鍵を掛けたのか開かない。
仕方ないので右手に抜き身で持っていた剣で扉を一刀の元に斬り裂いた。
広い室内には廊下よりも更に豪華な調度品が置かれており姿見の鏡と化粧台、衣装タンスなど貴人の女性の部屋であることを伺わせた。
そして正面には短剣を構えた先程の侍女が背中に一人の少女を庇いこちらを睨みつけていた。
後ろの少女は恐ろし気にこちらを見ていた。
まあ血塗れの男が抜き身の剣を片手に扉を斬り裂いて現れたら恐怖に慄いても不思議ではない。
「お前、王女か?」
後ろの少女に声を掛けた。
その途端侍女が捨て身で短剣を突くように向かってきた。
俺はあっさり剣の平でその侍女を峰打ちにした。
倒れている侍女には目もくれず部屋の中に侵入して少女に剣先を突きつけた。
「もう一度聞く。お前は王女か?」
年の頃は十五、六歳ぐらい。
少女は高価そうなドレスを纏った如何にも貴人風な様子で亜麻色の軽くウェーブの掛かった髪に整った顔立ち、ガラス細工のような綺麗な碧眼を大きく開いてこちらを見ており立ち上る湯気と臭気を放っていた。
湯気?臭気?
俺はドレスのスカート部に目をやった。
「漏らしている・・・」
「キャー!」
少女は悲鳴を上げ両手で顔を覆いしゃがみ込んだ。
「いや、いや、止めて、見ないで」
少女は呟くように拒絶の声を上げた。
「おーい、返答してくれ」
「もういっそ殺して、こんな姿を見られては生きていけないわ」
少女は自分の世界に籠って問答になっていない。
俺はやむなく少女の頬を軽く叩いた。
少女は一瞬きょとんとした顔をした後叩かれた頬に手をやって言った。
「なんて酷いことをするの。お父様にも叩かれたことがないのに」
お前はアムロかと思いながら再度質問を続ける。
「いい加減返答してくれ。お前は王女か?」
「そうよ」
王女は叩かれた痛みで俺に敵意を抱き自分の現状を一時的に忘れているようだ。
「お漏らし姫」
「キャー!」
王女は又悲鳴を上げ両手で顔を覆いしゃがみ込んだ。
うーん、反応がいいな、弄ると面白い。
今の俺は獲物を見つけた猫のような表情をしていることだろう。
いかん、いかん、ここに来た目的を忘れるとこだった。
「おーい、お漏らしについては隠蔽してやる。だから落ち着け」
「エッ!」
王女は驚いたように顔を上げる。
「ああ、まずドレスとパンツを脱げ」
「な、なんですって」
王女は又違う恐怖に慄いていた。
「違う、違う、天地天命に誓って手は出さない」
口は出すけどね。
声なき声を囁き続けた。
「脱いだ後、ドレスで身体を拭え、そして香水を強めにつけて別の服に着替えろ」
「私は一人で着替えられないわ。侍女を起こさないと」
「いや、侍女には別の役割がある。なんとか一人で着替えてくれ。それとも俺が着替えさせようか?」
「わ、分かったわよ」
不承不承ドレスを脱ぎ始めてふと手が止まる。
「いつまで見ているのよ。後ろを向いて」
「気付いたか。仕方ない」
俺は王女に背を向けた。
「あー、一応言っとくが、その恰好では逃げられないし後ろからゴツンとやった場合も隠蔽してくれるヤツがいなくなるから止めた方がいいぞ」
「分かっているわよ」
王女はブツブツ呟きながら着替え始めた。
衣擦れの音、身体を拭う音、シュシュと香水をつける音、衣装タンスを開け着替える音。
いやー、これはこれで思春期の自分にはくるものがあるなぁ。
音をBGMにして壁際の姿見の鏡で出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ王女の均整のとれた肢体を横眼で眺めながらそう思った。
後ろを向けとは言われたが見るなとは言われていない。
これは安全確保のためである。
本人が気付かなければ問題なしだ。
俺は頃合いを見計らって振り向いた。
王女の着替えは済んでおり足元にはドレスとパンツが脱ぎ捨てあった。
「さて、ここからが一仕事」
手が濡れないようにドレスとパンツを拾い上げ窓を開け外に放り投げる。
そして宙に浮いている間に 火弾を撃って一瞬で消し炭にした。
次に侍女を濡れた床面まで移動させ横たえそのスカート部分に最弱調整をした 水弾を撃ち込む。
「酷い。なんて事するのよ」
王女は俺の意図に気付いて非難の声を上げた。
「だったら素直に事実を公表するか?」
「・・・侍女のアンナは私を暴漢から守るため命を掛けて戦って失神した。そのために失禁してもたいした事ではないわ」
ほい、共犯関係成立。
やー扱い易くて助かる。
「さて隠蔽作業は終了っと。でお願いがあるんだけど聞いてもらえるかな」
「嫌よ」
隠蔽が終わったから用はないといったところか。
「フフフッ、そんな事を言ってもいいのかい。俺はこれでも一騎当千の猛者でここまで近衛兵を何十人もぶった切って傷一つなくここまで来た」
「そ、それがなによ」
王女はようやく俺が何者か思い出し再び蒼ざめた。
「つまりここから生きて出るのも容易ってことだ」
「そ、それで?」
「ここであった事を酒場なんかで面白可笑しく吹聴しまくってやろう」
「しょ、証拠がないわ」
「この場合、証拠の有無は問題じゃない。話す内容が人の好奇心を惹くか、襲撃犯と二人きりになった時間があったかだ」
「わ、分かったわよ。なにを頼みたいの」
「実はトーアの王城に来たのは初めてでね。迷ってしまった」
「それで?」
「俺を王の元まで案内して欲しい」
「そんなバカなこと、出来る訳がないでしょう!お父様の命を害する怖れのある者を案内するなんて出来ないわ」
「お漏らし姫」
「クッ・・・」
「交渉しだいだがなるべく王の命は取らないようにしてやる。近衛兵の命の保証はしないが」
「絶対にお父様には手を出さないで。だったら案内するわ」
「交渉の結果しだいだ。そこまで約束出来ない。どうしてもと言うならお前が父王を説得しろ」
「・・・分かったわ」
そして王女は王城内の長く複雑に分かれた廊下を案内しだした。
「クッ、姫を離せ!卑怯者!」
「そうだ、女性を盾にするなど武人として恥を知れ!」
「いや、盾にしないから斬り掛かってきても構わないぞ?サクッと斬り殺すだけだから」
近衛兵達の非難を受け流し右手の抜き身の剣をクイッ、クイッと小さく引いた。
左手は王女の右手を握っている。
逃げたら悪評をばら撒かれると思っているので大人しいものである。
近衛兵達はそんな俺達を遠巻きにしながら挑発には乗ってこない。
王女と遊んでいる内に“殺戮の戦鬼”だと知れ渡ったのだろう。
トーア軍一万を壊滅させたのは記憶に新しい。
王女が人質で手が出せないという理由があれば命惜しさに手を出してこないのも仕方がない。
俺の方としてもすんなり事が運んだ方がいいので異論はない。
暇潰しにからかうけど。
暫く進みやがて大広間のようなところに出た。
「お父様!」
王女が叫んだ。
大広間の中央に数十名の近衛兵に守られたがっしりした身体つきをした壮年の男が立っていた。
この国の王のようである。
会議中との事だったが姫が拉致されたと聞いてここまで出向いてきたのだろう。
大広間の両脇の立て掛けたテーブルの裏に魔力の流れを感じる。
魔導士を潜ませているのだろう。
この状況を逆に利用して自らを囮として俺を罠に嵌めようというのか?
ラードの故豚王と比べて少しは頭が回るようだ。
「両脇に潜ませている魔導士達を下げさせろ。無駄死にさせるだけだぞ」
俺は容赦なく片側のテーブルに向けて 火弾を放った。
テーブルが弾け飛び裏に潜んでいた魔導士達が悲鳴を上げながら身体についた火を払うべくゴロゴロと転げ回った。
威力は抑えていたので直ぐに火を消せば死ぬことはないだろう。
「もうよい、怪我人を回収しろ!潜んでいる魔導士は直ぐに下がれ!」
王の判断は早かった。
別の扉から近衛兵がバタバタ出て来て火を消して火傷で戦闘力を失くした魔導士達を運び出していく。
反対側のテーブルに潜んでいた魔導士達も慌てて出てきて反対側の出口から逃げ出していく。
「近衛兵も下げさせろ。どの道その程度の手勢では俺が殺る気になったら数秒も持たないぞ」
「近衛も下がれ」
「しかし・・・」
「よい」
恐怖に蒼白になっているが王は決然と言い放った。
近衛兵達は不承不承な様子で下がっていった。
俺は王女を連れ王の前に近づいていった。
「我が娘も離せ!」
「いや、この娘も交渉の材料なのでな。立ち会ってもらう」
王の視線が王女に向き頭に血が上ったのか今度は顔色が真っ赤に染まった。
「貴様!娘に何をした!」
自分で着替えたことのない王女が自分で着替えたのだ。
髪は乱れドレスも着崩れて背中も開いたままである。
「あー、別に手を出した訳ではないぞ」
「嘘を吐くな!姫の服装の乱れ様は尋常ではないぞ!」
「俺が嘘を吐く必要はない。城に入る前にも伝えたが交渉に来ただけだ。交渉が決裂すればラード国と同じように王城ごと皆殺しにして壊滅させるだけだ。この状況で王城が壊滅すればラードの二の舞になるぞ?」
「グウ・・・」
王は呻いた。
「き、貴様の要求はなんだ」
「旧ラード国境の検問所で貴様の兵達に突然斬り掛かられた。そいつらは当然返り討ちにしてその軍と指揮官にも命で贖ってもらった。次は命令を下したお前の番な訳だ」
「ば、バカな。そんな事のために我が軍を壊滅させ王城に押し入ってきたというのか?しかもそんな詳細な指示など我が出すはずもないだろう」
これだけだとヤクザの難癖だが取り敢えずこの方向で押していく。
「お前が平民の村の人間に斬り掛かられて返り討ちにしたとしてそれに村の人間が関わっていて村長からの大まかな指示があったとしてお前はそのままにするのか?村ごと皆殺しにするだろう?それはお前が権力という相手が逆らえない力を持っているから出来ることだ。俺はお前達が敵わない力を持っている。故にお前達を皆殺しにしても文句を言われる筋合いはない」
「しかし・・・」
「しかしも案山子もデモもストもない。軍規で無関係の者や一般人に手出ししないように縛っていなかった以上貴様の責任だ。これ以上、責任逃れをするなら貴様を斬って王城を壊滅させて一件落着とするぞ」
「わ、分かった、認める、認めるから待ってくれ」
ま、恐喝だな、これは。
しかし今は押せ押せである。
「では要求を述べる。俺がこれからトーア国内を移動することに一切手出しをしないで自由にさせること。それと情報提供だ」
「我が軍一万を壊滅させ王城に押し入った貴様を国内で自由にさせるなどそれこそ王権の失墜だ。認められん」
「では死にたいと?」
「クッ・・・、斬るなら我だけにしろ。他の者は無関係だろう」
再び蒼ざめながらもきっぱりと言った。
意外に頑固だな、この親父。
ではもう一押し。
「時に王女の服装の乱れについてだが・・・」
俺は王と王女以外に聞こえないように声を潜めて切り出した。
王女はまさかという顔で俺の方を見た。
「実は王女の部屋に偶然行きあたって剣を突き付けたところ漏らして・・・」
「ワーッ!!ワーッ!!」
王女は顔を真っ赤にして大声で遮った。
近くの扉付近でこちらを伺っていた近衛兵達が何事かと思わず踏み込みかける。
「下がっておれ!」
王が素早く声で押し留める。
近衛兵達の動きが止まった。
「静かにしないと大声で話すぞ」
俺は王女に耳打ちした。
王女は口を塞いで静かになった。
「・・・それは真か」
王は全てを悟り疲れたような声で確認した。
「そうだ。お前が要求を拒否すれば面白可笑しくこの話しを世間にばら撒くことにしよう。王女は恥ずかしさの余り自害するんじゃないか?」
「お父様・・・」
王女が潤んだ瞳で王を見つめる。
傍から見たらどう見えることやら。
王女の風聞の前に俺の風聞が凄いことになりそうだ。
「や、止むを得ない。国内の自由な往来を認めよう。罪は問わない。それと情報提供とは何の情報を提供すればいいのだ」
「伝説の大魔導師シオンの情報だ。一年前にトーアにいたことは確認出来ている。現在のヤツの居場所が知りたい」
「大魔導師シオンか。確かに一年前にはトーアにいたが。宮廷魔導師として召し抱えようとしたのだが逃げおった。ヤツが居れば貴様を抑えることも可能だったかもしれん」
「何処に向かったか分かるか?」
「行先は不明だがシュナ方面に出国したようだ」
「特徴は?」
「貴様と同じ黒髪に黒い瞳の見た目は二十歳前後の美しい娘だ。しかし追手の魔導士と騎士数十名を瞬殺したという恐ろしい攻撃魔法の使い手だ」
「女か・・・」
大魔導師シオンが若い女だとは聞いていなかった。
伝説の大魔導師ということだったからてっきり枯れ木のように枯れ果てた爺さんと思い込んでいた。
しかし女の魔導師なら珍しいしそれだけ強大な魔導師なら近づけば魔力感知で見つけられるか?
俺は探索の方法を少し考えた。
「要求はそれだけか?ならばさっさと立ち去ってくれ。貴様の所為で我が国は存亡の危機に陥っていて我は忙しいのだ」
「そのことだが情報代のお釣りとして王都に迫りつつあるシュルト軍は俺が追い返してやろう」
「な、なんだと!」
「その方がお前も面子が保てていいだろう。故国を救うために敢えて俺を見逃したとな。それに俺としてもこれ以上、シュルトが力をつけるのは望ましくない。俺は奴らに恨まれているからな」
「それだけ傍若無人に振る舞えば当然だろう」
「いや、シュルト軍とやりやった時は隷属の首輪を着けさせられていたからな。これまでのシュルト軍の損害は全部旧ラードの責任だ。これからは俺の責任だが」
「平然と大軍に一人で立ち向かうとか怖しい男だ」
「そう褒めるな。照れるぜ」
「誰も褒めておらんわ!」
俺は王を放っておいて王女の方に顔を向け繋いでいた手を離した。
「それじゃ姫さん、十分交渉の役に立ったぜ。これでもう会う事もないだろうが健やかに暮らしてくれ」
「ここまでされて健やかに暮らせる訳がないでしょう!覚えてらっしゃい!」
大声で王女が喚いた。
あー、俺の悪評が確定したな。
王女も嫁の貰い手が無くなるぞ。
まあ、いいか。
俺は黙って背を向け油断なく上下左右に注意を向けながら大広間を出ていった。
旧ラードの国境からトーア王城に向かう街道をシュルト軍二万の騎馬隊が侵攻していた。
後一日もすれば王都が目に入るだろう。
街道の両脇は見晴らしのよい平坦な荒野が広がり奇襲の怖れはない。
どの道国境での戦いでトーアの戦力はほぼ壊滅している。
王都周辺に残る戦力は五千がいいところだろう。
一飲みにすればこの戦いも終了する。
しかし“殺戮の戦鬼”には何度も煮え湯を飲まされたがまさか奴が我が国に利する
日が来ようとはな。
侵攻軍を指揮する将軍は騎乗した軍馬の上で含み笑いを漏らし既に勝利した後の栄達を夢想していた。
人は塞翁が馬の最後は自分に都合よく終わったと思いたくなるものだ。
「将軍!一大事です!」
前方から伝令の軍馬が駆けてきた。
「何ごとか」
将軍は毅然と応じた。
「正面、前方に“殺戮の戦鬼”が出ました!」
「な、なんだと」
将軍は街道の先に目をやった。
確かにそこに一人の男の姿があった。
望遠鏡を覗きそこに戦場で何度も見掛けた“殺戮の戦鬼”の姿を確認した。
冷水を頭から掛けられたように寒気が襲ってきた。
奴とは何度も戦場で相見えた。
その度に奴に屠られ上官が消えていった。
自分が今将軍となっているのは奴のお蔭とも言える。
最後の頃には戦場で奴が投入される度に総撤退していたものだ。
奴は今トーア軍と事を構えていたはずだ。
ラード王城も奴が壊滅させた。
今ここでシュルト軍と敵対する理由はないはずだ。
それなら我が軍に降るというのか?
それもあり得ない。
奴が一番多く我が国の騎士達を殺してきたのだ。
例え隷属の首輪でラード王に縛られていたとしても親兄弟戦友友人知人を殺されていない者などいない。
奴を受け入れることなど不可能だ。
考えがどうどう巡りをする。
『告げる!シュルト軍よ、国境まで撤退せよ!追撃はしない!そのまま進むのならこの“殺戮の戦鬼”が貴様らを殲滅する!警告は一度だけだ!』
大音響が全軍に響き渡った。
風魔法の応用か?
しかし“殺戮の戦鬼”が戦場で魔法を使ったことなど見たことがない。
支援する魔導士も見当たらない。
嫌な予感をひしひしと感じるがトーア攻略は今が千載一遇の好機。
今を逃せばトーアは戦力を王都に結集させ勝機は失われる。
将軍は意を決した。
「全軍、両側に広く分かれて全速で奴を迂回しろ!相手にするな!所詮奴は一人、一度に千も二千も倒せる訳ではない!もし儂が倒れても副官、副官が倒れた場合はその時生き残っている上位者の指揮に従え!奴を凌いだらトーア王都前に集合し軍を再編しろ!」
将軍の命令に伝令が行き交い全軍が動き出した。
全軍が街道を離れ荒野に大きく広がり戦鬼の立つ位置まで到達した。
しかし戦鬼は動かない。
戦鬼に一番近い位置にいた者が死神の鎌が振るわれなかったことに訝しげな表情をするが命が助かって嫌がる者はなくそのまま突き進んだ。
するといきなり足元の草叢の手応えが無くなり軍馬ごと転倒し地面の下に埋もれていった。
地面に大きな溝が掘ってありその上に荒野の枯草が掛けられていたのだ。
直ぐさま起き上がろうとするが次々に後続の騎馬が落ちてきて潰されていった。
それが広がった全軍で起きていた。
戦鬼は追い打ちのように覆い重なる騎士と軍馬に向けて 火弾を放った。
炎が瞬く間に横に広がっていきまだ息のあった騎士達を焼いていく。
横に大きく広がってしかも全速で飛ばしていたため軍馬が止まることも出来ず無理矢理止まって溝に落ちなかった者達も後続に押し倒されていきあっという間に二千の騎士達の命が失われていた。
生き残った者達も死にいく騎士と軍馬の怨嗟の声と共に立ち上る業火を前に既に進む気力も無くなっていた。
「奴は悪魔か・・・」
将軍は力なく呟いた。
俺は戦場全域を見渡した。
既に相手は戦意を消失しているようだが更に追い打ちをかける。
火裂弾
巨大な火球を生み出し上空に撃ち出す。
シュルト軍上空で火球が弾け無数の 火弾を周辺にばら撒く。
瞬時に数百の騎士達が炎に包まれ落馬し軍馬と共に転げ回った。
この世の地獄の様相を呈してきた。
力によって相手を踏み潰そうとした者が力によって踏み潰される。
文句を言われる筋合いではない。
理不尽な力に翻弄されて何度となく死線を掻い潜らされた俺は特に理不尽な侵略戦争なんて嫌いだ。
だから理不尽な侵略の当事者には俺の理不尽な暴力をたっぷり味わってもらおう。
大量殺人者?
殺戮者?
悪魔?
好きに呼ぶがいい。
既にそういったことに痛痒を感じる良心の持ち合わせはない。
俺は更に攻撃魔法を追加する。
風台風
火裂弾で燃えている騎士や軍馬を巨大竜巻で包み効果範囲を拡大する。
騎士と軍馬を燃料として炎が更に大きく高温になり巨大竜巻は戦場を蹂躙していく。
前回、トーア軍の 火弾を 氷弾で迎撃した時えらく大きな 氷弾が出来た。
更にトーア軍壊滅後に同じ 氷弾を作ってみたら一段と大きくなっていた。
これは敵を倒す度に魔力量が上がっているのではないかと仮説を立てた。
魔導師に聞いてみたがこの世界の魔導師にしろ魔導士にしろ生まれついての魔力量は変化せず敵をいくら倒してもそれは変わらないそうだ。
ならばこれは異世界人特有の所謂チート能力なのだろうか?
まあ、結論はまだ早いが使えるものならなんでも使えだ。
シュルト軍が来るまで土魔法で巨大溝掘り、 鎌鼬で荒野の枯草刈りとやってみたが数百人分の労力があっという間に終わったのは自分でも驚いた。
俺がそんな事をぼんやり考えていると戦場はほぼ片付いていた。
少数の軍馬が後方に逃げ去っていくのが見える。
そして一人の焼け焦げた騎士が俺の前に立っていた。
元はかなり上等な鎧だったのだろう。
かなりの高温に晒されたはずだが持ち主の命を繋いでいた。
高価な魔道具の類かもしれない。
「き、貴様、よくも儂の軍を・・・」
どうやら軍を率いていた将軍のようであった。
「死ねぇー!!」
剣術もなにもない単純だが最後の気力が籠った突きを放ってくる。
俺はここで初めて立っている位置から僅かに動いて切っ先を躱し一刀で相手の首を刎ねた。
街道に将軍の首が転がり周囲の炎に照らし出される。
俺はそれを一瞥した後、シュナ方面に向かって歩き始めた。
殺し過ぎ。初期の予定では打撃を与えて追い返すつもりだったのに。
どうしてこうなった?




